和気アルプスのHP「作者の部屋」の続きです。

これより06年。

06年1月の近況:1月から整備するといっておきながら、早々にインフルエンザで寝込んでしまった。なんか体が弱くなったなあと思う。17日夜、勧誘電話かと無愛想に電話にでたら、毎日新聞から取材の申し込みであった。記者Dさんは私のHPを読んでおり、記事がもとで登山者を呼び込むことになるとマズイのを知っていたので、遠慮ぎみだった。私の訴えは すでに充分浸透していて、登山者は控え目になっているし、今更記事になっても皆知っているからそう爆発ヒットはすまいと思い、承諾しました。(ちょっと萎えていたところへ、久々の取材依頼で単にうれしかったせいだろ。)19日に昼から自慢のルートをガイドしながら写真を撮らせてほしいというので、いろいろ考えたあげく、裏銀座というのが歩きたいといわれ、いいけど5時間かかるから昼からじゃダメです。と、いうと、ちょっとウエと相談しますとのこと。しばらくして、なんとか時間をとれましたとのこと。今回、あえて詳細は秘密の裏銀座を案内し、もっと和気アの素晴らしさを知ってもらいたい気持ちはあるが、あまり大勢来られるとマズイので、山の風情を守るために我慢している現状をつたえるつもりです。おりしも今夜から消防の操法練習にでかけるが、早々と両腿がつってしまい、まったくさまにならなかった。えらく脚力が落ちているのにショックを受ける。こんなんで明後日の裏銀座をガイドなんてできるのか?なんかかなりマズイ。

裏銀座取材ガイド:18日はびっこ状態で仕事。19日になってやっとまともに歩けるようになった。親父がてご(手伝い)をしてくれというので、朝1時間ほど作業してから10時前に待ち合わせの鵜飼谷温泉へいくと、すでにDさんは待っていた。さっそく私のワゴンで藤公園へ。話をきくと元ワンゲル部員で、先日 和気アを縦走したとのこと。今回は縦走ではなくて岩場めぐりになりますというと、結構ですよとのこと。10:30スタート。東壁では奥壁にも立ち寄る。ダンガメ稜ではボルダリングもする。(今回、“曲者”の対処が判った!右手のホールドです。)そして、チンネ・スラブ。ここまではDさんもパチパチと写真を撮る余裕があったが、鷲ノ巣登攀からはカメラを出す余裕はなくなったみたいで、(それでも、鷲ノ巣ではテラスにも立ち寄ったりして意地をみせていたが、)コウジングロでは言葉も少なくなり、後半は疲労で、なにも感激できなくなったみたいである。その点、私は雑談もしながら意外と達者であった。15:40 温泉にたどりつく。温泉に入ってから帰られたほうがいいですよ。と、いうと、そうしたいんですが、5時から倉敷で取材があるんですとのこと。ええっ!なんか、悪いことしたなあ。いままでの取材でここまでハードなことにつき合わせたことはないしなあ。こんなにヘトヘトになってからまだ取材して、夜中に文章を書くんじゃあ新聞記者も大変ですね。と、いうと、大丈夫です。高速とばして行って、あとはなんとかしますとのこと。Dさんもなかなかのツワモノである。しかし、私もよく体がもったものだ。ちょっと自信回復。夜はまた消防の練習にいく。一昨日より、体が動いてくれたが、ちょっと走ると息がきれた。ううん。まだまだだ。翌20日、朝。うおおお!あだだだだ。体中ひどい筋肉痛。またびっこをひきながらの仕事になった。(懲りんなあ。)

悪戦苦闘の氷瀑見物:1月22日(日)、オハヨー山岳会4人で行った氷瀑見物の山行記録です。

ううむ。ついに50回目か。よくぞここまでお馬鹿な活動が続いたものである。1月から3月は雪山山行となっているが、那岐山、大山は何度もやっているし、去年は雪洞堀りまでやった。さて、あとはどんな楽しみがあるかなあ。そうだ。凍った滝 氷瀑を見にいこう。楽勝かもしれないし、困難かもしれない。オマケにうまく凍っていないかもしれない。まあいい。ものは試しである。どうせ行くなら30mの大滝が凍っているのを見たい。かといって水量が多いのはうまく凍らないだろう。いろいろ考えたあげく、おととし沢登りした泉山の中林の滝が頭に浮かんだ。ここには3つも30m級の滝がある。うんうん。いいんじゃない。と、いうわけで、朝8時、鵜飼谷温泉に集合。私のワゴン(新車)で出発。12月はドカ雪で寒かったのに、今月は4月並の陽気になったせいか 先日雪が降ったというのにまったく雪がない。あっさり1時間半で、泉山の麓の集落に着く。ここら辺は一面銀世界と想像していたのだが、えらい違いである。案内板のある林道入り口から林道に車を乗り入れる。(正直、林道入り口に駐車して、ここから延々3km歩いて登っていくのを覚悟していた。)林道は日陰に雪がある程度。ぐんぐん登っていく。2kmほど登って、まとまった雪道になった。4駆だが、チェーンをつける。しかし、再凍結でカチカチになっており、輪だちにはまると腹をすってしまいそうだ。諦めて広い路肩までバックする。キーーー。雪で押し下げられた枯れ枝で新車のボディをひっかく。うおお。(涙)100mほどバックしてうまく路肩のあるところで方変して駐車できた。ではここから歩いてまいりましょうか。ワカンを2つ持っていたが、どうせ堅くしまっているだろうし、NさんとKさんに貸し、自分はツボ足でいくことにした。Hさんはなんと自作のワカンをもってきていた。ちょっとテストしてみたいんじゃとのこと。みんなに軽アイゼンを配って、10時 スタート。林道をたどると400mくらいでトイレのある登山口についた。ここから皆はワカンをつける。Hさん手作りのワカンは、なかなか好調である。橋を渡ろうとするが、雪でかぶさった枝がとおせんぼしている。強引にかいくぐる。(あとで、ザックをおろして通過すればよかったことに気づく。)雪は堅く、ときどき踏み抜くが、困難ではない。先日誰かが通った跡がある。雪の沢は風情があるが、水は勢いよく流れている。こりゃあ凍っとらんかも。お堂がある。この裏が、一ノ滝―――。ザアアアアア。はずれー!!まったく凍っとらんがな。せめて両脇か端の方くらい氷柱を見せてくれてもいいだろうに。夏に見たままの滝であった。もう!アッホらしい。新車にキズまで入れてなにしにきたんじゃ。でもまあ、この滝は日当たりがいいし、今日は快晴だもんなあ。記念写真を撮り、一休み。去年買っておいたスノーソー(雪鋸)をテストしてみる。スコップがたたないような堅い雪でも押し込んで切り出すことができる。おお。これはいい。凍結していても雪洞が堀れそうだ。さて、これからどうするか。時間もあるし、ザックをおいて、この上の2ノ滝を見にいくか。まあ、どうせ凍っとらんじゃろうが、たいした距離ではないから、行くだけいってみよう。だが、ルートにはまったく踏み跡がない。木にコースサインがあるので、こんなに急坂だったっけといぶかりながら前進する。以前の記憶からこの30mの滝を巻くのが大変なことはわかっていたが、かなり苦しい。オマケに雪は堅いくせに股まで踏み抜くばかりする。踏み抜かないよう四つん這いになってなんとか滝を越えたが、平坦になってもずうっと四つん這いでないと踏み抜いてしまう。ワカンはほとんど沈まないのに、つぼ足ではワカンの踏んだ後でも股まで踏みぬく。なんたる違い。ああ。ワカンを貸すんじゃなかったと思っても後の祭り。沢を渡った記憶があるので適当な所を渡ろうとして沢に降りる。しかし、これは思い違いで、もっと先を渡らなくてはならなかったのだ。しまった。わずかな間違いではあるが、またルートまで攀じ登るのは今の私にはえらく苦難である。マリンブーツにも雪が入ってひどく冷たく、気がくじける。私の悪戦苦闘ぶりに皆は同情し、凍ってないことが判っているからもう引き返しましょうということで、スゴスゴと引き返す。(たしかに、こんな場合は引き返す力を残しておかないとね。)自分が踏んだ上をトレースすると、戻るのは割と楽であった。ううむ。誰かが踏んだ跡があるルートならワカンはなくてもなんとかなりそうだが、未踏の場所はワカンなしではどうにもならないものなんだなあ。楽だった那岐山も大山もしっかり踏まれていたもんなあ。そういえば、昔、今日みたいな烏ヶ山の未踏の山麓をうろついて苦戦したことがあったっけ。などと今更ながら装備のあり方を考え直してしまった。つぼ足は後からワカンの跡を踏めなんていってないで、簡単な“ワカンもどき”を作って、みんなにいきわたらせなくてはダメだな。うん。発想の元になったHさんのワカンもすこし改良の余地があるとのこと。11時半。車まで戻る。今なら“豚平ラーメン”を食いにいけばバッチリですが、岩井滝にいってみますか?と、きくが、全員一致で、豚平ラーメンへ。(おいおい。)開店の12時の数分前についた。すでに何台も止まっている。店に入ると席が空いていたのですわってラーメンと餃子を注文する。やった。こだわりのラーメンに並ばずに食べれるね。ラッキー。ラーメンを待っていると、ゾロゾロ次々に客が入ってきて、あっという間に立ち待ち客が私達の後ろにもズラリと並んだ。おいおい。わずか数分の差でこんなに並ばねばならなくなるとこだったのか。いやあ。ホント、ラッキー!お待ちかねのラーメン。うん。うまい!皆もこの味ははじめてだとか言って満足したようだ。キムチも追加したが、なんか後にじっと立って並んでいる客に無言のプレッシャーをかけられてしまう。早く食って席をゆずってやらにゃあならんかという心の声についせかされてしまい、落ち着いて味わえない。ああ。なんかもっと落ち着いて食いたかったなあといいながら、帰路につく。今回は1時間半だけ雪と格闘しただけで、あとはラーメン食ってきただけではないか。(何しに行ったんだ。)まあいい。それなりに学ぶことと満足があったしね。13時半 無事解散。

マチガ沢から逆層の滝沢スラブ登攀?:穂高山周辺の登攀ルートのHPをチェックしていて、そういえば、バットレスの第一クーロワール(小竜王の鞍部付近につきあげている沢筋です。)とその他の2つの派生ルート(穂高ガリー左筋と第二クーロアール直登)は、まだ登っていなかったことを思い出した。(おいおい。)開拓時、周辺を立て続けに登攀しまくっていてやり残したものの、残りは同様かより簡単そうだからそのうちやろうと思いながらHPでは登攀済みのようになったままズルズルと何年もたってしまっていた。(騙したことになります。ごめんなさい。クライマーなら許されないことですが、(おいしいとこだけ取りの)山遊び人につき大目にみてやってください。)穂高山から小竜王さらに谷越えして穂高に戻る“鉢巡りルート”ができないか(幻のピークから八ツ峰岩、薬師山をまわって穂高に帰ってくるのは確かに面白いが、チョット長いので。)調査するついでに、第一クーロワールも登攀してやろうと思った。2月2日、朝9時 今朝は雨上がりで沢筋は濡れて滑りそうなので、登攀を後にまわすべく まずは愛宕尾根を登って小竜王から下降するつもりだったが、登り始めて間もなく左側に帯状に伐採された部分があったので、どこまで続いているのか知りたくなり、踏み込むとぐるりと山腹をまわってお墓の奥に下山してしまった。どうやら作業用の林道でも作るようだ。ここまできたからには、予定変更して堰堤広場から谷をツメることにする。登攀には濡れていて条件が悪そうだがまあいいか。そばにずっとブッシュがあるから第二クーロワールよりラクだろう。(そう思って後回しにして結局忘れた。)なんとかそれらしい沢に取り付く。少量だが水があり、出だしはヌルヌル滑る小滝の連続である。横の木にさばるようにして越えていくが、沢床は滑る滑る。危なくってしかたない。こんなんならわらじ履きでくればよかった。小滝だらけだ。ついに前方は垂直の滝(ヌルヌルの岩壁)になってしまった。横をまいて立ち木にさばって登るのですら激しく切り立っていて、剣呑な感じである。(こりゃあナメていたなあ。上からこんなのを下降していたら死んでいたわい。)どうするべえ?やめよう。しかし、ここから引き返すのも難儀である。運良く左側は明るいスラブになっている。ちょっと岩がモロいが、広々としていて誘われる。よし、これを登攀して上へ抜けよう。しかし、(バットレスの岩壁は緩斜面で岩屑だらけなのに)ここの傾斜は妙にきつい。岩屑も少なくスッキリしている。とはいえ、登りだすと瓦みたいにはがれて浮いているものが多い。浮石だらけの完全な逆層スラブである。傾斜は45度くらいか。これが浮石でなければ怖くないが、手元足元信用ならず登るにつれてだんだん怖くなってくる。(こうなるとザレ部分はすごくジャマになる。)しかもこのスラブ やたらでかい!横は30m以上、縦は70mくらいありそうだ。コウジングロを脆くしてさらに傾斜を立てたようなもので、完全なバリエーションルートである。(脆い上に支点は取れないのでまさに決死のフリーになります。)なにかのはずみに石ナダレが来そうで、ヘルメットがほしいが、ないものはない。スラブの中の数本の松はまさにオアシスで、ここでリラックスできなかったら落ちていたかもしれないなめていたら沢もスラブもえらく手強いものに出くわしてしまった。なにより私が今の自分であったから結果的に無事に登れたのであり、開拓時の未熟な自分だったらと思うとゾッとする。(なんという強運。)とても広大なスラブの中央部はノーロープでは恐くてたまらず、南端より3分の1くらいの位置を直登して上へ抜けた。汗をふき、上部の岩まじりのブッシュをつめると竜王山の山頂台地にでた。登れなかった沢(第一クーロアール)は、上部が扇状に左右にひろがり、北端は以前発見していたヌタ池が水源になっていた。小竜王の鞍部にいき、沢の南端の源頭を偵察すべく下降する。ほどなくほとんど垂直になる。これはロープがないと降りれない。(あってもわらじでないと下降は無理。)ううむ。初登した第二クーロアールは谷川岳の一ノ倉沢の雰囲気があったからこの際“一ノ倉沢”と命名し、この沢(第一クーロアール)は手強い“マチガ沢”と命名しよう。そして、今回登った逆層スラブを(バットレスの一部ではあるが、)特別に“滝沢スラブ”と命名する。(おお!いいぞ。うん。満足。)この滝沢スラブはノーロープだと危険は限界レベルであり、緩斜面で岩屑だらけのバットレスの物足らなさを払拭するすばらしいものである。(冒険クライマーは喜ぶでしょうね。)またひとつお気に入りのバリエーションができたわい。いつか、コイツの中央部にもチャレンジしよう。うん。さらに、今回同時に穂高ガリーの沢も“滝谷”と命名します。わっはっは!やったぞ。これでロートルクライマーの誰もが憧れた穂高岳と谷川岳のまさに“夢のコラボレーション”の完成だ。やっほー!(でも、こりゃあHPを大幅に直さなきゃあならんわい。しばらくまってね。)

小竜王から土柱沢下降:さて、鉢巡りルートの偵察の続きをしよう。小竜王から急な西斜面を強引に下降する。ブッシュが少ないのはいいが、山土が柔らかくて滑る。こんな所に一般ルートをつくったら直ちに崩れてしまいそうだ。おまけに急坂がひどい。これなら素直に愛宕尾根をたどって幻のピークから八ツ峰岩、薬師山をまわって穂高に帰ってくるほうが(チョット長いが、見所が多いし、)ラクなくらいである。つづら折れのものならなんとかできなくもないが、そこまでして広範囲に山を傷めてまで作る気にはなれない。山のためにも鉢巡りルートの一般化はやめよう。うん。少しなだらかになった場所で右側を見下ろすとバットレス南端下部の土柱部分がすぐ下に見えるではないか。直進をやめて土柱見物しに下降する。おお。台風で崩れてしまった部分もあるが、薄っぺらに崩れ残っておるわい。土柱地帯に足跡をつけるのは罪悪に思えたので、脇のスラブを降りる。土柱下部は涸れ沢になっていたので、藪をさけてこれを下降するとすぐに穂高ガリーの取り付き(滝谷)の真ん前に降り立った。おやまあ。正面だったとは。それにしてもこの谷は面白い。林中にタープをはって基地にして遊びたい場所である。天気のいい時にあちこちにある涸れ沢をかたっぱしからつめてみると思わぬ発見があるだろう。難しい小さな岩場でネチネチし、疲れて嫌気のさしたクライマーは、気分転換に和気アのやさしくて広大な岩場で遊べば、またクライミングが楽しくなるだろう。当初の予定はダメだったが、満足して12時 帰宅する。昼からは女房サービスで日生にカキを買いにドライブする。(おい。HPの更新は?―――おお。忘れとった。表紙も2月なのにあけましてのままだったわい。)

また大きく毎日新聞に。:2月8日、地域のニュースのページにまたデッカク載りました。なんで毎回こんなにデカデカしく取り扱われるのかなあ。(他に明るい話題が乏しいからかもしれない。巷は暗い話題ばかり多いからね。)呼び込みを控えようなどと言っておいて、えらく宣伝したじゃないかと、うらぎり者みたいに言われそうです。でも、本当に控えるならさっさとこのHPを消去すべきではなかったか。それをしなかったのは、伝えたいことがあったからであり、結果として宣伝もしながら啓発めいたことも提言しています。これからも、取材依頼は受けますが、宣伝と同時に啓発めいたことも一筆添えてもらうようにします。(今回も“地主にとっては土地が荒れるなどメリットは全くない。純粋に好意で開放してもらっている。ルールをしっかり守ってほしい。”と、苦言を添えてもらっています。)

剣沢マサミチルート:先日の滝沢スラブが気になっており、早く再トライ(一ノ倉沢から右に登ってスラブ中央部を直登)したいのですが、開拓予定だったマサミチルートも気になっていたので、2月9日、ザイテングラードのミチオルート上部から左に斜上し、涸れ沢(剣沢)源頭の岩壁を攀じて山頂にぬけるルート(マサミチルート)を試登しました。(去年?くらいにはじめてトライしたが、源頭根元の崩れる岩場に悪戦苦闘し、岩壁まではたどり着けませんでした。)14時にザイテンからのトラバースにかかるが、かなりきつい。いつもは初心者用のクライミングゲレンデにふさわしいくらいなのに、今日はあちこち濡れていて中級者レベル?になっている。しかもやりにくい横ばいでの通過。あと少しで沢に抜けるという手前で、びしょびしょズルズルになっている。以前は楽勝で沢底に降りれたのに、えらく長いこと てこづる。前回より沢の上の方を渡って、コブ状の岩を越えてもう一つ沢を渡る。前回苦戦した崩れる岩場を通らずにあっさりと岩場の上部にたどりついた。おお。これなら楽勝。振り返ると、最初のトラバースも岩よりブッシュをたどるといいみたいなのがわかった。ブッシュと岩場をトラバースぎみに斜上し、いよいよ岩壁の下にたどりついた。左側はクラックが発達しておもしろそうだが、崩落しそうな感じである。ルートが崩落を導くことになると、登山者にも山にも良くないので、ここは安定した右側を攀じる。途中の真中に弱点がある。これを突破すれば中央突破で最高だが、先がわからず、いきづまるとヤバイ。オマケにここで落ちたら死じゃいそうなので、諦めて安全な部分まで右端のブッシュとの境界線を登攀する。いけそうな部分から岩にはいあがって岩場の最高点に登る。ザイテンの岩壁とスッパリ切れ落ちた足元が最高の眺めである。よし。これはいいルートになりそうだ。できればさっきの中央部の弱点を突破したものにしたいが、鎖をつけなくてはなるまい。今度ロープで上から偵察して、行けそうなら鎖をつけよう。この鎖場は上級レベルになるから今回トレースした部分もエスケープルートとして整備しなくちゃあならんか。短いながらスゴイものができそうである。さて、山頂からこの岩場までを整備するとして、お隣の前剣をどうしよう。前剣手前の鞍部に降りるには回避したクラックの岩場のそばを下降することになり、けっこうハードである。ここも鎖がいりそうだ。前剣山頂は展望がよくなかったが、台風のせいかかなり見晴らしがきくようになっていた。ここから剣峰をみると、ザイテン側壁と垂直クラック壁がならんで見えてなかなか壮観である。(クラックにもなんとかルートをとってみたくなる。)やっぱり前剣山頂まで整備するか。と、なると西尾根をどうしよう。刈り払わない整備にするつもりだったけどやっぱりキッチリ整備するか?ううむ。とりあえず西尾根を下降してみる。最後のコブを越えると急坂のシダ漕ぎになる。獣道か物好きの踏み跡かわからんが、ラクそうな所をたどるようにして下っていくと左寄りになって民家の裏にでた。整備するとしたら登山口をどうしよう?(県道そばのポンプ小屋から登る道があったという話をきいてはいたが、そっちはもう廃道である。)まあいいや、西尾根整備はもう少し後で考えよう。今日も3時間程度の調査山行であったが、満足できた。今夜もまた操法練習にいく。いい運動になっていて、走ることが苦にならなくなっている。太ももがかなり元の太さに戻っている。よしよし。だが、妙に右足首が痛むので風呂で見ると はれていた。(実は去年9月の沢でひねったのが時々痛くなっていた。)湿布して痛みはひいたが、左膝といい古傷がまだまだ痛むなあ。

2月の近況:アルミわかんは8千円もするので、山岳会費ではメンバー全員分を買い揃えられない。昔、読者の知恵としてヤマケイに載っていた簡易わかん(“棒かんじき”です。)を自作することにした。今はまだ試作段階だが、26日の那岐山縦走には全員で(テスト)使用すべく、竹と細引きをそろえている。うまくいけば、安くて惜しげなく、コンパクトで軽量なスグレモノになるかもしれない。(これはやりがいがある。)しかし、なかなかゼロからモノを作りだすのは大変。装着しやすさと、安定性を考えながら、ううん。ううん。うなりながら細引きのまわし方や締め方を試行錯誤しています。また、消防団の方では、今回は新人と指導者の並ならぬ熱意に恵まれ、かなり気合いをいれてやったので10年ぶりに操法予選で勝ち、今は19日の町大会にむけてハードトレーニング中です。この2週間は操法にかかりっきりで、体中が筋肉痛でかなり疲労している。メンバーは22歳から27歳で、私のみ44歳。一緒にラーメン食いに行ってもなんか浮いており、練習も事あるごとに“大丈夫ですか?”と、ねぎらわれる。(なんかジジイ扱い。)操法練習のおかげで体力が回復できているのが判るが、親父の手伝いもあってなかなか山に行けず少々あせっている。16日、貴重な休日。竜王山バットレスの滝沢スラブと剣沢源頭の衝立岩(とがった先(衝立の頭)があるので命名しました。うん。ほしかったんです。ツイタテが。)の岩登りをしたかった(沢足装備で剣沢マチガ沢をツメたりもしたかった。)が、昨日からしのつく雨で諦める。しかたない。以前、うっかり消去してパーになった和気アの登山地図をゼロから作りなおす。夜までかかったが、なんとか完成。(バックアップも保存した。)出来栄えをチェックしながら、今後の開拓計画をつめる。穂高山ドームから天神尾根を下降するような下降専用の鎖場を端に設置して、薬師山往復ができるようにしたい。詳細は作りながら検討するとして半月はかかるか。また、剣峰も“衝立の頭”を経て、鞍部の下降に鎖をつけて“前剣”まで一般道を整備しよう前剣から麓までの尾根は、当初の計画通り、ヤブ漕ぎの冒険ルートとしてコースサインだけみたいな極力刈り払わないものとする。(麓のラスト50mくらいはちょっと苦戦しそうです。)また、衝立岩登攀のバリエーションであるマサミチルートも含め、詳細は作りながら検討しなくてはならない(もしかしたらマサミチルートも鞍部へぬけるようにして一般化するかもしれない。そしたらチンネ・スラブ並のハードルートになります。)から、これも1ヶ月はかかるか。まいったなあ。これで、さらに岩山のハードな一般道“行者コース”やバリエーションの台三郎谷 藤本壁(だいざぶろうたん とうごうへき)ルート”や“ツインスラブ”(仮称)まで作っていたら、既存のルート整備ができんじゃないか。でも、HPを検索すると、熱心なファンの方が松茸テープをとってくれています。ありがとう。うれしいです。頑張ります。なんとか、今年中に開拓完了(まだまだ他にいじくりたい所がたくさんありますけど。)し、来年はちゃんと既存も整備して、和気アの10周年を迎えたいです。記念イベントとして、裏銀座の残りの3エリアをPH21に組み込んだ縦走プラス岩場めぐりの “完全版 ピークハント21 +2P”を企画します。(ああ。またまたバラしちゃった。最初は特選ベスト10ルートを踏破するものを考えていましたが、オススメが10をオーバーして(おおっ!ホントにスゴイ山だ。)絞り込めない上、連続踏破は体力、技術、共にキツ過ぎる。せっかくの面白さを疲労が上回るので辞めたほうがいいと判断しました。)温泉に1泊2日で、これと裏銀座を踏破すれば全26ピークと6大エリア(岩場)の全て(完全なバリエーションは除く。)を楽しめます。たしかにモノスゴイ内容だけど誰がやるかなあ。まあ、物好きですごく暇な、今これを読んでいる貴方くらいなものでしょうね。(あ、ホレ。ホレ。)←なんか、たきつけてるなあ。うん。

近況のつづき:2月19日、和気町消防団 操法大会。Mくんがくじを引いたら最終出場になってしまった。もう。ヘタなのに皆の視線が集中するじゃないか。気合をいれてやるも結果は最下位。くそう。悔しい。まあ、初出場はこんなもんか。うん。ああ。くたびれがひどい。もっと休みを。

開拓状況:2月24日、午前中は和気小のハイキング行事に参加する。ゴンゲン山鞍部に登ると、なにか新しい登山道ができている。(お墓を通らないようにするために地区で整備してくれたのかな?)あとでチェックしておこう。昼2時から調査をかねて剣沢をつめる。最初の沢を渡るところに見えている堰堤の右をまいて沢にはいると、すぐに二股になりそれぞれに堰堤がある。左の堰堤にむかい、横をまくようにして越えていくが、次々に堰堤が現れる。よくまあここまで工事したものである。途中で正面と右に堰堤がある。正面の梢越しに衝立岩が見えるので、正面を越えていく(右は隣の尾根の土柱がヒダになっている沢でした。)と、やがて斜度30度で100mくらいある明るいナメ滝になったどうやらザイテンの岩稜脇になったようだ。乾いていたら快適だろうが、先日の雨で水流があり、横からも染み出しているので、滑って登れない。ああ。やっぱ沢足でくればよかったなあ。この部分だけはいいが、ここまでがひどい堰堤の連続であった。やっぱこの剣沢に遡行ルートは設定しないことにしよう。側壁を登ってザイテンのミチオルートに出ようとするが、かなりキツイ。こんなに距離があったっけといぶかるくらい登って、やっとルートに出た。ううむ。なんとも深い谷である。おいしいとこ取りの遡行をするにはこの岩壁を40mロープでラッペルしなくてはならないから、いよいよルート設置はできんな。うん。衝立岩にむかってブッシュ帯をヤブ漕ぎする。右手に岩場が見えるたび、そっちへいってうまいアクセスルートを捜すが、カニのたてばいの岩場の横であり、やさしい部分はない。時間は4時。ずうっとブッシュをこぐようにすると、なんとか沢を小滝をまたぐようにして岩場にはいあがれた。この岩場をツルム(搭状岩峰)と名づけよう。沢によって裂かれたように向かい側に岩壁があり、なかなかの岩場である。以前から気になっていたが、まるで“衝立にはいかさないぞ。”と立ちふさがっているように見える岩場だ。これを登ってまた沢をまたぎ、岩壁の横のドロ壁を登る。ここはロープを設置しようか。右にトラバースして衝立下のスラブ(衝立スラブ)を斜上し、木立のある急な岩盤を登って衝立の基部につく。中央の立ち木のある弱点に取り付くが、最初の松の木が枯れてグラついており、引き返す。左にトラバースして崩れそうなクラック岩場の下を通ってうまいこと前剣の鞍部にでた。衝立は基部から見上げると優しく見えるが、横からだと垂直に見える。高さも25mくらいはあるか。ただ、木立もあるし、レッジも豊富なので、なんとか突破できなくもないだろう。しかし、それを見切るには、もう何度か下見をする必要がある。とりあえず、今回の鞍部抜けを一般化するつもりで整備にかかろう。整備しながら衝立の登攀ルートも(できればクラックとスラブの左右2つに)設定しよう。うん。夕方6時、夕日を見送って黄昏の美しさを満喫して下山する。

2月26日:那岐山縦走は雨で中止したが、午後から天気が回復してきたので、ブカブカの長靴をはいて、カッパをはおり、13時から衝立の整備作業にいく。前回のルートを再現し、衝立スラブは開放感ある下部をトラバースして登るようにした。今日も夕方6時までかけて大半を整備できた。綺麗な夕日を満喫して下山。よう遊ばれますこと。と、妻におこられる。あとは、最初接続の40mくらいと直下スラブのルート確定のみ。しかし、このルートを雨上がりにブカブカ長靴でトレースし、なおかつ下降して帰ったといったら初心者はたまげるだろうなあ。通い詰めれば、難所は難所ではなくなるということでしょう。さて、今回も見上げるとなんとかなりそうな弱点が見えた。次回はいよいよロープをもってきて上からラッペルしてトライしてみよう。

あっと言う間に3月:2月は逃げるといくらいすぐに済んでしまった。3月2日、親父の手伝いの合間に気になっていたゴンゲンさん鞍部にできていた刈り払い新道を偵察する。斜めに斜面をトラバース下降して、お隣のお墓に下山した。おお。これの方が歩きやすくていいじゃないか。しかし、だれが刈り払ったのかなあ。親父の手伝い(果樹園一周ドカチンでの防獣フェンスのくい打ち)で両腕がひどくだるいが、夜 操法練習にいく。先輩Tさんにきくと、“おお。あの道は元からあったで。わしゃあ、子供のころはそれを通って登りょうった。”とのこと。昔からあったのか。私は子供のころから石垣越えのルートしか利用していなかったから気づかずじまいだった。誰が整備してくれたのかはさておき、なにかにつけ現行よりいいこのルートに道標を付け直そう。うん。しかし、なんか一気に春めいてきたなあ。上着がいらないくらい暖かくなった。はやく整備しないと暑くなる。でも、親父の手伝いもあるのでなかなか山にいけない。ちょっと焦っています。

マサミチルート開通?:3月17日、幼稚園の卒業式から帰宅し、昼から簡易セット(15mコブ付きロープ)をもって、やりたくてたまらなかったツイタテにとりつく。雲一つない晴天で、風も涼しい。13時、ザイテン分岐(といってもまだ出来てないので、予定地といったもの。)からブッシュをトラバース。ツルムを越えて、スラブの下部をトラバースしてツイタテ基部へ向かう。昨日のまとまった雨でスラブは水がしみでている。こんな日でも確実に通過できるようにブッシュ境界線もたどれるようにする。基部へのルートとしてスラブを直登して強引にブッシュを直登してみたが、危険で、かえってしんどいのでやめにする。スリップしやすいが、基部は初登ルートに確定する。いよいよツイタテを調べる。初登ルートから観察するが、いけそうでいてかなりキツイ一見簡単そうで誘われるが、最初のテラスから上が全くみえない(下からだと、まるで8mくらいしかないように思えるが、実際は25mくらいあり、初登ルートの途中からみるとまさに垂直の壁。)ので、みょうに警戒する。やっぱり上からラッペルするか。大テラスからネズの木に支点をとって下降する。すぐに一段下のテラス。さらにもう一段下のテラスに降りると最初トラバースして取り付けそうなバンドにつながっていた。しかし、これは危険だ。(ううむ。下から取り付かなくて正解であった。)ロープなしでは怖くてどうにもならん。こりゃあ直登は完全なクライミングルートであり、一般化はできんな。うん。しかもテラス(といっても高度がある壁の中で、くつろげるスペースではない。)と数mの完全な垂直壁の段々で、キツさの割りに満足感がなく、クライミングしてもチマチマしてあまりおもしろくない。むしろ回避した初登ルートを登るほうが爽快でおもしろいくらいだ。(衝立岩の登攀部分は小屏風と鷲ノ巣を足して2で割った感じがあります。マサミチルート全体ではスラブのトラバースや弱点をついた登攀などのいろんな要素をギュッと盛り込んでおり、ショートながら内容はすごく濃いです。全身を使ってのハイキングになります。)1時間くらいあちこち関係ないところまで偵察して結局、全て初登のルートを整備してマサミチルートとすることに決める。(偶然か、初登した部分が一番楽しく見所もあった。)6時までかけてついにツイタテの頭まで整備し、稜線ルートとの分岐までつなぐ。ザイテンの分岐と稜線のルートがまだだけど、マサミチルート自体は開通したことになった。ツイタテの頭からクラックの下をみると広めのテラスが段々になっている。こんどはクラックを直登してみよう。こっちなら一般化できそうに思える。(またまた甘いワナかもしれんが。もしできたらマサミチ第二ルート。)6時半下山開始。マサミチルート下降。日が遠くの山にしずみ、薄暗くなったザイテンを急いでおりて帰宅する。さあ、あとはたいして悩むことのない最初のザイテン分岐部分と稜線ルートだけだ。でも、その前にやっぱりクラックをやっておこう。ルートだらけになるかもしれんが、これもほかにはない演出であるし、できなくても初級のバリエーションにはなるだろう。(今度は45mロープの本格装備でいった方がいいな。うん。)夜9時から筋肉痛に鞭うって操法練習にいく。翌日、古傷の左膝がうずく。背中も痛い。こりんなあ。

あだだだだ:昨日は膝と背中がひどく痛んでいたが、今朝はよくなっている。3月19日、東備地区操法大会。機動部のサポートにいく。上着を法被にするか暖かいものにするか。天気がいいから法被でいいか。だが、みょうに冷たい風がふきつけて体がひえる。ああ。もっとあったかいカッコウしてくればよかったなあ。つめたい風はときおり突風になりだした。えらく寒い。しかもじっとビデオ撮影する役なので、なおのこと体がひえる。まあ午前中の辛抱だ。だが、すんだのは13時。帰りの車に乗り込む時はまるで自力下山した遭難者みたいにブルブルガクガク震えまくっていた。夕方、家でくつろいでいたらみょうに古傷の左ひざが痛い。体を冷やしすぎておとといの登攀の疲れがぶりかえしたか。20日、相変わらず疼痛がある。マズイなあ。急坂での作業には耐えれないようになったのだろうか。ちょっと心配になる。

那岐山縦走:小学生の娘を含むオハヨー山岳会5人での山行記録です。那岐山、滝山、広戸仙の3つを那岐連峰というが、このうち那岐山、滝山間は高低差100mくらいの緩やかなアップダウンで展望バツグンであるという。ここで雪の縦走路を歩きたい。(いいねえ。)2月にやるつもりが、県北も県南も雨であったため、この3月に行きなおすことにした。(4月初めまで山頂稜線付近は雪があるはずだ。)できれば、手作りのワカン(棒かんじき)もテストしよう。さらに、車2台を登山口と下山口に停める予定だったのを、折りたたみ自転車(ミニサイクル)を使用して車1台でいくことにした。(かつて蒜山三山縦走でも上蒜山牧場からサイクリング道を犬狭峠までこいでもどったことがあります。)3月26日、朝8時、鵜飼谷温泉に集合。私のワゴンに自転車も積んで出発。1時間で那岐山が見えた。うん?雪がない。雪がないぞ!あんなに降ったのにもうとけたのか。ガーン!!(まるで中林滝の二の舞である。)雪渓程度に残雪があるものの山は“ふつうの山”だ。頭はホーホケキョ。ううむ。残念。ああ、これではワカンのテストもできん。まあ、でも、実際には雪がしっかりあるかもしれんし、行ってみよう。蛇淵ノ滝そばの駐車場に自転車をデポする。下山後に皆に待っていてもらう山の駅を確認し、滝山登山口にむかう。那岐池の手前のダートになった場所(路肩)に駐車する。(本当はもっと先のT字路のへんに駐車する予定だったが、皆が私を気遣ってくれた。)天気はいいはずだったが、今朝になって日本海側は雨か雪になるという天気予報になったので、雨具など装備をおおめに持っていくことにしたが、Kさんは雨具をもってなかった。オマケにマリンブーツを辞めたら運動靴しかない。まずいなあ。ふきさらしで雨雪にあったらひどいことになるが、本人はまったく実感がない。用心してもってきたツェルトや防水シートも装備に加える。9:45 那岐池からスタート。なだらかなダートの林道(自衛隊の演習林)を歩く。分岐に滝山の案内板があり、迷路状だが迷わずにすんだ。T字路を右折し橋を渡って急坂になる。10:25 滝山登山口の駐車場に到着。40分かかった。ここからは山道になり、沢沿いの急坂を登っていくと稲荷神社のえらく急な石段がある。面白そうだが、ずっと急坂続きなので、私とMさんはパスし、物好きな4人は石段に取り付く。(稲荷神社からは水平に合流するので、立ち寄っても高度の損はなかった。)沢を渡ると林道にでた。(ここまで沢の対岸にはこの林道が平走していた。堰堤工事用、滝神社管理用らしい。)やがて石段になり、上に滝とホコラが見えた。おお!なかなかいいじゃないか。滝は右の枝沢にかかっており、15mくらいの岩盤からふりそそいでいる。11:00 滝神社到着。写真をとり、本流ぞいを登っていくと道標がある。うん?小さな文字で左に行くよう書かれてある。前にもしっかり踏み跡があるが、左を見るとトラバースのしっかりした道。さては皆が迷った場所みたいだ。よしよし。左に行くと尾根を直登するようになった。クマザサの中をジグザグに道がついているが、直登した踏み跡がある。適当にショートカットしながら登っていく。石塚みたいな岩場のある5合目をすぎて少しなだらかになるが、なかなか稜線にでない。8合目の杭。ううむ。まだまだ先か。わずかだが雪が見れるようになった。いいかげんバテた12:30 稜線に到着。おお。縦走路の上だけ雪が残っている。パンとおにぎりで昼食をすませ、12:45 軽アイゼンをつけて縦走にかかる。できるだけ雪の上をたどるようにしていくが、完全に雪がきれてしまっている部分もある。雪に慣れたので、アイゼンをはずしたまま歩くことにしたが、運動靴のKさんのみ終始アイゼンをつけたまま歩く。展望はバツグン。軽いアップダウンで4つコブをこえると最期にややきつめの登りかえしで那岐山の三角点へ到着。14:10 意外と早いではないか。これならもっとゆっくりすればよかったか。休憩小屋でトイレをすませ、14:25 下山開始。下山路のCコースは大神岩まで雪がしっかり残っていた。しかし、雪解けでドロドロになった部分もあり、歩きにくい。Kさんはアイゼンをつけ続けていたが、金具を壊してしまった。なくても大丈夫なのではずして歩かせる。14:40 大神岩。ここの展望もなかなかである。ここから先は倒木災害現場になる。ルートが不明瞭になるが、方角はわかっているので雪面をくだっていくと右側に整備されたルートがあった。Kさんがやたら先に行く(先行して休憩することで バテないようにしているが、筋肉の負担が大きく、後で足がつったりします。小学生並のイーブンペースにすることで、皆がバテないようにしているのに判ってないなあ。)ので、皆を待つように注意したが、そのうち見えなくなり、呼んでも返事がなくなった。もう。勝手だなあ。山でここまで協調性がないのは問題である。(かつて沢でもいなくなって、皆に心配かけたのに懲りんなあ。)分岐では待っているだろうと思ったが、いない。どっちへいったんだ。皆で大声でよぶが返事はない。倒木の災害現場は切り出し完了していたが、酷い有様である。さらに自転車まで下山したが、ここにもKさんはいない。いないぞ!どうしよう。携帯がつながったので、いまどこかきくと、“どこかわからん。”とのこと。もう!方向音痴と自称しているくせに先にいくヤツがどこにいる!分岐で待てばいいといっても、その分岐すら判っていないじゃないか!迷っても待っていれば、だれかが助けにくると思っているのか!皆の運命がかかる判断をしなくてはならんリーダーとしてはいかなる時も感情をおしころさなくてはならんが、あまりの非常識に怒りがおさえられない。やがて林道を大回りして下山してきたKさんに、今度やったら参加させんといいわたす。15:40 皆に山の駅までいくよう指示して、自転車にのる。私のザックはみんなが交代でさげていくとのこと。車のキーのみもっていざ、ダウンヒル。タイヤの小さなミニサイクルでの高速下降は恐い。ブレーキをかけるとキー!キキー!!とすごい音がする。思ったよりかなり急坂でブレーキはかけっぱなしである。急に後ブレーキのききが悪くなった。(後で見ると焼き切れていた。)なんとか太い道にでて傾斜がゆるくなったが、それでもキツイ。後ブレーキはまったくきかなくなった。前ブレーキはきくが、加速をくいとめるだけで必死である。とっ止まれん!びゅううう。ぐんぐん加速されてスピードは時速50キロくらい(?)になった。ミニサイクルでこのスピードは恐怖そのもの。げげっ!前方には溝のフタの金網(すのこ)が道を横切っている。小さなタイヤが“すのこ”にハサまったら・・・恐怖でひきつる。ひいい!! ガンッ!無事に通過してほっとするが、同じような金網が先々いくつもあるではないか。

びゅううう。とっ止まれ!止まれ!!うへえええええ。恐怖!恐怖!もう恐怖の連続!!

うわああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!

すのこが何回あったか判らんが、もう顔面蒼白。風が寒い。目頭だけはあつい。止まることのできないままずう〜っとくだり、なんとか止まれたのは国道手前の臭い牛舎の前。もう。信じられん。よくまあ無事で、事故にもあわなかったものである。国道も下りが多くラクであった。国道の最期あたりから登りになるが、たいしてきつくはない。しかし、疲労したのか力がはいらず、尻がいたい。なんとか車についたのは16:15。なんとか35分でこれた。16:30 山の駅にみんなを迎えにいくと、“えらく早かったね。”といわれる。(そりゃあそうさ。)17:30 鵜飼谷温泉帰着。無事解散。

早くも4月:寒の戻りで桜はおくれているけど、確実に春めいてきた。おお、もう4月か。4月1日、登山者からザイテンのカニの横ばいの木がぬけた穴に蜂が巣をしていて危険であると、電話をいただきました。もともとワザとトラバースさせるようにしていた(カニの横ばいがほしかったんです。)ので、迂回路(直ルート)をつけて対処することにします。電話主さんは蜂を退治するのは可哀想がっていたし、ルートをつけかえればいいのだ。うんうん。

嫌なものだなあ:オハヨー山岳会にてNさんを除名しました。一番よく参加してくれていたのですが、勝手な行動に当惑させられることが多く、注意しても忘れてしまうのか性格なのか反省がみられませんでした。非常識ともいえる行動は根本的に山を誤解しているのかもしれませんが、なににせよ遭難事故をおこす前に本人のためにも除名しました。しかし、(どんなに傍迷惑なヒトであっても)ヒトのクビをきるのは嫌なものです。私自身もいたらないところがかなり多いので、身につまされてしまいます。特に仕事では、“もう、しょうがねえなあフジモトさんは。”なんていろんな人に言われているかも。その内、ある日突然、解雇なんて。ああ、いやだいやだ。ううう。子供3人にカネがかかってピーピーいってるのに。生活できなくなるじゃないか。本当、ツッパッてる場合じゃないぞ。どうしよう。そういえば、チクチクと日報の字をもっと綺麗に書けと何度もいわれてたっけ。なんとかせねば。今更、習字をならう気もないので、日報をワープロ化してしまえ。うん。家族のためにも、いい加減に更正せねば。(はっきりいって問題社員でしたから。)じつは先月から部長に、もっと頑張らんと給料は増えんぞと釘をさされていたし、年齢的にも人員配置からいっても私がやらなくてはならんようになっている。(幸運といえます。)のんびりルーチンを確実にこなして、定年まで現状のままやっていけたら、山も今までどおりできていいのだろうが、生活していく為にもしんどい事をこなして昇給せねばならなくなりつつある。(これからは子供にもっともっとカネがかかる。)やれば、出世のチャンスもあろうが、苦難のはじまりでもある。やはりチャンスとしてやるしかないか。うん。もちろん、山も続けますよ。今やめたら完成直前の和気アが荒れちゃいますからね。なんとか開拓は今年か来春には終了し、以降は維持管理だけになるようにする予定です。(甘かったりして。相棒はもっととんでもないヤツだったりして。)ああ、人生のしんどい分岐点にきているなあ。まるで受験生にもどったみたいです。

それにしても:今期はどうも整備がはかどらんなあ。微妙に用事があって山に入れない。バイタリティーがなくなったのか不安になるが、今月後半からは、PTA会長とFOS会長も降りて、(消防団はまた部長になりましたが、)割りと余裕ができるので、そこからあらためてガンガンやるつもりです。暑いだろうが、昔、ザイテン開拓時は7月末までかけてやっていたことを思い出せば平気だ。(あの時は夕立にわざと濡れることで涼しんでいました。)膝も大丈夫そうだし、仕事と山と消防だけなら集中してやれるぞ!(だけならって、多いじゃん。)今年のスローガンは、“仕事に本気になる。和気ア開拓も完成させる。消防は町大会入賞。”です。ついでに来年は、“昇給する。整備完了。めざせ県大会。”です。(ううむ。気が早い。)多少忙しいくらいが、毎日が充実してうまくいくもんなんですよ。よし、本気になった私の凄さをみせてやるぞ。上司よ。登山者よ。消防幹部よ。びっくりするなよ。ぬわははははは!

開拓作業:うん?!操山で無断伐採!山陽新聞に写真入りででかく載っている。古墳への近道を作ったみたいだが、犯罪としてハデに報じられている。皆のためにと思っても、イケナイことなんだよねえ。(私も最初は無許可だったけどさ。)私のマネはおよしなさいって。開拓者は、サルマネしては絶対ダメだって言ってるでしょう。操山は管理センターまであって、完全体制で自然保護管理をしているから、ご近所裏のヤブ山みたいな訳(“町長んとこの馬鹿息子がやりゃあがったんか?もう。しょうがねえなあ。”なんて風に。)にはいかないんですよ。山はどれも同じじゃないって言ってるでしょう。今回のことは、再発防止の見せしめ(警告)もあったこととは思いますが、やった人は自分の行為が自然破壊だけでなく、登山文化も脅かすことになることを理解してほしいですねえ。(ホント、うろたえてるでしょうね。)っと、気分が暗くなったが、気を取り直して、4月6日、衝立岩の開拓にでかける。麓では桜が咲き出し、山ではツツジが咲きだしている。いい天気で、風が涼しくサイコーである。今回は、ロープ持参であったが、クラックもやっぱり一般化はできないと判断。結局、スラブの迂回ルートしかできなかったことになるが、稜線ルートがクラック地帯にかかっており、ロープがあった方がいいかなあというレベルに仕上がったので、満足しています。特に、ロープがいるかなあ部分の下にある岩場の端からの眺めは和気アの最高クラスのものです。左隣はクラックの垂直壁がドオオオン!前方は足元から切れ落ちて、剣沢を俯瞰して高度感バツグン!はるか万富のキリンビール工場まで見晴らしながらのこの光景は、和気アでも最も高い場所にある足元切れ落ち展望所だからかもしれない。通り過ぎたらモッタイナイから案内フダをつけよう。うん。朝4時間、昼4時間やってあとは衝立の頭から剣峰山頂を残すのみ。マサミチルートはザイテンからの派生ショートルートであるが、PH21の最期の立ち寄り遊び場として、稜線を前剣まで縦走し、返りは鞍部から衝立登攀ルートを登って帰れば、最高に面白いものになると思う。(一般化してよかった。)主な見所は、前剣鞍部までの岩場の下降と途中のベストビュー展望場。(歓声があがること請け合い。)前剣から見上げる衝立クラック壁。(降りてきたことが信じられないでしょう。)衝立登攀ルートの変化と垂直スラブの眺め。(鷲ノ巣みたいで面白いです。)さらに、衝立の頭から見るザイテングラードの広大なフランケ(側壁。)。(これからこのザイテンを下山するのかと思ったら誰もがワクワクしますよ。)といったところでしょうか。でもザイテンからツルムをこえて衝立基部にたどり着く部分もスリルもあって、捨てがたい面白さがあるのでマイッちゃうなあ。うん。ザイテンエリアだけを遊びにきた人は、登りはマサミチルートでツルムから衝立登攀。前剣を往復したらザイテンを下降して下山すれば満足できますよ。ラスト、夕方6時に電話のあった蜂の巣を見にいくが、どこかわからない。しまった。蜂が飛ばなくなったら巣もどこかわからんではないか。あああ。また今度だ。夜、疲れていたが、うれしさもあり、筋肉痛に鞭打って操法練習にいく。翌朝、ぐああ。あだだだ。(こりんなあ。)

ネーミング:チョット悩んでいます。“東壁”は、個性的ではないけど、前穂高岳のは有名だし、一つくらいはそんなのも欲しかったからいいんです。問題は“衝立岩”で、縦のクラックが発達しているから、滝谷の岩場みたいだけど、滝谷にはダイヤモンドフェイスくらいしか個性的なネーミングがないし、(ツルムはもらっちゃったけど。)かといって剣峰“南壁”なんてのはいかん。やっぱり、ハングはないけど貴重な垂直壁(和気アで広大な垂直壁があるのは東壁奥壁、鷲ノ巣、衝立岩の3つのみ。)なので、“ツイタテ”にしておきます。ツイタテはやっぱり最低でも垂直でなくっちゃねえ。なんたって“不可能の代名詞”ですから。うん。

時々思う妄想:生物は、物質的には遺伝子プログラムのみが不変な有機化合物であり、物質自体は交換可能である。本能というあらかじめプログラムされた行動をとり、高等なものは、経験を記憶することで、自己判断ができるようになる。この自己判断が、“意思”であり、意思は、複雑な感情を生み、感情は行動の判断基準になっている。コンピューターでも自己判断できる“意思”をもったものが開発されている。機械はあくまでも交換可能な宿り場で、プログラムだけが不変としたら、なんかコンピューターが人工生物みたいに思えてくる。形式が違うだけで、なんらかの方法で変換できたら、コンピューターは人間になるかもしれないし、人間はコンピューターになるかもしれない。もしかしたら、生物が海から陸、さらに宇宙へと進出しているみたいに、人間はコンピューターと融合することで進化し、有機物の宿り場をはなれ、“意思”だけの存在として、宇宙空間や時間を超越した異次元へも進出するかもしれない。なんか、そうなるとまるで神様である。(おお。なんか面白い。)もしかして、この“意思”こそ“神”なのかも。神はご先祖様ではなく、はるか遠い子孫なのかも。(よしよし。これはウリピー=ジョーンズの第2弾に使えるぞ!)そして、子孫は、自分が出現できるように、進化のプログラムをご先祖にインプットしていたとしたら、今こうして私が真実(?)に気づくこともシナリオ通りのことだったりして。(なんかタイムループをめぐっているというか、自分がオシャカ様の手の平にいる孫悟空みたいでイヤだなあ。)自分は、実は単なる進化プログラムに支配されているだけの存在で、判断、行動、運命はあらかじめ決まっているのであり、意思などは、自分で判断をしているという“錯覚”を持たされているだけなのかもしれない。(なんかマトリックスみたい。)予知、錯覚などは時間を越えたプログラムの残像を時折感じているのかもしれない。(なんか複雑。アインシュタイン並の妄想ぶりだあ。)ゲームをやっていて、判っているのに同じ所で同じように何度もやられる自分にプログラムされた自分を感じてしまう私です。

振り子沢雪渓登攀とそり滑降:オハヨー山岳会の山行記録です。大山東壁。そこから落ちれば命はない。何人もの命を飲み込んだ崖下の谷は、その名もズバリ 地獄谷。その剣呑極まりない場所にあって、唯一といえる登攀可能な沢が振り子沢である。とはいえ、冬は雪崩れの宝庫で、その時期に踏み込むことは死を意味するという。9年前の4月下旬、山をはじめて1年目のペーペーであった私は、なんにも雪山のことを知らずに、平日 単独でこの沢にいどみ、何度も迷いながら退路を断たれる思いで登攀し、終日誰にも会わず、大山寺へ無事下山した。大冒険であったと同時に雪山の素晴らしさに取り付かれた。(翌年4月初めには雪の駒鳥小屋に一人っきりで一泊し、単身空身で東壁本沢を1500Mくらいまで詰めたこともあります。やること危険過ぎ?)5年前、5月下旬でもタップリ雪があることを皆に教えたくて、娘もつれて5人で登攀したが、雪が少なくてひどく難渋し、体力的に引き返すのが困難になって、これまた大山寺へ下山した。なんとか振り子沢を往復したい。特に、帰りは滑りたい。スキーは落石でキズだらけになるだろうし、大掛かりになるし、かといってシリセードでは滑りが悪かろう。そうそう。そりだ。子供用のうちわみたいなアレ。那岐山でやったじゃないか。うんうん。しかし、往復は鳥越峠でバテるだろうなあ。やっぱガイドブックにあるように大山寺から取り付いて下降するだけかなあ。いや、空身で登攀すればなんとかなるかも。しっかり飲み食いしてから取り付けばできそうだ。ううむ。登攀に2時間半もかかる雪山でザックを麓において登るのは勇気がいるが、やるとしたらこれしか方法はない。引き返すタイムリミットは13時。無理しても14時にはユーターンしなくてはマズイ。稜線までとどくかなあ。せめて1300Mの展望がひらける所までは行きたい。前日の4月21日になっても、私は悩んでいた。しかも明日の天候が思わしくないのである。昼から雨。なんかマズイ。Iさんから棄権しますとの電話。夜のニュースで、除雪車が走っている映像。昨日、季節はずれの降雪があり、大山環状線は20センチも積もったとのこと。非常にめずらしいことだ。おお。ラッキー!と喜んだと同時に、ハッとなる。コチコチに融解再凍結した上の新雪。表層雪崩れ。そこは雪崩れの宝庫。おおお。これはダメだあ。こりゃあもう和気アの作りかけの新ルートでもガイドするかなあ。とりあえず、大山でも和気アでもいいように準備をし、当日朝相談して決めることにした。4月22日、朝6時 鵜飼谷温泉集合。Mさんは5年前のバテバテ山行に行きそびれてからずっと憧れていたので、撤退してもいいからいける所までいきたいとのこと。皆もせっかく早朝から集まったんだし(そんなことはどうでもいいだろう。本末転倒。危ないんだってば。もう。)ということで、了承。(なんなんだ。この展開は。ああ。またまた剣呑な山行にならなきゃいいけど。)と、ここまでが前置きである。(長っ!)院庄から高速。蒜山SAで雪をまとった大山に歓声をあげる。薄曇ではあるが、ガスっておらず、みごとな眺めである。4月下旬の大山には見えない。どうみても3月である。なんかいい感じ。江府でおりて田舎風のポプラで昼食弁当を購入。江尾から御机を経て健康の森Pへ。(三ノ沢よりここの方が戻るのが楽。)8:40着。駐車場は車でいっぱい。なんか大勢登っているようだ。最初の一歩から真っ白な雪面で、軽アイゼンをつける。大勢の先行者のおかげでトレースがしっかりついているので、それにしたがっていくとあっさり鳥越峠についた。雪が多いのと雪質がいいのとで、じつに歩きやすい。雪も綺麗で最高である。これならいっそキリン峠にいってみたいが、それはまた今度だ。注意して急坂をくだり、駒鳥小屋についたのが10:20。地獄谷の川原は一面の雪でスノーブリッジがまだまだしっかりしている。そこに高校の山岳部らしき20張りくらいのテントがズラリ。おお。なんと!こりゃあ本格的にやってるなあ。おもわぬ展開である。振り子沢入り口の前で弁当をたべ、荷物をまとめておいておき、私だけ軽量ザックにコップ、地図、コンパス、カメラのみいれて、皆は空身で10:40登攀開始。右手には子供のそり。左手はストック。8千円の安物軽登山靴に軽アイゼン。ナメきったような格好で、他の登山者に白い目で見られるかも。暑くなったら上着を脱いで、雪から出ている木にくくりつけて行く。のどが渇いたらストック先にコップをつけて側壁から流れ落ちている雪解け水(あちこち結構上の方まである。)をくむつもりで、水筒はなし。(流水そばは雪が底抜けになっていて危険なのでこうするが、今回は結局だれも水を欲しなかった。)地獄谷からずっと雪渓で、雪質がいいのとステップがきっちりついている(ここでこんなことは初めてです。)おかげで、楽勝。荷物もないので早い。煩わされるブッシュも雪が多いから埋没しており、どんどん高度をかせいでいく。天気も悪くならず、薄日すらさしてきた。稜線まで見渡せる1300Mまでくると。先行者が大勢いるではないか。振り子沢がこんなにぎやかだとは。スキーヤーが3人も滑ってきて、あっという間に下に消えた。2時間半登って、2分半で降下である。赤いカッパの一団が先行しているが、良く見るとザックを背負ってないぞ。さてはテントの連中か。ザックを背負っていた別のパーティーはザックをここで降ろしている。やった。空身で正解だった。思い切った作戦だったが、やってる人はいるものだなあ。考えることは同じか。後から来た登山者も空身である。空身の登山者ばっかり。これではノーザックがここの正統スタイルみたいだ。ラストの10mがアイスバーンになっていて危険(落ちても無事止るから知れているが、怖い。)だったので右の草つきに回避したが、アイゼンが必要だったのはそこだけで、横にズレたままの実質ノーアイゼンで稜線まで登ってしまった。時刻はまだ12:00。えらく早い。半分の1時間20分で来たことになる。こんなに簡単にここまでこれたとは。ガスっておらず、大喜びで写真を撮る。赤カッパの高校生たちははしゃいだあとアイスバーンでグリセードの練習をして下山していった。さて、いよいよそりの登場である。雪質からいって緩斜面で止まる。ならばできるだけ粘って滑るべきだ。よし。リージュみたいにあお向けになってスタート。おお。いいぞ。これはいい。他の登山者からうらやましい目でみられている。子供の尻そりがここでブレイクしそうだ。最初は恐がっていた皆も大喜び。その内には歩いた方が早いくらいの斜面でも無理して滑ろうとするくらいになった。脱いだ上着を回収し、地獄谷のザックにもどったのが12:50。天気は変化なく、おだやかである。パンでもかじってから帰ろうといったが、皆は早く帰りたがったので、出発。しかし、たった190mの登り返しがしんどい。やはりバテている。トラバース手前で小休止。パンを食べてエネルギーチャージ。鳥越峠で一休みし、あとはトレースを無視して新雪の感触を楽しみながら車までゆるやかなブナの林を一直線に下山する。(雪がたっぷりあれば、安心してこれができる。)14:40 下山完了。綺麗なトイレがある鍵掛け峠で最期の写真をとる。今日一日まったくガスらなかった。大満足して帰路につくと江尾では雨になった。下界は降っていたのか。まったく幸運な一日であった。雪崩れも心配したような状況ではなく、逆に快適であった。登った時間帯はちょうどステップにいい硬さだったし、降りる時も安全な柔らかさであった。ただ、帰りの190mの登り返しがクサって滑ったくらいのことである。うまいこといいコンディションのタイミングで行動したものだと思う。17:30 和気帰着。無事解散。

衝立岩マサミチルート開通:4月27日、残りの稜線部分を朝9時から12時半までかけてコースサインもつけて、ついに開通させました。道標はまだですが、迷わず歩けます。昼からさっそく岡大の先生方一行を案内し、試踏しました。なかなか好評でした。ミツバチの巣も判ったので、回避するように近日中に整備します。HPや地図も更新しなくちゃね。今、ツツジと藤が同時に見れます。なんか今春は特別だなあ。

5月3日:昨日入手した廃材の板切れにマジックで道標を書き込み、昼1時からトラロープやなんやかや一式をかついでザイテンを登る。晴天でカンカン照りだが、風が涼しい。夕方7時前までかけてなんとか仕上げて下山する。夜は消防機庫の片付けをする。

HP更新:くたびれで頭が痛いが、なんとかHPや地図を更新した。GWなのに家族サービスがないと、妻や娘達から非難をあびる。ゆるしてくれい。

ああ。文章が短い理由がわかるでしょ。

5月25日:岡大の先生一行を東壁からダンガメ稜をガイドした。リッジルートは縦走してきてすり足で下降する人が多いらしく、地面が靴底ですられて土のステップがくずれたり、もともとモロい岩がボロボロになっていた。このルートも保全しなくてはいかんなあ。

どうも鼻水がとまらん:風邪か?この頃は土手の黄色いきれいな花は外来種で勝手に繁殖していて花粉症にもなるという。これなのかなあ。自然物でアレルギーになるのは私にとっては屈辱に思えるので、気を集中し、平気。平気。と、自己暗示をかけたら治った。いまにして思えば、暑かったり寒かったりで、寝不足や寝冷えして体調を崩していただけだったみたいである。まだくたびれがあり、皮膚の抵抗力が落ちて水虫になっている。しっかり寝て、血行を良くし、頭をしっかりさせないと気力もなくなるし、考え事もできん。山にも仕事にも家族にも、すべきことはしっかりこなしていきたい。それには体調管理が大事。体調の悪い時は、山をやりたくても我慢して休まなくてはならないということか。焦らず我慢。我慢は苦手だけど我慢。うん。

奇岩めぐりの玉峰山5月28日、オハヨー山岳会の6人で行った山行記録です。島根県の玉峰山(たまみねさん)820mは、由緒ある信仰の山であるが、ハイカーのために登山道が整備されており、登山口の亀嵩は松本清張の“砂の器”のロケ地で、最近できた亀嵩温泉とセットでたのしむハイカー集団が多い。Hさんが、そのツアーの広告をみて私に行きたいというので、今回 島根県まで足を伸ばすことにした。まあ、家族連れでもOKという山だから軽かろう。ここまで来たついでに温泉だけでなく観光もしてこよう。(なんか社内旅行感覚。)朝7時 鵜飼谷温泉集合。今回はフツウのハイキングだからということで、Iさんと足をリハビリ中のI2さんが参加。ためしにナビにガイドさせるが、出発は高速を和気からのってぐるりと遠回りしようとするわ、近くになってヘンな細道で近回りしようとするわでかえって混乱させられた。(高速は院庄からのったが、インターまでずっと和気にひきかえすようにしつこくガイドしつづけた。近場で指示にしたがって横にはいったらすごく細いグネグネ道になってヒヤヒヤしながら突破したら、わずかな近道にしかなっておらず、時間はかえってロスした。もうコノヤローは!ガイドさすんじゃなかったわい。したがった自分にも腹が立つ。)一度迷った後で、登山口の看板をみつけて10:20 駐車場着。トイレをすませてスタート。すぐに雄滝。なかなか端正な滝で、まわりの切り立った岩盤がいい。登山道にもどり、のんびり登っていくとバクチ岩などの大岩がある。周回ルートの分岐をすぎると小窓岩。岩くぐりをする面白い所だ。登山道は歩きやすく、地図とはちがって双耳峰を縦走している。手前のピーク直下の岩肌を屏風岩というらしいが見づらかった。11:40 山頂着。一日中、降ったりやんだりの天気であったが、昼食中はあがってくれた。山頂で3人の若い山伏にあった。一人は女性であった。(山伏というのは女人禁制ではないのかな。)ここまででよかったのは雄滝小窓岩だけである。しょうもないものにゴタイソウな名前がついているかもしれないが、下山は分岐から見所の多そうな周回コースをとる。はずしたものもあったが、あちこちに石仏が設置されていて、コーモリ岩しわ岩などは取り付きたくなるくらいのいい花崗岩である。とくにハングが半ドーム状になった“かざし岩”には歓声をあげる。(ただし、ルーフはモロいのでハングのクライミングは無理。)窓岩ではそばの踏み跡をたどると、上にある岩場で小窓岩みたいに岩くぐりをして遊べた。いいじゃないか。三本松はすでに3本とも枯れて、1本は切り株になったりしてるけど、そばの岩は面白い。滑りやすい板の小橋は雨の日は要注意だが、面白い岩場をめぐっているこのルートはなかなかよくできている。あとはもう少し枝払いして、多くの奇岩や糸滝をもっと見えるようにしてやれば最高だろう。やがて尾根上で単調になり、切り株になった一本松の分岐から雌滝にくだると立派な鉄の階段がある。スリップに注意しながら下ると岩のつまった滝口から落ちる暗い雌滝。(女性器を連想してのネーミングなような気もする。ううん、我ながらスケベだ。)さらに下の階段をくだっていて私はスリップしてしまい、えらく滑落してしまった。大事にならなかったが、私が痛い目に会うのは、いつもきまって人工物によってである。沢を小橋で渡る小滝付近は風情があり、面白さのいい締めくくりである。ほどなく14:20 駐車場に帰還する。なかなかの内容であった。さあ。お決まりの亀嵩温泉にいこう。おお、建物がデカイ。スタッフも多く、いい雰囲気で、温泉も500円で、うむ。満足。最後に、駅長さんが手打ちしているという名物のJR木次線 亀嵩駅舎の出雲そばを食べにいく。さっさと私は“割り子そば”650円を注文するが、Hさんなどは映画のロケ地のプラットホームに上がって写真を撮って喜んでいる。Hさんの注文は“やまかけそば”650円。値段にしては割り子そばは量がすくなかった。Hさんのやまかけそばはドロドロで味がないという。割り子の醤油タレをかけるがどうにも味がうすいらしい。思わずHさんの口から小さく“まずい。”の声が漏れた。はずしたなあと帰路につく。珍しいスイッチバックのある出雲坂根駅の延命水の看板が目についたので、気分なおしに立ち寄る。地元の方から駐車場下のではなく駅構内に沸いている水の方がうまいと教えてもらい、全員ありがたく水をくんで帰る。19:20 和気帰着。無事解散。

オハヨー山岳会解散:私自身、いいかげんに仕事にもマジメに打ち込まなくてはならんし、受験生の父親としても、忙しく働きながら家事もこなす女房にたいしても、家族サービスもせずに毎月必ず遊びにいくというのは、もう慎まなくてはならない。山岳会のメンバーもくたびれかげんでハードな内容には参加がなく、中には体力に自信がないので辞めさせてほしいという方もいるくらいなので、今度を最後にしてオハヨー山岳会を解散することにしました。かれこれ5年半、55回におよぶリーダー山行は私にとってもすごくいい勉強になり、感慨深いものです。特に沢登りをかなり本格的にやれたのと、雪遊びもいろいろできたのは皆がいてくれたからだと感謝しています。

オハヨーラスト山行。兵庫県 加西市 笠松山と社町 数曽寺山6月18日、5人で行ったオハヨー山岳会の最後の山行記録です。

今回は当初 県北の沢をやるつもりだったが、ライトな内容にすべく、六甲の摩耶山ハイクに変更していた。しかし、解散を決意するにいたって、この秋に予定していた岩山に急遽変更した。偶然インターネットで見つけた知る人ぞ知るという低山だが、和気アのいいライバルになるような岩山なので、ぜひ行ってみたい。今じゃ暑いけど曇り空なら行けるだろう。また、最後をかざるにもふさわしい面白さをもっていそうである。朝7時、鵜飼谷温泉に集合。今回を最後にすることを皆に爆弾宣言すると、お世話になりましたと結構サバサバしたものである。まあ、今までのことで十分満足できてるからだろう。それでラスト山行を予定変更で笠松山にするというと皆は了承。姫路バイパス、加古川バイパスから372号線を北上し、加西市へ。細い急坂の峠を乗り越え、釣り橋の下をくぐって9時すぎに登山口の古法華寺に到着。雨上がりでガスっていて全体が見えなかったが、どこからでもとりつけそうな岩場だらけの低山である。アバウトな地図とインターネットでの情報しかないが、とりあえず適当な所から登ろう。笠松山展望台の道標があったので、9:20 とりあえず、それにしたがってスタート。道沿いに手作りの石仏がならんでおり、個性豊かでたのしい。石仏工房の前をすぎて山道になるが、いきなりの岩盤歩きである。ううむ、ここまで岩だらけとは。高御位山にまけない岩のボリュームである。垂直な崖は石切り場であり、自然の岩場ではないので、風情では和気アに分があるが、手軽さと岩場の多さではこちらが上である。なにより岩稜歩きがあちこちで楽しめるし、面白そうなスラブもあちこちにある。しかも、人の考えることはだいたい同じなものらしく、行こうとする場所には先人の踏み跡がちゃんとあるので、思いつきによるルート取りがあまりにも手軽に自由にできる。岩遊び(アルパインハイキング)するにはこの上なくうってつけで楽しい所である。皆も満足。あそこも歩きたいなあ。などと、あちこちの岩稜を見渡しながら笠松山山頂の展望台に到着。ガスが晴れてきた。展望がよくなったが暑くもなりそうだ。山頂から北側は岩場が少ないので引き返す。分岐で間違って来た方へ戻る。スベリ台みたいな岩場が切れ落ちているのに気づきこれを往復したくなるが、ちょっと苦戦しそうだ。またいつかこれをヤリに来よう。分岐にもどり、歩きたかった石切り場の上の岩稜を歩き、トレースできそうな岩の枝尾根にも立ち寄ったりしながら、釣り橋手前の顕著な岩尾根に到着。まだ歩き出して1時間しかたっていない。ここで、大河ドラマ 武蔵MUSASIで、武蔵が比良山系を歩くシーンをロケしたらしい。ザックをおいて岩稜の端まで往復して武蔵気分で歩く。釣り橋を渡って善防山にむかうが、Kさんは釣り橋をワザとゆらして遊んでいる。善防山は岩壁があちこちに切り立っていて、向かいから眺めるにはいいが、実際歩くと岩場は少ないようにおもえるので、というか、暑さに負けて 山頂には行かず、周回ルートをたどって、これまた歩きたくなった岩稜のある尾根に向かう。風のあたる部分で休みながらいくつかピークをこすと下山ルートの分岐。ザックをおいて尾根先の岩稜に立ち寄る。おお。これはいい!眺めもよくてこれはこの山で最高級の場所だ。ううう。和気アの負け〜。くそう。播磨のライバル山達に対抗すべく面白いルートを和気アに作ってきたが、最後になってこんなヤツが播磨にいたなんて。しかもすごくマイナーな250Mそこそこのくせにこんな山なんて。くくく。頑張って怪獣退治してきたのに最後になってゼットンにやられたウルトラマンみたいだ。(かくなる上はなにがなんでも行者コースツインスラブを完成させねばなるまい。この山は、開拓者などいなくても皆が自由にルート設定できるという特徴をもっている。なんたる強敵。まるでターミネーター2のT1000みたいなヤツである。ただ、下山ルートはかなり崩れて歩きにくくなっており、大山同様 尾根上のルートにも地面がもろくて崩壊しかかっている部分もあった。いい山だがもっといたわってやらねばなるまい。車にもどると11:30。なんと2時間でいいとこ取りの充実した岩山歩きが堪能できた。我ながらうまいことおいしいとこ取りできたと思う。未練はスベリ台みたいなあのスラブ。必ずまた来よう。帰りは麓のキャンプ場めぐりをする。バーベキューしに来たくなるいい場所である。今度は家族をつれてこよう。弁当は食わずに下山してしまったので、もう一つのマイナーな岩山へいってそこで昼食にしよう。30分もあれば行けるだろう。皆も期待して賛成。弁当を食うだけのために立ち寄るマイナーな岩山とは372号線をさらにいった社町の数曽寺山(かそじやま)である。これこそまさに知る人ぞ知るマイナー岩山である。ムキムキの岩尾根が4本あるだけだが、そのムキムキぶりは異様である。規模が小さく1時間そこそこで終わりそうなので、これだけにわざわざ来ることはできないが、今回は午前中で笠松山をすませたので、ちょうどいい。オハヨー山岳会オオトリの山である。12時、山口集落の公民館に駐車し、車道を歩いて別荘地を登っていく。峠をこえて登り返すのに手前の道をたどってしまい、横の藪をこいで強引に急坂を岩尾根に登る。カンカン照りになって暑い。ハアハアいいながら岩尾根の最初のピークの上で12:20 昼食。風がときおり吹くので助かるがひどい日焼け顔になりそうだ。2番目のピークから池にのびているみごとな岩尾根をながめながら弁当を食べる。ザックをおいて2番目のピークまで往復することにする。KさんとIさんは用心してザックを背負っていくという。2番目のピークは降りるのがやっかいなくらいの岩場の急登であった。ピークに到着すると4番目のピークから池にのびる岩壁をはりめぐらせたような岩尾根が見えて皆 歓声をあげる。いやあ、来たかいがあった。しかし、笠松山の後なのでイマイチ興奮しないのが残念である。引き返そうとすると、さっきの難渋しそうなのを降りるより池にのびる岩尾根をたどりたいとKさんとIさんがいうので許可し、お互いに写真をとりあいながら二手に分かれて池めざして下山する。Kさん達の尾根は快適そのものでうらやましい。ちょっと心配だったが、ちゃんとルートがあったそうで、池までの下降もスムーズにあっさりできたとのこと。こちらもKさん達に合流すべく道なき急な岩場を池まで下降する。だが明確なルートはなく雨の水路を足を滑らせながら下降したりする。なんとか先人の踏跡をみつけて無事下山した。池のそばには滝がありHさんが水遊びをしたがる。池から林道をたどるが、車とは反対方向にすすんでいる。皆はかまわんといったが、えらく歩いた末に車道にでたら、1km以上も戻らなくてはならなくなった。カンカン照りの中、そばを流れる小川に飛び込みたい衝動をおさえながら14時 車に戻る。面白かったが、大変な目にもあうといういかにもオハヨー山岳会らしい山行であったと、笑いながら帰路につく。帰りは高速をとばし、15:40 和気帰着。無事解散。皆さんお疲れ様でした。

手軽さ:和気アで、笠松山みたいな手軽さといえば、八ツ峰岩くらいなものか。岩山西壁の行者コースとツインスラブは手軽さを加えたものに仕上げよう。よし。コンセプトはOK。T1000め、和気アは負けないぞ。筋金入りの相棒がいるんだからな。

そういえば:薬剤散布を6月のはじめと終わりにいつもやっていたが、お知らせのチラシがなかったなあ。と、今頃気が付いて役場に問い合わせると、予算がなくて今年はしないそうです善玉も悪玉も皆殺しという薬剤散布がなくなったのはいいことなのかもしれないが、今後の松枯れ防止の対応いかんではマズイことになるかもしれないことはいえる。ただ不安がってもしょうがない。今回はとりあえず様子を見ることにしよう。益原の地主さんなどは個別に枯れ松を伐採し、薪状にしてその上だけに薬をまいていました。(本来はこれが一番いい方法です。)手間のかかる作業ですが、松茸山を守ろうとする意気込みが伝わります。人と自然が調和してこそ松茸は生える。松茸山こそ理想の里山であると思っておりますので、地主さんの取り組みにエールを送ります。

岩山偵察山行:昨日、ベテラン鈴木氏が雨のなかをダイレクトルンゼとバットレス奥のガリーを登攀したとメールがあった。てっきり中止すると思っていたのになんとまあ。普通の人ならあの世行きになりかねないが、いつも沢をズックで登っている鈴木氏だから、なんでもなかったのだろう。(絶対、真似しないでください。死にます。)つくづく凄い。こりゃかなわん。これに刺激されて、翌6月26日、曇り空の中、カッパをはおり長靴をはいて、9時から13:30までかけて岩山を試登する。清麻呂そうめん工場脇から畑の防獣フェンス沿いに山にむかい、アプローチ部分だけを刈り払う。しかし、蔓草かぶりの篠竹の密集地で1mすすむのにも大変。ノコの柄がばかになるは刃を手にあてて負傷してしまうは大苦戦。カッパは藪ゴミで真っ黒。革手袋もアオミドロでヌルヌルになる。蔓草のトンネルを開通し、防獣フェンスで通行止めにされている南からの道に合流し、なんとかアプローチを開通した。これからやっと試登であるが、もうすでにバテバテ。台三郎谷からとりついたつもりだったが、後で確認すると一つ北の石切り場の間の谷だった。滝の水音に誘われて、ガレを登ると雨上がりで小滝があった。この滝を強引に直登すると急坂の壁にかこまれる。左側をまいてそのまま左へ斜上し、岩場をたどると大きなスラブの下に出た。なんか見覚えがある。これは以前 迷い込んでヒヤヒヤしながら突破したツインスラブの北下ではないか。ブカブカ長靴ではどうにもならない。右にまいてこんどは右に斜上し、岩場をたどってツインスラブの南下につく。しかしこれも長靴では無理であった。しかたなくさらに右にまいて、台三郎谷によってみようとするもえぐれた谷でどうにも近寄れない。立ち木をつかんで体を引き上げながら急坂を突破し、稜線手前の以前 作りかけにしたルートに這いあがる。しばらく稜線の岩場で涼しんでから作りかけルートを下山する。夕方、吉井川堤防から岩と地形をチェックし、今日のルートを確認する。夜、あれこれと新ルートをどう引くべきか検討するも、フェース下など、まだ調査をしなくてはならん部分があるので考えがまとまらない。どっちにせよ、これはどうみても手軽なものにはならん温泉に近いというだけで、マサミチルート以上の険悪ルートになってしまうかもしれん。コンセプト変更というか消滅!だな。うん。(おいおい。)もう他所の山やコンセプトなどどうでもいい。やりたいからヤル。ただそれだけ!だいたい岩の多さが全てではない。面白いルートがどれだけあるかなのだハードだろうが、その分面白ければいいのだ。(うん。そうそう。)この岩山の西面は、今の私ですら苦戦する急坂岩まじりの悪場だらけで、よくまあこんな土地を所有しているものだと呆れるくらいです。そんな中を全く意味もなく、弱点を縫いながらラインを引こうというのだから、これはもう“行者コース”と名付けないとクレームがつくルートになるでしょうね。ツインスラブ稜線フェースを廻れるようにしたいのだが、どんな仕上がりになるやら。できてみてのお楽しみです。ただ、縦走の立ち寄り場としてはちょっとキツ過ぎるかも。

台三郎谷登攀:6月29日、朝9時 台三郎谷に取り付く。麓は石垣と篠竹の薮なので、手前から斜めに山に入ると沢のそばに石組みがあり、神社かなにかの跡があった。ううむ。ウチの土地にこんな遺跡があったとは、もしかして稜線直下のフェースを御神体とでもしていたのだろうか。沢はきれいな岩盤で、左脇には獣道らしいものが並走している。この岩山は、あちこちに獣道のトラバース道がある。かまわず沢の岩盤を登攀する。濡れて滑るので注意しながらステップやホールドをひろいながら登っていくと、二又になる。登り易い右をとるが、獣道が横切るところで左の本流にスイッチする。やがて右側がひらけてスラブになったので苔むした沢からスラブ登攀に切り替える。右を巻けばなんでもないスラブだが、あえて無理してみる。重心を足の真上にもってくれば滑らないので、歩幅をせまくし、近くのホールドだけで辛抱するようにしたら正面突破できた。岩場がつづくのでこのまま稜線フェースになるかと思ったら土の木立になる。でもすぐに岩場にもどり、稜線フェースが立ちはだかった。おお。やった。これはいい。垂直部分は10m、トータル20mの岩壁である。垂直部分の足元にトラバースできるので左に移り、稜線3m下もトラバースできそうだったが、ここでいきなりスズメバチ(?)に右腕をさされた。ぐあ!いてえ。この先に巣があるとマズイので稜線に逃げる。刺された部分は、うんで小さな穴があいたものの、なぜかはれもせず、かえって気合がはいって元気になった。(ふん。頼みもせんのに注射なんかしやがって。)フェースをトラバースせずに右の岩場を直登する予定部分を慎重に下降する。垂直予定部分の上は素晴らしい展望所である。さらに下降し、今度はフェースの足元をトラバースして岩混じりのブッシュをツインスラブにむかう。以前のルートにでて、ツインスラブの上へ。ツインスラブは逆V字形のリッジめいた綺麗なスラブで、ノッペリしているので急坂になると冷や汗が出る所だ。取り付くとすぐ隣に同じようなスラブが見えるのでこう名付けたが、上で合流するし、北側のほうが長大である。南側は短いが、おもしろい岩場が麓近くまで続くのでルートにするには適している。以前のルートを下降し、途中から岩混じりの木立をトラバースして北スラブの足元へ。先日きたことを確認し、さらにトラバースしてあっさり南スラブの足元へ辿り着く。南スラブ足元から尾根づたいに岩場を下降し、最後は右の台三郎谷に降りる。沢には降りず、並走する獣道を下降して神社跡へ戻る。11:30 篠竹をこいで石垣を飛び降りて生還する。よし。今回は調べたいことがかなりできたぞ。やはり行者コースは台三郎谷を沢とスラブを直登する今回のルートで決定である。ちょっと枝をはらい、コースサインをつけるだけで完成だが、ベテラン鈴木さんは狂喜しても皆は途中で泣き出すでしょうね。鎖をどれだけ設置すべきかが検討課題である。付けなければ荒神ー直登よりハードなアルパインルートである。ううむ。バリエーションとすべきかどうか悩むなあ。なお、あとは南スラブを登攀して合流部分をチェックすれば偵察と試登は完了です。ルートは意外とラクにできそうだが、鎖をかつぎあげるのが大変になりそうだ。北スラブは鎖がないと私でも限界レベルなので完全にバリエーションルートである。フリクションのきくクライミングシューズを持って来て履きかえれば遊べる場所である。もしかしてもっとも温泉に近く、取り方によってはもっともハードな内容をもつ手軽(といえるかしらん?)で魅力的なエリアができそうだ。いまや完全にシーズンオフの灼熱地獄ではあるが、ワクワクしている私です。ああ。これが自分の所有地だなんてサイコー!!!(こないだまで呆れていたくせに。)皆さんご期待くださいね。(不安がってるかもね。)それにしても、このごろやたらムカデやハチを目にしだしたので、気をつけよう。なお、昼1時からは岡大の先生一行をガイドし、荒神ー直登ルートを登攀する。日差しはキツイが、風のある場所ではいい景色を楽しめた。夕方、リコのお相手さがしに中山の友人を訪ねると、サイズの大きなビーグルであったので諦める。帰る途中で散歩している小さなビーグルを発見し、形振り構わず声をかける。失礼そのものであったが、よければどうぞとのこと。家に戻って家族会議。ちょっと尻尾が短く耳も小さめだが、かわいいからいいかということになった。(ちゃんと血統書はあったが、もしかして雑種が入っているかもしれない。)ううむ。またもう一度見にいこう。

ネーミング:今回、岩山に下降用エスケープコースをふくめ、4つの新ルート(どれも完全な新開拓。)ができるが、台三郎谷 行者コースだけしか名前がない。ツインスラブがまだ調査中だからどうなるかわからんが、魅力的な名前の候補をそろえておいてピッタリに思えるやつをあてがうつもりです。ツインスラブもなにかいい名前が浮かべば、変えるかも。スラブだけどリッジみたいだからスラブリッジ。ううむ。いまいち。

ツインスラブ南側登攀:7月4日、また9時から13時半まで岩山を試登調査する。登山口から台三郎谷の行者小屋跡(親父に訊いてもわからないのでこうしておきます。)まで整備し、沢もきれいにしながら登る。なかなか小滝が風情あって満足。小滝の上がすべるナメなので、ここだけロープでもつけよう。二股は左がえぐれているので右を。獣道で左へ移り、そのまま左尾根に見える岩場まで登る。あとは快適な岩尾根をたどる。枝をはらって整備しながら登っていく。これはラクにいいルートができそうだわい。ところが、ツインスラブに到達するとツルツルの急坂で両脇が吸い込まれそうに切れ落ちていた。ネズの枝をつかんでなんとかクリアしたが、鎖がないと命掛けになる。しかも上はドン詰まりである。枝をはらいながら強引にはいあがろうとしたら足が滑った。ザザアア。ひいっ!左足が偶然岩棚を拾い、1mの滑落で停止できたが、左膝と腹をすりむく。ううむ。死ぬとこだった。痛む膝をだましながら再登し、安全地帯に這い上がる。おお。ここは先日稜線フェース下をトラバースしてきたことがある。北スラブに向かうルートに向かい、合流できたので整備する。縦走路から稜線フェースの展望場までも整備したが、暑さとさっきの精神ダメージで下降せずひきかえす。北スラブの上までもどり、さっきの滑落現場をみると淵上をたどれそうだ。なんだ突破せずこっちへトラバースすればよかったのか。前回、稜線フェースのトラバースも不可能に思えていたが出来たし、ここのトラバースも出来そうになくても出来るみたいである。また今度ロープを持ってきてツインスラブを徹底的に調査しよう。下山するが、なぜかツインスラブ北下にもどるのがハードに感じた。北スラブは緩斜面に思えるが、スタンス、ホールドが乏しい上、両サイドが切れ落ちているからクライミングシューズがないと怖くて今の自分では無理と判断。大人しくさらにトラバースして南スラブに戻ろうとしたら、岩壁でいき詰まった。ホントこの山はルートをちょっとズレただけでえらく剣呑な目にあうなあ。なんとか南スラブにもどり、下山する。ううむ。やっぱりこのエリアは一般化しないほうがいいかなあ。ロープと鎖だらけになりそうである。急に弱気になった。(最初とえらい変わりよう。)一息いれたあと夕方3時から夜7時まで親父の手伝いで野良仕事をする。完全にバテた。

名前変更(決定):昨日のツインスラブ南側をトレースするのを岩山 行者コースとしよう。滑落部分に鎖をつければ、岩山では一番ラクなコースだし、一般道としてもなんとか大丈夫だろう。ただし、下降は困難で膝が笑いそうです。台三郎谷(だいざぶろうた)の直登ルートはバリエーションレベルだから稜線直下フェースを藤本壁(とうごうへき)と命名し、台三郎谷 藤本壁ルートとします。(一番最初につけていたのを採用しました。登り専用です。)なお、ツインスラブも不帰スラブ(かえらずスラブ)とし、ツインスラブ北側を直登するのを不帰スラブルートとしますモロくてノッペリの急坂スラブで、両脇が切れ落ちているので、鎖なしでは私でも限界レベルで、名前のとおりになりかねません。鎖をつける予定ですが、20m以上になるので、つけずにバリエーションとすべきか悩んでいます。(いずれにせよ危険すぎるので、下降は禁止とします。足が滑って鎖をはなしたら、両サイドの垂壁に吸い込まれてタダではすみません。)また、去年の仕掛りルートを活かすか閉鎖するかも悩んでいます不帰スラブから藤本壁へのトラバースを一般化整備できるかどうかで、コース内容が変わるかもしれませんが、名前はこれでよしとします。

不帰スラブ登攀:7月11日、8ミリ30mロープとトラロープ、ハンマー、クライミングシューズなどを担ぎ、沢での簡易装備を腰につけて朝9:30入山。重いザックを背負うとこんなに大変だったかと後悔しながら沢の小滝を登り、滑るナメにトラロープを設置する。左尾根に上がり、急坂にあえぎながら不帰スラブに到着。思いのほかしんどい。バテかげんでクライミングシューズに履き替えて、ロープを首にかけてフリーソロ。クライミングシューズでも滑るではないか。スラブの滑らかさと傾斜のキツさはやはり手強い。なんとか突破してネズに支点をとってラッペルするが、10m以上の距離があり、こりゃあ鎖があっても普通の人は怖くて動けなくなりそうだだめだ。一般化は無理。半分途方にくれながら荷上げして上端をトラバース。北側のスラブを上から行くことにする。ラッペルの支点となる松の枝払いをしていざラッペル。ところが、これも思いのほか傾斜のキツい部分があり、8ミリロープでは不安になるくらいだった。1回目はアッセンダーでセルフビレイをスライドさせながら登攀。2回目はノービレイで登攀する。ううむ。やっぱり手強い。これも鎖があっても無理だ。しばし呆然とたたずみ、クライミング場をあつらえただけではないかと呆れる。スラブの股下を覗くと苔むしているが、えぐれてはいないようだ。(南側からはえぐれているように見えたので、オーバーハングがあるのではと期待したが、ないみたいだ。)けっきょく、ハンマーでピトンを打つ気力もわかず、スゴスゴ撤収する。13:30帰宅し、シャワーをあびて昼寝(フテ寝)。体中がだるい。心身ともにバテている。夜になって、核心部は突破せず、右の台三郎谷にトラバースするか、左の股下に逃げて、松の木登りで北側上に突破するというアイデアがわく。どっちにしても出来たら面白そうだが、かなりハードだろうなあ。ああ、まだまだ調査しなくてはならん。整備段階になるのはまだ先になりそうだ。なお、調査で枝払いしたものの完成したら閉鎖になる部分が、このエリアでは迷った分 結構ありそうである。まいったなあ。そうでなくても獣道がやたら多くて迷いやすいのに、いよいよルートが難解な仕上がりになるかも。でも、うまく突破できたら最高だ。まだまだ希望はある。バテバテだけどやれるだけのことはやってみよう。うん。

ドラキュラ藤本のミッションインポシブル:連日35度の猛暑であるが、早起き騒音ジジイを見習って朝の涼しい時期に登ってしまえば、現場に日陰と風があれば作業はできる。不帰スラブ南側で行き詰まっている状況を打破すべく、7月15日、軽装速攻突破スタイルにもどって、金テープをポケットに、ベルトに500mlの水のペットボトルをさげて、頭には黄色い粗品のタオルをかぶり、革手袋をはめて、折りたたみノコだけをもっていく。(毎度、下山したら顔も服も真っ黒で浮浪者みたいになる。ザックがないので登山者には見えない。ノコギリをもった“危険な不審者”そのものである。)ちょっと寝坊して朝8時入山。西面なのでまだ日がささず、快適に登って問題の現場につく。こんな場所に一般道をつくるなんて困難です困難がなんだ。これは不可能な作戦なのだ。と、トム=クルーズをきどって作業にかかる。まずは行き詰まった先端まで登る。ここはなかなか面白い巨岩登りである。これを通行止めにはしたくないなあ。しかし、この先は右側しか逃げ道はない。それは岩盤だらけの台三郎谷に向かってトラバースすることになる。はたして(一般道にするのだからアクロバットぬきで、)突破できるのか。ネズや松の枝を払って、右下に岩場の弱点をたどって下る。すると岩棚があり、少々岩をつかんでのトラバースになるが、立ち木をつかんで一段上に這い上がることができた。さらに右に斜上し、ちょっとした岩登りで左上にスラブ上端が見えている場所にでた。やった!できた。これは奇跡的といえるくらいうまく弱点をついたルートだ。ここまでの枝をきっちり払って仕上げ、さらにはスラブ上端のトラバースも整備開通し、ついに行者ルートが開通した。傑作ルートである。満足満足。(ただし、不帰スラブから山頂までは凡化します。演出して所々お助けコブロープでもつけて、つまらん部分をスピーディーに通過できるように仕上げよう。)うれしくなって調子もあがり、トラバース反対側の台三郎谷の藤本壁下部までのトラバースも簡単に整備できた。案の定、日陰で風があるので、バテず、10時すぎまで作業できたが、10:30ごろからこの西面にも日が差し始めた。直射日光をあびたとたん。ぐわあ!アッチー!!なんたる熱線。日がさすと同時に風も止んでしまった。自分でもおかしいくらい、急速にガクッとバイタリティーがなくなる。その劇的なダメージは、まるで朝日をあびたドラキュラである。血液がドロドロになって脳動脈がつまりかけているのか、頭痛がしだす。うぐう。むむむ。気分はトム=クルーズから一気にドラキュラになってしまった。だめだ。この日光の下では死んじまう。今日はこれまでか。一般道とするからには一応下降もできなくてはと、巨岩を下るがここは降りるにはキツイ。ヘロヘロになっていたが、右側に下降用の迂回路を作る。しかし、少しやさしくなっただけで、下降はやはりキツめである。まあこんなとこかと、ふと左を見ると岩の間から不帰スラブの股下へ降りれそうである。もしかして松の木登りで不帰スラブ北側に抜けれるかも。どうする。すでに開通して満足しているが、できたらもっと面白いことになるので、ゴソゴソと岩の間を股下に降りる。うっ!足長蜂が飛んでいる。1m先に蜂の巣がある。どうする。極力そ〜っとそばをぬけて、松の木のはえているところにたどりつく。ところが、苔むしたドロ壁でほとんど垂直で4mくらいもあり、これは登れない。かんじんの松もはるかに高い所にはえていて手がとどかない。バテと満足で、あっさりあきらめ、蜂の巣があるので、巨岩の下側を回ってルートにもどる。(この巨岩めぐりも風情があるが、そっとしておこう。)岩尾根をフラフラになって下降し(ここもけっこうキツイぞ。初心者には下降は無理だな。うん。)、ブッシュに入って休憩。バテてはいるが、やはり開通できたのがうれしくて、ちょっと休むと、気分だけは元気になる。ここから麓の行者小屋跡までも整備してやるか。バテた体に鞭打って一番作業がラクなルート取りで整備する。沢沿いも整備して、完全に開通できた。沢の小滝を下降するのは無理だし、水流があって登れない場合でのいい迂回路になるだろう。(でも、通常ならこの小滝を登れるくらいの登攀能力はないと行者コースはいいとしても、直登の藤本壁ルートは行き詰まってしまいます。)11:50、下山完了。例によってノコを持った不審者となって温泉駐車場にもどる。バテているはずなのに、帰宅してからも今日一日はウキウキしまくっていた。さあ、あとは、もう一度 藤本壁ルートを直登整備して、上部の展望所とバンドのトラバースを整備すれば、こっちも完成だ。(自信あり。)さてさて、不帰スラブの北尾根が残ってもったいないけど、どうする。やはり鎖をつけてやるか。いや、危険すぎる。ううむ。どうするべきか。クライミングエリアとして開放し、スラブ沿いに周回ルートをつけてやるか。うん。それがいいんじゃないか。よしやろうやろう。(どうなりますやら。)

なお、今回の岩山エリアの新ルートは、部分的にバリエーションレベルであるため、下降は困難で危険な上、落石事故や滑落事故がおきかねないので、登攀専用とし、一般ハイカーの下降は禁止とします。ご了承ください。なんじゃ?温泉に降りれんのか。なんのために作ったんじゃあ。という方に一言。意味はありません。そこに面白いモノがあったというだけです。理想は、2泊3日で遊びに来て、1日目に表銀座、2日目に裏銀座をやった後、3日目の朝、帰る前にここで空身で遊んでください。疲れていても苦にならず、ショートでありながら、これまでの総仕上げみたいな充実した登攀が楽しめます。裏銀座まで踏破しておけば技量がついてきますから、おそらく藤本壁ルートを登って行者コースを無事に降りて来れるでしょう。ロープなしで岩遊びできる限界レベルの周回コースですので、最後のお楽しみに取っておいてください。(まるで、ポケモンの最後にミューツーを捕まえにいくようなものです。)ただし、和気アにはじめて来た方が、最初にこのエリアに取り付いたらちょっとアブナイかも。コウジングロ直登ルート、衝立岩マサミチルート、台三郎谷 藤本壁ルートなどの近年の新ルートはバリエーションレベルといえなくもないからです。(理由はもう判ってますよね。)和気アの新ルートを全て踏破している重症和気アル中患者の皆さん。さあ、ドラキュラじゃなくてトム=クルーズになった気分で攀じてみましょう。

浮石:昨日16日から足首が痛い。そういえば前日にハデにひねったなあと思い出した。行者小屋跡周辺の石垣はかなりガレており、浮石で足首を捻挫しやすい。特に下降してきてやれやれと気が抜けた時は要注意だ。行者コースを下山した私は両足ともひねってしまった。早く車のエアコンの涼風をあびたかったせいもあり、急いで、いいかげんな足運びをしたのがマズかった。ぐきっ!ううっ。さらにぐきっ!つはーっ!こけずに持ちこたえたものの痛くて歩けない。やぶ蚊にさされながらもしばし前かがみでたたずむはめに。皆さんもお気をつけください。

獣道(けものみち):今までなんどもこれに助けられました。普通のハイカーなら迷わされる迷惑な存在でしょうが、藪や岩場を突破するのに私はよく利用させてもらっています。危うく遭難しかけた時もイノシシ道をたどってルートに出ることができたので、清麻呂をイノシシが助けた伝説はこのことからきているのではと思っています。特に今回の岩山エリアのトラバース部分はほとんどがイノシシや鹿が開拓したものです。ルート上にはよく鹿の糞が落ちていますので想像がつくでしょう。実際、歩きやすく、難所にもかかわらず、じつにみごとに弱点をついています。正直いって、イノシシや鹿に悪いなあという思いがあります。ああ、ここは水飲み場でそのための通い道だったのか。大事な君達の生活の場を侵害してごめんよ。不必要に人をいれないようにするから許してくれい。といった気持ちです。私が地主なので、どうしようと勝手なのでありますが、ここに住んでいる動物達(キノコや植物も)はそうっとしておいてやりたい。樹林帯でありながら切り立った岩盤が点在してやたら険しいこの土地だからこそ、自然生物にとっては人間の来ない楽園であるように思われてならないからです。岩山登山口には上級レベルのルートにつき初心者や大勢は無理です。ご遠慮ください。と、掲示するつもりです。

また!?蜂の襲来と滑落7月25日 13時に台三郎谷 藤本壁ルート(だいざぶろうたん とうごうへきルート:こう読んでくださいね。剣岳の谷や徳本峠と同じ読み方にしたわけです。鈴鹿の御在所岳の藤内壁もチョット意識しています。)が開通しました。猛暑のお返しとばかりにここ何日も雨が降り、九州では水害がひどいが、今日になって天気がよくなった。家のまわりの草刈をして、9時半に台三郎谷にとりつくが、今日も明け方まで降っていたので、全体的に濡れており、沢だけでなくスラブもやたらとよく滑る。前回、楽勝だった部分が今回はえらく手強くて、ドロのザレに逃げるようにコース取りして枝払いしながら整備する。おかげで、雨上がりでも突破できる回避ルート部分を何箇所か作ったことになる。なんとか行者コースへエスケープできる部分にたどり着き一息つく。この先はいよいよ藤本壁の真っ只中に突入することになる。前回トラバースした展望バツグンのテラスの右の所へ来たが、ここから直登することができない。ステップが濡れてヌルヌルなのもあるが、無理して突破したら取り返しのつかないことになりそうだったので、2mだけ登って飛び降りる。まいったなあ。エスケープ分岐まで戻って右側に回り込むか。でも、ここまできて端っこに逃げるのもシャクだし、あっちもあっちでかなりキツそうだ。(また今度、この右側も調査してみよう。)仕方ない。前回同様にトラバースするか。トラバース出だしに蛇の抜け殻があったので片付ける。マムシだろうか。こんなところで出会いたくないなあ。足元切れ落ちの岩場で逃げられないぞ。しかも、なんかマサミチルートみたいに初登したルートしか抜け道がなかったりして。やがてその通りであることが判った。(なんたる現実。)トラバースから斜上する部分は、藤本壁の全体が見渡せて絶景であるが、その斜上のきわどいこと。落ちたらオシマイな怖い部分や崩れそうな部分もあり、すべったらヤバイので緊張しっぱなしである。こりゃあ一般化は無理というか、したらおえんわい。素人には完全に無理だし、少しでも壊されたら、通れなくなるぞ。うん。前回は最後にドロの急坂を作りかけ道に這い上がったが、今回は稜線の3m下をもう一度トラバースして、展望場に繋げることにした。(おお。これはいい。)前回たしかここらへんで蜂に刺されたが、今日はいない。あれはアブだったのかなあ。よし。あと10mで展望所に繋がるぞ。刈ったツツジを横の潅木帯にバサッとやったとたん、ブーーーン!いきなり蜂の群れに襲われた。わひい!おでこを刺された。あとは夢中で払って逃げたが、肘と顔もヒリヒリしている。ううむ。ここまできてエライことになったわい。どこか見えないがツツジのあった岩のそばに巣があるのは確実だ。これではこのトラバースは断念せざるを得ない。今度 殺虫剤でももってきて退治するか?でも、舞い戻って先々この岩場に巣をされてはなあ。冬限定のルートにするか。ううむ。ううう・・・。と、いきなり、ブーーーン!!うわあっ!みると玉虫であった。おんどりゃあ。ビビらせやがって!もう。虫の羽音がトラウマになっている。これまで足が滑ることでスラブがやたら急坂に思え、いいかげん精神的に参っていたところへ この打撃である。日差しがキツく、水は飲み干している。心身ともにバテてしまい、考えがまとまらない。前回のひどいドロ急坂から稜線に這い上がり、しばらくぼーっとたたずむ。トボトボと前回作った展望所にいく。マイッているせいか、ここもやたら怖い。先端のネズを払うともっと真下が見えるようになるのに気づきヒヤヒヤしながら払う。いいものになった。前回 ここから南側を巻いて降りたので、これを整備してこの展望所が孤立しないようにするか。(トラバースルートは最後のドロ壁にロープをつければいいか。)ところが、最初のトラバースのすぐ上まで降りて行き詰まった。しまった。2m上がってやめた時に松の枝を払ったから、つかむものがなくて降りれなくなったわい。(しかし、前回はよくこれを降りたなあ。)ううむ。これはたとえ繋げても、ブッシュの加減か中央を突破するのにもかかわらず、トラバースルートほど面白くないぞ。やめよう。ヒイヒイいいながら急坂を攀じ登って展望所へもどる。やはりこの展望所はハイカーには怖すぎる。ああ、せっかく整備したのに完全に孤立してしまった。むむむ。やはりここへトラバースを繋げよう。往生際悪く決心し、こちらからトラバースをむかえるように枝払いしていくと、ツツジの岩場には巣はなく、ツツジをかぶせた潅木に巣があることが判った。やった。ザイテンのミツバチみたいに地面じゃないぞ。これならそばを通り抜けられそうだ。13時 ついに開通。おおお。これはすごいルートになったわい。滝登りに始まり、ナメを這い、スラブを攀じて、急坂ブッシュを抜けたら垂直壁が立ちふさがり、ど真ん中をトラバースして斜上したらまたトラバースしかえして、最後に切れ落ちた展望所があるという内容。これが全てワザと立ち寄っているのではなく、他にルートが取れないで仕方なく取ったラインというのだからたいしたものである。おかげで、最初のナメにロープがあるだけで、あとは全て自然のホールドである。よくまあ鎖やロープに頼らずこれだけの内容を突破できたなあと感心する。でも、やはりこのルートは一般開放はすべきではないと思った。今日のコンディションでは私の限界レベルである。(例の鈴木さんなら楽勝でしょうけど、普通のハイカーでは遭難します。)これは完全なバリエーションルートです。しかも最初から最後まで緊張し、波状的に弛緩部分と緊迫部分がくるので、精神的にかなり揺すぶられます。凄いルートの開通も疲労からか感激もそこそこで下山にかかる。グズグズするといよいよバテて行者コースを降りれなくなりそうな気がする。藤本壁トラバースを試しに降りてみる。(台三郎谷は降りれないから途中で行者にスイッチするつもり。)ううむ。なんとか降りれるが、かなり険しい。上から落とした枝を片付けながら下って行者にスイッチ。ところが、油断したか、ぼーっとしたか、行者最後の核心部でハデに足が滑った。ネズにつかまろうとしたが、ノコを持っていたためつかみ切れず滑落。ひいっ。恐怖で引きつる。3m落ちてブッシュで止まったが、もう30度左にむかっていたらスラブに運ばれて台三郎谷に吸い込まれていたかもしれない。登り返せないのでブッシュをこいでルートにショートカットする。このせいで、いよいよ下山する気力も失せてしまい、なんどもうずくまりながら行者の岩尾根を自分でもおかしいくらいノロノロと降りる。(もうほとんど遭難者状態。)14時に下山できたが、もうクタクタ。家でシャワーをあびて2リットルくらい水分を取り、やっと正気になる。じわじわと凄いモノを作ってやったぞという気持ちが湧いてきて、夕方からはウキウキしだす。よし、あとは不帰スラブの周回ルートを整備すれば、一応完成だ。(なお、藤本壁の直登と迂回ルートは面白さよりハードさが上回りそうなので調査だけにする予定です。)ただし、行者コースもハイカーには危険すぎるので下降禁止とします

不帰スラブ周回ルート開通:7月27日、カーペットの洗濯と物干しを手伝って、朝10時から不帰スラブの周回ルート整備に入山する。昨日からのカンカン照りで、女房も“ようやるわ。”と、呆れ顔。でも、西面で風があるので午前中ならなんとか耐えれる。行者の岩尾根からトラバース。巨大ボルダーめいた岩場(不帰スラブの下部)がすぐに現れる。林の中の岩場とはいえなかなかいい風情がある。これを回りこんでボルダーの上へ登り、不帰スラブの取り付きまで登攀する。取り付きから一旦 岩壁づたいの急坂を降りて不帰スラブの下端を忠実にトラバースする。この部分はバンド(帯状岩棚)になっていて、ルートの下も岩壁になっている。うん、これも面白い。不帰スラブはうねった巨岩の岩壁となっていて、あちこちにルートがひけそうで、振り返ってみてもワクワクする。昼過ぎになってさすがにバテてしまったが、なんとか去年の作りかけルートに合流した。狙いどおりの場所だったので思わず笑いが出た。今までいろいろ調査してトラバースした中で、一番いい部分をトレースできたわい。13時半、周回ルート開通。短いけど、これは島根の玉峰山の奇岩めぐりの周回ルートを凝縮したようないいものになったわい。行者の尾根を登って、これを降りて、くるりと山腹を一周するのもおもしろいだろう。(逆周りもいいかもしれない。)これを行者の周回コースとするか。(なんだか餃子のシュウマイコースみたいだがまあいいか。)仕上げに作りかけルートを刈り枝で通行止めして閉鎖する。重い枯れ木を移動して完全にバテた。下山しようとするが、体がだるい。(一昨日と同じ展開だあ。)まいったなあ。ここからの下山が、ひどく難行苦行に思えてしかたない。遭難者みたいにヘロヘロになって14時に下山。帰宅し、水分を2リットルくらい取り、シャワーをあびて正気になる。少し昼寝をしてリコのワクチン注射をしに高島までドライブする。さあて、あとは藤本壁の右端を調査するだけだ。(もしかしてここにもトンデモナイものがあったりして。)今も、これを書いていてワクワクしている。自分の所有地にクライミングゲレンンデがあるからである。人工壁(クライミングボードのつなぎ合せ)を持っているクライマーは大勢いても、ゲレンデを所有しているクライマーなどほとんどいないだろうなあ。うん。ワンピッチでハングもないけど、不帰スラブと藤本壁を合わせると鷲ノ巣と同じくらいの規模になるし、なにより台三郎谷の登攀自体がホンチャンさながらの内容である。(アイゼン装着で登攀すれば、まさにホンチャン。)とりあえず、アルパインハイキングとしてのルート整備だけで公開するが、来年はじっくりとクライミングルートを作っていきたい。まずほしいのは、ツルツル垂直のアブミ掛けかえルートです。(やると非難轟々のボルトラダーです。)スポーツクライミングのゲレンデではなく、脆くて湿った岩での実践クライミング(冒険登山)の練習場がほしいからである。自分所有の岩場なら、お構いなくやれて、自分のレベルに合わせた自分好みの内容のルートがひけて、ゲレンデとして完成するころにはかなりレベルアップできそうだ。山遊び人からスーパー山遊び人(登攀力を競うクライマーではなく、あくまでも山と語り合う山遊び人。)になるかもね。

おっと!:よくこのHPを見たら、立ち上げた5年前にバリエーション開拓をやるぞといってますね。(おやまあ。ホント。)言い出してからも一般ルートにあけくれ、(当初バリエーションとしていたルートですら一般化し、バリエーションレベルであってもノーロープでもなんとかできる(させる)ようにしています。)いよいよやり尽くした6年後にやっと取り掛かれることになりそうです。まるまる5年間も先送りになったのは私が横着なのもありますが、相棒のこの山が、バリエーションを探しにいった私に次から次へと面白いモノを見せたせいです。小数のクライマーだけでなく、もっと多くの皆にも見せてやりたいという気持ちにさせられたからです。クライマー専用ならルート設定は楽チンなものをウンウン悩みながら一般化したりしました。なあんにもない山ならさっさと開拓は終了していて、しょうがないから無理やり困難なだけのバリエーションを作っていたでしょう。でも、相棒はどんなに困難でもそれを上回る面白さをちゃんと持っている凄いヤツなのです。

なんと言ったらいいのか(運命?)今回、開拓した“岩山 西面エリア”は温泉新道の通行禁止という非常事態がなかったら、その存在すら気づかずじまいだったでしょう。(魅力も感じず、永久に踏み込むことはなかったでしょう。)和気アには5つの岩場エリアがあるといっていたままだったでしょうね。代替ルートを作ろうとして踏み込んで、こんな身近な温泉手前からいつも見えていた岩場が、まさかこんなに面白い内容だったとは、和気ア最後にして最難関のアルパインハイキングルートを自分の土地にひけたとは、そしてこれをもって和気アの命名10周年を迎えられるとは。やっぱり、なんとも特別ななにかがあるような気がしてしかたがない。なんでこうなっちゃうんだろうか。ううむ。(何度もいうけど、うらやましい?)でも、もしかして、まだ第7のエリアが登場したりして。(まるで子供が好きだったセーラームーンみたいにどんどん仲間の数が増えていくなあ。)ちょっと困るなあ。なんちゃって。

いよいよ200ページ:ついに200ページになってしまった。ううむ。100ページになったのはいつだっけ?ううんと・・・・ええい。面倒しい!!!(ちょうど2年前だった。)今期でコラムを変更しよう。(ついに自分でも嫌になった皆さん拍手。)“和気ア開拓10年の歴史”ということでキリのいい所できりあげて、続きは新コラムにしよう。うん。(なにが10年の歴史じゃあ。関係ない失敗談やボヤキばあじゃがな。)

岩山開拓完了:昨日はせっかくの休みだったが、親父の手伝いをさせられて、朝の1時間といっていたのが3時間もこき使われ、腕は擦り傷だらけ、すっかりバテて昼からはなにもできなかった。(まあ、いつものことです。)今日 8月1日は昼からの遅出だったので、2時間の勝負をするつもりで、気合を入れて8:15 台三郎谷に取り付く。めざすは藤本壁下部からの右へのルート調査である。水は涸れていて回避せずにどんどん攀じ登っていく。日があたらないからいいものの、それでもあまりの急坂で息がきれる。今回で3回目の登攀だが、いっこうにやさしく感じられない。相変わらずハードで無理をすると行き詰まる。なんとか不帰スラブへのエスケープ分岐までたどり着く。やっぱりこれは下降不可能だな。うん。ここから右側へのルートはやっぱり困難なだけになりそうだ。あっさり諦めて、トラバース右上のどん詰まりに行く。ちょっとアクロバットぎみだが右へのトラバースができる。以前上から降りたのもこの右よりだったことに気づいて枝払いしながらトラバースし、登れそうな場所から思い切ってクライミング。ちょっとザレぎみであるが、藤本壁南側の中央を稜線に登りきった。同時に開拓できた。よしよし。クライミングルートだが、これなら無理じゃない。いいものができたわい。藤本壁は展望所を中心に垂直の北側と緩斜面の南側に分けられるので、それぞれにノーロープで登攀できるアルパインハイキングルートができたことになる。新ルートクライミングでモチベーションがあがったのか展望所から見下ろしても今日は怖くない。まったく暑くなく風が涼しい。こりゃあ夏でも朝なら遊べるな。満足して不帰スラブルートを下山。しかし、一番やさしいルートなのにキツイではないか。やはりバテている。行者の岩尾根にたどり着くころ急に左膝に痛みがきた。マズイ。またやったのか?!かなり痛みがひどくびっこをひきひき沢沿いを下る。やっと調査開拓終了し、あとはコースサインをつけるだけなのに、なんということだ。なんとか下山し、9:50帰宅する。シャワーをあび、膝に湿布をあてる。幸い痛みはひいた。(やれやれ。)だが、もう無理はできんこの岩山のルートはバリエーションレベルなので、連日何度も訪ねることは中年太りにはキツ過ぎる藤本壁と不帰スラブにクライミング場を整備するつもりだったが、これではできそうもない。さてどうしたものか。なお、例の鈴木さんなら大喜びするかと思ってテスト山行に誘ってしまったが、この膝で案内同行できるかなあ。それと7月に開通といっていたのが整備完了はお盆前になりそうである。まいったなあ。(ホント。)

腱鞘炎?:膝の痛みは関節ではなく腱鞘炎だったみたいである。そういえば当日は妙に脚が筋肉痛をおこしていたし、以前からかすかに両方の膝上が痛む感じがあった。台三郎谷を登攀するには筋力トレーニングしておかないと脚が耐えられないみたいだ。また、ロッククライミングや樹木をつかんで登り降りしたせいか、ここのところ首や背中が痛い。仕事も頑張らなくてはならんのに、こんなハードなルートに通わなくてはならんとはツライもんだなあ。HPも直さなきゃあならんし、クライミング場整備などいろいろやりたいことや、しないとおえんことがあるのに。もう。こんなクソ暑い中で、こんなハードで内容ギッチリなのを相手しなくてはならんとは。もう。もう。くたびれもあって、考えがまとまらず、混乱しかけているみたいだし、あせっているみたいだし。もう。もう。もう。(完全なボヤキです。というか泣き言です。)こんな状態で脚に不安をもつなんて。ああ。どうすりゃあいいんじゃあ。ああ。ああ。ほんまにもう。ああ。ああ。ああ。(こりゃあもう救いようがないね。)

整備状況:8月4日、この時期になっても整備し続けるのは初めてで、夏本番の猛暑中ではあるが、西面で午前中は日当たりが弱く、そよ風もあるので、朝9時から13時までかけて台三郎谷 藤本壁ルートにコースサイン(金テープと黄ラッカー)をつける。アプローチのクモの巣が減っているみたいである。(鳥に食われたか?)最初の沢では、やぶ蚊にたかられるが、スラブに出ると消散する。どうやら日なたには出られないようだ。最初のスラブの取り付きと中間には岩が濡れている場合の迂回路をつくりエスケープ分岐手前のハードな岩場には沢から直登するクライミングルートを設定した。(濡れていると危険でダメですが、実はこれが初登ルートで、お勧めです最初のスラブの迂回路やこのハード部分の通常ルートは雨上がりに第2登した時に整備したものです。)また、第3登で登攀した藤本壁の南側の直登ルートもハードなので、クライミングルートとして設定することにした。(この2つのクライミングルートは完全なバリエーションなので、黄ラッカーをチョンづけした程度のコースサインをつけています。でもまあ、ここまでやってくるような人は、このクライミングルートを楽々登攀することができるような人ばかりでしょうね。)藤本壁の南北2ルートにコースサインをつけるにあたり、どちらも登攀専用で、下降は気力をかなり消耗するので、(バテ加減では危険で無理。)悩んだあげく、とりあえず、ダブルトラバースの北側をトレースする。最後の足長蜂の巣をみると、やあーまだまだワンワンおるわい。ああ。この黄ラッカーが殺虫剤でないのが残念である。(おいおい。襲ってこないミツバチには共生の気持ちがあったのに、2度もさされた足長蜂には情け無用か?自分ながら勝手なものである。)今回、これまでやるのが怖かった展望所の先端にひっかかったネズの枝を棒切れで落とすのをやってみる。うう。もうちょい。やった。落とせた。ぞおおおお。うへえ。落ちるのを見送るんじゃなかったわい。(腰が抜けかけた。)気持ちを落ち着かせ、無理を承知で南側の直登ルートを下山してみる。ずいぶんザレている。アテにしたスタンスが、実は砕けるように割れており、ただ乗っかっているだけのものが2つもある。事故の元になるので、クライミングルートにするために剥離しそうなスタンスはこの際 剥がして落とすことにした。まず、大きい方を持ち上げてみると思いのほかあっさりと、ごっそり剥がれた。ううむ。こんなのを踏んで登っていたのか。(かつての自分がいかにアブナイことをしていたのか今さらながら認識して心の中でうなった。)しかしデカイ!50cm四方くらいある。ためらいながら、こいつを落とす。まるで落盤事故をおこしたみたいに砕け散り、ガラガラと落石音を響かせて消え去った。わあ、やらなきゃよかったよお。怖あああ。でも、クライミング中に崩れたらと思うともっと恐ろしい。これはやっておかねばならないことである。開き直って2つ目を剥がして落とし、剥がした跡のドロを手ではらい、さらに浮石を落としながら下降する。(この南側はかなりもろい岩場なので、まだまだ剥離するホールドがたくさん残っていますが、剥がしても玉葱みたいにキリがないので、“アテにされるとマズイものを除去する”にとどめています。)なんとかトラバース分岐まで降り立ち、しばらく休んだ後、今度は黄ラッカーをチョンづけしながら登り返す。脆い岩とザレに泣かされるがなんとかルートにできた。やれやれ。(なお、ラストはどっちでもお好きな方をどうぞ。といった感じです。クライミングでしめくくりたいなら、立ち込むのに少々ボルダリング的アクロバットがいり、モロイ岩やザレでヒヤヒヤさせられますが、南側をどうぞじっくりと景観を満喫したいなら、遠回りですが、ダブルトラバースの北側をどうぞ。なお、乾いていたら藤本壁の真中を直登することもできるが、(濡れているとヌルヌルになります。)出だしが急坂で危険すぎるし、上ではブッシュになるし、ブッシュを回避しても困難なわりに面白くなさそうなので、ルート設定はしていません。ブッシュを間伐して、出だしに鎖をつけたら、ルートになるかもしれないが、行者尾根のどん詰まりみたいに危険すぎるだろうからやめておきます。)さて、どうやって下山しよう。下山は困難で体力気力を残しておかないといけないことは身をもって経験済みであるが、完全に限界モード。しばらく木陰にへたり込むが、時間の経過とともに体力気力が失われていく8月日中の和気アはバーティカルリミットを越えているのだ。(笑。うまいこと言うなあ。)早く下山しないとマズイ。しかも慎重に。悩んだあげく、滑落した行者尾根を下降する。滑落現場を慎重に枝を持ち替えながら通過し、30分かけて下山する。帰宅し、シャワーをあびて元気になるが、午後はバタンキューで、いつものことであるが、翌日の今日になって記録をつけている。だが、今日もくたびれがひどく、朝は顔がむくみ、頭はシャンとせず、記録するのがつらい。そういえば、今回 左膝はもったが、立ち込みでふんばったせいか今度は右膝がシクシク痛んだ。でも、たいしたことはなく耐えている。ちょっと安心。でも、膝の限界に近いことをやっていることは認識させられた。(体も心も技も力も全てが限界にちかいことを要求されるとは、まるで小西政継にとってのアマ・ダブラムみたいな山である。和気のアマ・ダブラムか。いいねえ。なんか凄いけど、もしかしてその感ありかも。)さあてと、後は行者尾根と不帰スラブ周回にコースサインをつけて、かの鈴木さんとテスト山行をして、反応を見た上で扱いを決め、分岐に道標(エスケープとか、進入禁止とか)をつければ完成です扱いとしては、おそらく宗堂池周辺と同じ感じになりそうです。ただし、これは山の保護のためでなく、登山者の安全のためです。大勢がワイワイ来たら間違いなく遭難します。なんせ和気アのアマ・ダブラムですから

ゲレンデ開拓に関して:なお、鈴木さんにはテスト山行としてだけでなく、不帰スラブと藤本壁を視察してもらい、できれば、(本人は自信がなさそうでしたが、)クライミング練習場としてロートルアルパインクライマーが楽しめるルートを作ってくれるようゲレンデ作りを頼むつもりです。 鈴木さんに委託する理由は、私と同じ趣味であること。(かないませんが、ちょっとしたライバル的存在です。)近くに住んでいて、難なく通えること。ちゃんとした山岳会で実践し、経験、能力が私よりはるかに高いこと。さらには、いまどきのフリークライマーと違い、乱暴なルート開拓はせず、“山”を楽しんでいること。ただ残念なのが、私より一回り年配であること。(でもこれはしょうがないよ。若いヤツでまかせられる者なんてここらにはいないから。うん。)さらに、趣味が同じなことから推測して、チマチマしたクライミングルート開拓よりも、長大なバリエーションルート開拓こそが、本当にやりたいことなのではないかと思われることがチョット気がかりです。(実は正直なところ、私自身がそうであり、クライミングルート開拓なんぞハッキリいってめんどうくさいのです。)←なんじゃ。面倒を押し付けとるだけじゃがな! 鈴木さんが作ったものなら、私が作りたかったものとだいたい同じものになるでしょうから、内容に関しては注文や口出しはしません。(が、初級のアブミの掛け換えルートがほしいです。)←しっかり注文しとるがな! これを読んでワシにもやらせろ。なんて方がいるかもしれませんが、私は鈴木さん(とその仲間)以外の人にいじらすつもりはありません。鈴木さんに断られたら、ツライですが自分で作ります。(でも、独学の似非ソロクライマーにまともなクライミングゲレンデなんて作れるかなあ。まあ、普通なら無理でしょうねえ。というかやれないでしょう。うん。フツウならね。)ちなみに、もし、鈴木さんが着手してくれるなら、私は整備に関わる全行為を許可し、以降の使用の権利(私は単独で、クライミング仲間はいませんので、使用優先を求めません。鈴木さんが許可した山仲間の使用を最優先とします。)と全般の管理も鈴木氏に一任し、ゲレンデ全体を鈴木さんの作品として、自分も含めて誰にも岩に一切手を加えさせません。何年かかろうと、ただ完成を楽しみに待ちます。(いくら地主以上に最優先で自由に使えるといっても、まあ、鈴木さんにしてみれば、完全なボランティアで、タダで私に施設を作ってくれてやるようなものです。でも、その見返りに、私は“鈴木氏作品”を尊重し、その功績をたたえていく。と、いうことです。また、万一、鈴木さんが早死に(失礼!)されたら、仕方ないので、自分が継続して管理し、自分が死んだら全ては自然に還します。)

連休で仕上げ:お盆の休みを前にとり、8月9日、黄ラッカーを買って、朝9:30から14:00までかけて行者尾根から不帰スラブの周回コースをコースサインをつける。行者尾根のラスト核心部にはコブロープを2箇所つけた。また、不帰スラブの下端であるスラブ尾根の取り付きに這い上がる急坂にも長いコブロープをつけた。(ゲレンデ開拓するにはかなり助かるでしょうね。)翌10日は家族サービスでお買い物。夜になって4時間かけて道標のフダ書きをする。(現場で考えているとバテて頭がまわらんし、漢字をど忘れするし、やたら時間がかかってしまいます。オマケに、風に吹かれてマジックがすぐパーになるんです。)どのルートも登攀専用みたいな内容なので、ウンウン悩みながらコース設定して、結局、行者コースは山頂には抜けずに岩尾根登攀とスラブ周回をして戻ってくるものにしました。位置付けとしても台三郎谷 藤本壁ルートの小手調べということにしました。台三郎谷 藤本壁ルートは本命の究極アルパインハイキングルートということです。さらに翌11日、朝8:30から13:00までかけて道標をつけ、ガイドロープもつけて、ついに完成しました。昼からはHPの作成をし、夜12時にアップしました。ああ、疲れた。翌日の12日にこれを書いているが、この文章が簡略な理由が判るでしょ。それにしても、連日37℃を越す記録的にひどい猛暑の中をよくやったなあ。ふつうなら来年にまわしていただろうに。来年の計画もあったし、場所がひどくは暑くなかったし、なによりやりたい内容だったからだろう。なにはともあれ、限界ぽかったけど、まだ気力も体力もあることが認識できて、ちょっとうれしくなった。さあてと、とりあえずこれで和気アの開拓は完了したつもりだけれど、ホントに完了かというと、保証はありません。ただ、一般道の開拓は高い確率で完了といえます。来年は忙しいから、再来年からはバリエーションをやるつもりです。(なんていいながら、滅茶苦茶なのを一般化するんじゃないだろうな。)どうなるか判らんけど。(やっぱり!)

HPの出来栄え:いかんなあ。衝立もそうだが、岩山の概念図がぼやけてよくわからんではないか。今回はもうシーズンオフだし、来期にむけての先行公開といったものだからまあいいか。(おいおい。)ほかにも穂高山周辺のガイドなんてかなり古くてお粗末だねえ。この秋にでも、じっくりHPの不備な部分を更新していこう。(なんていいながら、やったことがないではないか。)いや、今回はキッチリやろう。(ホント?)ホント。(でも、アテにはできんな。)また、この秋は10周年イベントの計画と、12月からの清掃整備を計画しなくてはならん。一応、開拓は終結しているつもりなので、松茸テープを取ったりゴミを拾ったり道標を上書きしたり更新したりコースサインのチェックと、荒廃状況の確認と修復、さらにHPの更新とこの冬は忙しいぞ。うん。頼むから台風は来ないでくれい。このうえ倒木や土砂流失の対処までやらねばならなくなったら、にっちもさっちもいかんようになるからね。でもまあ、そのときは10周年イベントが11周年イベントになってもいいか。(ううむ。)

10周年イベント計画カギとなるのが、天神尾根の難所を下降できるようにうまく整備できるかどうかです。できるとして、鎖にするかコブロープにするか迷っていますし、コース取りに無理があるのではないかも気になります。本当は今期に検証しておきたかったのですが、あと20日でやれるかなあ。もうバテバテだし。もしうまくいけば、PH21に天神尾根往復と衝立登攀を加えた真・PH21(+2P)が完成します。(また、あっさりバラしたねえ。)まあいい。どっちにせよ、やるとなったらやるだけです。うん。

それはそうと悩み事:じつは最近、腹回りにやたら脂がのってきて悩んでおります。なんとウェストとヒップが同寸法になっています。これは困った。汗をかくとズボンがずってくるし、テント山行の20キロある80リットルザックを背負う場合など、ウエストベルトでささえることができないもんだから、えらく背負い難い。カッパなど着たらもう下半身の血行が止るくらいウエストベルトをしめつけてもやっぱりずってしまう。ああ、腰のくびれは大事な装備なんだなあ。やっぱ太りすぎはいかん。いや、やせていても腰のくびれがないといかん。うん。

下見山行:8月15日、朝8時から1時間半かけて鈴木さんと2人の山仲間を案内して藤本壁と不帰スラブを下見してもらう。クライマーなので、台三郎谷を直登しても感激することはあるまいし、行者コースを周回してからまた登りなおすのもこの暑さでは難儀である。よって、いきなり滝登り(これを鈴木さんはヘルメットを左手に持ったまま登った。)をしてから登り易い行者尾根を登攀し、エスケープトラバース道でもどって藤本壁へ。トラバース端で小休止してからここのトラバース直下の岩場が面白いので、これを下降して登り返す。鈴木さんはいきなり登攀専用の部分から下降して、登りは滝中のスラブを初登攀した。(ううむ。)藤本壁は北側のトラバースルートを登攀し、ここの垂直に近いフェースにルートを開拓するのを引き受けてもらった。(私でもヤレるようなアブミ掛け換えのものにしてほしい。と、注文する。)南側のザレの登攀もルート紹介し、下山は不帰スラブルートを下る。不帰スラブの上側からいきなり鈴木さんは軽登山靴のノーロープで下降してしまった。(おいおい。いくら乾いたコンディションであってもこれは尋常ではないぞ。)皆はおとなしく周回ルートを下山し、合流する。ここも初心者向けの練習場に整備してもらうことを引き受けてもらった。皆は私より年配であり、かつロープ一式を背負っていたが、空身の私より早いくらいに行動したため、わずか1時間半で下山終了となった。ううむ。恐ろしい連中である。こんなのと同行したら私など完全な足手まといだろう。鈴木さんの言われるには、2、3回通えばルート開拓完了できそうだとのこと。(意外と簡単そうだ。)では、12月になったらよろしくお願いしますといって別れる。今日は風がなくひどい猛暑だが、別れ際、鈴木さん達は、まだ早いのでこれからどこか登ろうかなどと話されていた。(後で判ったが、なんとこのカンカン照りの中、ホダカガリーをヤッていた。もう、信じられん。)もの凄いバイタリティーである。私はそうそうに帰宅してシャワーでくつろぐ。ああ、でも、やったね。これで新クライミングゲレンデも10周年に間に合いそうだ温泉に来た人が、道すがら見上げた岩にクライマーが取り付いているなんて、もう最高である和気アルプスのアルペンムードをかもしてもらうためにもぜひ、多くの皆さんに活用していただきたい。うん。クライマーとしても、鷲ノ巣ほどの規模はないけど、アプローチや撤収がホンチャンめいて面白く、温泉そばのゲレンデというのもいいんじゃない。(駐車場からゲレンデまで登攀15分です。)

開拓は最後?:鈴木さんからつっこまれたのですが、これは“一般道”ということです。バリエーションはまだまだ出来ると思いますし、ひょっとしたらバリエーションの予定だったのを一般化するかもしれません。なお、鈴木さんが狙っていた観音岩南側のギザギザ岩場(仮称:観音チンネ)ですが、何年か前に一度調査したことがあります。下から見ると面白そうなのに、ギザギザ部分は離れて乗り移れませんでした。仕方なく回り込むと、岩峰の北側には獣道がジグザグについている苔むしたドロ急坂が岩峰に隣接していてガッカリ。興ざめしたので、そっとしております。なにかにつけ趣味が同じだとタクラムことも同じだなあ。でも、岩はかなりモロイけど、鎖を張ってチロリアンブリッジみたいにして乗り移れるようにすればなんとかなるかもしれない。そして、ドロ壁に逃げずに岩場をちゃんと辿れるようにブッシュを払えば面白くなるかも。そうだなあ。今ならなんかヤレそうな気がしてきた。もしかしたら再来年に再登していじくるかも。そしたらまた一般化して第7のエリアになったりして。おいおい。こりゃキリがないぞ。ホント、セーラームーンみたいだ。どうやら10年かけても和気アは未完成になりそうです。やっぱり相棒は凄いヤツだわい。

やっぱ鉢巡りを作るかなあ:観音チンネを思い返したついでに気になりだしました。再登したら新たな発見があって、初見では無理に思えたことが出来たりするので、たった一度の調査で全てを決め付けるのはやめよう。よし、10周年イベントのコース設定にもう一度小竜王に行ってみよう。うん。でも、一度キリの調査なんて数え切れないくらいやったから、全て再調査したらなんかスゴイことになりそう。そして、諦めていたこと、つまらないと思っていたこと、それがもしも片っ端からひるがえったら・・・。うわあ。もう頭が爆発する。(ホントに翻る気がする。)やっぱある程度は初見の見解も尊重しよう。うん。(コラコラ。)まあ、どれから手をつけるか、これはもう気分次第です。あまり先ばかり見ないで、とりあえず気になったことからやっていこう。ああ、まだまだ先は長そうだなあ。もう。正直、“済んだ済んだ。ヤレヤレ。”と、くつろいでいたのに、なんてこった。

表銀座の構想:うー。暑い。なにもせんのにバテており、夜中も寝苦しくて、クタビレがとれない。HPで判りにくかった岩山の概念図をなんとか更新したが、もうこれまで。小竜王の再調査をしようと思っていたが、行動せずに、頭の中で記憶や状況を分析することにした。(意外とこれがかえっていい結果になったりすることが多い。)たしか、ほとんど刈り払わずに小竜王から禿げた小尾根を谷底に下降でき、土柱のそばを通るとあっさりホダカガリーの正面に出れた。だから、ここからゆったりと斜上して石切り場につなげればわりと簡単に鉢めぐりコースができる。ただし、禿げた小尾根の急斜面がひどいザレで、ルートにすると転倒するし、地面がみるみる削れてしまう。また、土柱もそうっとしておきたい。そうだ。やっぱりここにルートは設定すべきではない。知る人ぞ知るクライマーの撤収ルートにとどめておくべきである。また、つり尾根の最低鞍部からバットレスの端を谷に下降して石切り場にあがるコース取りもいいかと思っていたが、下降はキツイし、谷底は荒れていて歩きにくいし、稜線から見る方が眺めもいいので、ここを抜けるのはつまらないだろう。クライマーのアプローチルートならともかく、ハイカーとして、(岩場めぐりの裏銀座ならともかく、)稜線縦走のPH21のコース取りとしては、一旦谷底まで降りてしまうのは嫌だろうし、やはりカタクナに尾根をつたい続けたいはずである。また、地形図で鉢めぐり、鞍部下降、天神尾根往復、それぞれのコース取りの高低差を検証すると、鞍部下降と天神尾根往復は同じで、鉢めぐりだけが つり尾根が結構えぐれているせいで20m分ラクである。が、この程度の差でしかない。トレースしやすさと、面白さからいって、天神尾根の往復の方がお勧めである。それに、小竜王からつり尾根にトラバースする登山道跡があるので、これを復活整備すれば差はなくなる。そうだ、これをしよう。ショートカットのバイパス作りは、やりだすとキリがないし、ルートがクモの巣状の迷路になるので、できるだけ作らないようにしていたが、竜王山頂手前まで登りなおさなくてもトラバースで涸沢峰に戻れるようになれば、(裏銀座の鷲ノ巣とチンネ・スラブのバイパスみたいに、)真・PH21(+2P)の“表銀座コース”として従来よりキツクなってしまう分を少しだけでも緩和できることになる。うん。コース取りに無理がないか気にしていたので、これならよかろう。よし、天神尾根を下降できるようにロープか鎖を設置し、小竜王バイパスを整備しよう

バリエーションの構想:石切り場から東の谷に下降するのに、直下降にコースサイン(といってもマバラ。)をつけてはいるが、クライマーのアプローチとして、ホダカガリー取付きから、斜めに石切り場まであがるように、再来年にでもコースサインをつけてやろう。(クライマー向けなので、登山道整備はしません。コースサインだけです。)また、ここでは一の倉沢からの滝沢スラブもヤラないとね。再来年は観音チンネ神ノ上北沢(2本あります。)もやりたいし、ああ、忙しいなあ。おお、そうだ。岩山のゲレンデ作りも鈴木さんにゲタをあずけるつもりだったのに、なんか一緒にやりましょうということになってしまっていたんだっけ。もう。まいったなあ。(ボヤクなあ。)そういえば、和気町には和気ア以外にも外国山衣笠山もっこく山石鎚山など見所のある岩山が多数あるので、これらにも手をつけたかったが、この分では、いつになっても和気アのみしかヤレそうにないではないか。(むしろ、しない方がいい?)どうしたものかなあ。自営の同級生も言っていたが、登山者は経済効果をあまりもたらさず、結果的には山を傷めるだけなので、犠牲は和気アだけにとどめた方がいいのかもしれない。そうだなあ。和気アを卒業したアルパインハイカー(山遊び人)が静かに楽しむ山として、クライマーのアプローチルートみたいなコースサインだけの整備にしておくかHPも、沢登り同様に一度だけ薮漕ぎして岩遊びした“記録としての紹介”にとどめておこう。うん。これなら全てがラクで、うまくいくように思える。(ここを読んで、ホッとした方も多いかも。)そもそも、一般道を整備しても、歩いてもらえなければ、すぐ薮にのまれて消滅するのである。都市近郊の山なら、どんな内容であっても多くの人が歩くだろうが、過疎の和気にあっては、和気ア以外の山では、アプローチの悪さもあって、おそらくすぐ廃道になるだろう。ストーカーみたいに私の新ルートをトレースしている数人の重症和気アル中患者くらいしか歩かないだろう。そして、そういったレベルの人にとっては、整備していないコースサインだけの山の方がきっと面白く感じるようになっているはずである。うん。そうだそうだ。いらんことはしないようにしよう。ふう。なんかやりたいことはたくさんあるけど、この路線ならラクにこなしていけそうな気がしてきたわい。(ただ単に、サボれる方向に理屈を持って行っただけだったりして。)←わあ。本当のことバラすなあ。この調子で、サボれる限りサボろうとしていたのにい。(まあ、山をいじる場合は、極力 手を加えないようにして済ます方がいいのは事実です。ある意味 オウチャクでグウタラな性格の方が幸いします。)なにはともあれ、なるべくバリエーションにとどめる“山と自分にヤサシイ”方向で、これからの開拓をすすめていきたいです。

閉鎖準備:8月28日、松茸山の閉鎖準備として、しまっておいた去年の止めフダを確認する。去年は作業が遅れ、9月20日頃に設置したのだが、台風をやりすごしたこともあり、どれもまったく無傷で紛失もなかった。ほーと感心してしまった。いまのところ台風の情報はないけど、今回も9月20日ごろからつけようかなあ。ちょっと迷っています。また、子竜王バイパスをつけようなんて考えていましたが、子竜王バイパスはわずか20mの高度差をサボるだけのもので、そんなに急坂でもないので、やはりやめます。じつは、私自身がくたびれかげんで、バイパス作りなどやる気にならないというのもありますが、やはり、(マジメな意味で、)山のためにもしないほうがいいと思ったからです。あれからまたいろいろ考えて、涸沢峰にトラバース道もつけたらどうかなどと考えましたが、これもやめておきます。(これなら40m差をサボれるのですが、ザレた急斜面のトラバースで危険な上、縦走路なので大勢が通り、掘り返って土砂が崩落しそうだからです。)そもそも、“面白いルートしか作らない!”がモットーだと、バイパスなどは よほどの理由がないかぎり作らないはずだし、作るべきではない。私が作ったエスケープ用ではないバイパスは、廃道復活であるが縦走路からザイテン取り付きに降りるものと、短いがスラブ下部と鷲ノ巣下部をつなぐものの2つだけです。どちらも、予想以上によく利用されていますが、正直いって作らなきゃよかったかなとも思っているんですよ。だってルート自体に面白さがないから。もうこれ以上、こんな面白くないルートは絶対つくらないぞ。うん。と、いうことで、12月にドーム直下にロープ(鎖)をつけたら、開拓は完了で、イベントもスタートできます。テープ取りやゴミ拾いや道標整備はコツコツやっていくさ。うんうん。

9月1日:ついに松茸山閉鎖時期になった。フダとロープは2日と3日につけるつもりです。この秋はHPの更新と、イベントのコラムを作らなくては。

台風回避:非常に大きい台風12号が来ている。どこへ来るかはわからないが、こいつをやりすごそう。うん。と、いうことで2日、3日とロープはりをしないでいたら、なんだか東北沖の太平洋を北上するみたいである。もう、なんだったんだ。しかたがない。また9月20日ごろに張ることにしよう。だいぶ涼しくなってきているけど、残暑はぎびしい。3日は防災訓練で消火栓の点検をやっただけでバテた。そういえば、消防団の会計状況を気にとめておかねばならん。前の部長M君がマジメに控えて結構溜め込んでいたので、これ幸いと、若手団員や皆をやる気にさせるために大判振舞いしていたのだが、若いだけあって想像以上にえらく飲み食いしにいく(バテバテなのに無理してまで行っているようにすら思える。)ので、いつの間にかヤバくなっている。(こんなんならあんまり大言をたれなきゃよかったわい。)たしかに皆よく出てきてくれるようにはなったが、まいったなあ。この調子だと年末の夜警ができんぞ。言いにくいが、そろそろ例年並に控えるようにいわねばなるまい。そしたら急に出てこんようになったりして。ううむ。やり方をマズったかなあ。人を動かすのは難しいものだわい。前の部長のM君はノイローゼになっていたもんなあ。うんうん。

この秋はまた哲学しよう。:いよいよ開拓も大詰めにきて、いろいろ振り返りながら、これからをどうするか。なにをなし、なにをなさざるべきかを、ジックリと考えてみたい。バイパスだけでなく、ロープ張りの予定までなんやかやと悩むばかりしているが、これでいいのだ。気が済むまで悩んで悩んで悩みまくるのがいいんです。(くたびれると、悲観的になってしまいますが、もともと楽観的な夢見る性分だから、ちょうど現実的でいい判断になっていたりする。)そして、決断したら一夜で城を築くような爆発的かつ猛烈な行動力。これが藤本流です。そうだなあ。鈴木さんが沢と雪山を紹介しているみたいに、和気ア周辺の岩山の道無き岩場めぐりの“報告”をしていこうかなあ。沢から飛び出した沢登りみたいな冒険。まさにアルパインハイキング。薮をこいで、誰も踏んでいないような岩場に辿り着き、攀じって遊ぶ純粋な山遊び。道は無くてもあそこをこういうふうに突破したいと思ったらチャレンジ。もちろん大勢で踏みつけるような地主さんのご機嫌を損ねるような行為はしない。鹿みたいにわずかな足跡を残すのみ。(まあ、今まで何度もやってきた調査山行と同じです。)そして、皆にも勧めたくなったルートにのみコースサインをつけるだけで、刈り払わないで終わり。山が好きで、技術をみがき、熱意がなければトレースできないようなルート紹介にする。これが理想です。山にはいろんな目的の人が来る。山を知らず、知ろうともせず、他人に依存し、熱意もなく、ただ運動のため、仲良しとおしゃべりをするためなどの、別に山でなくてもいいだろうという方には、絶対にやって来れないようなものにしたい。(また。反感を買うようなことを。)和気アで山の理解者に成長した者にしか踏み込めない山の世界(聖域)を、和気アの卒業生に楽しんでもらいたい。和気アは“山の理解者の養成所”とし、卒業生は周辺の岩山でさらに成長できるようにしよう。うん。これなら自然を傷めずに堪能しながら、登山本来の“純粋な冒険”を楽しめるようになる。(ほう、なんかいいじゃないか。)やがて世界的な登山家が登場して、“和気アで山を学びましたから。”なんてね。ああもう。いいじゃん。いいじゃん。よし。やろう。うん。そうしよう。でへへへ。(やっぱり相当な楽天家である。もっと悩んで悲観したほうがいいな。うん。)

買い替え:9月14日、食器洗い機が水漏れしていたので修理してもらった。他にもクーラーや冷蔵庫や洗濯機も13年以上使っていて、ガタがきているものが多い。家も外壁や屋根が粉をふいているし、更新の時期がきたというか、一気に大金がとびそうである。そうでなくても3人娘の塾代や歯の矯正代でピーピーなのに困るじゃないか。(出費というのは重なるものですねえ。)とにかく、騙しながらでもガタをコキまわすしかないこの現状。とてもパソコンを買い換えるなんてできないよ。ADSLにしませんか?お安いですよ。やかましい!ウチはいまだにジャックを抜き差ししてインターネットをしている。(おおっ。)ブロードバンドなど別次元の話なのである。このパソコンもかれこれ7年。98Sだったのを失敗作といわれるMEにアップグレードしているが、DVDを見ることも書き込むこともできない12GBのノート型である。(ボロ!!)映画ターミネーター3の予告を見ようとしたら切手サイズの画像でもボカーン!ダダンダンダ・・・数秒ごとに止まる。ADSLにしてもこれでは意味がないだろうが。ところが、先日 Mi−3の予告を見ようとしたら、まったく見れなくなっていた。くそう。切り捨てられたか。これではいやがおうでも買い替えなくてはならんことになりそうではないか。もっとモノ(ボロでも。)を大切にしろよ。というか、させろよ。うん。

イベント地図作成:同日、夜。10周年イベントの表銀座の登山地図を作る。重い地図を書き換えるので、時間がかかり、なんどもフリーズしかかりながら3時間かけて完成した。これから文章のほうも書いていこう。修正しなくてはならんページもあるし。なお、大型の台風13号が来ている。やっぱりロープ張りを先送りしておいて正解だったみたいである。なお、岩山エリアのゴミ拾いは、10月から11月に松茸を探しながらやるつもり。(地主ですからね。うらやましい?)

脚がなまってる:山岳会があった時は、多少体調が悪くても、月1回は必ず山に行っていたが、解散してからは、今月は山にいく予定がない。夏のくたびれもあって、ダラケており、なんか脚がなまってしまいそうだ。トレーニングなんてやる気はないし、山のトレーニングは山に登るのがやっぱ一番である。どうするべえ。遠征するにはガソリン代がバカ高いし、和気アも周辺の岩山も松茸期間になっちゃうし、やりたいことが なあんもできんではないか。まてよ。そういえば、兜岩は行ってもいいのかなあ。もし良かったら、ちょっと遊んでみようかな。そういえば、児島半島にも面白そうな岩場があったっけ。おお、あるある ヤル気になれそうなものが。安近短の家族サービスがてら行ってみよう。うん。

イベントコラム作成:9月19日夜、3時間かけて表銀座コースのページを作成する。はかどりがわるかったが、ピークハント21の文章を転用してなんとか完成できた。最後に2泊3日で和気アを満喫する方法として、1日目に表銀座。2日目に八ツ峰岩と裏銀座。3日目朝に岩山 西面で遊んで帰る。と、いうのを追記しました。まあ、今現在としてはこれでめぼしいものは全てヤレたことになります。(ロープ不要の一般的(?)なものにおいてという意味であり、完全なクライミングバリエーションは含みません。まあ、それっぽいのを含んではいますけど。(笑))でも、再来年になって、第7の岩エリア 極めつけハードルート一般開放!なんちゃって。全て満喫というのは、あくまでも“今現在として”ということですよ。もしかして和気アを満喫するには4日かかるなんてことになるかもしれません。でも、はたしてそこまで付き合うヤツがいるだろうか。ううむ。

入山禁止のロープ張り:強風がふいた台風13号をうまくやりすごしたので、9月21、22日に作業するつもりでいたが、また台風14号が週末にきそうではないか。ううう。どうする?いやあ。これ以上は付けずに済ますのはマズイ。今回は台風がそれることを祈ろう。と、いうことで、9月21日の夕方3時間かけて北林道から和気富士までを閉鎖し、和気駅にも表示を付けさせてもらいました。なお、権現さんへの登山道は、お墓を踏み荒さないように迂回するものにルート変更します。(以前からあったが、廃道状態だったのを誰かが復活させてくれたもので、登山口のお墓を掃除されていた方にお会いでき、登山口の復活を快諾して頂けました。)22日、朝8時半 続きを閉鎖しに大田原へ。和気富士の藤原側登山口に行くと、手前に防獣ネットが張られていた。これなら閉鎖せんでもいいかと思ったが、やっぱり閉鎖フダを設置した。帰ろうとして向かいの尾根に林道とフェンスがいつの間にやら出来ているのを発見する。林道をたどりたくなってマシラのごとく2mのフェンスを乗り越え、林道をたどると、長い。行けども行けども横のフェンス共々 延々とつづいている。これは防獣フェンスを設置するために作った林道である。なんとまあ。まるで万里の長城ではないか。通過者がいそうな尾根の上や谷底には扉があるが、開けっ放すと閉鎖すると明記されている。完全に釣り禁止(釣り人は反省しなさい。)になった藤原団地奥の2つの池をぐるっと回って天神尾根へあがってしまった。ありゃあ。フェンスには扉があるが、登山道がぶつ切りだあ。ああ、もうちょっと上を通ってくれたら空き缶の大量ゴミも処分してもらえたのに。残念。林道フェンスは、ゆるやかに北をまわりこんで、お墓を回避し、こんどはアタゴ尾根に登っていく。ああ、そういえば いつだったか伐採されたのをたどったことがあったわい。あれはこれだったか。登山道と合流して傾斜がキツクなる。こんなにきつかったっけ?でも分岐のフダが残っていたので間違いない。登山道はまた扉の向こうになった。フェンスをたどると林道はなくなり、フェンスのみになり、急斜面を由加神社にむかって降りている。見ると由加神社方面の登山道が扉の向こうにある。ここは扉を開けて通過。(もちろん元通り閉めました。)登山道は藪に呑まれかけていたので、フェンス沿いを下降する。ひどい急坂だが、フェンスを持ちながらくだれる。降りた場所にまた扉。面倒なので、向こうに行かずに涸れ沢を下降したら、フェンスをまた乗り越えなくてはならなくなった。マシラになって乗り越える。でも、これで麓で迷いそうだった由加神社への下山ルートが判りやすいものになったわい。それに、アタゴ尾根から天神尾根へ民家や集落を通らずにいけるではないか。荒神様の登山口やゲートボール登山口は地図から消して、この林道をアプローチに使うようにした方が、地元に迷惑がかからなくていいだろう。よし、地図を変更し、この林道をありがたく利用させてもらおう。フェンスに道標をつければあっさり完成だ。途端に、天神尾根を鎖で下降するのをやめてこの林道で一回りさせるかというアイデアがわいてきた。ううむ。どうする?なんという思わぬ展開。これも運命なのか。よし。決めた。表銀座は純粋な稜線縦走に位置付けないことにしよう。そして、鎖はやめだ。アタゴを降りて林道で天神にまわって登りかえすことにする。うん。高低差がまた50m大きくなったがまあいいか。緩斜面で歩き安いから苦にはなるまい。うん。ああ、これで表銀座のコラムも地図から作り直さなくてはならんようになったわい。(まあいいか。)さらに、高低差を縮めるために表銀座のスタートを行者コースからにしてはという考えもわいたが、これはマズイか。いきなりアレでは動けなくなる人が出るかもしれん。ううむ。やっぱ、これだけか。よしよし。さて、麓から復活したフェンス林道をさらにたどる。谷を越え、また斜面を登っていく。由加神社裏の宮山尾根に登ってしまった。年末年始に設置される提灯の干支をたてる場所にきた。ここは社の森だからあまり登山者をこささない方がいいかも。登山地図にはのせないようにしよう。うん。林道フェンスはそのまま下って竜王山登山道口にあがった。ここも扉がある。さらに野吉地区にむかっているが、麓の手前まででついに切れた。その代わり、車道をネットで夜は遮断することにして向かいの民家がある堂山にフェンスが張られている。ううむ。大田原区だけをフェンスで囲ったか。これはかなりの出費だったと思う。大田原区はまた思い切ったことをしたもんだなあ。長城がこわされないように見張っていなくてはならんが、なにせ長いし、山の上の方まで登らないといけないから管理も大変だ。でも害獣被害の大変さをうかがうことができる。ただフェンスをたどっただけだったが、時間は10時半。車までテクテクもどり、竜王山登山口のフェンス扉に閉鎖フダをつける。アタゴと天神は午後にまわし、先に宗堂池、お大師さんを閉鎖する。宗堂池では山ナスビを食べることができた。さらに和気中裏手から鷲ノ巣等を閉鎖し、東壁を閉鎖して午前は終了。荒神様やゲートボール場には付けず、尾根上のフェンス扉に付け場所を変更することにして2時間かけて もう一度とばした林道の登山口に閉鎖フダをもっていく。天神尾根とアタゴ尾根に登り、フェンス扉に閉鎖フダをつけ、由加神社から竹やぶ裏の登山口へむかう。見ると急斜面に手作りの自然木の階段が作ってあった。すぐに壊れそうだが、ありがたく利用させてもらい、坂上のフェンス扉に閉鎖フダをつけて終了。フェンス沿いは登りにはきつ過ぎるので、あとは呑まれかけた部分を刈れば、いい登山道になる。うん。いろいろといいことになったわい。なんか悩んでいる内に解決していくみたいで、私にとっては余計な行動としての山いじりをせずにすんでいる。(とはいえ、区はすごくいじったなあ。)つくづく天神尾根いじりを先送りしていてよかったと思う。なんたる展開。なんたる運命。(またかよ。)これまたなにかを感じてしまう私です。(はいはい。)なお、ぶつ切りになったように見えた天神尾根登山道ですが、薬師堂からは一旦下ることなく、尾根伝いに以前よりあっさりこれるようになっています。ここも道標をきちんとしよう。うん。それから、気にしてた台風は東にそれました。やれやれ。それにしてもいい運動になったわい。閉鎖作業が期せずして9月の山行になった。(兜岩や児島半島はまた今度。)

登山地図更新:9月26日、夜9時から大田原区の防獣フェンス林道を登山地図に書き込む。(ただし、由加神社の裏手部分の宮山の林道は隠しております。)代わりに、アタゴ尾根の先端の登山口は、地元に迷惑がかからないように隠しました。表銀座コース図も訂正し、なんとか12時すぎには登山地図と表銀座の地図を仕上げた。やれやれと思ってチェックすると、隠れルートとバリエーションに岩山 西面を書き込んでいなかったことに気づく。HPを作るとき、登山地図に書かずに、拡大切り取りのヤツに書き込んだだけで済ましておいたっけ。パソコンが疲労したのかフリーズ気味になっていたが、夜中1時までかけて、登山地図をさらに更新した。(と、いってもHPでは変化なしで、私個人の秘密の登山地図での話です。)もう寝よう。パソコンも限界みたいだし。でも、ここまでやったらイベントコラムも更新してやりたくなる。さっそく地図を差し替える。いいじゃないか。うん。ここまでにしとけばいいものを、面白くなって(うれしくなって)文章までいじりはじめてしまった。うんうん考えながら改訂していく。さすがに疲れてきた。はかどりが悪い。なんとか仕上げて時計をみたら、朝3時。げえ!わあ。寝れる時間が4時間もねえがな。(昨日は親爺の手伝いで一日中カマタキして、今日はくたびれてたのに無理したわい。)フラフラになって床につく。翌朝、目がショボショボ。出勤したら、朝から会議。うああ、つれえ!オマケにあとで、なんか部長が話があるという。午後一番、部長と2人だけで小部屋に入るなり“キミは欠陥人間だ!”といわれる。(へ?なんなんだいったい。)部長が発表しているのにメモもとらずアクビをしているだの、挨拶ができないだの、いままでの至らないことの掘り返しで小言を延々とくわされるが、クタビレがひどくて頭に入らず怒りもわかない。ただ、部長の小言の意図(私を降ろしてしまいたいのか。発奮させて良くしたいのか。)が理解できず、やたら悲しいだけ。最後になにかいうことはあるかときかれたが、なにもかもおっしゃる通りですといってしのぐ。なんかマズイ時にはマズイ展開があるものだなあ。(ホント。)あああ、こりゃあ昇給は期待できんぞ。(なんせケッカン人間ですから。)その日は、やたらへこんでいたが、翌日はまた親爺の手伝いをしなくてはならず、一日中備前焼のカマタキをする。充実感で夜になって元気になる。言われれば私は確かに欠陥人間である。うん。正におっしゃる通りだ。でも、なかなかの孝行息子である。そして、私は私であることに満足している。いまさらなにも悔い改める気はないし、そんな必要もないし、第一にしたくない!(おお。この発想。さすが筋金入りだ。)そもそも、欠点のないカンペキな人間なんて存在しないのである。わずかな至らぬ所ばかりを気にし、これを直そうなんて馬鹿なことを企んだら、全人類は自殺することになる。人類は全員、ケッカン人間であり、それが“人間”というものなのだ。うん。こうして見ると、部長は意味のないアタリマエのことをいっただけであるが、44歳にもなって面と向かって部長から欠陥人間といわれた社員など、まずおらんだろうなあ。(藤本伝説に追記。なんちゃって。)やっぱり発奮させようとしてくれたのかなあ。(期待されてる?)とりあえず怠惰な行為は改善していこう。うん。それにしても、我ながら 傷の治りも早い方だが、精神的にも打たれ強いなあ。(確かに精神力は鍛えられてますけど。)ホントはこう見えても傷つきやすいんですよ。ただ、立ち直りが早いんです。(これが強さというものなのかもね。)

岩山ゴミ拾い:10月5日、曇り空の下 岩山のゴミ拾いと松茸捜査にいく。新聞では今年は松茸が豊作らしい。オメデタイ性格なので、ワクワク期待して入山する。縦走路から流れ落ちてきたビニール袋などを拾って、台三郎谷を登攀する。ううう。久しぶりなせいかバランスがうまく取れない。しかも岩が湿気ていてフリクションの利きも悪い。これはハードだ。ゴミ拾いも命がけである。無理に手を伸ばしてゴミを取ったら脚が滑って1mの転落。あだだだだ。大した事はないが、かなりヒヤッとした。もう。誰だ。こんなルートを作りやがったアホウは!(毎度ながら自分に腹が立つ。)とても危なくて松茸など捜している余裕などないではないか。精神的にちょっと(というより、かなり)マイッタ状態で稜線までつめたが、雨がふりだした。もう気持ちは無事に下山することだけで精いっぱいである。一番ラクなコースで下山するがやはりキツイ。グキッ。足首をひねった。がおー!こんな場所なんか所有しとるヤツはバカじゃあ。(ホント、そう思う。)きっとヘンタイでケッカン人間じゃあ!(うるせえわ。)もうずぶ濡れ。怪しげな浮浪者みたいになって、拾ったゴミを持って温泉へ。温泉のゴミ箱にゴミを入れさせてもらって帰宅。松茸あった?女房の期待した声。せえどころじゃねかったわい。

先行公開:先日更新した登山地図と、既に完成している真・表銀座のコラムを12月になる前に公開しようかなあ。大田原のフェンス林道や権現さんの新登山口に道標をつけるのは松茸期間中でもできるし、ドームに鎖はつけないことにしたから、準備は12月前に完了できるではないか。うん。これでHPを先行公開してやれば、はやくヤリたがっている和気アル中患者や山岳会リーダーに、じっくりと内容を吟味する作戦タイムをあたえることになり、(10周年には1ヶ月早いが、)12月1日の開山からすぐにイベントコースをトレースできるようになる。不安な山岳会ならリーダーだけでの偵察山行も本年中にできるので、新春早々に皆で来れるようになる。(だいたい、イベント企画しても情報が浸透せず、来シーズンになってから本格的にトレースされたりするから、こういうものは早い方がいいのだ。)よし。近日中にHPを更新して先行公開しよう。そして12月までに道標整備を完了しよう12月になったら26のイノシシプレートを整備し、藤本壁と不帰スラブのゲレンデ開拓をやって、1月から既存ルートの清掃・整備をして、おおざっぱでもいいから春前には仕上げよう。(こまかいことは再来年から地道にやっていこう。うん。)そして3月中にはカンノンチンネもやりたい。(もしかして第7のエリアになるかも。)

と、いうわけで:10月22日、HPを更新して表銀座のコラムをアップしました。くれぐれも12月になってからやってくださいよ。先行公開を“表銀座だけはもういいよ。”という意味に都合よく解釈されないかちょっと不安です。HPでは地図だけでなく穂高周辺のコラムも更新し、東壁の入口の変化、和気町HPのリンクの張りなおしなどいろいろ更新しました。トップ表紙の構成も並び替え、第6のエリアはとりあえず番外扱いとしました。あとはリンクのコラムの手直しと追加をしなくてはならんか。周辺のコラムはとりあえず現状のままですが、そのうち(再来年あたりから)少しづつコアなものに変化していく予定です。また、余裕ができたらダンガメ稜のボルダー紹介もしちゃおうかなとも思っています。その前に岩山西面ゲレンデの開拓整備と紹介をしなくちゃあね。ああ、忙しいなあ。なお、大田原地区と権現岩登山口の新しい道標はできていますが、まだつけてはいません。これは12月寸前でいいでしょう。

11月9日:表銀座の入り口として権現岩登山口を整備する。これまでのお墓の中から石垣登りをしていたルートは閉鎖し、新しい登山口に道標をつける。これで大勢が踏み込んでもお墓が荒れなくていいし、登山者にとっても歩きやすくなった。石垣のピークハント21の道標を撤去して下山していたら、運動靴がザレですべって派手に尻餅をつく。ぐああ。いてええ。やっぱこのルートは変更して正解だわい。登山口には大きめな案内板も設置したが、どこにどういう風に設置すべきか迷ったせいか、なんかチャラけた感じになってしまった。また今度もっと風情のあるものにやり変えよう。ついでに気になった曽根の竹やぶもチェックしたら、登山口が下刈りされていた。通行できるようにたおれた竹を切って整備したらいい感じになった。あれこれ整備していたら夕方になって暗くなったが、最後に遊歩道の6年たって消えかけたピークハント21の道標を表銀座コースに書き換えて本日終了。この道標には引き続き頑張ってもらうことにした。意外と木の板はもつものだなあ。

11月11日:あいにくの天気だったので、HPのリンクのコラムを手直しと追加をする。検索すると、思いのほかたくさんのHPやブログができているので、チェックしながらリンクしてまわるのも大変。オマケに写真がなかなか映らない。くたびれたパソコンには計算余力がないのである。結局、2度もパソコンがフリーズするはめに。やたら時間がかかり、丸一日かけてなんとか更新できたが、もうクタクタ。目がショボショボ。翌日、会社で性能のいいパソコンでチェックしたら、どれもあっさりひらけてえらい違い。うん?張り間違いがあるではないか。ありゃ?ここも。わわ!これコピーがはりついとる。もう。ムチャクチャじゃがな。まいったなあ。ああ。いいパソコンがほしい。しかし、10年前には三宅さんとしぇるぱさんの2件しかHPがなかったのが、えらい違いである。今では300件ちかく検索結果がでてくる。内容の希薄なものを除去して、なんとか50件くらいに集約したが、まだこれからも増えるだろうなあ。リンクのコラムを更新するのはホント久々で、一気に倍くらいのリンク数になってしまった。まあ、これからはマジメにコツコツとリンクしていこう。(コツコツやる自信はないけど。)

年をとると大雑把:私の親父などは大ザッパなことでは昔から定評がある。なんでもそうだが、やたら早くていい加減。74歳の親父はなにかあると、“残り少ない人生なんじゃから、好きにさせえや。”などと言い放ち、最近ますます行動的になり、ワガママがひどくなった。(年をとると皆こうなるのかなあ。)私もその遺伝子のせいか、最近やたら細かいことを考えるのが面倒になりだした。ようは根気が続かないのである。そのくせヤリたいことが多いのである。要領よくやらんとなあんもできん。と、ワガママな判断をしはじめています。いかんなあ。でも、年をとるとこんなものか。うん。私も“うとまれジジイ”になる定めでしょうかねえ。

やっと寒さが:11月になってちょっと肌寒い日があったが、まだまだなんか暖かい。雨も少なくて、松茸もピークなしに終わってしまいそうである。11月中旬から蒜山は紅葉が見ごろになるのだが、今年はまだ色づいていないらしい。でも、14日あたりから冬型の気象配置になるようで、これで紅葉がすすむだろう。和気アの紅葉は大抵11月25日ごろが見頃ですが、今年は12月の頭が見頃になりそうで、開山と紅葉が同時になりそうです。

ふだ付け完了:11月16日、大田原の防獣フェンス林道に道標をつける。天神尾根登山口周辺の空き缶、空き瓶の不法投棄ゴミがやたら気にかかる。拾うには軽トラック一杯分くらいになりそうなので、見苦しくないように整頓してみよう。御大師山のテープも整頓したいし、また、八ツ峰岩の道標もしばらくほったらかしだったから整備しなくてはならんし、東壁のロープを鎖に更新したり、登山口を清掃しなくてはならん。また、コウジングロのロープも鎖に更新しなくてはならん。イノシシプレートも予備を用意しなくてはならんし、老朽した道標の板も用意しなくては。12月にプレート整備白テープ取りをしながらゲレンデ整備で藤本壁のリスをトレースしたい。正攻法だと軟鉄ピトン縦リス用薄刃が10枚くらいいるかも。でも、上からロープをフィックスして、できるだけ前進用のギア(ラープやバードビーク)で切り抜けるつもり。

イノシシプレート予備つくり:11月19日、朝からまとまった雨で、整備はできない。カーポートの下で250円で買ってきた綺麗な板を電動糸鋸で切って、12枚のイノシシプレートをつくる。既に26ピークのはできているので、今回のは無地の予備である。行方不明なのは まあ、5枚もあれば充分だろうが、傷んで朽ちているのもあるかもしれないので、できるだけ更新してやろう。今回のはニス引きはオミットし、マジックで書くだけとする。サイズは縦が1センチ大きくなった。なんか手抜きだが、手のこんだものをしてもたいして持ちは変わらないとの判断である。幻のピークには三宅さんがつけたプラ板の白イノシシプレートがあったが、もし破損していたら今回のをつけてもいい。正信製材所から廃材の板切れをもらう。20枚くらいあったが、キノコが菌糸をはっているものが多い。におうと椎茸のニオイがする。条件がそろったら今回更新した道標からシイタケがはえるかも。(おいおい。)20日、久々にコージツにいって軟鉄のピトンを買う。クロモリは和気アのモロイ岩には使えない。軟鉄のピトンでも私はこれまで横リス用の薄刃のナイフブレードしか使っていないが、今回は在庫もので波歯の縦用3枚と、波歯の横用2枚を買い、もっている横用ナイフブレード5枚とあわせて10枚になった。これで はたして藤本壁が登れるだろうか?ううん。楽しみだ。

八ツ峰岩整備:11月24日、午前中は親父の手伝いをしたあと、13時から17時までかけて八ツ峰岩の整備をする。黄ラッカーは消えかけていたが、藪はそんなには茂っていない。岩頂上のフダはイノシシプレートに更新したが、あとの道標は上書きした。ラクに作業したつもりだが、結構時間がかかった。春から使っている鋸の切れ味が悪くなったせいかな。天神尾根の取り付きの整備とゴミ整頓もしたかったが、真っ暗になったので、開放作業時にやることにする。八ツ峰の頭のフダが使い物にならなくなっていたので、これと、新林道分岐にフダをつける予定。開放作業時には他にも、東壁登山口のゴミ拾いやコブロープの更新、さらに御大師山の松茸テープの整頓(なびいてるもののみ除去。)をしたい。そして、縦走路のテープ取りとイノシシプレート整備を12月に完了して、10周年を迎えたい。

10周年記念マーク:3時間かけてコソコソとつくりました。来年元旦から表紙でお披露目します。どんなものかお楽しみに。(誰も期待してないか。)

そういえば、来年の干支はイノシシだったっけ。なんと和気ア10周年はイノシシ年ではないか。(なんたる偶然。)また和気神社の狛猪を見に大勢来るんだろうなあ。

開放作業:11月30日、朝8時から10時までかけて天神尾根の取り付きの整備とゴミ整頓をやり、八ツ峰の頭のフダと新林道分岐にフダをつけた。(よくなりました。)さらに13時まで東壁登山口のゴミ拾い(前からやりたかったことで、念入りにやりました。)をやり、気になっていたコブロープ(日陰なのであまり劣化してなかった。)の更新もしました。ゴミは大袋一杯になった。カンとビンも多いので、温泉に運んで捨ててもらう。14時から17時までかけてザイテンのアプローチである新町谷の整備をする。ここは枯れた大木が多く、倒木災害の時は復旧に全ての時間と体力をとられたが、今回も倒木が割とあって手間がかかってしまった。結局、気になっていた部分の整備だけで一日がつぶれて、肝心の閉鎖ロープの回収ができなかったではないか。ああ、明日早朝からやらなきゃならんか。HPの表紙の更新も今夜中にしなくっちゃね。明日は雑用もあるが、白テープ取りまでできるだろうか。

12月1日、くたびれがひどい。HPの更新はできたが、昨夜はプリンターがめげて、黒がまったくでなくなっている。どんなにやってもだめ。夜中1時にあきらめて寝るが、寝付けなかった。朝8時から10時までかけて主要な閉鎖ロープを回収し、雑用をこなして昼14時から続きをやって15時半には全ての閉鎖ロープを回収した。登山口周辺の整備もしたので今回は時間がかかった。最後に丸山と御大師山にイノシシプレートをつけ、茂ったシダを刈り払う。御大師山の松茸テープは思ったほど見苦しくなかったので、行く手をふさいでいるもののみ除去してラクに済ます。17時半、真っ暗になった中を帰宅。縦走路の白テープとりはまた今度。朽ちて更新しなくてはならん道標が2、3あったが、アタゴ尾根と天神尾根の整備M2のイノシシプレートつけもしなくてはならんし、行方不明のイノシシプレートも更新しなくてはならん。あと気になるのは東平尾根の倒木状況である。夜中、またプリンターに取り組むが、万策尽きて諦めた。ああ、買い換えか。これを書いていてもつらい。もう寝よう。

本格クライミング初挑戦:12月5日 朝8時、初めての本格クライミングなのでうんうん悩みながら、あるだけのクライミング装備を車に放り込む。おおっと!ゲタ箱のクライミングシューズを忘れるトコだったあ。(忘れ物はいつも玄関にあることが多い。)昼飯のパンを買って温泉にいくと、鈴木さんは既に来られていた。駐車場で私は店をひろげて今日の打ち合わせをしながら装備を選択。ロープは9ミリ45mザイルのみとした。でもこれ7年もので使用期限過ぎてるんですがいいですか。ああ、私のなんか20年ものだよ。(げっ!仲間がテストしたら大丈夫っていってたよ。ははは。―――――ううう。ええっと、軟鉄ピトンは各種あるだけもっていこう。腰のくびれがないもんでボディハーネスでないと、ずれてだめかもなんていいながらハーネスをはいてハンマーを紐でつなぐ。安全環カラビナ、スリング、エイト環、エイダー2本、アッセンダー2つ、マイクロピトン、もしかしてアングルと。あとまだまだたくさんある装備は車に置いて行く。これでもかなり厳選したが、鈴木さんはあまりの私の装備の物々しさに呆れた風だ。ルートはやたら多い落ち葉でかなり様変わりしていた。落ち葉で滑落しそうだ。まるで雪山みたいに落ち葉にキックステップをかましながら急坂を登る。最初は不帰スラブ。おととい鈴木さんがボルトを2本打って開拓したというルートにチャレンジする。どうもクライマーにとっては、尾根上は簡単すぎて対象にならないみたいである。北側に乗り越したらフェースにリングボルトがあった。これか。またえらい垂壁でツルツルな部分ではないか。クライミングシューズに履き替える。横におりて、鈴木さんが11ミリ40mのザイルをだしてアンザイレン。ビレイしてといわれるが、トップの確保はしたことがない。セカンドしかとめたことがないんです。というと、大抵の人はそうだよとのこと。エイト環では止めれる自信がない。ATCは・・・。車に置いてきたあ。(最悪。)鈴木さんは苦笑して、じゃあ、肩がらみでいいよ。へっ?それじゃあ なおさら止められない。ラッペルのなら分かるが、ボディビレイのはどうやるか困っていると、こうやってまわして脇ではさんで胸をかかえるようにして止めると教えてもらった。アンカーは手頃な木が薮の下にしかなかったので、まあいいかということで、(おいおい。)私が構えると鈴木さんはそそくさと登りはじめた。私は思わず一言。落ちないで下さいよね。(こんな頼りないビレイヤーがいていいものだろうか。)今落ちたらどう引かれるか予想しながらロープを遅れないようにくりだすのは忙しい。鈴木さんは7ミリ50センチのロープスリング3本とノーマルO型カラビナ3枚しか持っていない。ヌンチャクではなく、スリングをボルトリングに通して2つ折にしてカラビナをかけていく。そうか。ヌンチャクだと重いが、これは軽量である。しかもスリングとカラビナをハーネスではなく、袈裟懸けして携行している。これだと取り出しもセットも簡単で早い。なるほどなあ。鈴木さんいわく、昔流だけどね。いやいや、これのもんだわ。核心のトラバースから2本目ボルトを踏み越えて上に姿が消える。40mのロープがいっぱいまでのびた。ロープいっぱい。ビレイ解除、OK、来て。(どきどき。)いきます。取っ付きから、うえっ、きつい。指先3本分しかかかる所がない。スタンスにいたっては垂直めいた急坂にスメアリングの摩擦だけでたたなくてはならない。初めて思い知る。これがクライミングというやつか。(今までのは、やっぱ“岩遊び”であった。)核心トラバースの手前ではスリングをつかんでレスト。ここまででかなりキテいる。ハアハア。1本目はずします。ボルダームーブのトラバース。うええ。うまくロープをはってくれているからいいものの怖い怖い。テンション(荷重かけ)していいですかといいそうになるのを何度こらえたことか。んもう、リードは絶対無理。判ってはいたが、鈴木さんの凄さをあらためて思い知る。ふうう。2本目はずします。核心部をぬけると開放感のスラブ。やれやれ。鈴木さんは松の木アンカーのカラビナでグリップビレイしていた。ザイルをといて、感想をいうと笑っていた。私ははっきりいって今回がクライミング初体験であるといいたい。いままでとはレベルが違いすぎる。じつは体重83キロあるんです。15キロやせなさい。無理!! 10時半、いよいよ藤本壁に移動する。鈴木さんは出だしの部分にピトンを1本打って、垂壁の隣の崩れそうな岩下を落ちないでというビレイヤーでリード。手付かずの岩場だけに落石がよく落ちたが、難なく垂壁の上につく。指示を受けて私は自分のロープを背負ってフォローする。つくと、カラビナをかましたよくわからない結びでネズにアンカーがとってあった。ううむ、昔流。(今度これも教えてもらおう。)2つ折で9ミリ45mを降ろし、勧められるままほとんど垂壁なのをラッペル。こんな垂壁を降りるのははじめてだ。腰スリングでは危険。ハーネスでよかった。しかし、我ながらよくやれるものだ。これは鈴木さんがそばにいてくれているからである。(一人だったら風がふいただけで立ち尽くしていただろう。)いつかも穂高ガリーでパーティーを組んだら自分でもびっくりするくらい登れたもんなあ。やはりそばに仲間がいるという安心感があるのとないのは雲泥の差である。やっぱクライミングは単独じゃ駄目だな。うん。距離はちょうど20m。鈴木さんもおりてきたが、なんと肩がらみ懸垂である。シャツの襟元が煙をふきそうだ。わあ。こんな垂壁でやるなんてちょっと無茶だあ。(でも、できないことはないんだなあと目からウロコ。)よく見たらはなからエイト環をもってきていないではないか。ううう、昔流。オソロシや。私がいろいろ持ってきたのとは、まったく対象的に鈴木さんは凄いまでの軽装である。技術があれば装備はいらん。まさしく。ロープがのばせたところで、いよいよ垂壁の開拓にかかる。私がリスにピトンを打ってアブミ掛けしながら登りたいというと、鈴木さんは笑ってどうぞ。小春日和なのでTシャツになる。なんか鈴木さんといると怖くないぞ。いけそうな気になるわい。取っ掛かりに てこずるが、一度立ちこんだらそう難しく感じなくなった。鈴木さんのシングルロープにアッセンダーでセルフビレイ。やばくなったらテンションしながらスタンスを捜す。こんなインチキ登攀でいよいよ最初の1本を打つ。3センチしか入らない。仕方ない。アブミを根元にかけて乗ってみる。なんとかもっている。2段あがって2本目をうつ。やはり3センチしか入らない。アブミをかけて乗移る。おお。いいぞ。鈴木さんも私のダブルロープにプルージックをかけてすぐ右隣を開拓している。やはり3センチくらいしかピトンが入らないとのこと。下から声がする。鈴木さんの仲間がアプローチをきいているらしい。鈴木さん一声。とにかくこっちへくりゃあええんじゃあ。(なんたる指示。)ハイカーならどうすりゃええん?といいたいところだが、10分後、ガサガサと一人やってきた。(ううむ。どこでも行く感じだ。)私は2本目を2段あがって3本目を打っていると、投げ出されたように落ちて右ひじと左すねをすりむいた。2本目が抜けてピトンは下へ落ちて消えた。アブミとハンマーが紐でぶらさがっている。初めての墜落経験。(といっても1mくらいだけど。)不思議と恐怖心はなく、痛みも気にならない。笑いながらもう一度1本目にアブミをかけて2本目を打ち直す。乗り換えて3本目を打とうとしたが、上の方ははいってくれそうな部分がない。仕方なく下に打ったら2本目からはわずか30センチ先。トレースした人に笑われそうだが、クライミング初心者ということでご勘弁。3本目にアブミをかけて登るとちょっと傾斜がゆるくなったのか立てるではないか。どうやらこのままいけそうである。もろそうなガバを思い切ってつかんでフリーで斜めに登りきると、隣で鈴木さんが、ありゃあ、早くも1本できたなあ。と笑っていた。鈴木さんのもボルト1本とピトン2枚で完成。私のは、できれば斜めに逃げず、このままカンテ先端までツメてやりたいが、上からロープをはりなおさなくてはならない。鈴木さんは16日にまた皆で来るからそのときまで右側と、この先はとっておこうとのこと。確かにこれをやったらメインディシュがなくなる。(もうやっちゃったよなんていったら残念がるだろう。)これは鈴木さんと仲間にお任せしよう。うん。なんか一皮むけた私。両手とも指先3本掛けただけの状態からでも、のりあがったりできたし、すぐそばで鈴木さんが開拓していたせいか、垂壁の中なのについノービレイで平気で作業したりしてたもんなあ。いまなら鷲ノ巣ハングのラッペルもできそうな気がする。仲間の方に挨拶したら以前メールしたことのある神戸の中塩さんであった。なんでも現在ヘルニアで、ピンを骨に入れているというのだが。(ぐはあ。なんかやってることが無茶だあ。)鈴木さんからテルモスの温かいコーヒーをいただき、昼食のあと、私は鈴木さんのをアッセンダーのセルフビレイで第2登する。なんとかテンションせずに突破できた。中塩さんも登ってきたが、よくみるとただの運動靴ではないか。運動靴で沢を登る鈴木さんの仲間はこんなのばっかりなのか?(つくづく恐ろしい連中である。)とりあえず今日はこれで撤収。中塩さんに不帰スラブを案内して14時半、下山。下についたら鈴木夫人が自転車をこいでこられたところだった。またコーヒーをいただき、しばし談笑して解散。

今回私が打った3本のピトンは落ちると抜けるので、ゲレンデとしては抜いたほうがいいだろう。ランニングビレイ用にはやはりボルトを打つべきかなあ。どういう仕上げにするかは16日に皆の意見をきいて従おう。哲学要素もからむだろうから、私ではやっぱりそこらへんの判断がつかんからね。うん。

翌日、あだだだ。肩、背中、腕が筋肉痛。やはり83キロの豚クライマーじゃやることに無理があるか。

20年もののロープ:書籍ではたとえ使わなくても6年で更新するように書かれているが、鈴木さんに限らず、けっこうネンキのはいったロープを使っている人は多い。(昔、毛虫みたいにケバケバに擦り切れたロープを使って鷲ノ巣をのぼっていた方を見たことがあります。)今思えば、クライマーにとってロープを使うのは危険かどうかではなく、怖いかどうかであるように感じる。そもそもクライミング自体が根本的に危険行為なのである。安全基準など あってないようなものなのだ。クライマー本人がこれでええんじゃといえば、(なんか問題だらけのコワイことにおもえるが、)それはそれでいいのである。クライミングは奥深いものなのだ。うん。

後になって:そうだった。エイト環でリードビレイするなら小穴を使う方法があったわい。シングルロープならこれでできていたじゃないか。当分やってなかったからすっかり忘れていたわい。とにかくアンカーとセルフビレイをとる。@離れていても、立ち木にスリングをまいてカラビナをかける。Aザイル2m手前をマストでカラビナにかける。Bエイト環の小穴またはATCでビレイする。うん。今度はこれでちゃんとしよう。なお、ラッペルで、ダブルロープだとちょうどいいフリクションだったが、私が重いせいかシングルではフリクションが不足ぎみで必死でロープをはらないと危険だった。今度は、レスキューにも使えるエイト環に2重巻きするのをためしてみよう。また、小石がクライミングシューズに入ったし、落ちてムコウズネを負傷したので、今度は沢のスパッツをしよう。腕も負傷したが、腕抜きはどうかなあ。そこまでしてる人はいないしなあ。だいたいクライミング手袋なんて誰もしてないじゃないか。ビレイ時はヤケドしないように手袋すべきだと書籍には書いてあるが、かえって止めそこなうのではないかとも思える。とりあえず、肩がらみできるような化繊でない襟のある長袖シャツを着るようにしよう。またアッセンダーは外れたり壊れるおそれもあるので、セルフビレイ用にデイジーチェーンとカラビナのセットを2つつけて、その先に2つ共セットしていくべきかなあ。フイフイはアブミだけにしてノーマルカラビナをハーネスにセットしておこう。また、どうもオートロックはセットに手間取るなあ。カラビナはオートロック式はハーネスだけでよさそうだ。たいていはノーマルの方が使い勝手がいいし、アンカーやアッセンダーで慎重を期すならスクリュー式で充分だと思えた。

疑問:そういえば、クライミング手袋の実態も知りたいが、壁の中でのトイレはどうなのかなあ。エルキャピタンのルートにはトイレ指定のテラスでもあるのだろうか。丸見えのトイレだったら女性クライマーはどうするのか。ううむ。やはりポータレッジの中で簡易携帯トイレを使用するんだろうなあ。でもゆれるトイレでやってる最中にコケたら悲惨だろうなあ。現物は携行して持ち帰りなのだろうか。液体もそうだったら重いぞ。何日分もは無理があるような。食糧分が廃棄物に入れ替わるようにホールバッグに同居することになったりしてるのだろうか。まさか壁に流したり下に蒔いたりはしてないよなあ。

岩山クライミングゲレンデの存在意義岡山県内でスポーツじゃない実際の岩(アルパイン)をやってるクライマーは何人いますか?と、先日コージツの店員さんに訊ねたら、30から50人くらいではとのことええっ!ムチャクチャ少ないぞ。(ホントかいな?)ハイカーは何千(いや何万?)人もいるのに100分の1もおらんのか。お隣の兵庫(関西)とはえらい違いだ。(鷲ノ巣のクライマーは関西からのお出ましばかりだったのか?)やはり岡山にはいいゲレンデがないから、やる人も少ないんだろうなあ。(岡山県においては岩登りのゲレンデとアルパインクライマーは貴重な存在なのだ。)用瀬一帯はフリー専門だし、王子ヶ岳はボルダーだけだし、県内ではウチの鷲ノ巣と山陽町の兜岩くらいしかアルパインのゲレンデはなさそうだもんなあ。それでいて(鷲ノ巣は2ピッチでハングもあるが、)兜岩はスラブだけだもんなあ。とどのつまりはアルパインのゲレンデとしてニーズに応えられているのは鷲ノ巣しかないみたいだ。ううむ。でも、鷲ノ巣は最近やたらフリー化されてハードになり、中級者やロートルが閉め出されているように思える。(洗練されたといえばいいのかもしれんが、一長一短があるみたいだ。)アルパインクライミング文化のためにも、もっとやさしいルートが種類多くあった方が大勢の中級者(クライマーのほとんどはこれです。)やロートル(今ではこれも多い。)やこれから始めたい方(貴重な存在。)にはいいと思うそう思うと今開拓中のこの岩山ゲレンデは、中級者、ロートル、初心者にうってつけで、岡山県のアルパインクライミング文化に貢献するものになるだろう。ちょっともろくて危険だけど、アブミを使う面白い冒険ルートも作る予定です。(地主として、勝手にボルトを打ちかえてのハードなフリー化などは絶対にさせません。)鷲ノ巣の初級と中級向けはスラブしかありませんが、ここにはスラブだけでなく初級の稜線や中級のカンテもあります。最長でも40mまでなのでマルチピッチにはなりませんが、10分ほど足をのばせば3ピーク先の穂高山には4ピッチ140mの初級のホンチャン“ホダカガリー”があります。(もっとやさしいホンチャンの“ダイレクトルンゼ”150mもあります。)また、藤本壁への直接アプローチの台三郎谷の登攀はハード気味ですが、初級のホンチャンめいていて、温泉から15分で着けます。(行者尾根の方をアプローチに利用すれば、展望も楽しめ、不帰スラブへもいけて、あまりハードではありません。)さらに、駐車場も充分あり、余計な林道歩きがなく、県道から見上げればそばなのでよく見えます。ただ、鷲ノ巣は下の磐座や岩上で大勢で集まってお弁当が食べれますが、こちらはあまり平らな部分がありません。大勢で集まって弁当をひろげることは不可です。じゃまにならない場所に散開するか、縦走路にあがってお弁当になります。(まあ、できるだけお弁当場所を確保するように枝払いする予定ですが、どうなりますやら。)

ちなみに:鷲ノ巣には、似たり寄ったりを1つとして大別するとルート数は初級もいれて9本くらいか。近所の黒壁の初級の1本もいれたらトータル10本とみなせる。(チンネのハングの1本は離れているのでいれないことにしました。)12月16日に、また岩山ゲレンデの開拓をすすめる予定ですが、不帰スラブと藤本壁あわせて、やはり10本くらいはほしい。今のところ、開拓したのは不帰スラブでは、(仮称で、)初級センター稜スラブ、初級北サイドスラブ、中級鈴木ルートの3本。藤本壁では、初級右まわりルート、中級カンテ右ルート、やりかけのダイレクトカンテの3本である。これからの予定として、不帰スラブ南サイドにゴルジュ越えルートと、北隣にアイゼン用のグリーンスラブを。藤本壁にはカンテ左フェースルート右下フェースルート、さらに中級のブッシュ沿いカンテルートがひけると思う。そしたら個性のあるのが11本。うん。いいねえ。(中級の中にはアブミルートもあり、登り方では初級にも上級にもなると思います。)

ゲレンデ開拓状況:12月16日、朝9時、温泉駐車場で鈴木さん御一行をまつ。その内に仁尾さんという方が来られたが、なんでも あとの皆は夕べに中塩別荘で宴会をやって二日酔いで遅れるという。(おいおい。)しばし、仁尾さんと談笑しながら装備をつける。見ると、仁尾さんの装備もかなりネンキのはいったものばかりである。仁尾さんの道具も使い込まれてますねえ。そういえば、鈴木さんなんか20年もののロープを使ってるんですよ。ははは。そうだろうねえ。僕のロープも30年ものだからねえ。――――はははは。(もう、笑うしかないよ。皆さんどう感じていらっしゃいますか? 私はこういった方々とこれから岩に取り付くんです。うええええ。)仁尾さんは、僕なんかたいしたことないよ。なんて言ってるが、ヘルメットなんてすごいキズだらけだ。これは相当やってた証拠。(昔のクライマーは、凄いのに限ってやたら謙遜するので、真に受けてナメているとケムに巻かれるというか驚かされることが多い。この人も用心。用心。)やがて鈴木夫妻、金山さん、中塩さんがこられたが、みんなトイレに行きたくなって、スタートは10時半になった。雨上がりでぬるつく台三郎谷を重い装備をかついで登攀すると、さながらホンチャンみたいでキツかった。皆は二日酔いで、早くもバテ気味。11時、藤本壁。さっそく前回の右まわりルートを登攀してやろうとするが、トップではどうにも手がでない。なぜだ?今日は壁の世界に入れない。結局、鈴木さんに登ってもらい、カンテ右にロープをはってもらってアッセンダーで登る。前回みたいに登れなくなっている。それでも前回インチキした部分をテンションせずに1本目のピトンまでトレースできた。上までいくと、鈴木さんのアンカーはザイルをカラビナでタイオフしているものだった。ふうん、これでいいのか。展望所の一番太い松にスリングをかけてアンカーにしてダブルロープをカンテの右側のフェースに垂らす。ここでATCをギヤラックにつけかえようとしたら落としてしまった。ああ、さらば、ATC。気をとりなおしていざラッペル。怖いもの知らずで降りたが、こいつはすごい高度感があった。もし今アンカーが破壊したらなんて想像したらギンギンにヒキツル。でも、なんとか無事に降りれた。20mだが、これはすごい。鷲ノ巣並だ。(たぶん。)急にうれしくなった。kaitakuhuukei2今回は電動ドリルという武器もあり、中塩さんが岩をハンマーでたたいて、ムズカシイ顔をしながら効きそうな場所を探し、(効きそうな部分があまりないみたいだった。正直 私には音の違いがまだよくわからない。)アンカー用のビレイ点にRCCボルト(なつかしい。)を打ってくれている。ジャンピングでは腕がだれるし、時間もかかる。おまけに岩が砕けて穴がすり鉢状になってしまうが、文明の利器はすごい。早くて、きれいな円柱の穴。同時に上でも作業をしながらだったので、中塩さんは何度もヘルメットに落石の直撃を受けた。鈴木さんは、上に立ち木があるフェース左側を登って、カンテ上にトラバース。これを仁尾さんがトレースしているが、なんと仁尾さんは昔の重革靴である。わあ。よくそれでそこを登りますね。ええ?ああ。いやあ今までずっとこれで岩を登ってるんだけどね。(ホラ!やっぱりね。)一人のハイカーが登ってきた。先日も岩山の新ルートをトレースしたそうで、その時3人のクライマーが不帰スラブで酒盛りをしていたとのこと。おお。早くも来たか。(でも、まだ出来てないんですけど。)このハイカーもただものではないみたいだった。(まあ、ここは普通のハイカーは来ないよ。うん。)鈴木さんは左まわりルートをやったあと、私が降りたフェースをやっている。皆はなんかノッテきたみたいで、目を輝かしながら岩にむかっている。皆が取り付いていると、なんだか岩が寝てみえるではないか。なんだかいつの間にか、私も壁の世界に入ったみたいだ。よし、今ならヤレる!だが、私は昼から用事があったので、残念ながら撤退しなくてはならない。後をお願いしますといって、12時に一人で下山する。行者コースを降りたが、重荷ではハードだった。麓からみあげると、藤本壁にロープが3本くらいはられており、みんなが見えた。なかなかの眺めだ。が、やはりちょっと岩が小さいかなあ。(まあ、鷲ノ巣だって大テラスで切ったら、25mそこそこにしかならんけどね。)でも、形(内容)はなかなかいいぞ。うん。今回、おそらくできるであろう藤本壁のルートは、左まわりルートカンテ左フェースルートダイレクトカンテの3本。これに、前回の右まわりルート、カンテ左ルートで、おお、5本になる。なお、右下フェースは、10mしかないから茶を濁すのでやめようとのこと。(フリーゲレンデならやってるでしょうがね。アルパインはやはり最低20mくらいはほしい。うん。)同じく出迎え岩の右側の岩場もそっとしておこう。ただ、ブッシュ沿いカンテルートはやりたいなあ。(どうだろうか?)不帰スラブの方もゴルジュ越えグリーンスラブを要望しているが、短いからどうかなあ。また、鈴木さんいわく、不帰スラブの鈴木ルートというのはやめてくれとのこと。(もう、謙虚だなあ。なら、トラバースする部分の上がダイヤ(?)みたいだったからダイヤモンドフランケとでもするか?)ううむ。

ヒポポタマス藤本:前回の鈴木さんとの開拓で、撮ってもらった写真を見て、ショックを受けた。颯爽としたつもりが、まるで水辺からはいあがるカバみたいではないかでかいケツでかいハラ。もうカッコ悪りい。やっぱクライマーはやせてないとサマにならんわい。

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ちなみに、これは3本目のピトン根元にかけたエイダーからカンテのハング下にたち込もうとしているところ。

このあと、2つのエイダーとハンマーをぶらさげたまま斜上してきりぬけた。(なお、この3本のピトンはそのうち回収される予定です。)

ついにパソコン更新:年賀状をつくらないとね。あれ?黒字がぜんぜん印刷できんがな。クリーニング。ダメだ。フレッシング。ダメか。このこのこの。これなら・・ダメか。お手上げ。めったに使わんからヘッドが目詰まりしたか。かれこれ7年だもんなあ。仕方ない。買い換えるか。まあ、プリンターだけなら安くていいのがあるだろう。ついでだからコピーもとれるダイレクトプリンターにするか。スペックを見たら、どんな安物でも今までつかってたヤツより格段に性能がいい。(時代の流れを感じるなあ。)これに刺激されていろいろ協議した結果、我が家の大蔵大臣の予算許可がおり、ついにフリーズばかりしているパソコンもセットで買い換えることになった。(おお。)OSはもうじきビスタがでるが、XPでいい。MEの二の舞は踏まんぞ。店員にきいたらXPはブロードバンド対応のOSなので、ダイヤルアップだと不都合があるかもなどというので、この際、ADSLに変更することにしました。(おお、ついに。)プロバイダーはOCNのままなので、HPもメールもアドレスは変更なしです。つなぎっ放しなので、無線ランを使うようにルーターも買いました。12月18日、うんうん悩みながらセットアップとアプリケーションとデータのコピーをしました。旧パソコンにも新しいプリンターのドライバーをインストールしたが、なぜかワードのフォーマットが文字化けするようになった。ああ、いよいよめげたか。でも、ネットで調べたら簡単になおすことができた。(やれやれ。)回線工事は年末の27日午後になるので、相変わらずインターネットが重いままだ。新パソコンはウイルスバスターを更新しなくてはならんが、重くてできないでいます。90日以内は無料というが、有料になったら年間5千円くらいかかる。ルーターも使うし、やっぱやらなきゃならんのかねえ。出費がかさむなあ。そんなこんなで、28日、電話機の上につり戸棚を作ってルーターとモデムを設置し、29日までかけて、またうんうん悩みながら無線ランをセットアップする。はじめてのこともあって無線ランのセッティングがうまくいかない。困ったらこのHPを見て下さい。なんて書いてあるが、そのHPが見れんがな!(ホント間抜けな話だなあ。)ならばと、OCNのサービスに電話相談しようとしたら、よりによって今日から1月4日まで休みになっているではないか!うおおおおお。馬鹿野郎――――!(本当に嫌になった。)仕方なく、あれこれ試して夕方になってなんとか自力で接続完了した。ああ、疲れた。さっそくウイルスバスターを更新する。今夜は消防の夜警。買出しをし、機庫の掃除をし、午前2時まで。翌日は墓掃除と親父の手伝い。そしてまた午前2時まで夜警。今日31日は、仕事出勤。今、紅白をみながらこれを書いています。HPの更新で、先日合間に作っておいた10周年のマークをアップしたりして、もうクタクタ。(そういえば、12月の休みは風邪でふせったり、手伝いやパソコンにふりまわされて、今期は今のところ岩山ゲレンデのことしかやっとらんがな。)では、皆さんよいお年を。(ちなみに明日元旦も出勤。)ああ、そうそう。パソコンの性能アップにともない、私自身スクロールが苦にならなくなったので、このページはこのまま続行することにします。(やっぱりそうくるか。)

これより07年。

追加開拓:1月11日、朝9:30から和気アの清掃整備にいくが、結局岩山エリアにもうひとつバリエーションルートを作っただけになった。(おいおい。)当初は松茸テープを除去するつもりだったが、とりあえず藤本壁開拓がどうなっているか確認しに行者尾根を登ることにした。尾根までの沢沿いが下降困難なので、今度コブロープを設置しよう。(迂回路をつくろうかといろいろやったが、かえって困難になるしまつ。まったくえらい急坂の山である。)なお、行者堂跡(?)としていた場所はどうも石切り場の詰所跡みたいで、かつてはここの石切り場はかなり盛大に切り出していたようです。(今の石切り場は上部が崩落しており危険です。)行者尾根上部から左におりてゴルジュをチェックしに立ち寄る。ううむ。垂直なのはいいが、苔むして距離が短い。登りたい気持ちがわかない。やめた。やはりここはそっとしておこう。藤本壁にトラバース。通過しにくい場所も手直しする。出迎え岩(名前をつけるほどのことではないが、とりあえず。)の上でザックをおき、邪魔っ気な沢中のスラブの茂みの枝をはらいにノコを持って下降する。(これを皮切りに横道にそれたように思う。)ここの右側にもいい切り立ち方をした岩場があるので、(当初はそっとしておくつもりだったが、)ついでにこれも枝払いして整備することにした。上でトラバースにつなげて満足。うむ。この出迎え岩は高さは7mくらいしかないが、形(内容)が豊富なので、これからは初心者向けやアイゼントレのいい練習場になるだろう。ここで止めておけばよかったが、この右側の上にもやさしそうな岩場が続いているので、つめてやりたくなった。ところが、上にいくほどだんだんハードになってきた。左側にはセンターテラスからの右ルートがそばに見えているが、そっちへのトラバースはアクロバットになる。上へむかって行けそうな所を切り開いていくが、最後になってきわどいことになってしまった。なんとか稜線につめあがれたが、ううむと唸った。こんなのをトレースできる一般ハイカーなんて、まず いないぞ。(モロ、鈴木さん一派向けだ。)高度感のある中で行き詰まりかけながらの開拓だったので、精神疲労がひどく、隣の右ルートを下降することができない。そのくせなぜか(なんか思考能力もやられていたようだ。)、ここまでやったついでとばかりに、以前たいしたことなかろうと途中やめにしていた肩のピークから岩場がある尾根筋を調査下降する。すると、水平に張り出した遠吠え岩(とりあえず命名)や、岩の下に空洞がある小窓岩(とりあえず命名)などのホントにささやかな奇岩があり、ガレた感じのスラブやちょっとした垂壁もあった。おお、面白いじゃないか。やっぱりここにも一般道をひいてやるか。ザイテンもどきができるかも。(ただし、すごい急坂です。下降専用になるかも。)まいったなあ。すぐ隣にこんなのがあったなんて。ホントに相棒は底なしの凄いヤツだわい。(ちなみにここもウチの土地です。)でも、これはまた来年にしよう。(相手にしてたらまたなにもできんようになるわい。)とりあえず、スラブ下まで下降して、獣道を探す。お目当てのトラバースする獣道があった。台三郎谷に向かっている。多分、横切れるようになっているはずだ。やっぱり。(藤本流、獣道トレース脱出法。)無事に登攀ルートに出ることができた。ひーひー登ってザックにもどり、13:30遅い昼食。いまからでは、清掃整備はあまりできんな。よし、もう一度出迎え岩右側から稜線までをきっちり整備してやろう。落とした枝を片付けながらトレースしてなんとかルートにできた。しかし、核心部はネズの木と根っこに頼っているという危うさ。こいつが枯れたら完全なクライマー専用ルートになる。だれかがうかつにトレースすると危険なので、今回は枝払いだけにしてあえてコースサインはつけずにおきました。(高度感がある状態が結構続き、今の私でも空身でないと突破できないくらいです。完全に限界レベルのハードルートです。)鈴木さんに意見をきいて扱いを検討してもらおうかなあ。(先日、中塩さんがアイゼントレで台三郎谷を登攀して、楽しむことができたというので、実験代にしてすみませんが、今度は今日の新バリエーションも楽しめるかどうかも、やってもらいたいものです。)隠れバリエーションルート(?)になったりして。ふらふら状態で、ダブルトラバースを下降し、藤本壁を真横から見る。ううん。迫力あっていい眺めだ。芦屋のロックガーデンみたいに小さなクライミング場だが、ここからだと魅力を感じるいい岩場だわい。満足。満足。おや?鈴木さんは回収するといっていたが、私のピトンが回収されてないぞ。右フェースにはリングボルトが3つうってある。おお、これはいい。(さらに上にもう2本くらい打ってくれたらの話しではあるが。)アブミをもってトレースしてみたい。藤本壁はメインの3本(カンテ右ルンゼ15m、ダイレクトカンテ18m、カンテ左フェース18mと、初見手始めによさそうな両脇の2本(右まわり、左まわり)の計5本で完成であろう。(右カンテは右まわりルートと同一なのに別だと勘違いしていました。)ああ、はやく完成しないかな。わくわく。最後に不帰スラブに向かい、グリーンスラブをチェックする。上から見るとボリュームがあるが、下に回りこむとたいしたことはない。取り付きまでが落ち葉の雪崩でどうにもならない。これもやっぱやめておこう。うん。自分がかつて登った部分をやってみるが、これもなんかしょうもない。これも却下。スラブ稜をひやひや(もう限界。)で下降し、一息つく。やはりここは鈴木ルート改めセンターフランケ40m1本だけしかないように思えてきた。まあ、初心者向けのスラブ稜とで、計2本か。センターフランケに取り付きやすくするために、スラブのすそまわりを刈り払って、開放感ももたす。うむ、いいぞ。やはり、ここはこの1本で充分だわい。確信できた。ここでは良いとこ取りの最高の1本。そして、ちょうど ど真ん中。これ以上は不要というか、無いほうがいい。(これ以上ここでなにかするとしたらアンカー用のボルト打ちくらいだろう。)あらためて鈴木さんの芸術性(クライマー美学)を理解できた。どうも私はフリーゲレンデに影響されて、ついついこの芸術性を見失っていたようだ。というか、素人が岩いじりをするとフリーゲレンデみたいにやってしまうのかもしれない。ううむ。それからは憔悴しきって遭難者みたいに度々へたりながら17時に下山して帰宅する。夜はまた操法の練習。もうクタクタ。(ああ、なんでこうなったのかなあ。)←山に呼ばれた?

ADSL騒動:年末になんとか新旧2台のパソコンをADSL接続し、無線ラン接続もうまくできた。さあ後はドットホン(IP電話:インターネット回線利用の電話で、国内どこでも3分8円とムチャクチャ安い。)の設定だけだな。と、よく見るとモデムが対応機種ではないではないか。連絡すると対応機種を送りますので、前のは着払い送付してくださいとのこと。貴重な休日を一日つぶして設置する。接続方法が前とはちがうので、またもや悪戦苦闘する。どうしても旧パソコンは繋がらないが、新パソコンはなんとかHPが見れるようになったので、(どうなったものかよくわからんが、)これでよしとする。ところが、なんだか通信速度が遅くなった気がする。モデムのランプが消えたり点滅したりばかりしている。しかも電話が突然切れたり、かけれなくなったりするではないか。設定ミスして悪影響をしているのか?(これじゃあ、やらなきゃよかったよおと後悔。)また、もう一日休みをつぶしていろいろ試すが、どうしても旧パソコンが繋がらず、CPUもくたびれたのか、フリーズばかりするようになった。(ついにめげたか。)諦めて、サポートに連絡する。モデムのランプが消えるのは、やっぱりおかしいとのことで、夕方にNTTの修理屋さんがきてくれた。ところが、不規則に不通になるので、なかなか原因がつかめない。私の無線ランの設定ミスが影響しているのか相談したら、NTTさんには担当外の無線ランの設定にえらく長く取り組んでくれた。(ちなみにバッファローに頼んだら1万円くらいとぶ。とてもよぶ気になれないよ。)結果として、接続できなかったが、“このモデムは前とは違ってルーター機能ももっているので、無線ランはブリッジ(単なる無線ハブ)にした方がいいのでは?”とのこと。思い当たることがあるので、なるほどと うなずく。 “それがわかれば、あとは自分でなんとかします。”(自信あり。)といったが、設定ミスが不通になる原因ではないことはわかった。もう外は真っ暗になったので、また次の休日にきてもらうことになった。(ああ、今月も和気アの整備ができそうにないわい。)その夜、夜半までかけて無線ランをブリッジにして新パソコンはうまく接続できたが、旧パソコンはやっぱりだめ。雨のせいか、急にやたら回線がひんぱんに切れるようになった。(この方が原因がつかみやすくていいが。)仕方なく電話を通常回線に付け替える。HPも途中で切れてブラウザまでフリーズする始末。おいおい。こりゃあ重症になってきたなあ。なんかどんどん状況が悪くなっていくみたいだ。このままでは新パソコンまでめげそうなので、無線ランの親機もはずしておく。翌日、会社できいてまわるが、IP電話を使っているものはおらず、無線ランの設定のこともよく知るものがいない。どうも岡山市内は光ファイバーや有線放送が普及しているので、皆そっちを利用しており、ADSLはよく知らんとのこと。くそう。まいったなあ。貴重な休日3日目。朝から先日のNTT修理屋さんがきて、午前中いっぱいかけてあれやこれや調べてまわり、最後にダイヤルアップで抜き差ししていたジャックを新品に交換したところ切れなくなった。ジャックはそもそも何度も抜き差しするものではないが、7年間も抜き差しして磨耗していたらしい。(ここまで、ブルードバンド化をこばんできたせいもあるか。)“たぶんこれでいいかと思うけど、また変になったら呼んでください。”と自身なさそうに帰られたが、夕方になっても快調である。やった。通信速度もいいし、IP電話もパソコンも復活。夜になって、無線ハブのセキュリティーが気になったので、ルーターモードに戻したら、おお、モデムも両方繋がるぞ。なんだうまくいくじゃないか。(どういうことかよくはわからんが。)これで完璧。(たぶん。)しかし、旧パソコンは、子機で親機まで繋ぐことはできたが、HPは見れないまま。どうも最新のモデム(今回のIP電話対応機種モデムは最新とのこと。)との機種のギャップというか、対応できないみたいだ。この旧パソコンは電話ジャックはあってもランジャックはないし、接続もダイヤルアップが前提になっている。PCカードか無線ランを追加しないとブロードバンドはできない。まあ、どっちにせよこれじゃあセキュリティーがだめだし、やらん方がいいか。うん。諦めることにした。(それが正解かも。)翌朝、通信をチェックし、メールもやり、ADSL騒動は3日の休日を費やしてやっとおさまった。(やれやれ。でも、最初の違うモデムの設定から数えるとかなり休日を費やしたような。)ううむ、暗中模索し続けたので疲れたわい。おまけに和気アの整備がなあんもできとらんがな。ああああ。

役場にて:先日、役場に用事があったついでに税務課に立ちよって、以前調べたことのある観音山横の岩場の地主が、和気区だったか お寺だったか どっちか確認しようとしたところ、なんと個人情報保護のため、申請書を書いてハンコをおし、200円を添えないと閲覧できないことになっていました。まいったなあ。(でもこうなる前に一般ルートの開拓を完了できていてよかったわい。)これから今までのようなことをしようとしたら大変である。というか、できない時代になりつつあることを感じてしまいます。

操法練習:ここのところ毎週(火)(木)と夜2時間ほどやっています。まあいい運動不足解消になっており、岩をやる体つくりにはいいかなと思っておりますが、いかんせん仕事が眠い。ううむ、事務仕事がはかどらん。やっぱ45歳では操法の番員はつらいなあ。走らん3番員ならまだいいんだろうが、2番員はやたら仕事も多いからなあ。やれやれ。

おっとアクセス3万件:ADSL騒動の間、07年1月18日、ついにアクセスカウンターが3万になった。(おお。)さあてと、2万件になったのはいつだっけ。んん〜と。んん〜と。(また逆スクロールして捜している。)どこだあ。ううんとお。(まだ捜している。)もう。どこだたっけ。(また嫌になってきた。)おかしいなあ。どこだあ?くそう。(ああ、もう!こんなページを作った自分にハラがたつ。マッタクなんて馬鹿なんだ。アホの中の大アホウめ。)んん―――――おっ! あった!(やれやれ。)05年6月13日。ちなみに1万件は04年1月2日。最初の1万件は2年8ヶ月かかったのが、みるみる人気になって 次には1年5ヶ月で達成。その後もさらに1年7ヶ月でもう1万件あったことになる。一時のフィーバーぶりが落ち着いて、もっとアクセス数も落ちたかとおもっていたら、結構人気が持続しているではないか。(ホント物好きな人は多いもんだなあ。)やはりこれは、あまり馬鹿なことばかり書くとヒンシュクをかう。ようし今度こそ慎もう。うん。(また。もう無理だって。)

やっと清掃作業:1月21日、午後1時から台三郎谷にはいる。行者コース下部の沢沿いが下降困難なので、2箇所にコブロープをつけた。それでも地面がドロでよく滑る。クライミングの重装備で降りるには、まだちょっと難儀かも。台三郎谷を登攀して出迎え岩を下の滝から登り、今日は壁の世界に入れている(くたびれて飲まれていない。)ように思えたので、思いきって右側の一番切り立った所にチャレンジする。集中。よし。いける。登りきった。しかし、右ひざがブルブル震えている。やはりフリーソロでは限界であったわい。ふう。続けてそのまま上へ“隠れ新バリエーション”を登る。ラストのクライミング部分で、もし誰かがゲリラして来た時に遭難しないようここだけ黄ラッカーでコースサインをつけておいた。最後の最後にセンターテラスからの右ルートに合流して稜線にでる。14:30からエビ山の松茸テープを撤去する。意外と楽で、なんとか16:30に撤去完了し、岩山にもどり、閉鎖しておいた作業道を利用して温泉駐車場に下山し、温泉にゴミを捨てさせてもらった。うむ、今度は岩山から穂高を松茸テープ除去しよう。(もしかして誰かすでにやってくれてたりして。)しかし、台三郎谷沿いはどうみても下降困難だ。地面も滑って崩れやすい。やっぱ肩ピークからの下山道を作ろうかなあ。でも、こっちも滑りやすくて崩れやすそうなんだよなあ。(岩山西面はどこもかしこも崩れやすい。)どうしたものか。それと、エビ山のエビピーがなくなっていたなあ。新しいのをつけないとね。ああ、やることいっぱいだあ。

観音岩周辺開拓構想:和気小の行事で和気富士から観音山までのハイクのリーダーをするが、毎年恒例でちょっと味気ないので、脚色すべく観音岩上に立ち寄れるようにしてやろうかな。さらに、隣の岩上までトラバースして、そのままカンノンチンネに向かい、T峰(これは独立していてボロボロに脆かったので、)裏の鞍部を越えてスラブを登ってチンネの突先をたどるというのを作ってみようかなあ。(うん、いいんじゃない。)スラブからは右側をつめて隣の岩尾根にも行けるようにしよう。ついでに烏帽子岩も周回してやるか。ううむ。バリエーションにしかならんだろうが、もしかして一般化できるかも。しかし、小学校の行事向けじゃないよなあ。それと、岩山の肩ピークからの下降ルートもやっぱほしいなあ。今度、ちょこっとまた偵察するか。うん。

偵察結果と考察1月25日、朝9時に観音堂から観音岩の左端を登攀し、まわりこんで観音岩の上へ。さらに南端の岩頂にたつ。おお、ここからは真正面にイモリ岩がおごそかに見える。かなり高度感があり、ここは ちょっと子供には危ないか。ささやかな岩稜を登り、適当な獣道を北側へトレースするとねらい通り登山道の階段の端にでた。金テープをつけて戻り、岩稜に廃道跡(昔はこの尾根に登山道があったみたいだ。)があったので、これをたどって上の縦走路まで登る。ううむ、たいして面白くないなあ。登山道の階段を下山し、さっきの金テープからまた岩稜に戻り、こんどは南端の岩頂の脇から南側に乗り越して、林中の急坂を落ち葉で滑落しないように気をつけながら獣道をトラバース。大岩があるので上をまわって下へさがらないようにするとカンノンチンネの大窓の正面に来れた。窓からチンネのT峰へ岩上をたどるとあっさり先端にこれた。あれ?7年前に下から登攀した時は、先端は分離していたと思っていたのだが、つながっているぞさてはさっきの窓を下から見て諦めていたのかも。初心者だったとはいえとんだ見当違いだったわい。窓に戻り、上はハングで登れないので、北側の根元を登攀する。上の小窓にきたが、ここも上には登れないので、さらに北側の根元を登攀する。なんだか7年前と同じ展開である。次の三ノ窓からは上に登れるが、ここからはもう面白くはない。ひきかえそう。最初の窓に下降する。この窓は、南側に獣道がある。これをたどってみよう。また、あっさり乗り越して南隣にあるもう一つの岩場をめざしてトラバースできるではないか。ちなみに、チンネの側壁は下から見ると大きく見えるが、そばで見るとたいしたことはなかった。獣道をたどり、岩尾根の端をまわりこんで、めざすスラブにたどりつく。しかし、岩にはドロがかかっていた。ドロをさけながら登攀すると、ここはなかなか登り応えがあった。最後にちょっと怖かったが、先端の岩頂にうまく這い上がれた。おお、これはいい。(スラブになにかいい名前をつけてやりたい。ううんと、そうだなあ。観音チンネ南稜スラブとでもしとこう。)ここの岩尾根は簡単に岩上をたどることができ、すぐに縦走路にでる。3つの岩場の中では一番楽しかった。観音岩はスリルがあるが、上から見下ろすだけ。カンノンチンネの岩上をたどるのは困難さが面白さを上回っているので、却下。(窓2箇所に鎖でもつければいいのかもしれないが、危ないし、そこまでやるのもどうかなあ。まあ、物好きな方は私みたいに根元をまいてくださいといったところか。)むしろあっさり窓を横切り、3つめのドロかぶりのスラブで遊んだ方がいい。このスラブだけなら、黄ラッカーでコースサインし、ラストの高所に鎖をつけてやれば面白い一般ルートにできるだろう。でも、ここまでのトラバースが台三郎谷レベルに近いから、かなりのツワモノでないと来れないな。うん。そうなると、ここはこのままの方がかえって喜ばれるか。よし、とりあえず、このままにしといてゆくゆくは邪魔な枝払いをしただけのバリエーションルートにしよう。(なお、この観音様周辺の岩場は下が墓地なので、迷惑にならないよう、下から取り付くルートは設定しません。)ああ、やっぱり7つめのエリアができそうだ。はたして誰がトレースするだろうか?(ううむ。いよいよ末期の和気アル中患者だけでしょうね。)12時に一旦下山する。

清掃作業2:昼飯の後、13時から松茸テープの撤去をしにいく。岩山からなので、思い切って先日途中まで下降した肩ピークの尾根を登攀して内容を再確認することにした。台三郎谷取り付きから右側に斜上するとひどい急坂。しかも落ち葉と砕石が降り積もった状態なので、砂滑りを登攀するような感じになった。なんとかスラブにたどりつき、これはルートにできんなと確信する。やがて乾いたコケだらけの急なスラブになり、これを登攀すると小窓岩があった。ううむ、やっぱしょうもないなあ。さらに上に遠吠え岩。うむ、これならちょっとはいいか。でもこれだけじゃなあ。やっぱここはそっとすることに決定。うん。14時、縦走路にでる。作業開始。岩山から前ノ峰まではさほどでもなかったが、間ノ峰まではかなり張られていた。17時までかけて、なんとか穂高手前まで撤去完了し、温泉にまた捨てさせてもらう。あとは、穂高から北稜ルートにかけてだが、穂高はファンがいるから取ってくれてるかも。そうなったらもう一日ですべて完了して、道標整備にかかれるわい。しかし、どの道標も消えてしまっているなあ。早くやらねば。おおっと!そうだった。観音山登山道の分岐を誰かが更新してくれていましたただし、鷲ノ巣が“鷹ノ巣”になっていたので、気がひけながらもマジックで訂正させてもらいました。(汚くして、ごめんね。)そういえば、最近の書籍にまちがって書かれていたもんなあ。神ノ上も“かみのうえ”になってるし。(そんな山はありません!)やっぱ、せめて主要なものだけは名前をちゃんと間違えないでほしいですね。たいていのガイドブックにありがちでしょうが、“本当はその山をよく知らない人”が書いていることがバレて、信頼を失います。(また。敵をつくるようなことを。)できれば、メールでもくれてチェックさせてもらえれば、校正できたのですが、残念です。あと、巻末で、那岐山の滝に新たに名前をつけられていましたが、縁もユカリもないギリシャ神話からではどうもなじめませんねえ。黒滝にもサッカーチームみたいな名前をつけたりしているし、(たぶん、こんなの誰も認めないよ。こんなのに変えたら地元も怒ると思うぞ。)全般に、名前にたいするコダワリが希薄で、やたら軽薄に思えます。(また。そこまでいうか。)名前は大切なものなんですよ。たとえば、観光名所として“横浜ベイブリッジ”と“かもめ橋”ではどちらを見にいきたいですか? ヘンな名前をつけたら、大変な損失になることをご理解ください。夜はまた操法の練習。ああ、クタクタ。

曽根地区に駐車場はありません。:曽根にやっと可搬ポンプの積載車がはいった。1月27日、朝8時半、和気の部長として入魂式に参加する。東備振興局建設部の駐車場で、由加神社の神主さんが祝詞をあげている最中である。一台の乗用車がのり込んできた。式典中にもかかわらず、シャアシャアと前を横切って奥に駐車した。そして中高年男女の登山者が裏口を出て行った。式中で注意することもできなかった。ここは本来、部外者が駐車してはいけない場所である。それに、ここは地元行事にもよく利用されているので、休日といえど、勝手に乗りつけられては困るのだ。皆のHPを見ると、たしかにここに駐車した記述がある。まあいいかと、大目に見ていたが、やっぱりいかんなあ。駐車場として勧めている場所は、西側は鵜飼谷温泉、南側は金剛川河川敷町役場、東側は藤公園といずれも広大で不足はないはず。(由加神社も神主さんが許可くださっています。)登山者が歩くのが嫌とはいわせません。この際、きっちりと駐車場指定して、地元の迷惑にならないようにしよう。とにかく、曽根に登山者が停めていい駐車場はありません。山によっては、停めれる場所がなくて、しかたなく適当な場所に駐車することがあるでしょうが、和気アは違います。たいした時間ロスもない所に気兼ねなく停めれる駐車場がちゃんとあるんですよ

残念なこと:防災マップ作りの集会の時、曽根の区長さんから相談されたのですが、なんでも去年の松茸期間中に登山者が大勢でバスをのりつけてきて、入山禁止とは何事だと怒ってきたというのですなんたる厚顔無恥!ああ。もうこんなお馬鹿なヤカラはもうおるまいと思っていたんですが、い・ま・だ・にいるんですねえ。せっかく皆さんのやさしさを確信して、おおらかになれたばかりなのに。ううう。(またカリカリしてきました。)どうしようかなあ。もう登山道を閉鎖して縦走できないようにしてやろうかなあその大馬鹿野郎が土下座してくるまで閉鎖してやるかなあ。そうなっても自業自得なんだぜ。いいか、よく聞け。クソ登山者ども。(おお!やさしい皆さんのことではありませんよ。これはごく一部のクソ野郎どもに言ってるだけです。)他人の土地でタダで遊ばさせてもらっている分際で、何様のつもりだ! お前らなんて地主から見りゃあ、ゴミは落とす、糞尿はたれる、草木を傷める、貴重な花を盗掘する、植えたものでも抜いていく、足場は踏み崩す、地面は削る、まったくもって百害あって一利もない迷惑なだけの存在なんだぞ。お前らみたいなアンポンタン(だから、やさしい皆さんではありませんよ。)には山を歩く資格はない。わしの相棒もお前らなんかに踏まれたくないぞ。こんなことをするんじゃあ、いく先々でトラブルを起こして、登山文化を崩壊させるだけだ。世のため人のため一刻も早く山をやめなさい。ふう。まだまだ言いたりないが、いえばいうほど自分でもよけい心がスサんでくるので、このへんで止めといてやるわい。(おいおい。)おおらかな自分を取り戻すのに、またしばらく時間がかかるなあ。―――登山者なんか、間違ってハンターに撃ち殺されりゃあええんじゃあ。―――いつかの地主さんの言葉。今も、その気持ちがよく解ります。いつになったらこんな思いから完全に開放されるのでしょうか。ああ、まだまだ苦労するなあ。(やさしい皆さんには、こんなことをグチッてはいけないですね。ごめんなさい。)しかし、まあ、皆してバスで乗り付けたら閉鎖中だったなんて、それも突発ではなく、あらかじめちょっと調べれば分かったことだ。これじゃリーダーの面目まるつぶれである。自分にゲンコツ入れるべきで、区長さんにくってかかるなど非常識にもほどがある!そもそも、なんでもっと情報を集めておかなかったのか。7年も前からダメだって言ってるのに。これくらいの情報は、少しでもちゃんとした集団ならメンバーの誰かが知っていそうなものだ。一人も知らなかったとは信じられん。おそらく全員ど素人の寄せ集めだったのでしょうねえ。ヘッポコ集団で常識もないんじゃ、そのうち遭難するのがオチです。他人に迷惑かける前に解散すべきです。(また。そこまでいうか。)やっぱり、ちゃんとした山岳会に入りましょうよ。素人の集まりはトラブルの元だって。うんうん。

清掃作業3:2月4日、午前は観音エリアの整備、午後は松茸テープの撤去作業の続きをするつもりだったが、午前中は仕事疲れ(操法疲れじゃないの?)でゴロゴロ。13時から気合を入れなおして、松茸テープを取りに北稜ルートに取り付く。ゴミも拾い、倒木も処理する。今までのノコは、マッタク切れなくなっていたが、新しいノコは、切れ味よくて太い倒木を難なくカットできる。しかし、今日は日曜日。登山者が降りてくる。やばい。こんなギラギラのノコを持ってると不審者にみられるし、もしかして藤本さんですか?なんて訊かれて、いちいち愛想するのも面倒だ。(おいおい。)そもそもツチノコなんかだって捕まらないからロマンなのであって、捕まったら、ほうこれか。で、おしまいである。会ったことはないが、藤本なる変わり者が、和気アにはいるらしい。というのが、ロマンがあっていいのである。私、会ったわあ。ああ、私も、私も。じゃあ つまらんでしょう。それに、なあんじゃ。ただのブサイクなおっさんじゃがな。と、がっかりさせるだけである。だから、隠密に行動し、極力 登山者と会わないようにしてきた。平日や夕方を利用したり、普通の登山者になりすましたり、誰もこない場所に潜伏したりしたのである。ところが、今回、登山者と遭遇する危険を冒さざるをえなくなっていた。10周年記念で早く整備を完了したいのに、休みが足りないのである。しかも、まずいことに、白テープ取りなどしていては、私が藤本ですと言っているようなもので、とぼけることもできない。大慌てでザックとゴミ袋を脇によけて、ノコをしまう。(くそう。悪いことしてるんじゃないのに、なんでこんなに慌てなきゃならんのだ。)登山者はゴミ袋をみて、お世話になってます。などといって降りていった。(やはり、もうバレバレ。)やれやれ。あれ?ノコがないぞ。どこいったあ。シダの中をガサガサさがしていると続々と登山者が降りてくる。もう、愛想してる余裕はない。新品のノコが早くもなくなったのだ。うおおん。おん。帰りたくなるのをこらえながら、15分くらいガサガサやってなんとか発見する。結局、北稜ルートは麓近辺にわずかばかりのテープがあっただけで、気になっていた馬の背近辺には無かった。(誰かファンが取ってくれたのかなあ。もしかして三宅さんかな。)白岩山山頂直下の白岩にはったトラロープを更新する。(よくもったなあ。6年間お疲れ様。)槍ヶ峰では倒木災害にも耐えた山頂の松が枯れていた。(はじめて会ったときには私と背丈が変わらなかったのに、大きくなってよろこんでいたが、残念です。)この木には愛着があったので、たとえ風情はなくても、切り株にはせず、モニュメントとしておこう。風で倒れないよう枝を折り取る。ヤリピーは後ろの松に付替えました。今回、麓から奥ノ峰までの間で、かなりの登山者に会い、(かつてのメンバーMさんにも会った。)ほとんど皆にバレました。でも、皆さんから意外と感謝されていることを知り、うれしくなり、ちょっとおおらかな自分を取り戻せました。奥ノ峰からいったん神ノ上に向かうが、ここもテープが無かった。小屏風のトラロープをチェックし、手直しもしながら戻ると、単独で裏銀座をやってここまできましたという方に会う。おお。トレースする人がいるんだなあ。貴重な存在を発見したみたいにうれしい。あとは、18時前までかけて縦走路を穂高までテープ取りするが、せいぜい、涸沢峰(ここにも鷹ノ巣の道標があったので、鷲に書き直しました。)にはられていたくらいで、あとは、古いのを取りこぼしたくらいにしかテープはなかった。(おかげで、完璧に綺麗になりました。)ううむ。やはり誰かがとってくれているな。うん。(間違った道標といい、いろいろしてくれるファンがいるものだなあ。)でも、穂高は、全部拾いましたが、キジ紙がやたら多かったです。18時、かなり薄暗くなった中を一人ぼっちで下山し、(毎度のパターンです。)温泉にゴミを捨てさせてもらい、帰宅。もしかして、これで、松茸テープは一掃されたかもしれない。(あとは竜王山だけだが、どうもなさそうに見えた。)もし、誰か松茸テープを取ってくれた方がいらっしゃいましたら、どうもありがとうございました。御礼申し上げます。

暖冬:去年06年は記録的な豪雪だったが、今年07年は記録的な暖冬である。池に氷がはらないので、ワカサギ釣りができないという前代未聞の事態になっている所もあるくらいで、人間のやること(事件)がだんだん過激になっているのと合わせるように気象変化も過激になっているように感じる。昨日の清掃登山も暑かったが、今日は4月並の陽気である。ツツジも狂い咲きしているし、まいったなあ。今年の藤祭りはGW前にすんでしまいそうな気がします

名前はキッチリと!やっぱり、いかあああんん。(エコーかかってるつもり。)“鷹ノ巣”。ボランティアでつけてくれた綺麗な文字の道標が間違っている。しかもあちこちに設置している。HPを見ても初見者は混乱しています。(善意なのだが、マズイことになってる。)間違った名前の方が幅をきかせるようになったら情けない話である。(ホント!)山が“僕はそんな名前じゃないよう。”といわないまでも、これは相棒 和気アルプスに対するボウトクであり、地元や知っている登山者には不愉快きわまりないだろう今回の発端は、岡山県勤労者山岳連盟が03年元旦にだしたガイド本“新ルート 岡山の山 百選”が、間違っていたせいだといえる。和気アの書籍掲載など滅多にないせいか、団塊世代の新米登山者達などが皆これを買って読んで真に受けているのだ。書籍たるもの もっと責任をもって書いてもらわんと大変なことになる。と、いうことのいい証明になったといえる。(まさかこんな事態になるとは、正直、私も思ってもみませんでした。)はじめは、私も“ああ!間違ってる。しょうがねえなあ。”で、済ましていたが、今では危機感を持っています。この際、このHPの表紙でも大々的に宣言したほうがいい。(モロ、敵を作りそうだが、間違ってるのは事実なんだから、しかたがない。)うむ。そうそう。めんどうだが、やんわりと警告した文章を作成するか。やれやれ。

お客様意識:登山者が山小屋の人や救助隊に暴言をはき、無礼を働く話はよく知っているが、結局は、“自分はお客様である。”“エライのである。”と勘違いしているからなのだろう。いつぞやのヘッポコ集団も、遠路はるばる高いバス代を払って来ているのだからお客様だといいたかったのだろう。バス会社にとっては確かにお客様であるが、地元区民からみれば騒々しいだけの迷惑集団であり、自販機で缶コーヒーを買ったところで、お客様ではない。そんなもんで大きな顔するんなら、買わんでいいから、さっさと邪魔なバスをどかして、静かにしてくれといいたい。和気町がハイキングにどうぞとHPで言っているが、所詮、それは単なる“サービス精神”であり、これで財政が成り立っているわけではないから、閉店後に来て店を開けろというような馬鹿なことを言うのであらば、名前をなのらせ、容赦なくそいつの実名や団体名を公表して、社会的制裁をくらわせてやればいい。(おいおい。)このさい鵜飼谷温泉にしても、本来なら千円くらい取ってもいい内容なのを500円のままで頑張ってやっているのだから、ハナもちならん客など“とっとと帰れ。クソ野郎!二度と来るな。”と言って水でもぶっかけてやればいいのだ。(また。そこまでいうか。)むしろ、そうやった方が、大勢のやさしくマジメな“本当の”お客様は喜ぶというものだ。これからは鵜飼谷温泉の朝礼での全員唱和はこうだ。“いらっしゃいませ!”“ありがとうございました!”“とっとと帰れ。クソ野郎。二度と来るな!”今日もハリキッテいきましょう。(どわっはははは。想像したら爆笑だ。)はっきり言って、たとえいくら誇らしげな経歴があろうと、登山者はエライものじゃないのですよ。本当にエライ登山者は、そのことを知っているからエラソーにはしません。むしろ謙遜して、後でびっくりさせられるものです。大事なのは経歴(戦歴)ではなく、どれだけ“山”を理解(愛護)しているかです

皆さんの気遣い:先日、多く皆さんから感謝の言葉をきかされてうれしく思いました。ありがとうございます。でも、皆さんは私のことを、“凄い人だ。”とか、“感謝しなくては。”とか思わないでくださいね。何度もいうように私はやりたいことをして遊んでいるだけです。感謝など筋違いです。皆さんが本当に感謝し、たたえなくてはならないのは、私に許可くださった多くの地主さん達なのです。どうか、私ではなく“地主さんがどう思うかなあ。”と思いながら山を楽しんでくださいね。正直なところ、自責の念があるのです。私は、地主さん達や地元の大勢に迷惑かけているくせに、一人いいツラをしているのではないか相棒なんていいながら、くいものにして傷めるばかりしているじゃないか自分のしてきたことは、とんでもない間違いだったのではないか。考えるとまた困惑します。ただ、判っているのは、これからの展開というか、取り組み方しだいで、その答えが出るということです

HPに写真を載せない訳開拓の当初から“皆によろこんでもらいたい。”が、(今でもずっと)根底にあります。だから、HPももっと写真を載せて、できれば本も出したいなどと思っていました。しかし、地主さんの迷惑や、山の荒廃に気づいてからは、完全に改心し、今ではワザと写真はのせないようにしています。魅力タップリの写真をバンバン載せたら、オーバーユースになることが判り切っているからです。あえて文字だらけにして、やる気のある登山者だけに淘汰しているのです。それに、写真を一切見ないで文字や言葉(口コミ)のみの情報だけで来た方が、驚きもあって、より楽しいと思います。ちなみに、私の顔写真もワザと見られないようにしています。(正体を隠してヒーロー気取りか?)だって顔が知れわたったら、本屋でエロ本を立ち読みすることもできないじゃないですか。(そんなことかい!)山も人も有名になるとヤッカイでいいことないなあ。

岩山ゲレンデの扱いをどうしたものか:はじめは鈴木さんに管理を一存し、狭い岩場なので、使用希望者は鈴木さんの許可をもらうことで計画的に混雑をさけようと思っていたのですが、鈴木さんは、そんなに心配しなくてもクライマーが押し寄せることはないと思うよ。むしろ人が来なくて荒廃するかも。などと、いわれたので、HPの表紙にゲレンデを作っていることを大々的に書いてしまったが、制限なくだれでもOKでいいものだろうか。ううむ。やはり、表紙の書き込みは消して、開拓をお任せした鈴木さんと山仲間の皆さんに扱いを話し合って決めていただこう。まあ、完成してからしばらく様子を見ることになり、あとあと状況によって変更になるかと思いますが、もしかして、当初の予定どおり、(鈴木さんにはひどく面倒な話ですが、)許可制になるかも。私もうかつに広告するのはやめよう。うん。

松茸テープ撤去状況:2月9日 朝、小雨の中、2時間かけて竜王山の松茸テープをとる。ここも麓以外は取りこぼしの古テープだけだったので、簡単に綺麗になりました。鞍部の尾根上をやっぱりだれかテープを取ってくれていますねえ。ありがとうございます。やれやれこれで撤去完了だ。うん?まてよ。あとまだ天神尾根があったではないか。そうだそうだ。忘れてた。もしかして無いかもしれないが、また今度、整備がてらやるとするか。(なお、御大師山と宗堂池周辺は隠しルートなので、なびくもののみカットして仕上げるつもりです。)びしょ濡れになりながら下山。由加神社のロウバイの香りをたのしんで帰宅する。昼からは出勤。ちょっと腰痛があったが、会社では両ひざが痛くなった。夜になって回復する。歩きにくい長靴でやったのが悪かったみたいだ。

やはり傷めている:13日夜、操法練習するが、やる前からみょうに右膝の下側がシクシク痛んでいた。そのせいか今日は自分でもおかしいくらいサマにならない。我慢してやっっていると、かばった左膝や両脚全体がひどく痛みだした。翌朝も、かなり膝が痛い。歩くと腰まで痛くなってくる。もうガクガク。肩まで痛くなってくるしまつ。やたらしょーもないことに気がめいってくじけがちになっているし。やっぱり、くたびれているのかなあ。消防団のことではいろいろ気に病む問題もあるからなあ。いつまでやれば退団させてもらえるのか。なにより新人が入ってくれなくなっている。体にガタがきはじめているので、これ以上操法をやると、山ができん体になりそうな気がして不安になる。など、暗いことばかりです。(私より年上で野球が趣味のTさんも私と同様に傷めた体をひどくするのを気にかけていました。)ああ。このまま悪化して車椅子生活にならないかぎり、50歳になってもずっとやらされるのかなあ。ヤクザの取立てから逃げるように行方をくらまさなくてはならん気すらするのである。消防は地域に必要だけど、私の場合、自己を犠牲にしすぎている気がする。もっと我をはってサボれる限りサボって、ある程度愛想をつかされた方が利口に思える。いかんなあ。やっぱ疲れているわい。

観音エリア開拓許可:観音さま周辺が和気区の財産区か、寺の所有地かどちらかであったことは、以前調べたので間違いないのだが、はて どっちだ?今、調べようとしたら、えらく面倒な書類を書かされて、200円もお金をとられてしまう。えい、こうなったら和気区長とお上人さんの両方に許可を取ってしまえ。うんうん。どちらもよく知っている仲である。区長さんを夕方訪ねて、御神体ではあるが、観音岩の上に登れる道を整備してやりたい旨をはなすと、快諾。今度の区会で正式に了承してもらうことになった。これで、観音様の登山道がもっと魅力的なものになって、観音堂にもお賽銭が増えれば(たいした額にはならんが、)それでいいんじゃないかということで、まあ、問題なくOKであろう。夜、お上人さんに電話をかける。お上人のはずんだ声。“おお。ついにわしを退団させてくれるのか?”“違うって。消防じゃないんです。なんで私が話しがあるといったらいつもそれなんですか。じつは観音様の・・・。”えらくがっかりしたみたいだが、お上人も快諾。土地はやっぱりお寺の所有地であった。ただし、和気町観光マップなどに載せるのはやめてほしいとのこと。そうだなあ。観音岩の岩上までは道標を整備するが、そこから先は完全なバリエーションだからHPはエリアのページだけの紹介にしておこう。地図も概念図だけにしといた方がいいかもしれんな。やっぱり第7のエリアも番外だわい。ああ。早くヤリたい。その気になったら数時間で整備完了できそうだが、今度の休みは手伝いや消防があるからなあ。また、調べ事として、観音岩の岩元やチンネの詳細ももっとチェックしたい。その上で、鈴木さん達をガイドして、ホンチャンの観音チンネ直登をしてもらったら完成だ。うん。

二月なのに蜂に襲われる:2月15日、午前は親父の手伝いで重いホダ木を運ばされ、えらくくたびれた。筋肉痛で、昼14時半まで休憩。どうするかなあ。夜は操法練習もあるしなあ。でも、小学校のハイキングガイドの前にせめて観音岩上だけでも整備しておこうと思って重い腰をあげる。観音様の階段を登るとやたらアブが飛んでいる。ブーン。うわ。アブじゃない。蜂だ!黒い上着だったせいか襲ってきた。慌てて逃げたが、正体を調べるべく石灯篭のそばにいく。灯篭の基部の隙間をたくさん出入りしている。ミツバチである。なんで2月の真ん中なのに営巣してるんだ。蜜を集めようにも花なんて咲いてないぞ。暖冬のため虫まで狂っている。蜜が集まらずイラついているみたいだ。また襲ってきた。こりゃあダメだ。ここを通らんことには落石注意を無視して林道を降りるしかない。小学生の全校児童引率では問題ありだ。どうしよう。これじゃあハイキングできんぞ。どこかに迂回路を設定できないかガサガサやるが、ここも岩山同様ひどい急斜面だ。小学生が降りれそうな部分はない。くそう、だめか。どっちみちこのままじゃ参拝者が刺される。区長に相談して、後日なんとかしてもらおう。なんたる展開。今、行っても区長さんは留守だし、このまま帰るのもシャクだし。ううむ。ちょっと観音岩の下部を調べてやるか。お墓から林の急坂を攀じて下部のハングのある岩に取り付く。あっさりと脇をまいて上へ登る。草つきの棚場で怖くない。さらに棚場が上にある。誘われるようについつい登ってしまい、気づくと観音岩の岩頂直下である。えらくあっさりここまで来た。ラストは集中して岩場を登って岩頂へ。ここまで来たからには、当初の予定通り枝払いをしよう。日没6時までかけて登山道まで開通する。ちょっと狭くて、先端しかスリルがないがまあよかろう。トラバースのスタートを先端からに変更した方がいいか。続きはまた今度。下山すると、日没後で、蜂は飛んでいない。区長さんを訪ねるが、まだ留守だった。仕方ない。とりあえず、小学校の先生にも教えておこう。先生に話すと、どこですかということで、先生を灯篭へ案内する。先生がジェット噴射のいい殺虫剤を持っていたので、石の隙間から使い切るまで噴霧してみた。(今回はどうみても退治するしかなかろう。うん。)出てこないが、すごい羽音が石の向こうから聞こえる。これで、なんとか退治できそうだ。明日、先生が確認してくれるというので、お願いして帰る。夜は操法の練習。筋肉痛を我慢してやったら、いよいよバテた。翌日、蜂はとんでいなかったとのこと。2月26日、無事に小学校のハイキングのガイドをできました。

近況報告:2月は4、5月みたいに暖かかったのに、3月になったら2月みたいに寒くなった。季節がゴチャゴチャになっているみたいだ。私も2月はまたもや操法と行事に追われてあっという間に終わり、3月も早 後半になった。娘の高校受験もあり、ヤキモキしてるのに加えて休みは全て行事予定があって、ぜんぜん休みになっていない。なんかクタビレがひどい。そんな中、山渓の岡山の分県ガイドがこの2月に更新されたことを知って、立ち読みしたら、穂高山を“ほたかさん”とルビをうってあった。ううん。じつは“ほだかやま”なんだが、これはまあいいか。ちなみに穂高岳は“ほかだけ”ではなく“ほかだけ”であるが、(私もそうだったが、)愛称的に呼び捨てた“ホカ”の方が言いやすさ(というか、凄そうなイメージ?)もあって、ホカダケと誤解してる人が多い。(だから ほかやま にホカガリーなんです。ザイテングラーと同じく、もう今さら変更はしません。どうぞよろしく。)また、鵜飼谷温泉は“うにおんせん”です。まあ、濁るか濁らないかは、山を“やま”か“さん”かみたいなもので、(“せん”の場合はキッチリすべきですが。)大した違いではないといえばそれまでかもしれない。しかし、こないだのこともあるからなあ。さて、どうしたものか。(なんか重箱の隅をほじくってるなあ。今回はいいだろう。うんうん。)さらに読んでいくと、やや!欄外に、私の名前がでているではないか。この文面では、まるで全ルートを私が開拓したみたいに誤解されそうである。(本で紹介している縦走ルートは、町が整備したものです。)まいったなあ。ん?まてよ。いつだったか、電話で問い合わせを受けて答えたことがあったっけ。もしかして、あれがこの本の取材だったのかなあ。なんだか怪しげな記憶がわいてきたが、どうもそんな気がする。ううむ。でも、まあいいか。(いいかげん くたびれているのでこれ以上考えるのがわずらわしくなってきた。皆、もう好きなように思ってくれい。うんうん。)ブツブツ言いながらも、名前がでてるのがなんかうれしくて思わず買ってしまった私。(なんか細かいこというくせに、我ながらズボラで無節操な性格である。)

観音岩カモシカルート開拓状況:3月15日、朝9時から小雨の中、観音岩先端から観音チンネのにトラバースする部分を整備する。ツツジが木によってはすでに満開になっている。ピンクの花束になごまされながら午前中に観音チンネの先端まで整備完了。帰宅して昼食後、かなり本降りになった中、鈴木さんの真似をして、ルート後半のスラブ部分の整備作業をやりにいく。ところが、観音チンネから南稜スラブまでのトラバースが、雨のせいかやたら険しく、南稜スラブも下降困難な状況になっていた。とりあえず、めぼしい枝払いはしたが、スラブ部分のルートの特定はできず、これ以上登ると降りれなくなりそうなので、途中までで引き上げる。夕方16時 ずぶ濡れになって帰宅。思ったより手こずっている。岩がもろく、ドロもかぶっているし、コウジングロより難しい気がする。台三郎谷といい勝負かも。(おいおい。)まさしくカモシカになったつもりでないとこの南稜スラブは登れないな。うん。続きはまた今度。(でも、早くやらないと、この状況で誰かがゲリラしてトレースしたら遭難しそうで心配だわい。)

おそれ多くも:4月1日、あいにくの降ったりやんだりの中でしたが、芦屋ロックガーデンをホームグランドにしている“アルペン芦山(ろさん)”のツワモノの皆さん10名をガイドしました。芦屋ロックガーデンの主である“トミおじさん”には、どうしても和気アの主要なものの全てを見てもらいたかったので、高齢で体調不安もあるところ 無理をいって来ていただきました。(これまでに1から4までのエリアを案内済みだが、裏銀座のあと入院されたりしたので、わあ!もう一回なんとか来てくれなきゃ困るじゃないの。と、わがままな願いと心配をしていたら、退院するなり信州へ毎週スキーに行くしまつ。なんたる73歳。)で、今回、残りの5、6エリアを案内して念願の完踏である。(開拓中の第7エリアはちょっと劣るので、今回はオミット。)雨で濡れて派手に滑る中でも、藤本壁をトラバースしたりしたが、誰も文句を言う者はおらず、面白いとは、さすがにツワモノ集団。お土産もいただき、なんと創立40周年で作られたおそろいのシャツまでいただきました。長年、岩、氷雪、高所登山等、本格登山をやって来られた皆さんから見れば、ホント私などチョコザイな存在であり、知ったかぶりした生意気なヤツと下げ済まされそうですが、伝統ある本格集団の仲間に加えてもらったみたいで感激。(帰って着たらサイズが小さかったが、もう宝物である。)さらに、トミおじさんから私も皆もとても面白くて満足したとのメールをいただきました。おお。やった!やったぞおおおお!!!さっそく返事。和気ア駐在のメンバーとして、これからも毎年恒例で和気アをガイドさせてほしいこと。さらに、なんとも恐れ多いことながら、和気アを“岡山のロックガーデン”と称することを許可していただきたいと。なんとこれがあっさりOK。(ううむ。俗化したアルプスなら許してもらえても、由緒ある芦屋ロックガーデンをカタルとは、知る者にとっては不届き極まりなかろう。それを、ロックガーデンの主に直接ふっかけるとは!よほどのことがない限り、これは却下されるぞ。と、内心ビビッていたが、ばんざーい!!!)やりたい“山”が判らなくなりかけていた時、トミおじさんとロックガーデンに助けられ、ロックガーデンみたいな“山”をやりたい。つくりたい。と、やってきた。そして、ついに認められた。あのメチャクチャ面白くて楽しいロックガーデンに行きつけており、本格登山をしているあの皆を、面白いといわせ、満足させた。それも、地元にすらまったく無視されていたチンケな裏山。370Mの低山が!である。我ながら、これは物凄いことだわい。(50万で親父が買ったヒョロヒョロ子馬ブラックヘッドが、まったくの素人調教で、後に全日本屈指の名馬になったのにダブルわい。娘たちにも好かれているし、私は育て上手なのかもね。)大々的にふれまわれば、日本中いや世界中からも登山家が来るだろう。だけど、慎ましく口コミだけにしておこう。(あくまでも、これは私の自己満足なのであり、そのために相棒をオーバーユースにしてはならないのだ。地主さん達のためにも。うんうん。でも、この事実は逸話として語り継がれることを願うなあ。)と、思っていましたが、やっぱり、せっかくなので、チョコっと名のらせてもらおうっと。(おいおい。)トップのタイトルに小さく“岡山のロックガーデン”といれました。

4月12日2月に退治した観音様の灯篭のミツバチがまた巣をしていた。あれだけ殺虫剤をまいたのに復活するとは。こりゃあ専門家を頼むしかないか。ということで、区長さんに相談し、下駄をあずける。(今回は花も咲いているので、ミツバチもイライラしてないらしく、襲ってはこなかった。)早く仕上げなくてはと気がかりだった、南稜スラブの整備の続きをする。途中、観音チンネの窓も岩を露出させるように枝払いし(なかなかいいクラックを発見する。これならハンドからフィンガージャミングで登れそうだ。)、南稜までのトラバースも堀ツルでステップをきざんだりして整備する。途中ドロで滑ってヒヤッとしたが、なんとか11時 スラブに到着。さっそく黄ラッカーで丸をつけながらできるだけ無難なところを選んで登っていく。高度が増したところで、トラバースしてテラス(南稜テラス)で一息。ここまではなんとかなったが、これから先は傾斜もきつくてクライミングになる。なんとか無難なところはないかとウロウロするが、行けそうにみえてもあと少しがアクロバットになるので、整備に行き詰る。(黄ラッカーで丸をつけたが、バツで消したりした。)困ったなあ。前回はどこを登ったっけ。ふつふつと嫌な記憶が蘇る。ううう。まさか、ここを登ったっけ。そこは完璧なクライミングになるリッジである。あの時は鈴木さんとのクライミングをやった名残りで集中していたからこれをなんとも思わんかったのだろうなあ。こんなの鎖(とてもここへ運んでくる気になれんが。)をつけてもあぶないぞ。つけるならハシゴのレベルである。30分くらいまわりこめる場所を捜すがスラブも傾斜がきつくてどうにもならない。鎖などに頼らず、なんとかうまく弱点をつけないものか。ううむ。だめか。諦めてリッジを集中してクライミングし、縦走路に抜け出て一息。烏帽子岩から見下ろすが、やっぱ弱点はない。岩場から離れて林中を登るしかないか。ううむ。それじゃあつまらん。なんにせよ、今回のテラスまでの整備で余計にマズイ状態になったまま放置することになったではないか。ああ、だれもまだトレースせんでくれよ。死んじまうから。南稜を諦めて、観音チンネのフランケをまわりこんだ方がいいような気がしてきた。近いうちにフランケまわりこみの調査と、南稜テラスからどうするかを検討せねばならん。帰宅してからもじっと南稜スラブを観察してみるが、過労状態でどうにも頭がはたらかない。ああ、もう。こんなに手こずるなんて。なんて相棒は底なしなんだあ。これが解決できたらやっぱ第7のエリアだわい。14日になって、テラスからチンネ側にまわりこんでみてはどうかという考えがわく。でもどうかなあ。ちょっとのぞいたけど上の岩が崩れそうでダメな雰囲気だったような。ううむ。

やっぱり鎖か:4月19日、岡大の先生一行のガイドがながれたので、南稜テラスから先を開拓する。観音岩先端から林中の岩までの最初のトラバースが枯葉の堆積だけの足場であることが判り、ここもあとで、なにか対処が必要だ。観音チンネを越えて下り、登れそうなところを登ってみるが、あまりの急坂でルートにならない。全体が急坂である斜面の中にいると、垂直に近くても寝ているように錯覚してしまうようだ。これくらいなら行けるだろうと伸び上がってから妙に体のバランスがとれないことで、錯覚していることを知る。ううむ。チンネの南側をまくのは大変でバリエーションにしかならん。フランケの回りこみは諦めて南稜スラブに向かう。南稜スラブ手前でも直接リッジに詰め上がってやろうとたくらんだが、やはり錯覚で寝て見えていただけであった。あえなく退却。もう。どこも弱点がないじゃないか。なんて場所なんだ。しかたなく南稜テラスまでトレースする。今日は快晴でドロのスラブも登りやすい。テラスで裏にまわりこむと、かえってハードなことになりそうであった。空中に半分せりだした岩棚にのらなくてはならないし、その岩が崩れたらあの世行きである。だめだ。ひきかえそうとしたら、足を乗せたバスケットくらいの大きな岩がズレて、テラスから落ちた。ドドン!ガラガラガラガラ・・・ドカッ!ドカッ!・・どこまでも落ちていき、いろんなものにぶつかっているみたいだ。うへえ。もしかして麓のお墓にまで転がって、あたってしまうかも。(心配になった。)ここで、岩を落とすことは厳禁。(もし、麓でお墓参りしている人にあたったら大変である。)断念した部分からルートをさぐるが、スラブはほぼ垂直なくせにドロかぶり。しかも、はりめぐっていて大回りしないと巻けない。やはり、ここからはリッジを突破するしかない。アクロバットなトラバースで松をつかんで、リッジ際を一段上のテラスに這い上がる。核心部を抜けたかと思ったら、もう一登りがこれまたハードだ。しかもこのテラス 高度感が“ひええ。”レベル。ここからの一登りは完全に空中にせりだした岩の上である。恐怖心をペテンにかけて突破し、ブッシュで一息。最初もこの前もここを登っているけど、(偵察での度重なる撤退で気力を消耗していたせいか。)今回の3度目でもまだ怖い。ブッシュから先の岩場もきついが、なんとかルートの設定はできた。登りきって縦走路までブッシュを枝払いする。引き返して岩場に黄ラッカーでコースサインをつけに降りるが、核心部は下降できない。ううむ。ここまで上から鎖をもってくるか。こうして見ると距離は10mくらいしかないから、鎖があれば、なんとかルートにできるかも。岩がもろいので、ピトンは抜ける恐れあり。そしたら大惨事になってしまう。太いネズがあるので、こっちを利用させてもらおうよし。次回は鎖つけだ。そしたら一応開通になる。でも、まだまだ、注意書きのフダなど設置して、手を加えないと危ないわい。なお、鎖に頼るとなれば、なんだか観音チンネも10mの鎖があればいけそうに思える。(ただし、かなり危険。手がすべったらただでは済まない。)鈴木さんに直登をお願いしていたが、距離のあるフランケのクラックの方をお願いすることにして、いじれるだけいじってみるか。ううむ。でも、こっちは下降もできるようにしたいので、ここはもうちょっと考えてみよう。もしかしてコブロープを北側の林中に設置するのがいいのかもしれない気もしています。うまくできたら縦走中のとっても(トテツモナクと言った方がいいか。)ハードな立ち寄り周回ルートになるかもしれません。そしたら第6のエリア以上にハードな究極中の究極ルートの第7エリアの完成だわい。なんか複雑。まあ、自分宅からもっとも近い いつも家から見えてる岩場にできるのだからこれもまあいいか。また、南稜の頭から烏帽子岩を見るとなかなかいい岩壁で、なんかロープで遊んでやりたくなりました。藤本壁みたいなゲレンデじゃないけどロープをもってくると遊べそうなエリアになりそうだ。

とりあえず開通:4月23日、くたびれかげんな最近には珍しく、天気も体調もよく、涼しい風があったおかげで、水も飲まずに5時間半かけて南稜テラスから先に鎖を設置し、観音チンネの上部も整備できた。さらに、チンネの岩元経由の下降ルートも確認できた。あとは各地点にフダや注意書きをつけて、チンネ上部へのコブロープをつけたら完成であるが、とりあえず、今回の整備で開通できたことになり、(かなり、怖い思いをすることになるだろうけど、)誰かがゲリラでトレースしても遭難しないようにはできた。(と、思う。)今はこの第7エリアをどう仕上げるか(どういう扱いにするのがよいか。)を検討しています。さて、詳細。朝10スタート。烏帽子岩の手前まで一般道をたどり、隠れ分岐から南稜の頭へ。気をつけて急坂を下り、さっそく鎖を設置しようとしたら、思い違いで太いネズは頭の部分であったので、いろいろ悩んだ末に、ひねた感じのネズの根元に鎖をとおす。ステンの太い針金で鎖をつないでいると、烏帽子岩に二人のハイカーがいてこっちを見ている。(やばい。見られた。でもまあいいか。)仮止め状態で一旦下降し(かなり怖かった。)、長さを見る。ちょうどうまい具合になっているが、取り付きにあと一歩のスタンスがないためにアクロバットになる。ううむとうなって、もう一度ザックに登り返し、(偶然たまたま持ってきていた)トラロープを持って舞い戻る。(やっぱり怖かった。)鎖の端につないでコブをつくり、立ち木にフィックス。うむ。ロープは劣化するが、まあ、とりあえずこれでいいとしよう。最終的に、ボルトを1本打ってやれば、このコブロープはいらなくなるし、また様子を見て、鎖の支点や追加設置をしていかねばなるまい。(そういえば、コウジングロのコブロープをいいかげんに鎖にしないとマズイなあ。かなり劣化しているはずだ。でも、あそこへ取り付く人はツワモノしかいないから、コブロープなんて使ってないだろうから、まあいいか。)←おいおい。 とにかく、今回は最低限の設置にとどめておく。このルートはコウジングロ以上なので、いよいよツワモノしかトレースできない。ならば、これ以上の余計なお世話はすべきでないようにも思える。うんうん。仮止めをしっかりとしめて作業完了。しかし、何度通過しても(鎖があっても)怖いところである。せっかく岩遊びが好きになった人が、こんなに怖いものならやめてしまおうと思いかねない場所である。ひきあげようとしたら、頭の手前の最後の急坂の足元のひとつが崩壊してしまった。まずいなあ。ここが完全に崩壊したら、この岩場にも鎖が必要になるわい。まあ、定期的に観察して、頃合をみて手直しをしていこう。これまでも結構、気になったルートのつけかえをしてきたが、今回もその口になるであろう。12:30 もう一つの課題である観音チンネの上部を偵察しに縦走路から藪こぎで尾根上を下降する。難所(たぶんここが、三の窓だったと思うが、薮の中で、窓とはいえない。名称消滅。)もあったが、うまく弱点をついて下降し、小窓につく。あれ?ハングがこんな小岩だったっけ。まいったなあ。またまたひどい思い違いをしていたわい。なんで、こんなに思い違いばかりしたのか。ううむ。やはり、ひどい急坂の中で、相当 岩(山)にのまれていたのだろう。偵察でチンネの岩上を藪こぎすると、下に見慣れた大窓の乗越(チンネの窓としていたが、“大窓ノ越(おおまどのっこし)”と命名し、チンネ先端も“大窓先端展望場”とする。)が見える。なんだすぐそばではないか。しかも露岩はこの付近だけで、小窓から上は完全な薮こぎだ。こんなのでは鈴木さんにやってもらうのにはチャチすぎるし、縦走路に直登する価値もない。小窓には30m(40m?)くらいのスッパリ切れ落ちた所もあるので、チンネ上の藪を刈り払って、奥壁みたいな立ち寄り展望所(命名:小窓展望所)にしてやることにした。手始めに北側の岩壁ぞいを整備すると、難所にコブロープを2つつければ、簡単に往復できるようになった。(コブロープ付けは次回にする予定。)よしよし。本格的にチンネの上を刈り払う。30m下の崖下へ風にのせて刈ったブッシュを飛ばすと、木に少々ひっかかったが、気持ちいいくらいに飛んでいく。南は30m。北も8mの両サイド切れ落ちなので、さすがに怖くて下の大窓のフチまでは行けなかったが、大窓から見上げる岩の上に立ちたい欲求をみたしてくれる、ここならではの演出の展望所ができたわい。(那岐山の滝山だったか、6目付近(?)にも小規模で展望はなかったが、こんな岩場があったと思う。)なんか奥壁みたいだが、大窓先端展望所と小窓展望所を往復すれば、かなり高度慣れができると思う。南稜スラブに取り付く前のいい準備体験になるだろう。うん。15時、観音岩に戻る途中、気になっていた足場のいい加減な部分をチェックするが、ルート全体のハードさから見ると、どうということはないではないか。(もうここはこのままでいい。うん。)今回、水を忘れて、持ってきていなかったので、いいかげん喉が渇いた。ここからサボって下降することにした。見ると、なぜか、はりめぐっている岩壁の足元ぞいに踏み跡を感じる。思い切ってこれをたどると、あっさりチンネの岩元まで比較的なだらかに下降できた。(たぶん、初見で登ったのはこれをたどったのだと思う。そして、大窓と小窓を横目に見てブッシュをこいで突破したのだ。うんうん。)チンネの岩元はなにもないが、ひらけた広場になっている。急になにか祭ってあったのではないかと思った。(観音チンネも御神体だった?)さらに、観音尾根を下降していた古道は、このチンネ岩元経由で麓に下りていたのではという想像がひらめいた。(もしかして“御神体めぐりの参道”といった感じだったのかも。)ならば、ここからもしっかりしたなだらかなルート(参道)があるはず。そういう目で見ると、確かにあるある。こいつかと思うものをたどると、観音岩の下部のハング岩のそばを経由して15:30 お墓に下りれた。ううむ。どうする?このルートも復活させるか?・・・・・帰ってから悩む。いや、やはり、この古道はそっとしておこう。ブッシュもまばらで、危険箇所もないから、存在を案内フダだけに書いておき、緊急用のエスケープルート(事故者の搬出ルート)ということでよかろう。お墓の迷惑にもなるし。うん。しかし、まだまだいろいろ考えなくてはならんことの多いエリアだなあ。こんなにうんうん悩むのは第6エリアに続いて2度目だわい。

バリエーション構想消滅?:ああ。鈴木さんにほのめかしていたチンネ直登の開拓は、白紙にもどったみたいである。ゲレンデ開拓のお礼としてバリエーションを提供したかったが、これじゃあねえ。(まあ、ロープ持参でくれば、結構遊べるエリアではありますが。)なんか最近は裏目に出るばかりするなあ。善坊山&笠松山みたいな手軽なエリアを温泉そばに作ろうと もくろんだら、とびきりハードなものになっちゃったし、今回だって、小学生のハイキングに彩りをそえようとしたのがきっかけだったもんなあ。(それが、大人でもチビリそうな内容になってしまったわい。)ああ。ああ。申し訳ないなあ。ううう。(ボヤクなあ。)でも、まてよ。もしかして、鈴木さんならご自分のルートを見出すかも。おお、そうだそうだ。もしかして、チンネ岩元からスタートして小窓には南側の絶壁にルートをとったりして。ううむ。私のルートと交差(一部利用)するが、垂直壁クライミングが主体で、トータルではマルチピッチになるから、これならバリエーションといえるし、私のルートでエスケープもできる。うんうん。それに小窓からも垂壁側を(高度感がすごくて確認できんが。)を振り子でトラバース(おいおい。)すれば、縦走路までの薮こぎは少しですむのでは。よしよし。また今度案内しよう。うん。(もしかして、鈴木さんこれ読んでます?)

考察事項:まず、名前だが、核心部の高度感が北穂縦走並なので、“クライマー御用達”(まあ、鈴木さんの仲間しかトレースせんだろうなあ。)とし、“観音チンネ南稜スラブ カモシカルート”と命名する。コピーは“とっても険しく、やたら危険で、メチャ怖い”(まさに3K。まあ、これで、ほぼ誰も踏み込むまい。)さらに、核心部のテラスには“腰をぬかすな!一気に登れ。”という笑いのとれる(緊張をほぐすための)フダをつけてやろう。むふふふ。あと、注意書きのフダと、地点紹介のフダを10数枚つけよう。カモシカルートとしたのは、第2エリアのチンネ・スラブルートと区別しやすくするためと、実際に鹿(カモシカじゃないけど。)の獣道を利用したトラバースが主体になっているからです。そして、気持ちの上で、カモシカになったつもりでないとトレースできないような内容だから、その覚悟をうながすためです。

カモシカルート完成:4月26日、女房のご機嫌取りで、家周りの草刈りをしたあと、フダの下書きをし、昼13時からカモシカルートの仕上げ作業をする。不明瞭な部分にはガイドロープもつけ、南稜スラブからも迷わずに引き返すことができるようにした。小窓展望所へのコブロープをつけたが、最初がちょっとアクロバットになる。小窓から南壁を見渡すがやはりここで岩場は終了であり、ここから縦走路までは単なる薮こぎになる。下側からも見上げたが、30mくらいあるはずが、ここからだと(ブッシュのせいか)おかしいくらい簡単でツマラナイ岩場に見える。(そういえば、衝立岩も下から見ると妙に小さく見える。なんでかなあ。)やれやれ。肝心な岩部分はわずかで、そこに巻き道ができたので、やっぱり観音チンネには、鈴木さんに直登ルートを開拓してもらうほどの内容はないなあ。(鈴木さん期待させてごめんなさいね。)この観音エリアはカモシカルート1本のみで、すべていいとこ取りになっています。今回、100mトラロープ1巻きと15枚のフダをいれた手さげ袋を両手にもって、このルートをトレースするのはかなりしんどかったが、南稜スラブにとりつくころは、なんとか身軽になった。しかし、もう18時すぎ。夕日がかたむいていた。ここまでやって途中止めはツライ。覚悟をきめて、整備を続ける。今日は、なぜか核心部の鎖が怖くなく、南稜テラスからリッジを直登するように設定しなおしてやろうか(コラコラ。皆マジで死ぬぞ。)と思うくらいであった。(クライマーの方はどうぞチャレンジしてください。最高です。)18:30整備完了。やれやれ。薄暗くなった中を下山開始。時間的にまずいが、観音岩に立ち寄って、非常用エスケープルートを要所のみ金テープをつけながら下山した。チンネ岩元は意外と分岐からすぐであった。危険箇所もなく、比較的なだらかで、薮もまばらなので、負傷者を搬出するのにうってつけであるが、キッチリと整備したら、一般のハイカーの皆も、これを下山するようになることが想像できる。そしたら、麓の墓地の迷惑になるし、観音堂の参拝者(お賽銭)も減るから、やっぱりこのルートはこの程度の整備にとどめておくか。あくまでも、非常用ルートとして釘をさしておこう。19時すぎに帰宅したら、娘がインフルエンザにかかって中学を早退していた。私が携帯を忘れていたので、連絡がつかず、四苦八苦したとのこと。女房のご機嫌が、またすごく悪くなってしまった。まいったなあ。もう山へ行かしてもらえんかも。あああ。

謎の切り株:今回の観音エリアには妙に太い切り株があちこちにありました。怖いような場所にもあって、よく切ったなあと感心します。どれもずっと以前に切られたものですが、おそらく松枯れ被害の拡大防止対策だったのではないかと思います。

HP更新:くたびれているが、第7の岩場として観音エリアのページを作成しなくてはならん。26日夜に概念図のみ書き上げたが、じつによく判るものになったと思う。これならもう地図や詳細はいるまい。うん。どんな感じに仕上げるべきかなあ。フツウのハイキングルートじゃないからなあ。台三郎谷以上の内容といえなくもない気がしています。(なんか複雑。)番外の台三郎谷で懲りなかった方のみ専用の、オマケのオマケみたいな扱いにせざるをえないか。ううむ。最終目標とか最後の開拓なんて言っといて、ダマシタことになるじゃないか。ああ、どうしよう。もう。こんなもんまで隠しもっていたなんて、相棒!オメエがワリいんじゃぞ。(なんか、まだ隠しもっている気もする。来年は第8エリアなんたらかんたらルート・・・なんて。)いつになったら開拓完了して維持管理作業に専念できる日がくるのかなあ。とても周辺の山にまで手を広げている自分の姿など想像できんわい。なんてボヤキながら、2日過ぎ、4月28日の深夜になんとか観音エリアのHPができた。悩んだわりにはえらく手抜きっぽいが、おもしろいモノになったと思う。たぶん。(自分としてはね。)さて、表紙なども更新しなくちゃね。

神ノ上北沢遡行:神ノ上山の北東斜面に2つの沢筋がある。かなり前からいつかここを遡行してやろうと企んでいたが、観音チンネ周辺の開拓を優先し、今回5月17日になって、やっと本懐をとげた。山頂に直接這い上がる方には7mの滝(命名:神ノ上滝)があったが、雨後であるのに水量が少ないし、もう一方も部分的に風情があるが、どちらも倒木がひどく、両方そっとしておくことにする。特に、神ノ上滝は、和気アで未発見の滝探しを企んでいた私に与えられた和気アからのプレゼントのような気がした。(いままでご苦労さん。開拓最後にお前だけにこれを見せてやるよ。といった感じ。)では、詳細。朝10時、和気ア最後のバリエーションとなる神ノ上北沢に向かう。県道の路肩の広くなった部分に駐車し、地図で沢の取り付きを確認する。山頂直下に上がる方(トータル高低差は300m、後半150mは一面40度くらいになる。)を登り、和気遺跡のところからもう片方を下降することにした。鮎足袋をはき、靴をデイパックにいれて、10:25スタート。はじめのコンクート上への這い上がりができず、道路向かいから30センチの木材(焼け残りの丸太)を拝借し、踏み台にして登る。今朝までザーザー降りで、雨上がりでの水量を期待したが、ほとんど涸れ沢歩きである。薮がひどくないのが救いだ。植林帯への丸木橋をくぐり、ささやかな取水管をすぎるとアンテナ線がある。懐かしい記憶がよみがえる。山をはじめた間もなしに、まだ展望がなかった頃の神ノ上山頂で迷い、夕方でタイムリミットになり、引き返せなくなったが、壊れた集合アンテナを見つけ、このアンテナ線をたどって下降し、急坂(ほとんど崖)ではアンテナ線をロープ代わりにしてここまで降りたっけ。そうか、あれはやはりこの隣の尾根だったか。そして、この沢で取水管を見つけ、さらに丸木橋を見つけて這い上がり、生きた心地をとりもどしたっけ。やがて植林帯になるが、ひどい倒木(激甚災害の名残)なので、右側に這い上がり、沢ぞいの獣道をトレースしてやりすごす。植林帯をすぎて沢に戻ると、行く手に岩壁が立ちふさがっている。おお。滝だ!7mの垂滝だ。苔むして登れないが、形はいい。右側にはレイバックしたくなるクラックもあり、そこだけコンクリートみたいに色が白い。しかし、まとまった雨の直後なのにオシッコ程度の水が落ちているだけで、滝つぼはない。でも、和気アの沢をあちこち滝を探したが、最後になってやっと見応えあるものを発見したぞ。ここまでは、沢をたどらず、畑から植林帯を登ってここまで来たほうがラクだろう。しかし、これだけのためにここまで来るのは馬鹿らしい気もする。これは、物好きな私への山からのプレゼントだ。うん。神ノ上滝と命名し、巻いていこうとするが、あたりは岩壁がはりめぐっていてゴルジュになっている。左も巻けそうだが、岩壁が遠くまで見えるので、右側にとりつく。うまく立ち木をたどれば抜けられそうに思ったのだが、想像以上に傾斜がきつく、体が重い。だいぶ登ってから、立ち木が遠くて手がとどかなくなった。よくみると横方向はすべて苔むしたほとんど垂直のドロ斜面にまばらに木が生えている状態で、どこにも逃げられないではないか。(岩ならステップさえあれば垂直近くても登れるが、これではどうにもならん。)マズイ。高度もあって、疲労と緊張と恐怖で左手に握力がはいらなくなっている。ナメていたので、ロープもスリングも何一つもってきていない。撤退不能。行き詰まった。青ざめかけたが、なんとか冷静になり、ささやかな落ち葉の溜まり場でレスト。携帯をだすとちゃんと圏内で通話できるが、鈴木さんに救助要請すべきか迷う。(鈴木さんもいい迷惑。)悩んでいると、天気が回復し、日がさしてきたようだ。木漏れ日が気持ちをなごませ、勇気がわいてきた。落ち着いたせいか、左手にも握力が戻ってきた。しょうがない。頑張っていきますか。覚悟を決めて、あやふやなスタンスでのきわどいアクロバットで一段上に這い上がる。ところが、頼みとしたツルがすべて枯れていたため、またもや完全に行き詰まった。どうしよう。ますますマズイ。しばらく深呼吸し、集中しなおす。ここの突破は多少無理のあるムーブになるが、もうこれしか活路はない。意を決して、ドロだらけの滑る岩に左腕を突っ張って体をおしあげ、右手で崩れそうなひびだらけの岩をつかんで立ち込み、なんとか目前の太さ2センチの木をつかむ。どれもアテにできない(してはならない)もののオンパレードである。抜ける前にすばやくもう一手のばして、その先の太い木をつかみなおす。ふううう。やれやれ。核心部を突破したが、高度は15mくらいになっており、ドロ急壁がまだ続く。気を緩めないように自分にいいきかせながらツメ上げて、なんとかゴルジュを乗り越した。やれやれ。結果として滝の2.5倍の20mをさんざん怖い思いをして登ったことになった。もう、ごめんだぞ。しかし、ここからもなんか廊下状でまた滝がありそうだ。でも、岩がふさがったような3mくらいの滝があっただけで、そばに落ちていた棒切れを踏み台にすることで、細木をつかんで突破することができた。かなり傾斜がキツクなっている。巨岩が積み重なった場所で、沢が広がっている。山頂よりの左端の沢筋に進路をとることにして、岩の上に登ると展望があり、下界が見下ろせた。山頂が近くなったことを自分にいいきかせて前進する。岩場が落ち葉の堆積にかわり、まばらなブッシュのドロ急坂を四つん這いで登る状態になった。あそこで終わりかとヒーヒー登ってみたら、ささやかな石組の堰堤であった。おやまあこんな所に。堰堤から先は傾斜が若干ゆるくなり、沢筋が不明瞭になる。適当に登るとすぐに縦走路にでた。本当に山頂のすぐそばであった。やったわい。12時、だれもいない山頂で休憩し、ポストをあけてみると、ノートの表紙にだれかが、“日本ヨセミテにようこそ。”と書いてあるのを見てニヤリとなる。(ちょっと大げさだけど、よほど気に入ってくれたんだなあとうれしくなった。)とたんに雨がふりだしたので、ノートを読むのは次回にして、ポストにしまう。心身ともにかなりキテいるので、どうする?とりあえず、和気遺跡まで行こう。和気遺跡周辺はわかりにくくなっていた。(ここはまた、井戸さがしにきたとき整備しなおそう。)谷の前で地図を確認し、思い切って谷をくだる。滝があったらヤバイが、こっちはさっきよりなだらかだからなんとかできるだろう。倒木がひどいが、まいたいでどんどん下降する。獣道が沢沿いを下降しているので、これをトレースする。(もしかして古道跡なのかも。)沢の両側の崖に岩場があり、風情もあった。(どんな薮山でも谷ならこれくらいの岩場はあるものなんだなあ。)比較的ラクにかなり下降できたが、植林帯手前で、倒木が絶望的に行く手をさえぎっていた。引き返す気にはなれないので、諦めの境地でザックをおろして倒木をくぐる。なんとか突破し、倒木だらけの沢をあきらめ下草のない植林帯を下降する。沢に岩場が見えだしたので、沢に戻り、小滝群をクライムダウンする。ここらへんは沢らしい。ここにもささやかな取水管があり、すぐに県道前の堰堤にたどりつく。この堰堤は偵察で越えたことがあったが、どうやったっけ?左側に登って下を見るとひどい急坂。半ばヤケクソで降りてみるとたいしたことはなく簡単に降りれた。13時 雨の中、県道にとびだすと、さながら遭難者そのもののボロボロドロドロのいでたちであった。けっきょく靴は履き替えずじまいだった。3時間の沢登り、沢下りだったが、かなりこたえた。帰宅しながら、今日のはそっとしておこう。もうこれで開拓(整備)はおわったな。と、うれしいようなさびしいような気持ちになった。(翌日になって、神ノ上滝だけをもう一度訪ねてみたい気もしています。)

開拓整備完了!?:北沢をやったことで、和気アで残るは落穂拾いみたいなささやかな内容(1〜8岩エリア内の登攀していない部分)のみとなった。しかし、これらは登攀しても一般化は無理なものばかりなので、クライマーのいう開拓(突破)はあっても、ハイカーのいう開拓(整備)は終了である。また、たとえ一般化できそうであっても、ささやかな隠しルートとしておこう。(なんていいながらどうなりますやら。)落穂拾いの候補をバラすと、第1エリアの前壁北端登攀と裏壁登攀、第2エリアのオベリスク岩の調査、第3エリアの荒神ー前沢の麓から登攀と小屏風登攀、第4エリアの一ノ倉沢から滝沢スラブ登攀と幻沢登攀と薬師東西スラブ登攀、第5エリアの剣沢滑降、番外としてゴンゲン岩南端調査である。(なんかまだいっぱいあるなあ。)また、整備課題としては、山頂ノート更新、イノシシプレート更新、道標更新、トラロープ更新、黄ラッカー上書き、金テープ更新、倒木除去といったとこか。(これも大変そうだ。)あと、別課題として、岩山ゲレンデのトポ作成、ダンガメ稜ボルダーのトポ作成、さらに神ノ上山頂での井戸さがしと竜王池の調査がある。まあ、どれもボツボツやっていこう。

じつは:観音チンネのエスケープルートは先日、きちんと整備しコースサインもつけました。でも、皆がこっちを下山しだすとお墓が荒されるので、ガイドでは薮漕ぎのままにしておきます。(どうか、あくまでも非常用として通常のトレースはしないでください。)

神ノ上滝再訪:昨日は操法県大会で2年連続ダブル優勝を見届け、今日もちょっとお疲れであったが、昼からの遅出なので、朝2時間で神ノ上滝をもう一度見にいく。広い路肩に駐車し、いったん川向うに行って山腹を観察し、植林帯の位置をチェックする。南側の植林帯は広いが、滝のある北側は狭いみたいだ。滝の位置はやはり山頂までのほぼ真ん中にあり、高低差150mを登らなくてはならないようだ。滝があるであろう付近からはやはり急激に傾斜がキツクなっている。植林帯へ続く栗畑の中の山道を登っていくと二股になる。よく刈られている下側をたどると、すぐに取水管の貯水槽があり、丸木橋にでた。さっきの二股の上側をいけば神ノ上滝の下の植林帯にいけたのだろうが、道がよく刈られているのに誘われて、先に南側の植林帯に行ってみる。取水管の管理のためか道はよく踏まれており、あっさり植林帯につく。沢はちょうど小滝群の上である。(ここからはこんないい道があったのである。)下草のない綺麗な植林帯であるが、沢の上部はひどい倒木で、植林帯の上端までいってみるが、山頂までの道がこの沢沿いにあったかどうかは確認できなかった。(でも、たぶんあったと思う。)引き返して丸木橋にもどると木が朽ちていてなんか渡るのはヤバイ。さっきは気にせず渡ったが、今度は遠慮して沢をつめて滝をめざす。ほとんど涸れ沢なので軽登山靴で難なく遡行できる。先の二股の上側は薮漕ぎめいていたので、この方が迷わずにいける。薮を漕いで正式なアプローチを確認するのは帰りにしよう。植林帯にでた。倒木をさけて沢からでるが、こちらは荒れ気味である。上部にまわりこむが、沢にはひどい倒木で戻れない。前回は強行突破したが、今回はなんとかうまく回りこめないかあがいてみた。3度も諦めては回り込み直したが、それでもまだ本沢が倒木にさえぎられていたので、最後には仕方なく斜めに枝分かれした枝沢をトレースして適当なところからトラバースして本沢に戻る作戦をとる。これが大正解で、たどっていくと本沢の方がこっちに曲がって合流してきた。そして合流点のすぐ上で、木立の間に岩盤が見えた。やった神ノ上滝だ。やっとまた来れた。今日は水が涸れて苔むした岩壁である。高さは7mくらいと思っていたが、谷底からは10mくらいありそうだ。岩壁の続いている左側を調査すると、50mくらい岩壁が続いており、見応えがあった。(もし、滝を突破するなら、これを素直に50m回り込むのが面白くて安全でお勧め。)思わぬ岩のボリュームに感心し、時間もなくなったので引き返す。下草の少ない涸れ沢沿いを下降し、植林帯にもどる。植林帯下部の端から作業道があったであろう部分を推理して薮を漕ぐと、すぐに刈られた道に出た。どうやら植林帯の手入れをしにいくために最近刈られたみたいだ。道をたどると、また薮がひどくなりかけたが、最初の二股にでた。うん。やはりここにでたか。帰宅してシャワーをあび、着替えて出勤。滝までのアプローチは、かなり荒れており、(大抵の滝や大岩は地元信仰の御神体になっているものであるが、)かつて参拝された形跡などは残っていない。(神ノ上滝の存在は地元の人でも誰も知らないのではなかろうか。)他所の薮山ならいい見所の一つになるだろうが、アプローチも悪いし、地主さんにも迷惑だろうし、和気アにおいてはたいした内容ではないので、やはりそっとしておこう。うん。どうやら、神ノ上滝は(やっぱり)私だけへの山からのプレゼントみたいである。(このコラムでほとんどバラしてますけど。)まあ、和気アなら私しか知らないものが少々あってもいいでしょう。(でも、和気アにはまだまだ私の知らないことがいっぱいあり、知り尽くすことはだれにも出来ないでしょうね。だから“山”はおもしろいのかも。)

5月27日:最近くたびれがとれず、口の中に痛い出物ができている。オマケに今日は真夏並にやたら暑いが、鈴木さん達が藤本壁の開拓作業をするというので、くたびれた体に鞭打って昼14時から個人装備のみ持って覗いてみる。ふもとから見ると、鈴木さんだろうかクライマーが藤本壁の真ん中にはりついていた。垂直壁の真ん中に小さくポツンと人がいると、壁が大きく感じられて、なかなかの迫力がある。おお。いいぞ。カッコいいじゃないか。うん。駐車場で山仲間の中塩さんと一緒になり、台三郎谷を登る。おとといのまとまった雨で沢筋だけは濡れて滑る。(かなり険しく感じた。)水調達を依頼された中塩さんは重荷にもかかわらず、わざと険しい所を選んで登っている。出迎え岩では追加整備した部分を中塩さんに紹介し、一番険しい部分を直登する。藤本壁につくと、鈴木さん、金山さん、林さんの3人が交代でボルトを打っていた。朝から登って、穂高山で独自のバリエーションもやった後ということで、3人ともいいかげんバテているご様子。一応ヤリかけのルートはできたので、今日はここまでにしてカモシカルートに行ってみようということになった。私は固定ザイルを登らせてもらって、縦走路にでようと思い、出来たばかりのルート部分をアッセンダー1つの実質ゴボウで登る。さぼってクライミングシューズに履き替えなかったので踏ん張りがきかない。何度もズリズリやって腕力全開でなんとかカンテ下まできたが、ここからはやたら高度感があり、いざとなっても立ち込めない今の状態でのロープ1本頼みのゴボウがひどく怖くなってきた。ロープ プッツン 即オロク。ひえええ。かつて、ダブルロープでのラッペルですらあんなに怖かったことを思い出すと、この状態でのシングルは怖すぎる。オマケに今更ホールドを読み取ろうとしても、恐怖で岩が読めない。(ゴボウでとおすつもりだった思考形態が、岩を読んでクライミングを組み立てる思考形態に切り換わってくれないというべきか。)パニクっている。やめよう。うん。でも、降りるのもシャクだ。隣の終了点が低いルートには、ダブルの固定ロープがはられていたので、下にいる林さんにたのんで、ダブルロープをこっちによせてもらう。少し下降して振り子みたいに横移動してダブルロープをつかみ、(ノービレイ状態ではブルブル震えながら)これにアッセンダーをつけかえて低い方の終了点にエスケープする。ああ怖かった。膝がまだ震えてる。両腕もだるい。最近はなぜか高度感ある岩場が、下から見たら低く見えてしまい、装備不十分で取り付いて高度感にビビッて行き詰っている。ナメて事故をやる典型的パターンである。気をつけよう。縦走路を歩き、いよいよカモシカルートを案内しようとしたが、皆バテていたため中塩さんと鈴木さんしか付き合わず、案内すると意気揚々の中塩さんはあっさり観音チンネの大窓から小窓までの露岩のリッジをフリーソロで突破する。大きい岩が2つ動いていたけど楽勝。プロテクションはいらないよとのこと。(さすが。やっぱりね。)南稜テラスからも鎖を頼らずに三人ともリッジを直登攀する。(ここの部分は私には限界レベルなのだが、)鈴木さんによるとカモシカルートはそんなにいうほど危険でも怖くもないから一般道としておいても大丈夫だろうとのこと。最後に全員で観音チンネの岩元経由で下山する。全員しばらく岩元から見上げるが、ここは脆くてクライミングには向かないという皆の意見であった。サイクリング道を帰りながら見上げると、藤本壁は小さいながらもこの周辺ではクライミング対象にできる貴重な岩であると再認識する。今日、メインの1本として、高度感満点のいいのが(というより、私には怖くて到底ダメなのが)出来たのは確かです。どうも皆さんありがとう。今日は本当にお疲れ様でした。ゲレンデ全体の完成はまだまだ先になりそうですが、いづれ岡山県のクライミング文化に貢献するいいものになるのは間違いないでしょう。岡山でのクライミング練習は“兜岩、藤本壁、鷲ノ巣。”がパターンになるでしょうね。藤本壁は、易しめの兜岩と険しめの鷲ノ巣とのちょうど中間レベルであり、もっとも実用性がある(幅広いクライマーのニーズを満たす)ゲレンデだと思っています。もしかして、この存在がなかったから岡山のクライミングがショボクレていたのではとも思っています。(また、エラソーに大口たたいて。実際にやってる鈴木さんと山仲間達には気遣いばかりさせて、その上ジャマしかしてないくせに。)←いやー。まさにそのとおり。私はなにもしてないんですよ。ホント。

糞尿対策:じつは台三郎谷の出迎え岩の南上端にキジ紙が複数落ちているのをみて、心配事がわきました。不帰スラブなら適当な薮中で排泄しても大して(?)問題はないでしょうけど、藤本壁および周辺(かなり広範囲です。)で排泄すると、地形からいってどうみても、全て台三郎谷に流れこむことになります。それも植生からいってほとんど浄化されることなくほぼダイレクトに。(ま、まさか!)そうなんです。下部の沢筋がモロ下水道になるんです。その沢筋を究極のハードルートとして設定していますが、それを攀じるのはウンコの中でもがくウジ虫みたいなことになります。(うええ。)このままでは富養状態でアオミドロがヒドクなってヌルヌルで登攀し辛くなっていくでしょうし、ロープを使うと後々ミョ〜にロープがニオウかも。お手手もウ○コ付き。それでおにぎり食べたら・・・(わあ。よせ!)温泉で大トイレを済ませてから取り付くことと、立ちションも岩山の稜線の反対側まで行ってすることを啓発しないといかんわい。ああ、クライミングゲレンデみたいに人が滞在する場所の下の沢筋をルート設定するのはこんな問題があったんだなあ。他にこんな場所があるかなあ。ええっと。鷲ノ巣のアプローチがちょっと気になったが、ここは植生によって浄化されているみたいだ。他はなんとかなっているみたい。よかった。でも、やはり人間は大型動物であり、馬並みの大グソをひる生物である。(コラコラ。)クライマーは、自然を守るというより、自分たちを守るためにも台三郎谷に排泄してはいけません。ご理解ご協力ください

岩山ゲレンデの魅力:私の個人的見解として、兜岩は岡山市街地に近いのが魅力の初心者講習用ゲレンデであり、鷲ノ巣は広大な初心者講習用スラブもあるが、ここのウリはオーバーハングの60m 2ピッチで、ハードなフリーのフェースもあり、岡山では貴重な上級ゲレンデといえる。(もっぱら上級ルートは全てフリー化されているようです。)でも、これでは もっとも多い層である中級者に向いたゲレンデがないではないか。(コブコブのアイスバーンと傾斜10度の緩斜面しかないスキー場なんて、ほとんどのスキーヤーは楽しくないはず。それと同じ状態。)鈴木さんと山仲間の皆さんが今取り組んでくれている岩山ゲレンデは、中級者向きの易しめから難しめの幅広いレベルの内容であり、不帰スラブで初心者講習もできる。私を含め多くの人が行き詰るといわれる初級から中級(ほぼ上級まで)へのステップアップを、手助けするのに最適なゲレンデではないかと思う。さらに、ここにしかない魅力がある。それは、本チャン(アルパインのマルチピッチ)の実践練習になる初級のマルチピッチルートがアプローチの台三郎谷だけでなく、周辺の稜線縦走10分の第4エリアに複数存在するということである。(穂高山のホダカガリー、ダイレクトルンゼ、鈴木ガリー等等。)また、マルチではないが、南隣の第7エリアのカモシカルート周辺にはノープロテクションで遊べる冒険的な岩場もある。(観音チンネ烏帽子岩)そして、なにより藤本壁は(20mのハーフピッチまでしかないが、)頑固にフリー化はせず、あくまでも冒険登山のための実践であるクライミング練習にこだわった内容になっている。そう。ゲレンデとはいえ安全は保障しません。支点は今となっては貧弱といわれるリングボルト(アンカーのみRCCボルト)とピトンのみ。そして、開拓時の会話“ちょっと穴が浅かったのでリングボルトの首が出てるけど、たぶん落ちる場所じゃないから、これでいいかな。”“十分OKです。”が、全てを語っています。(このコダワリ(哲学)が判らない人はここでクライミングをしてはいけません。)フリーゲレンデのつもりで気軽に落ちると命も落とします。本来のクライミングとはこういうものです。また、こうでなくてはならないとも思っています。だいたい、この藤本壁のホールドがポロポロとれるような(おいおい。)モロい岩に安全なランニングビレイなどえられる訳がないのです。(和気アの岩はどれもかなりモロい。でも、日本の岩は外国の岩に比べてかなりモロいというし、ここで練習すれば、どこでも通用するというものです。リードはゼッタイ落ちない。これは冒険登山の鉄則です。)ロートルクライマーの皆さん、どうです?魅力的でしょう。さらに、ロートルクライマーにはとてもうれしいことに、温泉のそばであり、駐車場(無料)にもことかかないのも魅力でしょうね。(またまた。今回もエラソーに大口たたいて講釈たれるだけ。実際にやってるのは、鈴木さんと山仲間達だよ!)←いやー。まさにホントにそのとおり。わははは・・・。ぴゅーーーー。(あっ。逃げた。)

和気アルプス!?:誰もが、登攀をたくらむと思うが、備前から国道374号線を和気に北上すると、清水地区の手前で右手にりっぱな岩山がある。庭木として人気があった椿の仲間の“もっこく”が多いので、もっこく山という。北面には雨後でないと涸れてしまう落差40mの水引の滝がある。書籍で紹介されている備前市との境界にある観音寺山からは、荒れ気味な登山道跡をたどって尾根つたいにくることもできるらしい。最高点は399mであるがこのピークに展望はなく、全体的には藪山であるが370mピークの南面だけはあちこちに岩肌がむきだしている。清水地区から見上げるかぎり“和気南アルプス”といってもいい。特に西肩の直下にはひときわ広大なスラブがある。かなり以前からこの“もっこくスラブ”で遊びたかったが、和気ア開拓完了後の07年5月31日、やっと本懐をとげた。午前中は惰眠をむさぼったが、初夏にしては風が強くて涼しい日だったので、ノーザックで水も持たずに13時から空身で出かける。清水地区の尾根が集落まで張り出てきている先端の川そばの空地に駐車して、どこから取り付くか偵察する。よく考えたら、軽量速攻を意識しすぎて、藪コギになるのに手袋も時計もケータイも忘れてきたが、まあいいか。(おいおい。)川沿いを偵察すると大きな堰堤にきた。ここから見上げると岩肌のでた山腹が見える。ううむ。スラブへ直登するには隣の谷をつめなくてはならんが、それでは迷う。この張り出た尾根を370ピークまで直登するのが岩肌もあってブッシュも控えめで一番迷いにくくてよさそうだ。西肩へは稜線をたどって下降すればいいだろう。帰りにはスラブから直下降して谷を下山しよう。よし。まず、この尾根に登ろう。だが、防獣フェンスがはりめぐっていて登れない。まいったなあ。どうやらずっとフェンスが続いているみたいである。尾根に斜上する山道を発見するが、フェンスがふさいでいる。針金をほどいて通過後に元にもどす。たしかハングのある岩があったがこっちかなと反対にすすみ、ハングの大岩は結局パスしてしまった。(また今度正式な登山口の確認をするときチェックしよう。)尾根上にでるとちゃんと登山道だった形跡があり、よほどヤセタ土壌なのだろう、この時期にしてはブッシュもおとなしく、下草は低いシダだけでまばらな木も2mまでしかない。刈り払い整備などしなくても十分である。むしろ、このままの方が風情があるくらいだ。ゆるやかな尾根上にも台座みたいな岩があって楽しい。急坂になり、高度があがるとどんどん視界が広がっていくのもいい。左側にはもっこくスラブ、右側にも山腹に岩肌が見えて、アルペン気分にひたることができる。段々の尾根を一段また一段と登りつめていくと、結構ボリュームと傾斜のある岩場が何度も出てきて、山頂付近までクライミングごっこを楽しみながらどんどん高度をかせぐことができる。まるで北稜とザイテンをたしたようないいルートだ。もっこく山の岩場のど真ん中をたどる最高の1本である。山頂につくと岩場の南端にケルンがつんであった。ブッシュを適当にこいでいると赤いプラ杭とコンクリ杭があった。よく見ると登山道があり、いったん南側を調査すると、結構くっきりしてきて、ルートは鞍部に降りている。向かいの山や観音寺山方面にむかっているようだ。風が強くふいていたせいで高原の雰囲気を堪能できた。この先に岩場はなさそうなのでひきかえす。山頂から北西にくだり、めざす西肩の上にきた。道が不明瞭になったが、かまわずここぞと思う所を下降する。うまく岩場にでた。どんな傾斜か不安なので、慎重に岩場を下降する。登る時に見えた特徴ある岩があった。うむ。ここがもっこくスラブに間違いない。垂直な部分も結構あるが、東側はゆるやかなので下降して下に廻りこむ。途中や下から見上げるとなかなかのものである。ホールドが豊富なので、垂直でも登りやすそうだ。今度ロープ持参で遊ぼう。ボリュームもかなりあってモロ私好みである。西端を登りかえすと、結局クライミングになってしまい、集中して最後は中央部分を登りきる。うむ。初見にしてこのルート突破は満足満足。スラブ上から展望をたのしむ。なんか登った隣の尾根がザイテンそっくりだ。思わず笑ってしまう。よし、和気ア卒業生のための冒険ルート決定だ。さて、下山をどうするか。西尾根をたどってもよかったが、こっちは岩場がなさそうだ。スラブの下にも岩肌が見えていたから、予定どおりこのまま急坂を直下降して、沢をたどって下山することにした。里山だから尾根や沢には登山道の踏み跡が残っているはず。できるだけブッシュをさけるつもりだったが、登り返せないほどのひどい急坂なので、シダの中をバサバサと下降する。左側が沢まで続くスラブにでたが、安全策をとって、右側のシダの中をバサバサと沢まで降りる。もしかしてこのスラブで沢に降り、そのまま尾根の横腹をトラバースすれば登った尾根上に出れたかも。(今度試してみよう。)沢に降り立つと、もっこくだらけの森である。昨日雨だったのに水はない。えぐれた沢筋の中は歩きにくいので、沢沿いをもっこくにつかまりながら下山する。やがて不明瞭な踏み跡があり、たどるとだんだんはっきりしてきた。やはりこの沢にも登山道があったのだ。最後は栗畑にでたが、またもや防獣フェンスにはばまれる。いつも人工物に泣かされるなあ。なんとかまたぐと車はすぐそこであった。車で備前市境までいってユーターンし、丸山付近の374号線路肩からみあげて、今日のルートを確認する。やはり最高のいいとこ取りであったと確信して15時 帰宅する。さあ、このレポートをいずれ周辺の山にかきなおしてやろう。うん。和気アの1エリア分の内容は十分あるぞ。しかし、そうしてみると相棒はその7倍なんだから、やっぱスゴイやつだわい。

登山口調査:6月5日夕方6時すぎ、7時すぎまで明るいので、仕事帰りに帰宅せず直接もっこく山の登山口を確認しに清水へ行く。畑仕事をしていたおばあさんに話をきいたが、下山した谷に道があることしか知らなかった。ただ、この尾根の先端上には貯水槽があるとのこと。防獣フェンスが岩場でとぎれていたので、そこから試しに登ると配水管のパイプがある。パイプぞいを直登するとかなり急坂で、ひどく難渋する。おまけにかなり登ったのにまだ着かない。(高低差は50mもあった。)汗だくでピーク上にきたが、平坦になってもなにもない。30mほど薮をこぐと貯水槽があった。北側が通り抜けれるので、ここから尾根をたどることができる。問題はどうやってここまでくるかだ。引き返しながらどこかに登山道跡がないか捜すが、どこもひどい急坂薮こぎで、どうにもわからん。やはりこのパイプ沿いを急坂藪こぎするしかないみたいである。でもパイプを破損させたらマズイので、勧められない。薄暗くなった中、元の岩場を降りて戻ると薮ゴミだらけ。汗で首筋にはり付いている。通勤服は洗濯機へ。通勤靴もキズだらけになった。あああ。登るつもりはなかったのになんでこうなったのかなあ。また、ハング岩を忘れていたので、確認すると貯水槽より50mくらい尾根を歩くと岩頂があるみたいだ。この岩にも名前があると思う。やはり区長さんにきくのが一番か。さすがにもう暑いので、つづきは年末かなあ。

ウイルスバスター騒動:2006の無料期間が済むころ、2007に無料でバージョンアップでき3ヶ月無料期間が延長されるとメールがきたので、とびついたらパソコンが急に重くなった。起動が5分くらいもかかり、アウトルック起動やメールの受け取りがすこぶるグズい。ハズしたあ。ウインドウズMeの二の舞だあ。新しいのがいいとは限らないというのが、OSだけでなく、こんなアプリケーションにも当てはまっていたことを知る。(そうそう。ものを大切にして、時代遅れ品を使い続けるといいことも結構あるのだ。私の古いビデオデッキなんかコピーガード信号を受けつける機能がなかったから、いくらでもダビングできていたし、パソコンだってXPしか感染しないウイルスが今じゃ多いもんなあ。)それでも我慢して使っていたら、無料期間終了間際に、OCNから2007を月額版にできて月々450円の支払いもOCN一括でOKというメールがきた。性懲りもなく飛びついたら、ダウンロードはできたが、インストールができんではないか。(なんたらドライバがどうたらこうたら。)数日かけてマイクロトレンドに電話するもつながらず(電話代返せ!ムカツクぜえ!ホント。こんな会社潰れろといいたい。)、HPで調べてなんとか該当する解決法をみつけたが、やってもダメではないか。さらによかれと思うことをいろいろ試すが、ダメなものはダメであった。ただ、検索結果を見ると、2007が悪評紛々の失敗作であることは判った。(やっぱりね。)はじめの一ヶ月は無料なのでさっさと解約し、2006に戻す。登録できないので、更新はできない。新しいウイルスには対処できんが、まあこれでなんとかなるだろう。メールでのウイルス防御はOCNの有料サービスを受けているし、無線ランにも不正アクセス防御のフィルターをかましているから、おかしなHPをのぞかなければいいのだ。いやあ、2006は軽くていいわい。やっぱこれだなあ。うんうん。今年末で2006のサポートは打ち切りになるが、9月には2008がでるらしい。それまでしのげばいいのだ。2008は重くないことを期待し、すんなりインストールできることをせつに期待する。(でなきゃこのままでいくぜ。ケッ!)また パソコンに貴重な休日を2日もうばわれたわい。ああ、マイクロソフトからはサポートコンテンツが無料で自動更新してくれているが、このウイルスバスターの類も早く無料サービスしてくれるようにならんかなあ。(ホント。)でもまあ、マイクロソフトにはパソコンに打ち込んだことや、見たHP、やりとりしたメールなどのすべての記録が筒抜けになっているんだろうなあ。(失礼かもしれませんが、私の個人的推測です。)ラブホテルでは従業員に監視されているのと同じように。(おいおい。)2007がパソコンの起動をグズくしているのは、やたらとなにかを検索し、受送信をしているせいである。(これは通信アイコンを見れば判る。)このときなにを検索して送信しているのか?ウイルスだけか?おそらく、見たHP、やり取りしたメールの記録等もであろう。(失礼ですが、これも推測です。)2007によってマイクロトレンドにも個人情報が筒抜けになっている気がする。(失礼ですが、もちろん推測ですよ。)なにがなんでもこの失敗ソフト2007にしなくてはならんようにしむけられているが、魂胆は見えてる!(だから、これも推測ですって。不通電話によっぽど腹が立ってくたびれたのか、もうほとんど被害妄想。でも、なんか共感しませんか?) 実は無線ランのバッファローにも筒抜けになっている気もしてるんですよ。ホント失礼ですけど。(もう、そう思いだしたらキリがないわい。)現在ではレンタルビデオ屋でなにを借りたかが個人別に記録されているように、プライバシー(はっきりいってなこと。)は確実に侵害されているのである。(まあ、繁殖任務を背負わされた生物である以上 Hでない人間なんて一人もいないから、迷惑行為や犯罪行為でない限りどんなHなことをしていようが自由であり、大人なら別に恥ずかしがることなどないのだが、それでもなんかイヤだなあ。)オマケにあっちこっちの本屋もエロ本はテープなどで止められて立ち読みできなくなっているしなあ。(その話は関係ないだろ。)ホント、便利であるが悪用されたらマズイものの代表がパソコンであると思う。いまとなっては、マイクロソフト、マイクロトレンド、バッファロー各社の社員全員(何人いるんだろうか?)のモラルを信じるしかない。とても信じれない(当然でしょうね。)というなら、個人情報(どんな趣味や性癖をしてるか。)を守るには、パソコン(とレンタルビデオ)から足を洗うしかないのである。それができないなら、ラブホテルみたいに“見るなら見やがれ。こっちもコーフンすらあ。”とばかりに開き直って利用するしかないのである。(なんの話をしてんだか。でも、そうなんだよなあ。)

新しいタクラミ事:鈴木さんが穂高山の北面ガリー(鈴木ガリー)を登攀したのに刺激されて、崩落箇所だけど、古いから安定していて、もしかして行けるかもと思っている場所があります。でもまあ、行けてもほぼ確実にバリエーションでしょうねえ。(第8のエリアというには無理があるような。)まず先に、鈴木ガリーを私もやってみたいのが現状です。

事故未遂:6月17日、3年ぶりに泉山の中林の滝を岡大の先生方と5人で遡行した。ゴーロ帯の3mの滝で直登できず左を巻いたが、サブリーダーのD先生が直登しようとしたので、上からお助けスリングをたらす。うまく登れるかと思ったら、狭くてザックがひっかかって仕切り直しになる。この時、私は引っ張っていたスリングをゆるめると同時に握力までゆるめてしまい、あっという間にスリングを離してしまった。なんたるミス。D先生は転落するも、うまく転んでくれたので無事であった。もしD先生が頭でも打っていたらタダではすまなかった。私も身の破滅である。まだまだ私は未熟だ。また、堰堤を巻いたときも、沢に戻るのに3mくらいの崖を仰向けで滑落した。なぜか頭が下になり、右手で枝をつかんだので、また頭が上になることを期待しながら落ちたが、なぜかそのまま落ち続け、わりとソフトに無事止まった。でんぐり返りで起き上がる。なにがどうなってかさっぱり判らんが、無事だったので、気をとりなおして先にすすんだが、あれも完全にやばかったと思う。(相変わらずだな。)ホントよくまあ今まで無事故で来ているものである。(筋金入りの強運かも。)なお、今回はうまく山頂に直登できたし、余裕もあった。なにより泉山が全然変わってなかったのがうれしかった。天の川コースを下山しながら火の滝沢を観察すると、やはりこの沢もいい。いつか今度はこれを遡行しよう。

石鎚山(?)整備される:HPを検索していたら、論山の山行記録で、備前HCによって和気から論山を経て熊山へのルートが整備されていたとの記述がありました。ありゃりゃあ。和気ア卒業生向きに紹介しようと企んでいましたが、冒険性が無くなったので却下です。ちょっと残念。ちなみに私が“石鎚山”とよんでいた山も整備されて、単に“展望岩”となっているようです。また、論山から鉄塔監視道で周回することも簡単にできるようで、また今度確認しに行こう。ううむ。しかし、私の影響かどうかしらんが、あちこちで登山道が復活したり新設されたりしているなあ。ああ、はたしていいことなんだか、どうなんだか。さんざん和気アを整備しまくった私が、ひとが整備していることにボヤキを言うなんておかしいと、いう方もいるでしょうね。でも、エコ活動としてバイオエタノールの使用を推奨していたら、お馬鹿な農家達が金儲けのために森林伐採を加速させ、農産物や牧草も高騰し、かえっていろいろとマズイことになっているのと同様に、いいことなのか悪いことなのかは、後々まで状況をよく見定めないといけないのですよ。山をいじくった結果は、単純なものではないのです。(地主に無許可でやると、墓穴を掘ります。)山をいじった理由として、“地域の活性化”(観光目的はまず失敗します。日帰りの登山者はほとんど金を落としません。)というのが多いですが、正直になりましょう。功名心や皆を喜ばせたいというのも勿論あるでしょうが、ホントのホントはむしょうにヤリたくなったからヤッタ。ただそれだけの“自己満足”でしょう。私はそうです。開拓とはそういう“理由や意味など無いモノ”なんです。というか、山遊び自体が ただやりたいからやる“無意味なモノ”なんです。(言い切るねえ。)ただ、やったことによって、自分でも本当に面白いことになったかどうか、じっくりと検証してほしいのです。(いつもながら開拓者には苦言を呈するねえ。)実際、あちこちの山の新ルートには、結果的に単なる自然破壊にしかなっていないツマランものが多いのです。(おいおい。)実は、私がまだ初心者だったころ、“論山は余計な整備はせずに静かな薮山のままであってほしい。”という論山ファンの意見をきいて、キビシイなあと思ったことがありました。でも、今となっては全く同感で、岩場のない熊山では消え入りそうな登山道を薮コギ気味にトレースすることが面白いのであり、整備されたらなんの変哲もなくなってしまうと思っています。今回のことは、私には熊山から魅力ある上級ルートが一つ消えたように感じてなんか複雑なのです。(皆さんもいずれ腕をあげてからチャレンジしてやろうと企んでいたのではありませんか。)まあ、自分の成長によって冒険対象が身近な所から消えていくのは覚悟していることなんですが、できるだけ先延ばししたいものです。もしかして、あまりトレースされなければ、また薮が茂って元に戻るかもしれませんが、ゆくゆくは山腹にトンネルができるので、ここはもっと賑やかになるでしょう。―――しかし、ううむ。ひとが一生懸命やったのをまたケチをつけたなあ。これはあくまで私個人の意見であり、やったことを全面的に否定しているわけではありません。(よろこんでいる人もいるでしょうし。)これからの扱いをどうするか検証していってほしいというお願いです。(開拓者の方はめげずに頑張ってくださいね。)まあ、私もチンネの鎖はつけなきゃいいのになどと悪く言われたりもしたものです。これは、ここに来た皆に下降もできるようにと思って、必要と判断したからつけたのであり、バリバリ気取りのアンタを基準にはしとらんよと、無視しました。(ワシだってこんな鎖は不要じゃあ。)開拓者は自分なりの哲学をもっていなくちゃね。うん。最近の私の新ルートはどれも上級者向けなので、どのように紹介すべきかを苦慮するばかりしています。そのルートにあった利用がなされるように情報操作は必要なのです開拓者としては一人でも多くの人に利用してほしい気持ちになりますが、まったく利用されないのも○、利用者が多過ぎるのは逆に×なんです。なんか悔しい気持ちになりますが、山にとってはこれがいいのです。(本当にその山を愛護しているならこれが受け入れられるはずです。)そして、ほどよい利用がなされているのが、◎なんですよ。この◎を目指して頑張りましょう。ちなみに、和気アの前剣の西尾根は簡単な説明文を掲示しただけで、刈り払いもコースサインもしないという整備(?)をしました。こういうのもありなんです。これを降りた方のブログを見つけて大笑いしましたよ。最後はホントにアドベンチャー。どこにそれたものか、えらい岩場を強引に下降しています。いやあ、最高の山行になったんじゃないでしょうか。このように、山は扱い方でツマランことにも、面白いことにもなるのです。開拓者はどうすれば本当に面白くなるかじっくり検証しながら取り組んでくださいね。私の経験からいうと、なるべく手抜きをすると人にも山にもいいみたいです。

井戸の情報さがし:奈良時代から室町時代まで神ノ上山頂にあったという“金剛寺(こんごうじ)”跡には井戸があったはず。もし、発見して再利用できたら登山者にはありがたい水場になる。かといって、あの樹海とブッシュの中を一人で闇雲にうろつくのも大変である。(まあ、今なら迷っても大丈夫だけどね。)この寺跡の情報がないかと、遺跡調査をしている教育委員会のHPをさぐると埋蔵文化財として調査した記録があった。詳しいことはわからんが、収集品などは和気町歴史民俗資料館に保管しているとのこと。なんだ、地元にちゃんと調査結果の資料があるんじゃないか。てっきり県庁まで問い合わせに行かなきゃならんかと思っていたのでラッキー。さっそく民俗資料館へ。事務員さんに事情を話すと、特別閲覧許可を申請することになるので、これに名前や目的を書いて下さいと言われ、3枚の書類に記入する。来週には返答できるとのこと。楽しみにしていたら、電話があり、ルンルン気分で再訪する。27年前の調査記録で、一つしか図面がなかったが、これでよければどうぞと、図面のコピーをもらうことができた。見ると、私が偶然発見して東平尾根にルート設定した“和気遺跡”の部分ではないかと思える部分の図面である。いや、そこに違いなかろう。うん。(もし、私が和気遺跡を発見してなかったら、この図面は誰が見ても、どこなのかさっぱり同定できなかっただろう。なんか運命的にラッキー。)そうか、石畳の溝みたいなあれは排水路ではなく道路であったか。ふんふん。ん?!中央の道路わきには井戸みたいな四角い石垣構造物がある。こ、これはもしかして・・・。(皆が共同利用する井戸は道路わきにあるものだ。うんうん。)お礼を言って帰宅し、さっそく縮小コピーをとる。よし。ダメ元で近いうちに捜しにいこう。

沢の足装備いろいろ:トミおじさんのHPで読んだのだが、涼しい山行企画として やさしい沢を初心者大勢でバシャバシャと水中ハイキングするために、軍足をハイキングシューズの上から履いてフェルト底代わりにしたら、十分沢歩きが楽しめたとのこと。私も、小学生の子供を沢歩きにつれていった時、子供用の小さい渓流シューズがなくて悩んだあげく、運動靴に荒縄を巻くのをやったことがある。(土踏まずに2回、足首に一回まわしてくくったら、わりとなんとかなった。)そして、こないだの中林滝遡行で、学生さん達3人が履いていたのは、岩場でも滑らないというマリンレジャー用のゴムサンダルみたいなウオーターシューズであった。しかも、なんとたった600円くらいとのこと。新素材として水を吸うゴム底の渓流シューズがあるのは知っていたが、はたして、これもそうなのかしらん?(値段からいっても、なあんか ちがうんじゃねえの?)底のゴムをさわらせてもらったが、たしかにベトベト感はあった。はたして通用するのか ちょっと心配だったが、ぬめりには弱いみたいであったものの まったくの初心者がちゃんとそれで沢登りできたのだからたいしたものである。ううむ。何千円(何万円)もお金をかけて、足装備をかためた人が可哀想になっちゃう今日この頃。

謎の生物?!:犬の散歩をしていて田んぼのそばをあるいていたら、田んぼの水中に5センチくらいのなんかヘンなエビみたいなものがいたので、犬糞スコップですくってもって帰る。なんかエラが波打っているのが外から見えるし、ナマズみたいなヒゲもあり、カブトガニか三葉虫みたいな殻をしている。子供がカブトエビだというので、インターネットで検索すると、まさにその通りであった。しかし、こんなの初めて見たわい。子供の頃、田んぼや小川でオタマジャクシやメダカやザリガニ取りをよくしていたが、こんなのはいなかったぞ。インターネットで調べたら、20年前くらいに子供向けにアメリカから水棲生物の飼育セットとしてやってきたものらしい。そういえば、シーモンキーなんてのがあったっけ。あの類のようだ。ただ、シーモンキーは淡水では生きられないので、うっかり卵を捨てても繁殖しなかったが、こいつは淡水性なので、繁殖してしまったようだ。幸い、稲にも生態系にも悪影響はしていないみたいで、ダンゴ虫みたいに、どちらかというと役にたっている存在みたいである。しかし、見たことも無い生物というのはキショク悪いもんだなあ。どんどん身の回りに知らない生物が増えているように思えて仕方ない。将来とんでもないことにならなきゃいいけどなあ。

山をやっていて妻からはじめて感謝されたこと:7月14日、台風4号がきたが、我が家はなんとか被害はなくてすんだ。しかし、梅雨前線の影響で、洗濯物が溜まって干し場が足りない。そこで、8ミリ径の補助ロープをカーテンレールにまわして部屋の中に物干し綱として張ってやると、エアコンのおかげでうまく乾かすことができた。どうじゃ。ワシが山をやっていたからこうやって洗濯物を干せたんだぞ。妻は笑ってサンキューだって。まあいいか。ふと外を見ると、庭の物干し台にオヤジの使っていたカラビナがつけられているではないか。そういえば、いつか犬をつなぐのに使って、しまい忘れていたわい。しかし、山道具で家庭の役に立つ事といったら、こんなものなのかなあ。物干し綱と犬つなぎの代わりねえ。なんかワビシイなあ。

井戸探し:7月16日、曇り空で暑くなかったので、懸案の神ノ上山頂の井戸探しにいく。鷲ノ巣にクライマーがいたので、のんびり見学しながら1時間かけて登り、10時半、和気遺跡に到着。さっそく図面と照合する。方角よし。遺跡配置よし。やはりここだ。めざす井戸らしき構造物はちょっと位置がズレていたが、発見できた。おとといの台風のまとまった雨のせいで、水が石垣の根元の隙間から湧き出ている。右手上流の石垣の根元からも湧いているので、両方をスコップで掘って水源を特定する。上流の方は2箇所の石垣の隙間から湧き出すものに地表の堆積物からのしみ出し水がまざっていた。枯葉の堆積からのしみ出しをよけた綺麗な湧き水だけでは水量が少なく、そのうち涸れてしまいそうだ。ううむ。これはダメか。本命の方は、よくみると枯葉の堆積物にカイチュウみたいなのがウヨウヨしていた。うへえ。気持ち悪いのを我慢してスコップで取り除くが、なんかドブみたいな感じだ。しかも、横から上流の水がしみ出してきているので、どうやっても衛生的な湧き水だけにはできそうにない。ううむ。残念。どうやら、井戸ではなく単なるドブであったか。まあ、石垣から水がしみ出ているのは井戸と同じことだが、いかんせん寄生虫みたいなのに汚染されている。衛生上、どうみても水場とするには無理がありそうだ。(余談:そういえば、かつて大山の三輪平太の水にもソーメンみたいな虫がうねっていたが、大丈夫かなあ。)あきらめて12時 撤収。突然雷がなって土砂降りになる。ずぶ濡れになって下山。帰宅してシャワーをあび、おちついて考えなおす。雨降り後に水場を探すのは、発見しやすいが、すぐに涸れてしまうものかもしれないので、やはりよくない。(オマケに夏だとムシがわいていたりする。)むしろ、雨の少ない冬場にさがして、それでも水量がある場所にしたほうがいいようだ。よし。今度は冬の晴天続きに衛生的な水場をさがしてみよう。暖かい低山では、溜まり水みたいな少量の湧き水ではすぐに汚染してしまうので、まわりに不衛生なものがないことと、汚水が混じらないことが大事。そして、簡単には涸れないことが条件である。でも、そんな場所あるかなあ。他所の山の水場はどんなか確認して勉強する必要があるなあ熊山や近隣の水場を調べてみよう。井戸探しにかぎらず、水場開拓は自分にとってもいい勉強になる。(ルート開拓もとてもいい勉強になりましたが。)ルート開拓の次はこれだ。うん。

いよいよテレビに:先日、OHKから取材の依頼があり、悩んだあげく了解しました。(なんでも2月に既にロケをしてあるらしい。)登山道が掘りかえって荒廃するので あまり大勢で押しかけないようにしてほしいという訴えは、今日ではかなりの皆さんに理解してもらっていることを実感しております。そのことを踏まえた上で、新聞や雑誌なら(もう何度も取材を受けているので、)いまさら爆発的な登山者増加にはなるまいと思って(辛口コメントつきで)取材に協力していました。現在の和気アは皆さんのご協力により、程よい利用状態になっているようで、荒廃がおさまっております。(ありがとうございます。)でも、今回はテレビです。ううむ。どんな内容でどれくらい放映するのかなあ。ちょっと気掛かりです。どうしようかなあ。今ではもう不要に思えている辛口のコメントを、今回は最後にちょっと入れさせてもらうべきかなあ。それと、和気アの謎ロマンと私のプライバシー(?)のためにも私の顔を映さないようにしてほしいなあ。(ヘルメットにサングラスでもかけるか?)でも、かえって好奇心を招いて調べられてしまうかも。顔写真はすでにインターネット、雑誌、新聞に出ているので、簡単に調べがついてマズイじゃないか。今更顔を隠しても もう意味ないか。でも動画映像だと全てまる判りになるもんなあ。まあ、それはさておき、コメントの内容はどうしたものかな。(いいたいことは山ほどあったが、今では落ちついているのであえて言うことがなく、頭にうかんでこないではないか。)まず、ファンの皆さん清掃整備のご協力ありがとう。(そうそう。)引き続きローインパクト精神で踏み荒れ防止にご協力ください。トイレを済ませてからスタートしましょう。松茸期間などローカルルールを守りましょう。花など草木や山菜の採取は禁止。地主がどう思うかを考えること。登山者としての立場だけで山を見てはいけません。冒険は単なる自己満足で、イケナイコトだけど、すばらしい文化活動である。山の生き死にに関わるので、開拓者は哲学しないとダメですよ。凄いのはこの山で、偉いのは地主さん達。はっきり言って私はひどい迷惑人間です。それから、この山の魅力は、いろんな楽しみと風情を持っていて、何度もリピートしたくなること。そして、自分の成長を実感できるいい先生であること。貴重な存在として守りたくなること。そんなファンを育てる山であること。最後に夢は、この山の卒業生が、自然保護活動や冒険家として充実した人生を送ること。そして、世代が代わっても和気アはあい変わらずいい山でありつづけていることぐらいかなあ。うんうん。

熊山水場調査:7月23日、車で、熊山の井戸を確認しにいく。山頂の木陰は風が涼しく、景色もよくて気持ちよかった。帰りには茶色の野ウサギと出会った。子ウサギらしくて、すぐそばなのに逃げず、じっと横向いてすわっているのがとても可愛かった。(うらやましい?)でも道路脇が派手に崩落している所もあった。熊山は総じて藪山であるが、場所によっては凄い崖や岩場もあるのだ。ナメてはいけない。最初に“2つ井戸”という湧き水の出ている所へいく。ホントにチョロチョロの水流しかないが、水は冷たく澄んでいる。しかし、単なる窪地の水溜りなので、正面上方からの雨水が流れ込むし、足元のドロも入るので、手や顔を冷やすにはいいが、やたらアメンボもたくさん泳いでいるので、飲むのはどうかといった感じである。そういえば、四国の剣山の剣岩元の湧き水も水量が少なく、蚊が飛んでいたが、もの凄く冷たかった。あれと同じ感じだなあ。山の水場というものは、澄んだ冷たい水であれば、虫がわいていようと構わないみたいである。でも、ギョウチュウみたいな虫はイヤだなあ。(最近の学説ではお腹にはカイチュウがいる方が健康にはいいみたいなことも言われてるけど、やっぱ気色わりい!)次に、管理棟の下にある井戸を見にいく。管理人さんがいたので、話をきくと、井戸は露天に放置されていて、使われてないとのこと。その井戸を見ると、ちゃんとした石組みの井戸であり、石組み下部から水が外にしみ出ていた。しみ出ている水にさわると、これも冷たい。ただ、井戸の中は藪ゴミが堆積しており、イボガエルも泳いでいた。井戸の隣に地下水汲み上げのポンプ施設があり、この熊山管理棟と水洗便所のためだけの浄水場であるとのこと。(驚き!よくまあここまでしたねえ。県(国?)の保護指定を受けて、熊山の整備にはすごい予算がおりているみたいだ。)展望所には無料の双眼鏡もあるし、いたせりつくせりである。(現在の熊山山頂の管理棟にはLPガスも電気も水洗便所もテレビもあり、下界と変わらない。)ううむ。でもやっぱり、昔の井戸をそのまま使うのは現代では衛生的に難ありか。昔の人は、トイレでもあった川の水を飲んでいたので、山の冷たい水はむしろ衛生的なものだったのかもしれない。そういや、私も子供のころ FOS少年団で芳嵐園でキャンプした時は、上流の集落がたれ流しの日笠川の水で飯ごう炊さんしていたもんなあ。また、上高地の梓川は以前からかなり汚染しているとの情報があったが、リポーターが梓川の水を飲んで、うまい!と言ってたテレビ番組もあったなあ。まあ、最近の私も 穂高岳のテント山行では安い雨水の方を買って、小屋の人の忠告を無視してそのままゴクゴク平気で飲んでいたもんなあ。極めつけなのは、(思い出しても身の毛がよだつ。)何年前だったか うだるような8月16日、観音山山頂で和文字の類焼防止の散水をしていて 置いてあった2リットルのペットボトルのお茶をゴクゴク飲んだら、ボトルの中にゼリー状の塊があった。なんじゃこりゃ?そういや、こんな2リットルのお茶なんて持ってきたっけ?――― ハッ!ま、まさかわあ!これ、去年の飲み残しじゃがな!一年間、観音山山頂で天日に発酵熟成されてゼリー状の塊が形成された飲み残しのお茶を、ゴクゴク飲んでしまったのである。(ゲエエッ!)でも、結局なんともなかったし、人間は少々汚い水を飲んでも平気なようにできているから、あまり神経質にならなくてもいいのかもしれない。(お前と一緒にするな!という声が聞こえるぞ。)私の親父も“川は3m流れりゃ綺麗なものよ。”だって。(受け入れるにはなんか勇気がいるぞ。)そういや、キジ打ちは川から3mはなれてすべしと本にも書かれてあるもんなあ。でも、カイチュウみたいなのがわいてるのはやっぱ気色わりい!まあ、水場開拓は冬になってからだから、これからももっといろんな水場を調べてみよう。

携帯トイレ:個体差があろうが、概して人間は雑食でとても臭い富養にとんだウンチをする。しかも、大型動物であり、1日3食欠かさない大食漢であるから、当然 排泄量もやたら多い。このことをふまえると、野生動物、鳥、虫も山中に排泄しているが、固体数×排泄量の数値は、人気のある山では登山者のそれよりかなり小さく、富養度も低いといえる。それに、本来のバクテリアや植物による山の水質土壌の浄化は、そこに在住する野生動物、鳥、虫の排泄物だけを対象としてバランスがとれている(高山ではバクテリアや植物が貧相だが、その分排泄する方も貧相である。)ようなものなので、山頂に人間がドヤドヤ押しかけて、ブリブリジョージョー大量放出してはイケナイのだ。山が汚染したら海までドンドン汚染していくから、ゆくゆくは地球レベルの大災害になってしまうのである。極悪な殺人鬼が死刑にならなくても、山でクソション垂れたら確実に死刑になる時代がくるかも。(おいおい。)現に人気の山では、トイレ問題が深刻で、水源を汚染している実態が多数報告されている。(ボランティア活動として、いろんな山でいろんな方が調査されています。)インターネットで読んだ報告書で、特に気をひかれたのは、避難小屋付近などの水場は湧き水であっても地下浸透式トイレがそばにあると、かなり汚染しているということ。また、沢の流水を水場としている場合は集水域上部での排泄により もうほとんどが飲用不適であるということである。(ああ、山水飲んで うまい!は もはや過去のことなのか。)昨今の登山ブームで登山者が増加して、トイレがあるのに周辺がキジ紙だらけになってウンチ街道と呼ばれている場所もあるらしい。(マナーもそうとう低下してるようだ。)そういえば、神ノ上山頂もすこし下った場所がキジ紙だらけになっていたが、いかんなあ。スタート前にトイレを済ませることと、キジ紙を専用袋に入れて持ち帰ることを推奨してきたが、まだまだこれではイカンみたいである。解決方法を調べると、山のトイレ問題に取り組んでいる日本トイレ協会では携帯トイレの携行を呼びかけている。(以前このHPでも、その内 携帯トイレの使用が常識になるかもといっていましたけどね。)一部の山小屋でも売っていたり、回収してくれたりしているらしい。現実の携帯トイレがどんなものなのかインターネットで調べると、いろいろあるみたいだ。500円から千円。意外と安いじゃないか。ホームセンターだけでなく、もしかして100円ショップにもあるかも。自分の排泄したクソションがどれほどのお荷物になるかもシリたいので、今度さがして実際に使用してみよう。(ウン、コをしよう!なんちゃって。)携帯トイレならキジ紙もウンチ、シッコ共々持ち歩くことになるから、キジ紙問題も解決できる。それに、完全防臭、完全密閉の保管袋もついてるので、いろいろ便利な使い方もできるかも。登山者が臭いのは汗かいた服が原因であるらしいので、この袋に脱いだ服をしまえば、下山してもニオイは大丈夫になるかも。使い勝手もよく これならお勧めとなったら、携帯トイレの携行を大々的に啓発していこう

おっと、250ページ:もしかして、貴方、まだ読むつもりですか?ホントすごく暇で物好きな方ですねえ。

トイレの臭さ:水のことを気にしていたらトイレ問題の話になってしまい、山のトイレのあの臭さを思い出しました。以前、信州の車山高原でキャンプしたら、野外トイレが100m手前からでも臭っていたし、穂高テント縦走のとき、涸沢カールと北穂高でも、トイレの臭いがえらく臭かった。いずれもトイレの近くにいるとニオイが服に移りそうで、涸沢では水場までトイレの臭いがプワンとしていたし、(ベランダになっていたが、とてもここでは飲食できないよ。)カール中央の無料トイレは地下浸透式で、すごい年季ものだった。さぞかし今まで大量のウンチがこのガレのすき間から梓川をくだったことだろう。飲めないと言われているのがうなずける。(いやー。あのリポーターもこのトイレを見たら青ざめるだろうな。)北穂高ではテント場からトイレ(有料)のある小屋までが、はんぱじゃない距離と険しさで、正直、朝はテン場のはずれで用を足しました。(すみません。)こうしてみると、やはり携帯トイレはゼッタイにイイ。なによりあの臭いトイレに行かなくてすむ。大事な登山靴にウンカイ(雲海じゃなくてウン塊)が付くのを気にしなくてすむ。ツェルトやテントの中でベンチレーターあけてすればお構いなしである。(所詮、自分の発した臭いなら我慢もできる。)穂高縦走を計画している方は、少々不都合があろうと、携帯トイレを持っていったほうがいい。それに自然のためにも涸沢や北穂こそ一刻も早く携帯トイレの携行を常識とすべきだと思う。山小屋は立派なトイレを作るのはやめて、泊り客用の携帯トイレの使用場所(なにも無いせまい個室で、換気がいいもの。)を用意してやるだけでいい。使い慣れて習慣になれば、携帯トイレは快適そのものであろう。お金だってあちこちで一回につき100円とられるよりいいと思う。

さっそく:近所のコメリで携帯トイレを半額(売れ残りらしい。)の198円で買う。2セット入っていたが、収納袋が適当で、本体の容量からして どうもオシッコ専用のものらしい。いかん。はずした。インターネットで検索すると、コージツのHPにのっていたハイマウントのがやっぱり山向きというか、軽量コンパクト、大小容量OK、ブツの保管性もいいみたいだ。しかも5回分で千円と安い。ただし、保管用密封袋とはいえ、やっぱりサブザックみたいなものに入れて破れないように分けておくべきだと思うので、従来のギューギュー詰めにしていたザックに、サブザックがふくれる分だけ吹流しに余裕をもたしておくべきである。いよいよとなったら雨蓋との間にサブザックを挟むことになるが、荷崩れしないように注意だ。いままでは時間経過とともに食料が減ってザックが軽くなっていたが、これからは、摂取した水から汗をひいた分だけザックがドンドン重くかさばっていくなあ。(これは重いぞ。たしか子供の紙オシメも何個かたまるとけっこう重たかった。)二人でテント泊して5日間も貯めたらすごいことになるぞ。サブザックに収まらなくなったら、いやでもザック内に同居させなくてはならなくなる。(そのまま外にくくって歩くには破損の危険が高すぎるからね。)もっぱら、パーティーではメンバーの一人が空ザックでスタートして皆の排泄物専門の運び役をしなくてはならなくなるだろう。こうして極力 自宅まで持ち帰るのがスジであるが、途中の山小屋で引き取ってくれる体制があれば、少々高額の有料でも利用させてもらいたいところである。というか、それがないと、大縦走では、途中でブツをデポしてあとで引き取りにこなくてはならなくなる。破れて大変なことになっていたり、無責任な者によって置き去りにされたりするかもしれない。やはり、小屋での引き取り体制をまず第一に整えてほしいなあ。うん。

大沢崩れ登攀:鵜飼谷北稜ルートを登っていると右隣の枝尾根に崩落して岩肌のむき出した涸れ沢が見える。いつ崩落したものかは知らないが、(11年以上前であるのは確かです。)なんにせよ、つい最近までここを登ろうなどと思ったことはなかった。というより、崖崩れ現場など登るものではないし、白岩山までは北稜ルートをたどった方が変化が楽しいし、ここを登ることに価値を見出せなかったのだ。ところが、かの鈴木氏が穂高北面のスズキガリーを稜線からトラバース下降して初登攀したことに刺激を受け、なぜか急にこの涸れ沢を登攀してやりたくなった。(なぜか登れそうな気になった。)とりあえず、大沢崩れ(富士山にあるのが有名。)と命名し、登攀計画をする。また、スズキガリーも麓から登攀してやりたくなった。仕事帰りの夕方、2つの取り付きの確認をする。大沢崩れの方は焼却場の裏手から沢伝いにいけばいい。あとは、途中で右から入ってくる顕著な沢を登るのみだ。ただし、施設内を通るのはやめて、のり面の上をトラバースして取り付こう。うむ。スズキガリーの方は、鵜飼谷のテニスコート南側の舗装道路をどん詰まりまで行き、右手の沢筋を薮コギすれば行けそうなことが判った。(沢筋は途中で左側をとらないと目指すガリーにはいけないので、注意するのはそこだけだ。)うまくいけば、温泉から穂高山直登の好アルペンルートになるかもしれない。しかし、暑い。薮コギもあるので、やるのは冬にしよう。と、思っていたのだが、7月30日、曇りで涼しい風がふいているので、思い切って登攀することにした。(おいおい。)とりあえず、初登攀でラクそうな大沢崩れの方に向かう。暑さ対策として空身。水も車に置いて行く。朝9時スタート。北稜ルートの下部から焼却場裏ののり面の上に出て、のり面中段の棚上をトラバースし、あとは適当に獣道をたどってめざす沢にトラバースしながら降り立つ。沢の左側が作業道跡みたいに平らになっていて歩きやすい。すぐに右側から沢が入っている出会いがあった。これか? 出会いはガレとザレの堆積場だと思っていたのだが、正反対のツルツルのナメ床である。さてはもう崩れていないということだな。よしよし。距離的にもここで間違いないので、この出会いの右沢を登攀する。はじめから急坂である。昨日の夕立でナメ床に水が染み出して流れており、滑って登れないので、端の苔の上を登る。(鈴木さんならこんな濡れたナメ床でも笑いながら登れるんだろうがなあ。)1.5mの涸れ滝を越えると、ゴツゴツの岩肌になり、乾燥して登りやすくなった。すぐに展望がひらけ、大沢崩れのど真ん中にいるのを確信する。浮石もあるが、全体的には安定した岩場である。傾斜は最大で45度くらい。ノーハンドで登れなくもないが、高度があるので慎重に登攀する。沢筋はゆるやかに右カーブしている。忠実に沢筋の真ん中をたどる。暑さ対策でノーヘルだったので、休憩中に落石を頭にくらわないか不安になったが、それでも崖の中で3回休憩をとりながらじっくりのんびり初登攀を楽しむ。あっさりと登攀完了して、ブッシュに入る。尾根上にでると踏み跡があった。(どこかわからないが、この尾根からも下降できる道があったみたいである。)踏み跡をたどると鞍部を越えてシダの茂みになる。右にトラバースする踏み跡をたどるが、どうやらこいつは獣道らしく、いっこうに上に向かう気配はない。適当なところを腰まであるシダの茂みの急坂をガサガサと上を目指して強行に登る。この枝尾根上にこんな急坂があったとは意外であった。キツイなあ。こいつは、やっぱり今回一度突破して終わりだな。うん。金テープを忘れて、今回はコースサインを付けず終いだったが、まあいいか。ふと右を見ると岩がある。シダ薮から岩場にでてほっとする。そのまま岩場をたどると白岩に到着。あとは北稜ルートを車においてある水を求めて下山する。11時に車に戻り水を飲み干す。今回の大沢崩れルートは一般道にはできないし、北稜ルートに比べて面白さに劣るので、そっとしておこう。もしかして、物好きの冒険ルートとして、沢の取り付きと尾根上のブッシュ帯のみにコースサインをつけてやってもいいが、まあ冬になってからだな。うん。いいかげんバテたので、きりあげる。やはりスズキガリーは冬の楽しみにとっておこう。(でも、ムショウに早くやりたい私。)

携帯トイレ使用報告:コージツでハイマウントの携帯トイレ(詳しくはこちら。)を1050円で購入し、さっそく自宅のトイレで使用してみる。本体の袋が薄くてフチをキチンと立てるのに気をつかう一部でも倒れていると大変なことになります。適当な大きさのダンボールで囲いでもすればいいかも。)が、大きさは充分であった。派手な下痢便なら周りに飛散しないようにお尻に袋をあてがわなくてはならないが、使い勝手はそう悪くない。ただし、薄いので野外では地面のトンガリ物で穴をあけないように気をつけなくてはならないようだ。切り取ったフチ部分で口を縛るとあるが、なくても簡単にくくれる。収納袋は思いのほかしっかりしており、何日かそのままにしておいても安心感がある。結構たくさん入れれるとあったが、収納袋には2,3個が入るくらいである。1泊2日の登山ならこれ1セット(本体5、収納2)で余裕だろうが、一回した上にさらにやるのは(頻尿で少しづつならいいだろうが、)ちょっと許容オーバーみたいであるので、5泊なら5セット持って行った方が安心である。大小タップリのブツの入った本体を収納袋に入れて、家族に判らないように玄関の棚の上においておく。3日後にゴミ出しするが、それまで問題なく過ごせるかをただ今テスト中である。(なんか騒ぎにならなきゃいいけどね。)続きは以下、必読。(←おいおい。まさか。)

う〜ん、このニオイ。爆笑!藤本家大騒動:(やっぱり。)7月31日、朝10時、玄関の棚上に置いた“超ド級巨大検便”は 翌8月1日の朝には異常はなかったが、夜10時 玄関が妙にウ○コ臭くなっているのに気づく。これはマズイ。とりあえず、外に出してカーポート横の物置棚の中に隠す。ううむ。36時間でアウトか。8月2日 朝、まだ玄関にニオイがこもっている。まいったなあ。台風5号が接近しており、夕方には風がひどくなった。帰宅すると“超ド級巨大検便”がカーポートの下に転がっているではないか。しかも口が開いている。風でとんだみたいだ。うへえ、くせえ。口をしめて、仕方なく玄関内に持って入ると、妻が“なんでそんなもん持ってはいるんでえ。それ すっげえくせえんよ。”といって、昼間のことを聞かせてくれた。以下、要約。イトコと遊ぼうと娘達が物置棚からボールをとろうとしたら、そばにこれがあった。三女がなにかと思って口をあけた。“ウンチみたいなニオイがする。”(当たり前。)といって、姉妹とイトコで順番にニオイをかぐ。(わあ。)妻もニオイをかいで、(わあわあ。)ううむ。と思案し、イタズラ、いやがらせ? いや、もしかしてだれかがお裾分けして差し入れしてくれた食べ物が腐ったものかも。と、判断し、(おめでたい性格である。)おもてに持っていって、お袋に見せる。(わあわあわあ。)お袋は、“漬け物がくさったニオイじゃ。”といったので、だれかが漬け物をわけてやろうと持ってきたが、留守だったのであそこに置いて帰ったのだろうということに落ち着いた。(どこまでもおめでたいぞ。)とりあえず、明日捨てようとカーポートの下に置いた。――――なんと、この昼間に私の家族だけでなく、親戚まで私の糞尿を順番に嗅いでまわり、一族郎党で大騒ぎしていたのである。(ううむ。想像をはるかに超えた展開だ。)最初、中身を確認しようと あやうく中袋まであけようとしたが、あまりの臭さに よう開けれなかったとのこと。(不幸中の幸い。)あまりの展開に おかしいのをこらえて、“これ、携帯トイレで中身はワシの糞尿じゃ。”と、経緯を話すと、“なんでいうてくれんのん。”“いうたら気持ち悪うなろうが。じゃからだまっとったんじゃがな。”で、二人で大笑い。(なんとも漫画みたいに面白い家族である。)やっぱ家族に内緒事はいかんなあ。ウン。8月3日 朝、私が責任をもってゴミ袋にいれてゴミ出しする。なにはともあれ、この分では山から持ち帰ってもゴミ出しまで苦労しそうである。とにかく収納袋をさらに袋に入れておかないとダメなことがわかった。それに置場(保管場所)も必要である。

登山文化ルネッサンス:登山は単なるスポーツではなく文化活動である。登山家といわれる人には、ジャンルが別なだけでなく、思想によってもタイプが分かれるから、芸術家のようにいろんなタイプがある。スポーツ性がある分野の中では登山家ほど種類が多くて“取り留めのないもの”はない。それゆえに、登山家はどんなに凄い経歴や能力があってもなかなかマスコミなどに取り上げられることがない一方で、私みたいな大したこともない者がちょっと変わった事をしているというだけで、さぞかし凄い登山家なのではと完全に誤解されて、マスコミにもてはやされたりするのである。(このHPでは私個人の日記みたいなものなので、調子に乗って吹きまくっているが、)我ながら、まったくおこがましいことだ。長年、本格登山をしてこられた諸先輩方に恥ずかしい。(きっと皆さん苦笑されていることでしょうね。)せめてなにか登山文化に貢献しないことには私もカッコがつかんじゃないか。という訳で、鈴木氏と山仲間にお願いしている藤本壁のクライミングゲレンデが、岡山のアルパインクライミング文化に貢献してくれたらなあと思っています。さらに、私の提唱していたヘルメット持参でハイキングする“アルパインハイキング”というのが、登山文化黎明期のクライミングとハイキングの混じったものであることから、古き良き登山文化の文芸復興(いうなれば、登山ルネッサンス)になってくれたらと思っております。古き登山文化のどこらへんが良い点かというと、ハイカーとクライマーを区別せず、ハイカーに“クライミングの面白さ”や“クライミング技術を身に着けることの有意性”を理解させること。それによって安全性の向上したハイカーを増やすこと。うまくいけば、消滅しつつある冒険クライマーを生み出すきっかけになるかもということです。(別に凄い登山家がでなくてもいいですからね。うん。)困難さを求めて山から遠ざかっていくクライマーではなく、ヘタでもいいから山に憧れて山を楽しむクライマーを増やせたらと思っております。(おこがましいなんて言っときながら、またズケズケ言うねえ。)

夏風邪でダウン:昨日から鼻水が止まらない。今朝病院に行って注射してもらう。今日は一日おとなしくしていよう。ああ、明日は朝7時からOHKの取材があるというのに、なあんも準備ができんがな。親父には台風で壊れたビニールハウスの修理を手伝うよういわれているし、散髪もいきたかったし、まいったなあ。ただ今の体温37.5度。

テレビ取材山行:8月5日、朝7時 鵜飼谷温泉待ち合わせ。OHKのスタッフ5人と3時間かけて北稜ルートを槍ヶ峰まで往復していろいろ撮影しました。(もちろんさしさわりのないように辛口コメントもいいました。)なんと、この暑いさなかに涸沢峰に2人の登山者がいました。(わあ、ムチャじゃあ。熱射病になるぞ。)ほんとに好きな人がいるものだなあとスタッフも感心していました。(他人のこといえんのじゃねん。)←まあ、そうなんだけど。 温泉で持参した穂高や唐松の写真を撮影して、お開きになりました。帰宅すると見慣れないことに女房が玄関を掃き掃除していました。写真を温泉に持っていったからここにはこないよというと、“なあんでえ。くるよおったがあ。”“きったねえとこ見られとうねえよおったから、温泉ですませたんじゃ。”女房ちょっとがっかり。放映は8月13日(月)18:20からだそうです。はたしてどんな風になるのか楽しみです。シャワーをあびてさっぱりしたが、ちょっとフラつくので検温するとまだ37度ありました。ワープロなんてやめときなさいよといわれたけど、打ってます。さあ、すんだ。ゆっくり寝よう。うん。

大感激とちょっと心配のOHKニュース特集:いよいよ放送がちかくなった10日、遅出で仕事がすんだのが夜10時だったが、OHKからルートが何本あるかとの問い合わせがありました。なんでも、ただ今編集作業中で、どうしても知りたいとのこと。20本くらいですと返答しながら、これはえらい気合のはいったものを作っているんじゃなかろうかと思えた。13日は新聞が休みなので、12日のやつで13日のテレビ欄を見ると、おおっ!?全国から山の愛好家が訪れる人気スポット“和気アルプス”と、出ているではないか。当初、多分1、2分の内容で、1、2カットの登場で、一言しゃべっておわりだろうとタカをくくっていたので、あまり他人に言いふらす程のことはなかろうと思っていたが、これは1、2分の内容じゃないな。うん。どうしよう。たいして映らないかもしれないが、会社の同僚や上司に、できたら今日の夕方6時半のOHKニュースを見てくださいと連絡する。ワクワクしながら早々に帰宅し、6時前からOHKニュースをつける。子供も録画の準備をする。いよいよ6時半、“なんと岡山にアルプスが――”出たぞ!“登山好きの会社員が10年かけて整備した ――”なんか変人みたいに聞こえる。(家族大ウケ爆笑。)でも、内容はすごい傑作でした。感激!和気アの魅力をすごく感じさせる内容で、スタッフの皆の熱意も感じました。なんと5分くらいもあり、ほとんど私が長々と登場してしゃべっていました。まさかこんなに自分がたくさん映るとは!(正直なんかちょっとテレます。)録画したビデオを繰り返し見てはニヤけている私。(ホントよくまあマスコミ受けするねえ。)でも、これはあまりにもいい出来過ぎる。(おいおい。そんな文句があるかい!?)和気の観光協会かなんかがほしがりだしそうなくらい 本当に、あまりにもいい出来なので、この分では登山者が爆発的に増えてしまわないかオーバーユースが心配になりました。(ううむ。うれしいけど、困る問題です。)9月から3ヶ月は松茸山で入山禁止になるが、大丈夫かなあ。(まあ、しばらく注意して様子を見よう。)それに、また これを見て12月から来られた方を、がっかりさせることのないように頑張って整備していかねばなりません。(今回はなんか物凄い期待をして来られそうで、正直 怖いなあ。)それに、和気アのファンの皆さんから、藤本はあまり押し掛けないでくれといいながら、コマーシャル(呼び込み)しているじゃないかと言われそうです。弁解すると、そのことについてもしゃべったのですが、時間上カットされました。(すみません。)でも、テレビでも言ったように、世代が変わってもいい山であり続けるようにやっていきます。来られる皆さんの優しさを信じ、自分と相棒の力を信じてやります。どうか皆さんも信じてください。お願いいたします。

新・携帯トイレ:(なんかこの手の話題にハマってないかい。)←まあまあ。ハイマウントの携帯トイレは、フチをキチンと立てないと大変なことになるが、新しくケンユーからでた“エコポットE”なる携帯登山用トイレは、段ボールでフチを立たせる構造になっている。こっちも試してみよう。ウン。という訳で、コージツで480円で購入する。段ボールにセットされた薄い本体袋1つと丈夫な収納袋1つの一回分である。吸収シートではなく、あとで上からゼリーの粉をかける必要があるが、水溶性のティッシュまで付いている。なんかいいじゃないか。ではさっそく。うん?あれ?このこの。なんだよ。たたみ癖がついた段ボールがなかなかうまく楕円形に広がってくれないではないか。しかも、なんかやたら小さい子供や女性ならなんとかなろうが成人男性では かなり強引にイチモツを後ろに向けて押さえ込まないと無理である。(それじゃションベン出ねえよ!)万一、手がそれてブルンとなったら、あたり一面が海になる。これでは大をするときと小をするときでは器用に腰を前後させねば両者場外失格になってしまう。すなわち、大をいきんでいる時は小を意識して止めるという離れ業をくりださなくてはならん。(そんな器用な排便してるヤツがいるのだろうか?)ううむ。さらに形状記憶段ボールが途中で収縮したら、もう目もあてられない。包装を見ると“大便用”となっている。と、いうことは、小は外に放出せよということか?(テント内では使用できんではないか。)もしかしてこの前コメリで買ったオシッコ専用のとを同時使用せよというのかなあ。ううむ。これはちょっとハズシたなあ。私にはハイマウントに段ボール枠を手作りしたものを添えて使用した方がいいように思える。現在の携帯トイレは改良の余地がまだまだあるなあ。(軽量コンパクトな枠をハイマウントさんが別売りでだしてくれたらいいのにねえ。)←収納袋をさらに収納できる密閉袋もだしてくれるといいね。うん。

意外な心境:先日、鳥取の本格派岳人集団“雪虫”の山本さんから南アルプス山行の記録を読ませてもらいました。雷を警戒して下山したことが書かれてありました。意外だったのは、マッキンリー登頂までやっており、現在も登山教室の講師である山本さんが、雪山も岩山も怖いと言っていることでした。若い時は自分を鼓舞して立ち向かっていたが、今となっては緊張の連続である穂高縦走みたいな山より、どっしりとした静かでおだやかな山を求めているとのこと。(今回は無念にもオバちゃん連中の騒がしさに閉口したようですが。)また、本来の自分は臆病者であり、そのおかげで今まで生きてこられたとも。本格派の登山家は死を省みない猛者ぞろいであると思われがちですが、違うんですね。本格派ならではの、“その時は突破したが、もう二度とはやりたくない”みたいなものが結構あるんですよ。デブの体格でクライミングにたいして閉息感のあった私は、なにか肩の力が抜けてほっとした気持ちになりました。そうです。山は岩をやることだけが凄いことではありません“山”は“総合力”を求められる場所であり、人それぞれの楽しみ方があり、静かな山を隠密にハイキングしている“凄い人”も現にいるのです。私はなぜか決まって大山で凄い人にばかり遭遇するので、“ここはホントに凄い所だねえ。”と思っていましたが、和気アにも多くの凄い人が隠密で歩いているのではと思いはじめています。(実は山本さんも何度も和気アに通われています。)もしかして私はその人達を和気アル中患者なんてよんで、失礼こきまくっていたりして。(わあー恥ずかしい。)とにかく単独で、質素なスタイルで、妙に古びた道具を愛用している人には要注意です。(そうそう。そうなんです。皆さんもいいですね。)決してまわりでペチャクチャうるさくしゃべらないこと。自慢話や知ったかぶりなどもってのほかです。(まさに恥のモト。)その内、隠密の凄い人同士が鉢合わせになって、初対面なのに瞬時にお互いを見抜いて“ここはホントに凄い所だねえ。おそろしい方までいらっしゃる。”“そういう貴方こそ。”なんて言い合ったりして。(おお、なんかカッコイイなあ。)和気アがそんな山になったらいいなあ。―――いや、もしかして、もうなってたりして。なあんかワクワクするなあ。ううん。いいじゃん。うんうん。いいぞいいぞ。でへへへへ。(←また夢の中に浸ってる。)

ダイエット:現在、我が家ではビリーズ・ブートキャンプがはやっています。(かなりきつくハイテンポなエクササイズです。)1週間やると必ずやせるというので、妻と3人娘がDVDを買ってきてやりはじめました。ひやかし半分に見ていたが、4人共ちゃんと1週間続けて女房はすこしだけスタイルがよくなった。ちょっと感心したが、やめたら元の木阿弥になるからずっと続けなくてはならない。皆でやるから続けられるのであって一人では挫折すること請け負いである。私も腰にくびれがほしいので、ちょっとだけ参加することにした。現在B110WH共100センチである。(まさにずん胴。)はたしてどうなりますやら。

また蜂に襲われる。:8月25日、子供サービスで兵庫県の峰山高原に沢登りにいったが、黒岩滝の左岸上部の枝先に足長蜂の巣があって、知らずに登攀したら蜂の大群に襲われ、5箇所(左腕、右肩、右胸、右ひざ×2)も刺された。大慌てでクライムダウンしたが、後続していた子供も指と腹を刺された。横のルンゼをぬけて取水口まで遡行し、下山していると肩、胸、膝がズキズキ痛みだした。さらに帰路を運転していると、うめくくらいうずきだした。帰宅するなり、親子共々病院へ急行。私は注射をしてもらう。夕方までは相変わらずうめき続けたが、くたびれもあって一晩寝たら翌朝 痛みは消えた。しかし、さされた所からズレた場所に疼痛があり、頭痛がひどい。薬をのんで出勤。夕方になって全快する。やれやれ。

いよいよ松茸期間:8月29日、やっと秋雨前線がかかりだし、これからは涼しくなってくれそうである。9月からは松茸期間で入山禁止であるので、恒例の入山禁止のロープはりをしなくてはならんが、はたして台風はいつくるのだろうか。ここ数年は、やりすごした20日過ぎにつけているが、今回はどうするかなあ。

夏バテ:9月初め。入山禁止の札ロープをはるための休みをおさえていたが、ひどい残暑でなあんもする気になれない。9月になってもいまだに寝苦しい日が続いて、完全に夏バテ状態である。フツウならこんなひどい残暑の中を登る人なんていないから、涼しくなる秋分ごろから はればよい。その方がラクだし、台風もやりすごせるし。と、前年までは思っていた。ところが、今回 和気アには記録的猛暑の中でも登る恐ろしいファンが何人もいるのを8月に目の当たりにしたので、札ロープをはっておかないと、もしかしていいのかもと都合のいい解釈をして入山禁止を無視する者がでないか なんか気掛かりである。ああ、どうしよう。ううん。でもツライなあ。やっぱりもう少し涼しくなってから作業しよう。(おいおい。)おそらく、このHPでの訴えは浸透しているはずだから。大丈夫でしょう。たぶん。うんうん。(お前も都合のいい解釈をしてるぞ。)←まあ、そうなんだけど。

そんな中でも:75歳の親父はこのクソ暑い中でも早朝から畑仕事をしている。(ホントに元気な爺様である。)オマケに、たまの休みも“おえ。ちょっと てごをせえ。”で、このちょっとが凄くハードだったりする。(こちとらサラリーマンなんで。仕事があるんでえ。休みは休ませえ!サンデー毎日の爺さんとは違うんじゃああ!と、言いたい。)じつは、先日から私の家の庭先に親父が新しく畑を作り始めており、毎朝6時すぎから小型耕運機でういいいいん ういいいいん ういいいいんとハデにやっているのだ。がああ〜!寝不足!! かくなる上は ナムクオンジツシャカムニブツ、騒音ジジイ 退散!(ついでに焼き焼きジジババも退散!)と、悪霊払いをしたくなる今日この頃。やっぱ、引っ越そうかなあ。

草刈り作業:私は馬術部で草刈りも鍛えられたので、手首のスナップをきかせて鎌でも草刈機並みに刈り払うことができる。(当時の先輩達は皆 草刈りというか鎌使い名人で、毎日 馬の餌となる草を旭川の土手に刈りに行っていた。新入生は先輩の刈る草の多さに驚愕していたものである。)しかも私は元々左ききで左右同じくらいの腕力があるので、右手がくたびれたら左手に持ち替えれるからすこぶる効率がいい。そのせいか、草刈りをそう苦痛には思わない。(開拓作業に向いているといえる。)だが、この夏は記録的な猛暑で残暑も記録的である。9月後半になってもずっと30℃以上あってどうにも体がだるい。いつの間にか自宅まわりの雑草がやたら茂ってジャングル状態になってしまったので、先日 朝の涼しい時間に刈り払ったが、それでも汗だくでバテバテになった。この分では、以前から親父に頼まれていた梅畑まわりの2m以上あるセイタカアワダチとススキのジャングルの刈り払い(距離が200mくらいある。)なんてとてもできそうにない。でも、21日 曇って風もあったので、おもいきって取り掛かる。しかし、これはさすがに鎌ではどうにもならん。仕方ない。今回だけは文明の利器を使用するか。草刈り機のスロットル全開で暴走族顔負けの爆音を響かせながら刈り、腕力まかせに払いのける。まさに格闘。朝2時間と夕方2時間で何とかやり遂げた。(ただし、昼間は討ち死に状態であった。)ふう。やったわい。懸案事項を一つ片付けれたことで、ちょっと体力に自信を取り戻せた。やれなくもないな。うん。よし、今度の休みこそは松茸山の閉鎖作業をしよう。もうこれ以上の先送りはできんからね。うんうん。

松茸山閉鎖作業:9月24日、幸いにも今日は最高気温が30℃以下である。風もあり、曇っている。にわか雨もあって暑くない。朝8時から夕方5時までかけて、登山口23箇所に文書とロープを設置して、和気駅にも文書を掲示させてもらいました。(ご注意:駅に個人の持込みは本来掲示してもらえません。なんら宣伝のない公共の内容であり、駅も登山者による利用増加を歓迎してくれていたから特別に許可してもらえただけです。)マイナーなのに意外とよく踏まれていた登山口もあれば、岩山登山口など完全に廃道状態になっていた登山口もありました。(気合いをいれて復活させました。)登山口は山中より土壌が肥えているせいか、やたら篠竹などの草木が茂って山中よりも荒廃しやすいので、この整備をしながらではやはり丸一日かかる。また、大田原地区の防獣フェンス 万里の長城がさらに和気富士の麓まで延長されていました。岩山登山口整備にはバテましたが、全体的には荒廃していなかったので、助かりました。やれやれ、やっとできたわい。今年は7月に台風がきただけで、この秋は来ていないし、来る予定もない。このまま来なければ、開山作業もラクになるかも。でも、いいかげんに更新しなくてはならない道標やプレートやロープがいっぱいあるからなあ。ノートやコースサインもそうだなあ。さてはて更新準備をこれからポツポツやっていこう。ええっと、プレート用の板とトラロープと切れ味のいいノコとノートを買って糸鋸でイノシシ型に切って道標用の廃材板をもらって(たくさん要るぞ。)、そうそう、もっこく山のことを区長さんにきいてと、ああ、全然のんびりできんがな。オマケに鈴木ガリー登攀がセミヌードの女性みたいにやたら誘惑してくるし、井戸さがしもあるしなあ。開拓が済んだとはいえ、この先もやることいっぱいだあ。

登山口整備:松茸山の閉鎖作業をしていて登山口の整備(主に刈り払い)をしたが、東壁登山口だけは夕方タイムアウトでやり残していた。10月4日 休暇をもらったが予定がなかったので、朝9時に整備にいく。“本当はイケナイことだけど、出だしの麓部分だけだから許してもらおう。”ということで、閉鎖ロープからちょっと先に見えていた倒木を処理する。あっさりと完了したので、帰りに松茸山範囲外である八ツ峰岩を整備する。最初の鎖のピトンが一本抜けかけていたがもう一本がしっかり効いているからいいか。後半の林の中でたくさんのやぶ蚊にさされて逃げるように下山。それでも、ついでに薬師堂周辺も整備しておいた。時間は11時。まだ昼飯まで1時間ある。ううん、どうしようかなあ。厳密にはイケナイことだけど、差し障りのない場所だからと、思い切って北林道登山口まで行って、防獣フェンスを開けて林道を登り、林道部分のみ刈り払う。気懸かりだったススキがやたら茂っており難渋したが、人一人が躊躇わずに通過できるだけの刈り払いをしておく。ススキの花粉とカヤに負けて顔がかゆい。花粉症みたいに目鼻がグシュグシュになったが、なんとか一時間できりあげる。帰宅してシャワーをあび、ゆっくり昼寝をした後の3時から、もう一つの気懸かりだったザイテン登山口の林道部分の整備にいく。案の定 林道終点近くでは倒木がひどく、沢の手前で倒木がウルシを巻き込んでルートをふさいでおり、完全に通行不能になっていた。ウルシに気をつけながらうまく除去して通行可能にする。毎年このルートは倒木除去に泣かされるので、イケナイコトだけど思い切って2時間かけてザイテン取り付きまで整備しておく。やはりあちこち倒木があり、途中で折りたたみノコの軸が壊れてしまったが、なんとか躊躇わずに通行できる状態にすることができた。これだけやれば開山時の整備がスムーズにはかどるだろう。(台風がこなければね。)麓に林道があるようなアプローチが長い登山口は、(利用度のやたら高い鷲ノ巣の林道はいいけど、)地面が肥沃なせいで やたらブッシュが茂るので、(オマケにザイテンの新町谷は大きな枯れ木が多くてバタバタ倒れる。)毎年開山時に刈り払いや倒木処理に時間をとられる。これらの部分をあらかじめ整備しておけば、開山時はすぐに松茸テープ撤去作業ができる。うん。あと麓の長いアプローチ部分で残っているのは、荒神ーの麓くらいか。これは12月早々に整備しよう。また、自分の所有地の岩山ルートは松茸期間でもじっくり整備できるから、ちゃんとしておこう。うん。

10月18日、岩山整備:10月半ばにしてやっと秋らしくなってきた。今年の猛暑は岡山県では観測史上 最高(悪)であったせいか、残暑もひどく長引いた。完全に半月くらい季節がズレている。(日照りがひどかったせいで、今年の松茸は不作だということです。)10月になって朝夕は涼しくなったが、昼間はまだ夏日ということもしばしばで、体調管理が難しいというか、なんかバイタリティーが無くて休日もゴロゴロしていたかったりする。(なのに親父にコキ使われています。)先日、天気がいいが暑くなく、涼しい風と緑の山なみに、遊び心が復活してきた。よし、今度の休みは山に行こう。ところが、昨日は深夜までの残業で、帰宅は午前1時。おかげで今朝はまたゴロゴロモードに戻ってしまった。なんとか気合を入れなおして、昼1時から岩山の整備と松茸捜しにいく。意外とブッシュは繁っておらず、作業はラクだったが、踏まれてない土の急斜面は雨水に流されてザレており、登りはなんとか通過できるが、下りはえらく難渋した。久々の急斜面で慣れていないせいかフラフラして、またもや松茸捜しどころではなかった。縦走路まで登ると松茸テープの張られ具合が少なかった。この秋は台風がきていないので倒木も少なく、今期の整備はラクかも。夕方5時には帰宅したが、下山中はなんどもへたった。やはりちょっと脚力がなまっている。

気懸かり:岩山の整備で縦走路にあがった時、松の木からギーギーというカミキリムシのキシミ音みたいな音が聞こえていたのが気になっています。決まって枯れた松や枯れかけた松から聞こえており、表面に木屑が出ていました。(カミキリムシが羽化して出てきた跡で、音は現在羽化中なのかも。)しかも山のあちこちの枯れ松から聞こえており、なんか松枯れがすすんでしまわないか不安になりました。(そんな気で見ると、妙に枯れた松が増えているようにも思える。)猛暑と日照り続きのせいで枯れたのもあるでしょうが、和気アの松を守りたいです。

ながいことよく判らなかった狩猟のことが、やっと判りました。このページの最初に書いておいたことには多少間違いがありました。訂正いたします。(まあ、他にもいろいろ間違っている部分は いっぱいあるだろうけど、それはまた判明した時にね。)←おいおい。 狩猟の規制区域には銃猟禁止区域休猟区などがありますが、和気アは麓に中学や多数の寺社や民家があることから、40年くらい前から和気ア全山が岡山県指定の鳥獣保護区になっており大日本猟友会 岡山県東備支部 和気分会のメンバー約60名のうち25人だけが駆除班として、有害獣駆除の許可を受けて活動しています。そのリーダーであるIさんにお話をうかがうことができました。私が登山者を大勢招き入れたことで、活動に迷惑がかかっていなかったか心配だったのですが、今の鳥獣保護区の体制なら登山者の増加への対応も問題なく大丈夫とのことです。(駆除班は銃を使用していますが、登山道からかなり離れており、登山者が多いことも皆 充分理解して対処しており、連携のとれたベテランメンバーだけで、せいぜいその日に1発うつかうたないかの使用なので、だれも気づかれてないようです。)狩猟期間は11月15日から翌年2月末までです。特に12月と1月には月に1〜2回 本格的に活動されています。(大きなイノシシを仕留めてワッショイワッショイ山の学校に搬送しているのに私も出会ったことがあります。)山麓あちこちに害獣捕獲のオリが仕掛けてありますが、それとは別にワイヤーを使ったワナを仕掛けてあるそうです。(昔なじみの足首ガシャン!ぐわああ!の恐ろしいトラバサミは現在は使われておらず、直径12センチ以上のものは法律で使用禁止になっています。)ワナの近く(薮の手前)には許可証のフダが木につけられています。(ザイテンの新町谷でこのフダを見たことがあります。)このフダを見かけたら周辺の薮には入らないこと。万一 掛かっても、このワナは人間なら手ではずせますが、バネ仕掛けのワイヤーがすばやく足首をしめて、中には上に引っ張りあげる仕掛もあるそうです。もちろん登山道やそのすぐへりには仕掛けませんからフツウのハイカーならまず問題ありません。狩猟の方法はどうなっているかといいますと、ヌキ足サシ足で延々と薮をこぎながら獲物をさがすのではなく(私はこう思っていました。)、まず 足跡を見つけて、乾き具合などで何時ごろ通ったものか判断し(プロの技。)、足跡を追跡しながら餌場などをさがし、獲物がどこでどうしているかを推理し(まさにプロの技です。)、近くにいると判断したら猟犬をはなします。あとは逃げてくるであろう獣道の先で、撃つ方向(麓方向に向けて撃ってはいけない規則になっています。)などを確認して待ち構え、来たら獲物であることを確認してからバン!です。山のことや獲物の習性など知らなくてはならないことが多く、さらにゾロゾロやってくるお邪魔虫の登山者の安全も考慮しながらでは大変なことですが、銃の使用は、麓や登山道や仲間の位置を把握してから安全な方向に構え、獲物を確認してから撃っているので誤射事故を起こすことはありません。(ガサッとしたら、素早く振り向いてバン!なんてのはテレビドラマのウソです。)もっぱら、登山者に気をつけてもらいたいのは、ワイヤーのワナにかかったイノシシに近づかないことだそうです。普通 イノシシは人を見ると逃げますが、ワイヤーで傷つき、逃げれないイノシシは、逆に人に向かってきます。ワイヤーも暴れた経過で損傷していることが多く、実際 よくワイヤーが切れて、猟師仲間が事故に巻き込まれているそうです。逃げるハズの動物が逃げないようならワナにかかっている可能性大です。くれぐれも興味本位で近づかないでください。また、私みたいに薮こぎ冒険ごっこをする人は、2月末までは控えた方がいいです。猟師さんのジャマになりますし、ワナにハマるかもしれませんから。どうしてもやりたいというなら、熊避け鈴をつけて、目立つ服装をし、私みたいにブツブツ独り言をいうか(不安払拭と冷静判断のために声に出して自問自答しながら冒険しています。)、歌でもうたいながら行動してください。なお、(私のマネはしない方がいいですが、)一般のハイカーの皆さんも、熊避け鈴と目立つ服装は狩猟時期ハイクの常識にしてほしいです。農家から害獣駆除が求められている昨今、どこの山でもハンターに遭遇することがあるかと思います。ご理解ご協力ください。

考慮の上での狩猟:スキー場、ゴルフ場、リゾートホテルなどの開発で、今もなお全国で次々に野生動物のテリトリーを侵害している以上、食べ物や棲みかを失った野生動物は麓に出てき続けるでしょう。いまさらゴルフ場などを自然に還す話などどこにもなく、残念ながら(麓の田畑などの豊富な食料を得ることで、むしろ増加している)野生動物の数減らしを せざるを得ないのが現状です。感傷的になって これを受け入れられないなら、いますぐ全ての開発行為を中止しなくてはなりません。動物が可哀想という女性が毛皮を愛用しているようなもので、現実的に無理でしょう。狩猟といえば、動物殺戮や乱獲で絶滅などと、これまではマイナスイメージがありましたが、この現代においては、狩猟は考慮の上で行われており、害獣被害を減らすが、絶滅はさせないし、ある程度の数は保護しています。いわば、人間と野生動物のテリトリーの番をし、共存のバランスをとる役目を担っているといえます。高度な技術と知識と経験に、思慮深さが加わった伝統文化なのです。(それにイノシシや鹿も“山の幸”です。)くれぐれも、ハンターなんて面白半分に動物を殺す酷い人間たちであるなどと誤解しないでください。自然を愛する気持ちはハンターも登山者も同じであり、ハンターは山のベテランなのです。もし、数減らしを悪い行為であるというなら、その原因は努力して現代の豊かな人間社会をはぐくんだ開発行為にあるのです。なんとも全人類が身につまされる話ですが、事実です。(ああ。でも、和気アにおいて、一番 野生動物の居心地を悪くした張本人は私なんだろうなあ。野生動物のみんな、ごめんなさい。)

熊について:いつだったか、コージツで、熊山でクマの爪痕を見た!気をつけえ。熊がおるで。なんて、まことしやかに言われたことがありましたが、和気アにも熊山にも熊はいません。本当にいれば、猟師さんがいち早く警察などに通報し公表します。(その道のプロですから。)どうも登山者というのは、(ホントはなにも知らなくても)山に関しては自分たちの言うことが正解なのだあ!というおかしなプライドがあり、よく知らない野生動物の実態まで さも知っているように言うのですね。(お前もそうだろ?)もちろん、私もそうです。まさにホントにそのとおり。わははは・・・。ぴゅーーーー。(あっ。逃げた。) では、あの樹木をバリバリとひきさいたひっかきキズはなんだったのか?という方もいるでしょうから、ベテラン猟師Iさんから教えてもらったことをお話しましょう。(じつは、私も和気アの神ノ上山中で爪痕を見てびびったことがあり、本当に怪力の熊爪でえぐったようなキズでしたが、Iさんに話したら笑いとばされました。)樹木の下の方にある切り裂きキズはイノシシの牙磨ぎ(きばとぎ)の跡で、上半身くらいの高さにあるのは鹿の角磨ぎ(つのとぎ)の跡です。どうもこの鹿の角磨ぎ跡が熊だと誤解されるようです。ちなみに、鷲ノ巣の上の林で登山道の真ん中に、おにぎりサイズのでっかい糞がボタボタと落ちていて、一瞬 熊の糞かとびびったこともありましたが、これも話すと笑われて、やっぱりイノシシ(それも大きいヤツ。)の糞でした。(糞のデカサでびびらされるとは情けないなあ。クソー。)

猟犬について:猟犬のビーグルには首輪に発信機がつけてあり、ハンターから近いか遠いかを親機の発する音の変化で判断しているそうです。(私は持ってないけど、雪崩埋没者の捜索用ビーコンと同じ感じだと思う。)迷子になった犬を捜し出すためではないそうで、(ウチのは馬鹿だからダメだろうけど、猟犬は、はぐれてもちゃんと帰ってくるそうです。(近所で、はぐれビーグルをかくまって、そのまま飼おうとした人がいましたが、夜通し鳴き続けたので翌日に放したことがありました。←朝、眠れんかったぞとモンクをいいに行って判明した。)くれぐれも可哀想にと かくまったりしないでください。猟犬ドロボーになってしまいます。ちなみに、ウチで飼っているビーグルは、同じビーグルでも種類が違い、小型犬です。ビーグルとは元々“小さい”という意味らしいが、通常の猟犬である対イノシシ用のビーグルは、かなりデカイ。(ウチのやつは、どうもウサギ用らしい。)ビーグルはその用途にあわせた体格にいろいろ品種改良されて現在に至っているのだそうです。なお、あのスヌーピーもビーグルなんだそうです。ウチのも、見た目と仕草は可愛いが、頭は良いところと悪いところがあり、コシくて、お調子者で、ヌケているスヌーピーの雰囲気があります。(ああ、ビーグルとはこんな犬なんだな。と、なんとなくうなずけます。)

幸運の一日:10月27日、朝 消防の用事を済ませて、昼はうたた寝。夕方3時から気合いを入れなおして懸案の“もっこく山”の登山口を訊きに元区長さん宅を訪問する。あいにくご本人はお留守でしたが、家の方がお隣のTさんなら知っているかもと、わざわざTさんをよんでくださいました。Tさんはよくご存知で、なんと案内してあげると言われるので、大喜びでお願いしました。(とってもラッキー!)Tさんは70歳くらいのご老人だが、地下足袋をはいてスタスタと藪に分け入っていく様はどうみても老人には見えない。栗畑の防獣フェンスをあけて、尾根の北側の谷を登り、沢をわたる。林を抜けるといつか下山したとき利用した沢沿いの登山道に出た。しばらくして、石組みの小さな堰堤の上をもう一度沢の反対側に渡る。(おお、こんな道があったのか。)これをたどり、途中から尾根上に向きをかえて登ると、なんともなだらかに しかもあっさりと尾根の鞍部についてしまった。なんとまあ。貯水槽のパイプ沿いを登ったあの苦労はなんだったのかと言いたくなるほど、いとも簡単につけた。Tさんにパイプ沿いを辿ったらしんどかったことを言うと、貯水層のパイプは勢いよく水を供給できるよう一番の急斜面に設置されており、これを辿るのは一番しんどいとのこと。(やれやれ。)気になっていたオーバーハングの薄い岩は“きつね岩”といい、ホコラなどはなく、Tさんの子供の頃の遊び場だったらしい。場所は貯水槽の横のすぐ下であったが、Tさんに、“そこだよ。”と言われてもピンとこないくらい樹木がかぶさって、うまく隠されていた。いざ、きつね岩に登らんと岩上との鞍部に降りる。(うん?もしかしてこの鞍部は一番最初に斜上しながら登ったとき、知らずにここをトラバース通過したような気がする。まあいいか。)かぶさった枝をよけて岩の上に登ると、幅は2mもなくて3方向がスッパリ切れ落ちており、メチャクチャ怖いではないか。(ううむ。踏み外せば、先端なら20m。とっかかりでさえ10mは墜落する。こんなところで子供が遊んでいたなんて。)先端には怖くて行けず、早々に退却し、鞍部に戻る。きつね岩以外にも名前のあるものを訊くと、尾根上のコブにあった岩で、テーブルみたいな見晴らしのいい岩があったが、それを ベニ岩”( 赤い地衣類がついていたせいか。)というらしい。なお、私の言う“もっこくスラブ”には名前はないらしい。(残念。なんかもっとかっこいい名前をつけたいなあ。千石ー(せんごくぐろ)はどうかな? ううむ。)なお、山頂の平らな岩場に意味不明のケルンがあったことを言うと、“ありゃあワシらが子供の頃作って遊んだもんじゃ。”とのこと。(なんと、子供の単なる手悪さで、意味はなかったのか。ううむ、よく残っていたものだ。)かつては地元のみんながツツジ見物にここから山頂まで尾根を往復していたが、現在ではイノシシが多いので誰も登っておらず、登山者も来ない。松茸もさっぱりとれなくなったので、松茸山にもなっていないとのこと。ただ、Tさんにもよく判らないのが、時折 ヘリコプターが山頂上空にきて、機動隊か何かの隊員数名が山頂に懸垂下降しているのを何度か目撃したとのこと。(鉄塔もなにもないのに、なにしに来たのか?何かの訓練場にしているのか?謎である。)別ルートもあるからと、下山は鞍部から南側の谷に向かって下る。最初は獣道みたいだったが、すぐにちゃんとしたつづら折れの登山道になった。しかもかなり踏まれて樋状に彫れている。これまたあっさり降りれたが、大きな堰堤にかつての沢沿いの下山路が遮断されているので、反対方向の上流にまわりこんでから林道に出て下山するようになっていた。下山して、お礼を言ってお別れする。(Tさん。取り付きだけでなく、いろいろ教えてもらい、ありがとうございました。案内してくださり感謝いたします。)家にとんで帰って、すぐに金テープをもって舞い戻り、夕方4時半から1時間かけて再トレースし、栗畑から尾根上の鞍部までコースサインをつける。(ただし、南側のルートはそっとしておく。)かなり暗くなった中を下山して、迷いそうな部分にコースサインを追加設置する。(ちょっとひつこく付け過ぎたかも。)よし、OK。わーい!わーい!小躍りしながら帰宅するが、興奮さめやらず、6時の真っ暗な中、近所の正信製材所に、道標にするための廃材の板きれを取りに行く。(なにやってんだか。)いつもはいい板があまりないのに、今日はいっぱいある。気兼ねしたので、一度にこんなにもらっていいか訊いたら、どうぞとのこと。やった。ラッキー!ああ、なんか今日はバカにツイテるなあ。うんうん。道標の更新に板がたくさんいるので気になっていたが、これでこれも解決である。るんるん。

久々のロープワーク:11月3日、いい天気。いろいろやりたいことはあるけど、気になってる“もっこく山”でロープを使って、あの“もっこくスラブ”のど真ん中を突破してやりたい。ついでに下山は北隣の尾根をたどるか、登った尾根にトラバースするかしてやりたい。朝、家の庭の手入れを軽く済ませ、沢で使っているロープワーク用の簡易道具を準備し、家を出る。9:45スタート。先日のコースサインをたどって尾根上へ。いったんキツネ岩へ立ち寄って、思い切って先端までいってみる。怖あああ。でも、我慢、我慢。なんとか先端までいって引き返す。(先端からの落差は20m以上は確実にあるな。うん。)ワクワクしながら空身で登った初回と違い、ザックを背負ってザレとシダ藪の尾根を登ると結構キツイ。紅岩は、つい通り過ぎてしまった。登っていくにつれて露岩が多くなり、爽快な景色を堪能できるが、ずうっと直射日光を受け続けてちょっとバテかげん。370m山頂でコースサインをつけて、ケルンから登山道跡をたどり、もっこくスラブの上の肩へ。肩の先端にもケルンがあるのを発見する。コースサインをつけながら、下降するが、どうも不明瞭だ。前回はどこでトラバースしたっけ。ナメてスラブの場所の確認をしてなかったので、何度も迷い、2回くらいかなり見当違いをしてしまった。違うことに気づいて引き返した場合は、つけたコースサインも回収しなくてはならない。時間をくってあせる。涼しい風はあるが直射日光が暑い。なんとかスラブにたどりついたのが12時。(スラブへのトラバース部分のみ、ちょっと枝払いしました。)昼飯は2時か3時ごろ下山してから食べると携帯で妻に連絡する。いい加減心身ともに消耗していたのでせっかく担ぎ上げたロープを使う元気がない。でも、さすがにそれでは馬鹿みたいなので、気はすすまないがノロノロと準備にかかる。ガスポケット(溶岩だった時に水蒸気が抜けた跡の穴。)があったからキャメロットで簡単に支点がとれるだろうと思っていたが、使えそうなポケットがないではないか。迷ったあげく結局 隣接した2本の松をアンカーにした。(松の根元にはえていたイバラはかりはらった。)ロープは8ミリの30m。ちょっとこころ細いが、シングルでロープダウン。おっかなびっくりでラッペルし、なんとか中段へ。初登攀では上に向かって右側のリッジを登ったわけだが、我ながらノーロープでよくやったなあ。ううむ。ここから下はラッペルも怖いくらいの垂壁である。ミゾオチまでひきあがった腰スリングでここを降りるのは危険で、しかも8ミリのシングルロープではなんとも心細い。しかたなく初登攀した下に向かって右側の斜面をくだる。30mでは岩下までとどかないかもと思っていたが、なんとか足りた。40mくらいあるかと思っていたが30mちょうどであったか。でも凄いボリュームを感じる。岩下テラスでアッセンダーを首からさげて腰スリングで体に固定し、登攀開始。一旦中段まで登ったが、これじゃあノーロープで登った部分をロープありで登ったことになり、意味がない。そうだそうだ。またラッペルして、ど真ん中の盛り上がった部分で垂直近い部分に挑戦してみることにした。降りるには怖いが、初見から登れそうな気がした部分である。(上に向かって右隣にはややかぶりぎみな垂直部分もあるが、さすがにこれは今回はパス。)横から回りこんだためロープがなにかにひっかかってなかなかこっちにきてくれないのでヤキモキしたが、ある程度登ればひっかかりもとれて たぐれるだろうと期待して取り付く。核心の手前でうまくロープをたぐりよせて上方向から張ることができた。そうなると急に元気がでて一気に突破した。やったぞ。やっぱ登れるじゃん。終了点までも初回に登った右のリッジには逃げず、あえて傾斜のある部分を直上した。(もっともフラットソールではないので、ちょっと左のホールドのある部分をたどった。)アンカーの松の前で下を見下ろしてバンザーイ!やった。この垂直部分まである30mの壁のど真ん中をオンボロ軽登山靴で突破してやったわい。満足。うん。満足。時間は2時。下山にかかる。ヘルメットはザックにさげると藪こぎでジャマになるので、かぶったまま下ることにする。スラブへのトラバース開始地点に戻り、地形図で確認し、思い切ってこのままこの尾根を忠実にたどってみることにした。(偵察なので、この下山ルートにコースサインはつけませんでした。)この尾根にもかつては登山道があったはず。完全に消えた部分もあるが、くっきりしている部分もあった。迷いそうになっては地図で方向を確認しながら、できるだけ岩場や禿地をたどってなんとか下山できた。(わりと稜線の南寄りに通りやすい部分が多かった。)最後の最後で採土場跡があって左にまわりこむ。降りたところにはイノシシのオリ。オリから南に車を乗りつけれる場所があり、林道を南へ。防獣フェンスを開けて閉める。すぐに民家。そしてすぐに車。15時に戻れた。しかし、このルートはザレやブッシュの急坂がひつこく、そっとしておこう。やっぱり登った尾根の方が面白い。次回は、山頂からスラブまでのコースサインを充実させ、スラブ下部から登った尾根(キツネ岩尾根)へトラバースする下山ルートを探ってみよう。なんとか刈り払わずにうまく突破できたらいいが。(そうそう。刈り払わない整備で面白さ抜群の仕上がりにしてやるぞ。うん。こんな方法もありで、むしろこれだから面白いのだと証明してやるわい。)もし、うまくいったら(キツネ岩尾根とスラブだけの1エリア分しかないんだけど。)南アルプスの雰囲気(?)をもった 和気 南アルプス”の完成だわい。しかし、スラブになにかいい名前をつけないといかんなあ。ううむ。清水幕岩。うーん。イマイチだなあ。

いい名前の考察:もっこくスラブ(仮称)にかっこいい名前をつけたくて いろいろ考えてみるが、丸一日 真剣に考えても、なかなかいい名がうかばない。よそからいい名前を拝借するのはもうネタがつきたか? 考え疲れてクタクタになり、ぼーっと物思いにふける。そういえば、昨日 キツネ岩尾根を登っていて、ガサガサ音がしてる方向を見たら、2頭の鹿が“もっこくスラブ”の上を渡って向こうの藪に消えるのを見たなあ。(うらやましい?)だからといって、鹿岩、鹿壁、鹿渡壁、鹿嶋壁。うん?カシマヘキ。 かしまへき か・・・。かしまへき。鹿嶋壁!いいかも。うんうん。よし。これでいこう!(なんか苦し紛れじゃないか。)←まあまあ。(命名するなら名前にたいするこだわりがないといかん。なんてエラソーに言っていたんじゃなかったっけ。)やかましい。あの広大な素晴らしい岩壁が無名であることが残念であり、なにがなんでもその素晴らしさにふさわしい立派な名前をつけたいとコダワリ抜いてのことじゃ。エー格好しいが功名心から無理やりヘンテコな名前をテキトーにつけるのとはワケが違うんじゃあ。(おいおい。)あの鹿だって、もしかして神様が“鹿嶋壁と名づけよ。”という意味でつかわしたものかもしれまあが。あん?(わかった。わかった。)もっこく山の大岩壁は“鹿嶋壁:かしまへき”です。いいですね。皆さん。 ちなみに、ノーザイルで初登攀したのを“鹿嶋壁S字ルート”、フィックスロープで真ん中を突破したのを“鹿嶋壁ダイレクトルート”とします。さらに、真ん中のテラスは“もっこくテラス”(なんか下の岩場がもっこりして見えるので、その雰囲気あります。)とします。クライマーならノーロープで“ダイレクトルート”もトレースできるでしょうが、ステップがポロリといったら即オロクです。(藤本の開拓ルートはハードというよりデインジャーである。という、もっぱらのウワサだけど。)うん。言われるとそうかもね。(おいおい。)

職人芸:11月6日、朝 消防の軽い用事を済ませ、ふと北川病院を見ると20m上の6階屋上から窓拭きのおじさんが、ラッペルしていたので、見学させてもらう。一人での空中懸垂。慣れたもの。さすが職業にしているだけあって鮮やか。ロープは11ミリをダブルで。エイト環ではなく、ヒラリーかんがたくさんついたボナッティ・ロボットみたいな複雑な下降器を使って、ブランコにすわって窓をふきながら下降と停止をくりかえしながら上から下へと窓をふいていく。登り返しはせず、下まできたら院内のエレベーターで屋上へ。屋上のフェンスの壁にはおかしな鉄の輪が等間隔に設置してあったが、これにサレワの安全環カラビナでアンカーをとっていた。そうか。こうするために設置されたものであったか。ロープをフェンスの上から垂らしているので、負荷がかかってフェンスがたわんでいるが、一応 耐久性はあるようだ。それにしても消防士だってそうだが、とび職の高所作業なんかやってる人からみたら、私の岩遊びやロープワークなんて失笑をかいそうだ。実は、大半のクライマーの皆さんですら、ワシもそうじゃろうな。なんて思ってたりして。

鹿嶋壁尾根下降ルート:初登攀したとき鹿嶋壁の下の尾根を直下降(シダ藪で登り返せないほどのひどい急坂です。)して下山したが、尾根の南側には岩壁(フランケ)があり、うまくフランケからキツネ岩尾根に乗り移れればいい下降ルートになる。11月7日、またもやカンカン照りのいい天気。ベルトに水と地図、コンパス、携帯をつけ、暑さ対策にタオルを頭にまいて10:40スタート。ベニ岩にちゃんと立ち寄り、キツネ岩尾根を登っていく。今日は景色も最高で風も涼しく後半の岩場では脱線して景色に見とれてしまった。平日だからか中山サーキットも今日は静かだ。そうなるとここは風情も最高である。南隣の尾根も岩場がおもしろそうで、ここから乗り移るか、谷にある林道から取り付いてやりたくなる。(いつかやってやろう。うん。)鹿嶋壁尾根のフランケを確認したら3つもある。下から 白岩の綺麗な第一スラブ、一番広大な第2スラブ、小さいがすっきりとした第3スラブである。この内、前から気になっていたのが第2スラブであった。これをうまく下降できたらこのキツネ岩尾根に戻るには一番ラクそうであるし、なによりヤリたくなる広大さをもっている。のんびりと頂上についたら一株だけリンドウが咲いていた。携帯で写真を撮る。コースサインの間隔があいた場所に金テープを追加設置しながら肩をまわりこんで13時に鹿嶋壁へ。(ちょっとのんびりしすぎだが、景色と風情のよさに、いそぐのがもったいなかった。)鹿嶋壁の南側から下にまわりこむ。ここから見ると、ホント 何度見ても惚れ惚れする大岩壁である。今現在、キツネ岩尾根には私以外は、鹿とイノシシしか足跡はないし、ここからこうしてこの大岩壁を見ているのも私くらいなものであろう。すごく贅沢なひと時。いかんいかん。また脱線している。ちゃんと下降ルートをさがそう。鹿嶋壁下すぐの第3スラブをやりすごし、岩場をたどると広大な第2スラブの上にあっさりついた。前回はこれをさけてシダ藪を降りたが、今回はかかんにスラブを下降する。下降が困難な部分もあるが、登るだけならノーロープで大胆に突破できそうな40mくらいのいいスラブである。横のシダ藪に逃避した部分もあったが、なんとか下部に降りつく。真下はキツメの急坂の林。谷に向かって横にトラバースしてスラブの端までくると谷はなだらかな林であった。ラッキー!あっさり林をトラバースするとキツネ岩尾根にも岩場があった。超ラッキー!!調子にのって登ったが、岩の上はひどいシダの急坂でこれ以上登るのは大変そうだった。ひきかえして下降し、今度は岩場をトラバースしてみる。かなりひつこくトラバースし、ちょっと微妙な部分もあったが、尾根上そばまで岩場をたどることができた。最後はシダ藪を斜上して尾根上にとびだす。やれやれ。ううむ。どうするかなあ。下降するなら谷をそのまま降りた方がラクに思える。岩場が尾根上まで繋がっていたらよかったのだが、ここまで戻るのはかなり面倒である。しかし、ここから逆まわりして第2スラブを登攀してそのまま岩場をたどって鹿嶋壁に直接登り詰めるのは最高だろうなあ。ううむ。どうする?どうする??とりあえずここに分岐の意味のコースサイン2本をつけて下山する。帰宅したら14時半。おそい昼飯。まだやりたいこともあるが、ルートをどうするか考察することにした。考えること8時間。(おいおい。)まだまとまらない。ホントいい岩場がありすぎて困るわい。もうクタクタ。フロ入って寝よう。

ルート設定の考察:翌日、県庁提出書類の締め切りという大事な仕事の最中もルート設定のことが頭をよぎり、なかなかはかどらなかった。(おいおい。)ルート設定に悩んでいる間中、鹿嶋壁尾根の3つのフランケ南隣の岩尾根だけでなく、山頂から北東にどうだとばかりに見える“奥のスラブ”(じつは、これもかなり以前から気になっていた岩壁で、高さ50mくらいあります。)が私を誘惑しているのである。ああ、くそう。ルートなんてなんでもいいから早くこいつ等をヤリてえ。ハアハア。(もう妄想にかられた変質者状態。)疲労で思考能力が衰弱していると、追い討ちをかけるようにいろんな岩場が誘惑をかけてくる。鈴木ガリー外国山南面の岩場群天神山側面のモルタル岩チンポ岩。あげくには石鎚山から熊山アルプス縦走イモリ岩立石ゲンコツ岩から三石の岩壁兜岩まで登場してきた。がおおおお。いいかげんにしろお!キリがないいい。岡山県南は低山の宝庫。それゆえ、たとえささやかな岩場であろうとアプローチのラクさから、トータルでみると結構満足できて楽しい。私みたいな岩遊びをしだしたら、全然岩山でなくても、もういくらでも対象になる手頃な岩場があり、やってもやってもキリがないのだ。(同様に、薮コギ冒険ごっごもやるとキリがないよ。)これでは仕事にならん。会社の昼休みに山岳会のメンバーだったTに思いをぶちまけることでスッキリし、なんとか窮地をしのぐ。(やれやれ。)夜 帰宅し、落ち着くと頭がまわりはじめた。やはり、自分がガイドする場合のみ、第2スラブ登攀に乗り換えることとし、ゆくゆくのHPでの案内文書はキツネ岩尾根直登で肩を回り込むのを往復することにしよう。また、サブルートとして初登攀のときやったシダ薮直下降での下山方法も紹介しておこう。よし。次回は乗り換えルートを確定し、許可の要らない範疇でチョコっとだけ枝打ちさせてもらおう。(万一、怒られてもゴメンナサイで済むくらいの、あくまでも私個人の“遊びごと”にとどめ、だれもかれもは呼び込みません。ここは、そう。私の“秘密基地”なのです。)よしよし、そうだなあ。第1、第3スラブと南岩稜はあせらなくてもいいだろう。うん。(ちょっとは落ち着いたみたい。)

心配事:11月8日 夜、狩猟のことでいろいろ教えてもらった猟友会リーダーのIさんから電話があり、ウワサのあった保護区の解除を求める署名活動が本格的にされているという情報をいただきました。実は、過去にも何度か保護区の解除が求められたことがあったが、Iさんは以前から度々保護区の解除には反対されてきており、和気アを守ってこられてきたのです。私もIさんに賛成で、なんでも泉のさる御方などは、解除反対の署名活動をしてやると、怒っているそうです。(かの老師Nさんでは? 誰よりも和気アの自然を愛するNさんなら無理からんです。)以下は私にもできることからやってみようと午前2時までかけて書き上げた文書です。たどたどしく、独りよがりの感情的な文章もありますが、“狩猟に関する情報”のページに追記いたしました。

 

和気アルプスは鳥獣保護区で、駆除班の方だけが狩猟活動していることで、

住民、地主、登山者すべてに安全で、自然も保護されていますが、

これを解除するための署名運動がされているとの情報がありました。

害獣被害の軽減、防止が目的だとおもわれますが、

このままでは次回更新の平成2?年あたりから解除されてしまうかもしれません。

そうなると、保護区解除の魅力で他所からハンターがラッシュしてくることは確実で、

絶対に犠牲者がでるから解除すべきではないと猟友会のリーダーも警告されています。

今のような登山者の安全は、保障できなくなりますので、

登山は9月から翌年3月まで半年間の禁止および自粛をせざるを得なくなります。

登山者だけではありません。地主さんだって危険です。

なにより和気中の生徒や山麓の多くの民家が危険にさらされます。

おまけに、春だけの開放では登山者が集中しすぎて、かえって山も荒れてしまうでしょう。

その後は、風情台無しで何年後にか登山者は来なくなり、(私は楽になるでしょうが、)

結果的に自然破壊して荒れた山が残るだけです。

鵜飼谷温泉の利用者もいよいよ減って、場合によっては失業者もでるでしょう。

タクシーもパン屋さんも顧客減少は必至です。(脅すつもりはありませんが、事実です。)

地主さんの気持ちも考えながら、登山者も喜び、文化も自然も守る。

そう誓ってやってきた私の努力はなんだったのか?

しかし、私個人がいくら嘆いてもどうにもなりません。

“山”は利用している大勢の皆さんの善意が結集しないと守れないのです。

今現在、皆さんのおかげで、和気アでは自然保護と登山レジャーの両立ができており、

ふもとの田畑には町からの補助金で、すでに防獣フェンスも設置されているのに、

なぜ今更、住民にとっても迷惑で事件になる危険が高い署名運動がされているのか?

これは疑問です。

害獣被害対策として、有効なのは防獣フェンスであり、狩猟はその補助でしかありません

いくら大勢ハンターが来ようと、狩猟だのみでは、野生動物を絶滅させないかぎり解決にはならず、

危険や事故のリスクの高い割りに、田畑は やはり被害にあい、効果はあまりないのです。

害獣対策としては、防獣フェンスをより充実させるべきで、保護区解除を求める

今回の署名活動は、人間に危険で、自然を破壊し、和気の元気を奪うだけだといえます

考えはなく、“つきあい”で署名した方で、これを読んで再考された方もいらっしゃるでしょう。

もし、反対署名が必要だというなら集めますので、その時はどうかご協力ください。

 

本当に大変なことにならねばいいが。気持ちはそれだけです。

第2スラブからバイパス完成。さらに大同心登攀:11月10日 朝10時スタート。栗畑から沢をトレース。今日もいい天気。暑かったので尾根に登らず、真直ぐ沢沿いをすすんで、沢からアプローチしてみることにした。ところが、すぐにシダ藪となる。我慢してガサガサいくと、ここにも岩にケルンが積んであった。ルートは左側の沢を上にあがっていくが、出会いに金テープをつけて、右側の沢に向かう。この右側の沢は、入り口が滝になっていて、左側のブッシュで巻ける。ここも巻き道に金テープをつける。これでよし。山慣れた人なら、これで沢沿い下りもなんとかなるだろう。ここから沢は単なる急坂の谷になる。左側に岩場が現れた。これが第1スラブかな?いいかげん急坂に疲れたので、休憩がてら位置を確認しようと岩場にあがる。たいした岩場じゃないな。谷も急坂で嫌気がさしたし、どうせシンドイなら展望のある尾根にスイッチするか。なんか今日は行き当たりバッタリだ。バンド状のテラスに這い上がると、前回第2スラブにつけたはずの金テープがある。え?ここはもしかして第2スラブ!?ありゃりゃあ。バテて諦め加減にとりついたのだが、ここがめざしていた第2スラブだった。結果オーライの計画通りになった。そういえば、ここより手前に第1スラブらしいものがあったが、結果としてパスしてしまった。(まあ、たいしたものじゃないし、もしかして初登攀時に降りた岩場がそうだったような気もする。)とりあえず上まで行って、岩場伝いに鹿嶋壁までのルートを確定し、金テープをつける。ついでに鹿嶋壁に隣接している第3スラブを下降し登りかえす。ここもそうたいした岩場ではなかった。どうもキツネ岩尾根から見ると、たいしたことないスラブが凄く見えるみたいだ。第2スラブに戻って下降ルートを設定し、金テープをつける。ためしに下から上までど真ん中を登攀してみた。やっぱそうたいしたことはない。もっと手応えがあると思っていたが、ヘンだなあ。12時 本来の目的であるバイパスのルート設定にかかる。谷間は一度方向をまちがえて枝をはらったが、正しい方向につけなおした。キツネ岩尾根の側面の岩場はとにかくトラバース。ラストのブッシュは獣道(雨水路?)を利用したらうまく突破できたので、これを枝払いしてしあげた。バイパス完成!なんかあっさりできたわい。しかしやっぱりヘンだ。ここから見る第2スラブはどうみても迫力がありすぎて、どうしてもあれを降りてきたとは信じれない。でも、ちゃんと金テープがあるから、やっぱ そうなんだよなあ。あれでいて簡単に降りれて、登攀は物足りないんだよなあ。岩を見る目がおかしくなったのかなあ。 まだ13時なので、南岩尾根大同心(尾根の先端に、独標みたいな丸い岩がスラブの上に載っていて、大仏みたいな感じがあるので、こう呼ぶことにしました。)もろとも登攀してやることにした。次回にまわしたら、また誘惑される。それに、あれだけをヤリにくるのも億劫だ。ここから谷間をトラバースしてスラブ下に取り付いてやろう。バイパス分岐から南面へトラバース。うまいことデコボコの岩場がスラブ状にひろがっており、簡単に下降トラバースできる。だが、うん?真下方向に危険なニオイがするぞ。げげっ!切れ落ちている。それも2、30mくらいの落差がある。うわあ。こんなところにこんな垂直壁があったなんて。なんでもないスラブなのにザレに滑ったら奈落の底に吸い込まれるわい。なんとかトラバースして危険な崖をまわりこみ、谷に入り、コブのある木に金テープをつける。さっきの垂直壁が気になるが、いよいよこれからが南岩尾根の登攀である。気合いをいれなおしてスラブに取り付く。なんかみょうに急に感じる。岩がモロく、棚はザレて木につかまっていないと安心できない。しかも結構 枯れ木があってヒヤヒヤし通しである。なんとかテラスに這い上がり、いったん南側を覘いて見る。はりだした岩の上で下を見下ろすと、乗っている岩が崩れそうな気がして怖くなる。テラスの北側からトラバース気味に斜上していよいよ大同心にとりつく。右側なら楽勝だ。結構マイッテいたので、ここは無理をせず、右を登攀してバンザーイ!大同心の上はささやかな広場になっていて、まるで鷲ノ巣の岩上みたいである。ここからは尾根伝いに岩場をひろいながらゆるやかに登る。ゆるやかなのに、さっきの登攀で消耗したのかシンドイ。適当に登ったら左側に岩場が続いていそうな場所にきた。位置関係からしてキツネ岩尾根に簡単にいけそうな気がしたので、トラバースすると、めざす下降ルートにでた。分岐として金テープをつけておく。大同心はやはり下から登るのはせず、ここからの立ち寄り場にした方がいいだろう。まあ、キツネ岩尾根から見るだけでも十分だ。うん。今回、大同心の尾根には一切金テープをつけなかった。風光明媚な岩場にキラキラしたものをつけたくなかったからである。14時、下山開始。尾根の下降が苦しい。無整備なので迷いかけたり、ガサガサやったりでバイパス分岐もいつの間にかパスしていた。なんとか無事下山し、15時に帰宅する。ううむ。やはりこの山は、普通にキツネ岩尾根を直登して、鹿嶋壁から第2スラブを下降し、バイパス帰還がいい。ピストンはかえってツライわい。(最初と違うけど、悩みぬいたルート設定が解決しました。)逆回りで第2スラブを登攀してもいいが、見た目ほど面白くはないので、下降ルートとすることで満足できる。それに、キツネ岩尾根は、やはり直登が一番楽しく、景色も最高である。よし、とりあえずこれで、完成だ。やれやれ。ところで、前から気になっていたのだが、行く先々の岩場になぜか枝を切った跡があった。(和気アの岩場でもそうだったが。)ううむ。昔、だれか同じことをして遊んだ人がいたということなのかなあ。ああ。先をこされたというか、人のタクラムことはやはり同じなんだなあ。でも、いったいいつ頃したんだろうか?もしかして、マナスル登頂でわいた親父達の青春時代かも。黒くなった切り口が古さを感じさせます。きっと熱い時代だったのだろう。

さあて、今回 大同心までやったので、あとは奥の壁だ。といいたかったのだが、今回発見した垂直の南壁を調べなくてはならん。麓からではよく判らないだろうから、次回もキツネ岩尾根からロープで下降してみよう。まったく。よりによってこんな場所にこんな岩壁があったなんて。こいつもやはりスゴイやつだわい。さすが、和気 南アルプスまたTさんにここのことを訊いてみよう。ああ、外国山と天神山の岩場は来年以降だな。うん。まだまだ何年先もやることいっぱいだあ。

熊除け鈴:いよいよ狩猟期間なので、11月11日、コージツに熊除け鈴を買いにいく。見ると、いろんな種類がある。ダルマ型のシブいのは南部鉄器(NHK朝ドラの“どんどはれ”で知った。)でできていて、おもわず手にとるが、いかんせんズッシリと重いじゃないか。ううむ。面白いがパス。こっちの軽くてお勧めなのは、シャンシャンうるさいただの鈴じゃないか。これなら買うまでもなく家にあるのでパス。(そうそう。無理に買わなくても鈴で代用できるんだ。と、今頃気がついた。)くそう。せっかくここまで買いにきたんじゃから、見た目も鈴よりいいものをゲットしなくては!(なんかムキになる。)こっちのキンキラの鐘タイプはチンチン音が高くて耳障りだなあ。いろいろ悩んで、結局 オーソドックスなカウベルタイプのものにしました。(見た目も割りとシブい。)軽さとコンパクトさで小さめのものにしたので、その分値段も安くて600円でした。カウベルは牧歌的な音色というか、音に神経質な感じがなく、耳障りにならなくていい。(単に私がそう思っているだけだったりして。)うむ。これで安心して藪がこげるか。(空身ではベルトにつけて、藪に引きちぎられないように後ろ(腰)にまわします。)でも、これで野生動物には出会えなくなるかも。ううむ。なんか複雑。

申請書:11月14日、上記にあった保護区解除反対の文章を手直しして、申請書として町役場の産業振興課に提出しました。以下、全文。

申請書

和気アルプスの鳥獣保護区を解除しないようお願いします。

 

現在、和気アルプス(和気富士〜神ノ上山系)には全国から年間数千人の登山客が訪れています。全山が鳥獣保護区で、駆除班の方だけが狩猟活動していることで、大勢の登山者にもかかわらず、住民、地主、すべてに安全で、自然も保護されています。

害獣被害対策が目的だと思われますが、これを解除するための署名運動がされているとの情報を知りました。

 

解除されると、保護区解除の魅力で他所からハンターが大勢集まってくることは確実です。

被害にあう者が必ず出るから、解除すべきではないと、地元の猟友会の方も警告されています。

今のような登山者の安全は、保障できなくなりますので、登山は9月から翌年3月まで半年間、松茸期の入山禁止および狩猟期の自粛をせざるを得なくなります。

登山者だけではありません。よく入山している中小学校の生徒や地主や、地元地区の人にも危険で、山麓の多くの民家や、学校や寺社に被害がおよびかねません。

 

また、春夏だけの開放では、登山者が春に集中しすぎて、結果的に山が荒れて、自然破壊してしまうおそれがあります。山が荒れれば、登山者も減少し、鵜飼谷温泉の利用者も減ります。さらに、和気駅利用者の減少や、タクシー、小売店の顧客減少など、和気町にとって、いいことにならないでしょう。

 

ふもとの田畑には、町からの補助金で、すでに防獣フェンスも設置されているのにもかかわらず、なぜ今さら 多くの住民にとっても迷惑で危険なことになるための署名運動がされているのか、疑問といわざるをえません。

 

自然環境の保護と、人命と財産を守る面で見ても、害獣被害対策として強化すべきことは、防獣フェンスの充実であり、狩猟は現行通りであるべきだと思います

保護区解除を求める今回の署名活動は、人に危険で、自然を破壊し、和気町の元気を奪うことになるのではないかと心配です。

どうか、和気アルプスの鳥獣保護区を解除しないようお願いします。

 

平成19年11月14日

                        和気町和気281−4

和気アルプス代表  藤本 正道

 

独りよがりで感情的な部分をうまくなおしたつもりですが、どうでしょうか。

現在の心境としては、

台所のゴキブリ退治に拳銃を使うようなマネをするんじゃないよ! ワシの大事な人等が巻き添えで怪我でもしたら、絶対にゆるさないからな。”という感情的なものと、

害獣被害にあっている農家のみなさんにも各々事情があるだろうし、ホント大変なんだろうなあ。でも、間違った選択はしないでほしいなあ。”という論理的なものがあります。(なんか複雑です。)

産業振興課のカウンターの上に“知っておきたいイノシシ対策”という冊子があったので、一ついただいて帰りました。これを読んでみると、

@イノシシが嫌がる環境整備。(周辺の草むらを刈る。生ゴミを畑に放置しないなど。)

A効果的な防獣フェンスの設置。(ズボラなフェンスをしない。)

B捕獲・駆除による個体数管理。(駆除班による活動。)

この3つをバランスよく実施することが大切だと書いてありました。

まったく同感です。@とAをサボって、ハンターまかせのBに依存するのは、やっぱり間違っているといえるのではないでしょうか。

なんか、自分の考えを後押しされた気になりました。地区で協力するのは、先の署名活動ではなく、@とAなんですよ。うん。

今年の秋はいつからいつまでなのかな?:11月の中旬になってやっと秋というか一気に冬らしくなってきました。なんか秋がほとんど無かったなあ。(皆さんはどう感じていますか。)でも、ちゃんと寒くなってくれてよかった。と、ちょっとホッとしています。温暖化のせいで、紅葉の名所がサッパリだったという話は年々多くなっていますが、なぜか和気アは他所がサッパリなほど逆にいいような気がしています。今現在、やっと色づいてきたところですが、12月はじめにはとっても綺麗になってたりして。(さっさと散っていたら御免なさい。)

11月16日:11月後半になってまた急に寒くなった。灯油を買いに行き、あまりの高値にたまらず1缶だけにする。今日は天気はよくないが、朝10時から自分の所有地である岩山ルート下部の沢沿いのコブロープを整備しなおす。迂回路を考えたが、以前同様、かえって傾斜がきつい所になってしまうので、諦めてやめた。(ホントどうしようもないのだ。)支点となる木の都合上、コブロープは山側ではなく谷側になっているので、下降はかなり難しい。下側は山側に木があったので、そっちにつけたため、下側でロープをくぐることになる。(今度、ロープをくぐれ。のフダをつけよう。)昨日から狩猟期に入っているので、駆除班のハンターに人間だとわかるよう熊避け鈴(弾除け鈴というべきか。)をつけ、枯葉をはらいながら台三郎谷を登攀する。雨がポツポツきだしたが、フリクションがきくので、ズンズン登る。ところが、藤本壁のセンターテラスで、派手にスリップ。すぐ下のブッシュでとまったが、いつの間にかふんばりがきかなくなっていることに気づく。今回はテラスから右側の直登ルートをトレースしてやるつもりだったが、なんかヤバそうだ。それでも、自分のひいたものがトレースできない訳はなかろうととりつく。チョンづけの黄ラッカーをたどる。なんだかみょうにキツイ。まずいぞ。この分では黄ラッカーを見失ったら行き詰るわい。慎重にラッカーを捜しながらなんとか突破する。(正直、ひさしぶりだったので、何度かヤバイ方向に入りかけた。黄ラッカーがなかったらオシマイだったろう。やれやれ。)稜線にでる。もうカミキリムシのかじる音はしていないが、涸れた松が目につく。けっこうキテいるので、一般道を下山することにした。下山途中のエビ山の松茸テープを再確認すると、大田原側にテープが追加設置されていた。ダンボールに11月30日まで入山禁止と書かれてある。去年は、期限が15日となっていたが、今年は残暑がひどかったせいで30日にのばしたらしい。(こういうふうに気候によって期限が変動するので、私は最長期限である30日までの入山禁止を毎年よびかけているのです。)ああ、15日までだったら、ついでに今日テープを回収してやったのにしかたない。たなびいている部分のみテープをちぎって回収して13時下山する。(これで12月の作業がラクになるといいけどね。)

11月20日:朝9時に町役場にいく。

保護区解除について産業振興課に疑問点を訊いてみました。

危険性について。

・鳥獣保護区を解除して、馴染みのないハンターが来ることで、入山者の人身事故や住民への物損被害は心配ないのか。

心配は、正直あります

・危険性について、狩猟事情をよく知る猟友会に問い合わせてみたか。危険だと警告されたのでは?

はい。そうです

・猟友会が危険だと警告していても、解除するのか。

署名を渡された町としては、仕事上、県へ持っていくだけです。決定するのは県で、反対の意見があることも伝えますし、決定は猟友会などいろいろな方面の意見をふまえた上でなされます

(ゆえに、今回すぐに解除される可能性は低いが、平成25年の更新時に継続されるかが問題とのこと。)

 

効果について。

・地元の馴染みの駆除班が活動しているから狩猟面としては十分なのではないか。

皆の意見としては、どうも不十分とみなされているようです

・鳥獣保護区の解除で、危険等リスクに見合うだけの害獣被害への効果があるのか。

肝心な部分ですが、やってみないとわからないというのが、正直なところです

・害獣被害は、ずぼらな防獣フェンスを直すことの方が、危険リスクなしで、効果があるのではないか。

はい。ただし、やっても壊されたりして、うまく維持管理できない事例もあります(そう。やはり、ここが問題なんです。)

(署名活動した区長さん達も、そういった被害農家の苦悩を見過ごせず、危険は気になるが、狩猟にすがるしかなかろうという判断のようです。)

 

◎ポリシーについて。

・和気町としても、“保護区は解除した方がいい。”という考えなのか。

反対の意見も理解しているので、中立の立場をとっています。

(危険も効果も問題含みでは、当然でしょうね。)

 

法的なしくみについて。

・あとで、“やはりマズイことになったから、保護区に戻してくれ。”と、いっても期限の10年間は受け入れてもらえないことにならないか。

要望が急を要すると判断されたら、受け入れてもらえます

 

最後に、

問題含みの選択をせずに、現状で駆除班の人数を増やすなどするか、たとえ解除になっても銃猟禁止にするなど、皆にとってよりよい解決法を検討してほしいとお願いして帰りました。

それにしても、難しい問題だなあ。答えを急がず、もっといろんな意見をきいて、じっくり考えてみよう

10時から親父の手伝いでコンクリを練り、昼寝してから14時に岩山に例の“ここでロープくぐれ。”のフダをつける。しかし、ここはひどく難渋する部分だなあ。いずれルートをつけなおさないとダメかもなあ。でも、どうすりゃいいんだ?ううむ。まあ、今はこれが精一杯ということで、我慢してもらおう。どっちにしろ全体的にハードなルートだからね。うん。(おいおい。)さらに、15時から、もっこく山の南壁を下見にいく。17時まで麓の林道と国道沿いを延々歩いて観察するが、尾根の裏側になっていてどこからも観察できないではないか。まさに幻の垂直壁である。やはり、ロープ一式を持って、尾根上からラッペルするしかないか。夜、消防の連絡を電話したあと、思い切って和気区長さんに電話して、保護区解除の署名運動について話をきいてみた。結果、危険は気になるが、狩猟にすがるしかなかろうという判断でした。ううむ。問題含みではあるが、区長さん達には開拓許可をお願いしたときに、お世話になったし、対峙するようなことはできない。やはり、まず多くの区長さんから話しをきくことからしていこう。こういった問題は、“偏った考えは禁物”である。とにかく皆の話をきいて、皆にいい方法を捜そう。おそらく時間はあるだろうから焦らないことだ。うん。

幻の垂直壁(?)調査:このごろ急に冷え込んで、観音山山腹の紅葉も綺麗になった。なんとか平年の気候になったように思う。11月23日、気になっていた幻の垂直壁を調査する。昼からは用事があるから、ちゃんと昼飯前には帰ってきてよ。妻の念をおすような一言。(最近、いつも2時間オーバーで帰宅していたので、かなりお怒りをかっている。)朝9時 スタート。栗畑から沢をこえて登山道へ。ふと、横を見たら、左側の斜面に、まるで出雲の玉峰山を思わせるような ボルダーが積み重なった岩場があった。岩の上はどんなんかなあ? つい、好奇心から、ガサガサと横のシダ藪をこいで岩の上に登ってみた。うむ。なかなかいいわい。これなら軽く枝払いするだけで、いいボルダリング場になるぞ。 はっ!なにやってんだワシ。こんなことやってたら、またタイムオーバーで、今度こそ山禁止令が発動されるぞ。ヤバヤバ、まずい。さっさと復帰し、マジメにキツネ岩尾根をトレースする。2つ目のコブを登ったら、いきなりピイイイ!!と、引き裂くような鳴き声。ガサガサと左の谷の方へ逃げさる様子。どうやら鹿らしい。驚いた興奮がさめないのか、何度もピイイイ!と鳴いている。馬鹿め。こっちの方が驚いたわい。目的地の分岐についたら10時。さあ、下山時間をひいたらあと1時間しかないぞ。急げ急げ。気分は国際救助隊サンダーバード。ふと、大同心をみると、尾根下のスラブを、鹿がトラバースしていた。なんかこの山は鹿だらけだなあ。それにしても、今日は中山サーキットの爆音が耳障りだ。いいながめなのに残念。やはり、ここは平日に来るべきだなあ。うんうん。 はっ!なにやってんだワシ。物思いなんかふけってたら、またタイムオーバーで、ホントに今度こそ山禁止令が発動されるがな。ヤバヤバ、まずい。さっそく幻の垂直壁にむかって降りようとするが、あれ?スラブはどこらへんだったけ。しばらくウロウロしてから、なんとかスラブを探し出し、ほっとする。今回は簡易ロープ一式セットをもってきているので、ザックが重く、スラブの急坂下降でフラついてヒヤヒヤする。未知の垂直壁に上からアプローチなんてするもんじゃないよなあ。おまけにえらく下の方じゃがな。なんてブツブツ言いながらも、なんとか切れ落ち手前の松まで到着。ここから見渡すと、下界は枝尾根の裏になっており、どっちを向いても空と山の緑以外なにも見えない。どうりで麓からはみえなかったはずだ。幻の垂直壁といえばカッコいいが、ギャラリーゼロのクライミングはなんかサビシイなあ。ザックを降ろし、まずは東側にまわりこんで観察する。ちょっと離れた下に岩場があったので、乗り移って横から見ることができた。なんとオーバーハングになっている。高さは20〜15mくらいしかないか。でも、これは私には遊べないな。(鈴木さんレベルだ。)ううむ。下から見上げたらどんなんかなあ? 時間と労力の節約を考え、ザックを背負って下降し、下から眺めたら、そのまま谷を下山することにした。ザックに戻り、今度は西側にまわりこんで、簡単そうな岩場を下降する。ところが、前向きで座ると、背中のザックが私を押し出すので、ヒヤヒヤさせられた。最後はちょっとしたアクロバットで切り抜け、無事 岩元に到着。あれ?ここからでは、なんかチャッチイじゃないか。まるでザイテンの衝立岩や観音チンネみたいである。(藤本壁も場所によってはチャッチク見えます。)もう一度ザックを降ろして登り返し、横から観察してみると、高さは15mくらいで、ハングはほんの一部分しかなく、幅もせまい。ううむ。この程度の岩場ならいくらでもありそうだ。唯一カンテが面白そうなくらいで、これだけのためにここまでクライミングしに来るのも難儀である。ここはやっぱりそっとしておこう。うん。(なんか残念。)予定通り、ここから谷にむかって下山する。シダ藪を通らなくても、下草のない部分だけをたどれば、ちゃんと下降できる。ここにも“もっこく”がたくさん生えており、左側の大同心尾根の付け根の先端にも、ボルダリングしたくなりそうな岩場があった。こんなに高度があったかと思うくらい、どんどん下降していくと、いつのまにか踏み跡らしきものをたどっていた。やはりここにも登山道があったみたいだ。踏み跡をたどって沢をはなれると、林道のサラ地が見えた。11時 林道に降り立つ。見ると先日偵察にきた林道の先端(車では引き返しになる場所)だった。ここからあの急坂を延々あそこまで登るのは馬鹿らしい。このルートもそっとしておこう。林道を下山し、車に戻る手前で、運よくTさんに会うことができた。鹿嶋壁という名前をつけたことを云うと笑っていた。さあ、晴れて開拓完了。和気南アルプスの完成だHPをつくらんといかん。(でも、まだ大中山の“奥のスラブ”もやりたいんだよなあ。)帰宅したら11時半。かわいい女房が気になって、はよう帰ってきたがな。といったが、かるくいなされる。

竜王山が火事に:11月22日 夜9時ごろ、竜王山の山頂に火が見えるというので、(何年か前の岩山の落雷火事では和気町の全団員が出動になりましたが、)東備消防と地元の第2分団と本部で、夜中の竜王山登山道にホースを何十本(50本とも言われています。)も繋いで伸ばし、中継ポンプを2つも担ぎ上げて、消火しました。(出火原因は不明です。)しかし、25日 昼前11時に煙がでているということで、また出動して、鎮火したとのこと。どうもお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。じつは、この話を25日の夜になって はじめて知りました。(すみません。)どこがどれだけ焼けたのかどうしても知りたいので、27日に(勝手ながら)第4分団1部部長として焼け跡を確認するということで、竜王山に登ってみました。登山道には、かなり小石が散乱していて、ホースをのばした跡、水の流れた跡、奮闘ぶりがうかがえました。現場は、山頂直下の東面で、50m四方にわたって焼けていました。ただし、焼けたのは下草のシダだけで、樹木は幹がこげただけで、なぜか燃えていませんでした。そして、山頂のホコラとリュウピーは無事でした。焼け跡には御供えした後の空きビンやビールの空き缶などのゴミがたくさん放置されているのが見えたので、また今度ゴミ拾いに来よう。(拾ったゴミを集めて置いた場所に飛ばないように枝をかけておきました。)なお、松茸テープは麓に少しはられていただけでした。今年は猛暑の影響で不作が予想されたせいか、全体的にあまりはられていないみたいです。また、水場として気になっていた(勝手に竜王池とよんでいた)水溜りを、今回ついでに確認しましたが、イノシシのヌタ場になっていました。どうやら、ただの粘土のくぼみに雨水が溜まったものであるらしく、こりゃあとても水場にはならんなと思いました。ああ、残念。そっとしておこう。下山はアタゴ尾根を下降しましたが、ちょっと松葉が黄色になりかけた松が多いのが気になりました。もしかしてみんな松枯れにやられているのかもしれません。心配だなあ。また道標の整備がてら様子を見にこよう。なお、今回ついでに、以前から気になっていた幻のピークの鞍部西面のルンゼ(幻スラブ)を上から偵察しましたが、スラブはザレだらけで、難度も規模もたいしたことはなかったので、そっとしておくことにしました。

開放作業:今回、松茸山の開放作業のために11月30日から3連休をとった。開放と松茸テープ取りと清掃、さらにしばらくホッタラカシにしていた部分(廃道状態ではないかと気になっていた。)の整備をやってしまおう。(ううむ。ちょっと大変だけどね。)30日の午前中は家事の手伝いをし、午後2時から閉鎖ロープの回収をしたが、夕方4時までで打ち切り、半分までしかできず、親戚のお通夜にいかねばならなくなった。夜半になんとかHPを更新する。いよいよ1日。登山者が来る前に開放完了しなくては。(あせあせ!)朝7時から残りの閉鎖ロープを回収し、9時にはなんとか完了できた。(ふう。)ラストに北林道を開放したついでに、気になっていた北林道ルートの大シダが茂っている部分を刈り払いに行き、ついでに神ノ上山頂のノートを更新することにした。案の定、大シダ地帯はほとんどヤブにうもれていました。(ううむ。泣かされた人がいたのでは。)おりゃあああ。バッサバッサ。通行可能にし、上で一息つく。うん?なんかあっちに岩場があるぞ。岩の上に立つと、ここだけ展望がひらけ、しかも足元は垂直に切れ落ちていた。高さは8mくらいか。ちょうど尾根の突先で、大シダ帯はここを回避する部分であった。まいったなあ。まさかこんな樹林帯の真ん中にこんな大岩があったなんて。(ホントに意外でした。開拓時は大シダの中にルートがあったのを最初に発見し、刈り払いに必死だったので、この大岩にはまったく気づきませんでした。)今更ながらの新発見に呆れるというかなんというか。(つくづく相棒はスゴイやつだわい。)調査したいが、子供と昼食の約束をしているので、先を急ぐ。さっさとノートを置いて来よう。ところが、迷いピーク周辺の倒木処理に時間を取られる。ギコギコやっていると、登山者がパラパラと現れた。(かつて3週続けて通ったというTさんにもお会いしました。)まいったなあ。またもや正体バレバレ。12時、山頂には幸い誰もいなかったので、すばやくポストのノートを更新する。ここも、いつの間にか廻りの木が茂ってきている。(そのうち展望がなくなるかも。)いつかまた、暇なときに伸びた分だけ展望伐採してやろう。子供に13時までには帰るから待ってろと携帯電話をし、急いで下山。大シダ帯の下で木立ごしに大岩を確認するが、調査はまた今度だ。植林帯にももっと金テープをつけてやらんと迷いそうだし、また整備兼調査に来よう。正直、ちょっとくたびれたので、午後は体力セーブとして自宅でフダ板の穴あけをする。おっといかん。夜は消防団の操法練習があったわい。もう。なんやかやでくたびれるなあ。そして、2日、朝8時から11時までかけて縦走路の松茸テープを撤去する。昨日以上に登山者があり、例によってまたまた正体バレバレ。(もうどうでもいいや。すきにしてくれい。)やはり張られたテープは少なく、間ノ峰と岩山とエビ山だけであったので、レジ袋2杯で、早々と本日、松茸テープ撤去作業を完了できました。時間があるので、観音山のゴミ(これもあまりありませんでした。)も回収し、遊歩道と温泉駐車場のゴミを拾いながら12時 車に戻る。(ゴミは温泉に捨てさせてもらいました。)昼からは、コブロープの劣化と大シダが茂っていないか気になっていたコウジングロエリアを整備しに鎖を背負って行く。宗堂池で隠しルートを下山してきた(朝会った)登山者に出会ったので、シダが茂って廃道ぽくなかったか訊いたが、風情があってよかったとのことよし!やっぱ小シダを刈るのは辞めよう。やはりいらぬ世話だ。うん。(自分がラクしてサボった方が、山にも登山者にもかえっていいのだ。)よし、コウジングロに集中しよう。アプローチ部分の倒木をよけていて、なぜか右手のくすり指をひねる。ずはー!激痛。折れたかと思ったが、なんとか動かせる。痛みをペテンにかけながら取り付きの大シダを刈る。コブロープは下側のは無傷だが、上のは擦り切れて切断寸前だった。おおお。危なかったわい。さっそく、鎖につけかえる。(アンカーは松の木のままです。)下のコブロープの方はまた今度でもいいか。黄ラッカーを上書きしながら登攀し、ザックをおいてトラバースから奥の岩まで刈り払って整備する。やはり大シダ部分は廃道ぽくなっていました。(いかんなあ。ここも泣かされた人がいたと思う。)ぬおおりゃあああ。バッサバッサバッサ。根性で通行可能にし、縦走路まで登って一息つく。もうついでだ。小屏風も整備してから、16時半にザックに戻る。やれやれ。暗くなりかけた一般道を宗堂池に下山する。ここの斜面と麓のアプローチ部分には御大師山と同じく松茸テープがあるが、いずれも隠しルートなので、ガイドロープの代わりとしてそっとしておこう。(暇があったら撤去してもいいが、まあ先回しでいいだろう。うん。)夜になってひねった指がうずきだす。読めなくなった道標の更新がぜんぜんできていないけど、とりあえず、廃道復活まではできた3日間であった。ふう。いてててて。(分岐の道標がわかりづらいのは、やはりマズイから、次回は分岐の道標整備だな。うん。)これからの課題は、ええっと。道標更新。イノシシプレート更新。金テープ、黄ラッカーのコースサイン更新。(ここまでが、全山対象。うえええ。)あとは。北林道の大岩調査。麓から鈴木ガリー登攀。(こっちを先にヤリたいわい。)そして井戸さがし。まだまだいろいろあるなあ。

鈴木ガリー登攀:ああ、早く鈴木ガリーをヤリてえ!ハアハア。(夏からずっと誘惑されている。)よし、もう我慢の限界。やるぞ!やらなきゃならんことは他にもイッパイあるけど、やるったらやるぞ。(もしかして、ついでにできることがあるんじゃない?)ううむ、そうだなあ。たぶんノーロープでなんとかなるだろう。 そんなら、整備道具を背負って、涸沢峰の道標整備とイノシシプレート更新をついでに片付けよう。よしよし。(なんかナメてるなあ。)12月6日、今朝の気温は氷点下3℃。いきなり完全な冬になってしまったみたいだ。きれいな紅葉もどんどん落葉になっている。犬の散歩をすませて、9時半に霜の降りた中を鈴木ガリーに向かうが、更新するイノシシプレートを忘れてきたので、取りに帰り、10時から再スタート。霜がとけて雨のようにふってくる。沢は倒木がひどいが、ナメ床の風情ある涸れ沢なので、なんとか忠実にトレースする。ところどころ苔むした古い石垣の堰堤があり、かつての人と山の係わりの深さに思いをはせる。ガリーへのアプローチは大きな石垣の堰堤を登って終わり。なんかあっさり来れた。地形図で同定すると、ここは二股の出会いで、右は間ノ峰との鞍部にあがる沢左の緑色に染まった急坂ナメ床の涸れ沢が、めざす鈴木ガリーである。滑りそうだが、ホールドが豊富なので、グングン登っていける。途中でまた二股になるが、ひらけた左を登る。(あとで、間ノ峰から観察したが、どうも右は消滅してザレになるようだ。)視界がひらけ、長大なガリーが全貌をあらわす。おお。いいじゃないか。ボリュームも難易度もモロ私にオアツラエだ。しかし、100mくらい高度をかせぐと、さすがに油断は禁物になってくる。なにより、今ここで滑落したら、誰にも発見してもらえない。(いつものことです。)多分、イノシシや狸の餌になってバラバラ白骨体になるのだろうなあ。うう、ブルブル。生きて帰りたきゃ登るしかない。いくぞ!  なんだ坂。こんな坂。 最後は軽いブッシュになり、その手前のザレに泣かされたが、山頂の縦走路に辿りつく。ちょうど反対側はホダカガリーである。ううむ。思ったよりいいバリエーションルートだった。温泉からダイレクトにここへ詰めあがれるのだから魅力的といわざるを得ない。麓のアプローチの倒木をちょっと通りやすく切ってやれば、最高なんじゃなかろうか。うんうん。しかし、今日はいい天気だ。涸沢峰で道標整備とカラピーつけをしたが、あんまり気持ちいいもんだから、ちょっとのんびりしてしまった。いかん。登山者がくる。平日なのになんかぎょうさん来るではないか。穂高山にもどり、縦走路のイノシシプレート更新は後回しにして、だれも来ないであろう天神尾根を整備する。下降禁止フダを上書きし、核心部の黄ラッカーを上書きし、金テープを更新しながら下降する。天神様の手前まで整備して引き返し、薬師山の西面スラブを確認する。(幻のピークの鞍部西面の幻ルンゼ同様、)たいしたことはない。ザレがひどいし、これもそっとしておこう。午後2時半 薬師山山頂にヤクピーをつける。よし、こんなところか。うん?なんか7、8人のパーティーが天神尾根をこっちへ降りてきているぞ。ううむ。無茶するなあ。(ヒトのこと言えんけど。)石切場跡地で、挨拶したら、正体がバレた。いい加減バテて、ドームに帰還すると、時間は3時半。よく考えたら、水を車に忘れてきていたし、整備に夢中になって昼飯も抜いていた。(家に帰るのも忘れていたが、今日は無人なので怒られずにすんだ。)縦走路のプレート更新は次回にして、水ほしさに下山する。4時に車にもどり、水にありつく。日暮れまであと1時間ある。よし、鈴木ガリーのアプローチの倒木処理をしよう。忘れない内にルート確定だ。車をどん詰まりまで乗り入れ、方変しておく。松茸山の白ヒモをくぐって沢に入る。倒木と枝をはらって通りやすくすると、沢のナメ床がいっそう風情あるものになった。ちょうど1時間で整備完了。薄暗くなった沢を、金テープをつけながら下降してもどる。ちょっとキッチリやりすぎたかな?これじゃあ一般道みたいである。(ここは松茸テープをキッチリ張ってあるくらいだから、来年の秋に地主さんに見つかって怒られるかも。)いかん。許可なしのバリエーションのつもりが、やりすぎたわい。(本当にヤブコギゼロの状態になっちゃった。)まあ、やったのは全て沢スジの中だけだからゆるしてもらおう。そうだなあ。またそのうち金テープを間引いて回収し、来年の秋までには痕跡のすくないバリエーションらしくしよう。帰宅し、真っ暗な中を、また犬の散歩をする。

穂高山北壁ガリー:“鈴木ガリー”というのは恥ずかしいから、“穂高山 北壁ガリー”にしてほしいとの鈴木さん本人からの要望がありました。(ホントにもう!どこまでも謙虚ですねえ。)まあ、こういった場合、初登攀者には命名する権利がありますし、高低差100mの本格バリエーションであるこのルートには ふさわしいカッコイイ名前だと思うので、了承いたしました。――――が、しかし、このガリーがある無名の谷を、登山者としては初遡行者である私が、“鈴木谷”(すずきだに)と命名しておりますので、“穂高山 北壁ガリー”の愛称は“鈴木ガリー”です。(どわっははは!鈴木さん。どう転んでも負けですよ。もう あきらめてください。うんうん。)12月13日、午前中は家事をこなし、午後からは、鈴木谷から鈴木ガリーになる出会い部分から右の“間ノ峰鞍部へのガリー”を調査した。ガリーの高低差は60mしかないから、もしかして下降できれば、コンパクトな周回コースができるかも。よし、いくぞ。間ノ峰鞍部へのガリーは、2mくらいの石垣登りからはじまる。行く手はオオシダのトンネルだが、ちょいとくぐると、いきなり高さ5、6mの涸れ滝になる。右横からも流入ラインがあり、ジョウゴの中にいるみたいである。まとまった雨の後なので、今日は岩がまだ濡れている。すりへった靴が、やたら滑って くじけ加減であることと、ホールドは豊富だが、やたらモロくて すぐにポロリといきそうなので、単独で登るにはためらう。ここからはアクロバット気味に立ち木にしがみつきながら左をまいて、そのままガリー右岸のブッシュを登攀することにした。ブッシュは、まばらな立ち木がある程度だが、ザレたひどい急坂なので、かえって困難なくらいである。すぐに視界がひらけるが、なんか荒地といった雰囲気で、困難さのわりに風情がない。ガリーの中もザレており、ところによってはかなり急なので、鈴木ガリーより短くて目立たない場所のくせして、やたらハードである。このガリーを登攀して面白いというには相当の根性がいるわい。これじゃあ鈴木ガリーを登攀した方がラクなくらいだ。当然、下降は無理。やれやれ、あてがはずれたわい。ガリー上部は右側にいくつも枝分かれして、ザレ急坂の荒地をグネグネと深く刻んでおり、まるで第一次大戦の西部戦線の塹壕みたいだ。先日、稜線から偵察下降した部分を確認できたので、全貌を見れたとしてひきかえす。ううむ。このガリーは使えない。早々と調査完了し時間が余った。残念な結果でくやしいので、コシダの中をトラバースして鈴木ガリーにむかい、ザレに消えると思われていた右ガリーを確認することにした。おお、うまく枝分かれする部分にたどり着けたわい。まだ岩がぬれていたので、左岸のブッシュを立ち木にさばりながら登攀する。(ガリー右岸の鈴木ガリーとの中洲地帯はザレたひどい急坂で、かなり危険。)ガリーは細く、ちょっとザレ気味ではあるが、消えることなく続いている。おやおや、意外だったなあ。上部では岩が乾いてきていたので、ガリーに入って登攀することにした。うん、靴が滑らずに登れるわい。この右ガリーは狭い感じがあるが、鈴木ガリーよりも傾斜はキツイみたいだ。いよいよ稜線が近くなったころ、ザレと部分的な濡れに加えて傾斜がきつくなった。まるで壊れた屋根瓦を登っているみたいで、いつかの竜王山バットレスの滝沢スラブを思い出す。安全策をとって右にエスケープ。立ち木にさばりながら登ると、上にコブ状の岩があり、どうやらそこが終了点みたいだ。右側を斜上したら縦走路にでた。うん?ここはドームの付け根ではないか。ありゃまあ。ここへ出たか。ううむ。鈴木ガリーが開放的で、やさしいのに比べ、ちょっとキツクて狭いが、ドームへの直登ガリーか。なんか これも魅力的である。(ホダカガリーもドームに向かった左ガリーがあるが、手付かずになっています。その内調査すべきかなあ。ああ、キリがないなあ。)またいつか天気がよくて、岩が乾いた時に再挑戦してみよう。鞍部ガリーは使えないが、こっちの“ドームガリー”はなんとか楽しめそうだ。最後に穂高山頂から鈴木谷に帰還できないかさぐってみる鈴木ガリーの右岸の尾根がまばらな立ち木のブッシュだったので、この枝尾根上を下降してみることにした。(行き詰らなきゃいいけどね。)ザレを立ち木につかまりながら下ると、コシダ帯になってほっとする。ブッシュがキツクなるが、ザレよりマシなので、ドンドン下る。このままだったら苦労はない。クライマーの撤収ルートにできそうだ。ところが、いよいよ取り付きの石垣の出会い近くになってから、ザレをかぶったスラブになった。(いやな予感 的中。)弱点をひろいながら右にトラバース。ブッシュに入って下ると、すぐに石垣の出会いに降り立てた。(やれやれ。)でも、ラストのザレスラブを早めから右にかわしていれば、困難ではない。もし、下降するならガリーよりこの枝尾根上がお勧めであるが、でもまあ、そっとしておいて、緊急脱出用のエスケープルートにしておくのがよかろう。うん。(ちなみに今回は、コースサインはなにもつけていません。)時間的には早いが、結構キツかったので帰宅する。夜になって、腰が、足が、あちこちひどい筋肉痛。あだだだ。急坂だらけだったので思った以上にこたえたわい。

切られたコブロープ:兵庫県から来られたKさんから、岩山エリアに設置されたトラロープで、コブロープが2箇所、鋭利なもので切られていたとのメールがありました。(まったく。地主の私の許可もなく、誰が何のためにやったんだい?)12月19日、確認しにいく。1箇所目、Kさんが結んでくれていたのを発見。ここは、これで問題なし。2箇所目、これも誰かが結びなおしてくれていました。ううむ。“捨てる神ありゃ、拾う神あり。”ですねえ。イタズラや破壊工作をするクソ野郎(おいおい。)がいる反面、私に代わって修復してくれる理解者もいるのです。(ありがとう!)Kさんと、結びなおしてくれた方に感謝いたします。切れ端が残っていたので、とりはずし、沢沿いの迷いそうな部分につけてやると、なんかいいものになりました。まあ、いままでに、何度もいろんな場所で、ロープを切られたり、道標を壊されたりしましたので、“またか。”といった感じです。たとえ地主さんの許可をとっていても、よくあることなんです。いろんな人が入山しますので、いろんな思惑があるのでしょう。たいていはナタでぶちきる手口なので、以前からそこを山菜取りかなにかで、隠密に利用していた方ではないかという気がします。言わせれば、“(俺の土地じゃないけど)俺だけが、ここでいいことしてたのに、こんなもん付けて、他人をゾロゾロ呼び込みやがって。”といったところでしょうか。または、他人の土地なのに、自分の土地だと勘違いしている方かもしれません。(以前、たのみもしないのに、松茸テープがはられていましたからねえ。ううん。その可能性 大かもね。)いずれにせよ、もうカリカリはしません。尊敬する開拓者が言われていた“わかってないね。”で、整備していくだけです。うんうん。

大中山岩壁の偵察:12月24日、昼1時から3時間かけて、以前から気になっていた“大中山スラブ”を偵察縦走する。小林牧場の中を通り抜けるようにして林道を車ではいる。水引きの滝の出合いの上を電線が通り、尾根上に鉄塔がある。この鉄塔への整備された道をたどればいいのだろうが、どこに登山口があるのか知らない。ええい、探すのがめんどくせえ。適当なところを藪コギしてやれ。沢を対岸に渡るように林道が分岐していたので、そこに駐車して、沢へ向かって歩き出す。ううむ。ここまで牛糞くせえ。汗をかいたらニオイが移りそうだ。イバラを誰か(地主?)が刈っている。沢を対岸に渡ると、下草のない森林斜面である。これなら楽勝と登りだすが、落ち葉の下はザレており、ふんばりがききにくい。やがて小シダになって岩場もでてきた。下に車が見え、稜線に鉄塔も見える。鉄塔と222.8三角点の中間くらいの稜線にでた。風のおかげで牛臭さはなくなったが、今度はバオオオン!!キュキキキー!キュキキキー!と中山サーキットの騒音が興ざめである。稜線上にはやはり踏み後があり、軽い藪コギを楽しみながら縦走できる。しかし、ここから目指す岩壁はちょっと遠いなあ。おまけに何度も登り降りしなくてはならん。三角点を過ぎ、次のピークを越えるとまだまだ先にかなりのアップダウンが見えて、ちょっとウンザリ。しかし、町境になっている3つ目のピークは、ゴーロを重ねたようになっており、南面には8mくらいの岩壁も切れ落ちていて、なかなかいいものがあるではないか。ピーク先の鞍部にはこのピークをオミットして町境をたどる分岐(観音寺山から縦走してきたなら絶対さっきのピークに立ち寄るべきである。)があり、テープがついているが、ルートは大シダに隠されてしまっている。観音寺山整備の名残りで、ここから先は縦走路にはテープのコースサインが続いている。4つ目ピークの肩には北面に岩場があり、緑の樹海を俯瞰できる。なだらかな肩を通過し、右手に派生したピークを確認する。そう、このピーク南側直下にめざす大岩壁があるのだ。分岐らしきものはない。適当に潅木帯を突破する。鞍部を越えてピークへ。最後は ちょっと左にそれたが、南寄りの岩場で、いい場所にでれた。この岩場を右にトラバースすると大岩壁の岩頂とテラスの分れである。とりあえず、テラスに向かう。おお、思ったより広いではないか。大テラスである。ここから岩頂までは7mくらいのボルダーみたいである。ロープがあればフィックスして遊べるが、今回は持ってない。テラスを横切り、反対側から岩壁を調べる。おお、垂直だあ。ガザガザだが、スラブじゃあなくフェースだ。しかし、落ち着いて観察すると、高さは20mくらいしかない。しかも、ガザガザしている分、ポロポロいきそうである。ううむ、ここもそっとしておくべきか。これだけの岩場をもったいないが、アプローチのわりにあっていない気もする。もし、ハイキング縦走する人がいたとして、ここを知らずに縦走路を素通りされるのが、ちょっと悔しいので、アプローチに金テープをつけるもちろん控えめにつけたので、初心者にはたどれまい。(といっても、初心者は縦走路にも来ないよ。たぶん。)さて、あとは370ピークの先まで縦走して鞍部から谷をエスケープするだけだ。しかし、なかなか距離があるなあ。ところどころ岩場があるので、立ち寄って眺めを楽しむ。鞍部への下降でルートを見失いかけたが、トラバースして思惑通り復帰できた。鞍部は下草のない林で、池のある沢めざして下る谷もなだらかである。谷には行く筋も切れ込みがあるが、歩きやすい場所を下へ下へ降りていけばいい。やがて左から右に水流のある沢に合流する。ためしに右を偵察するとどうやら池みたいだ。正面は藪だが、これを登れば林道のはず。初めての藪コギらしい藪コギを20mほどすると、あっさり林道にでた。池からは大岩壁が間近に見える。ううむ。これなら池の土手から枝尾根を藪コギした方がラクだったか。まあいい、わりと楽しめた。林道は池の下で崩れて工事中であった。(車両は通行不能です。)車にもどると、また牛ちゃんの香り。(汗をかいた服や湿気た地図にまでニオイがついてしまったわい。)ああ、今日歩いた尾根の縦走は、なかなかの内容なんだけど、牛糞の臭いと騒音がネックだなあ。アプローチも小林牧場を突っ切ることになるし、やはりそっとしておこう

バチが当たった?!:女房が入院しているってのに、結婚記念日に山に浮気した報いか、26日に嘔吐下痢症になり、2日間休むことになった。おそろしや女房の怨念。

ドタバタの年越し:例によってまた紅白を見ながらこれを更新しています。ううむ、おととい昨日の夜警でくたびれているので頭がまわらん。今回はリンクのコラムを久々に更新しました。07年(平成19年)はあと1時間。では皆さんよいお年を。

これより08年。

北面のぞき岩整備2008年になった。いよいよ開拓完了で、“開拓の10年から整備の10年へ。”といった感じだ。1月6日 朝の3時間で、北林道ルートの植林帯のコースサインと道標を更新整備がてら、以前発見した“のぞき岩”を整備した。昼からは2時間かけて観音山の道標整備と行方不明のエビピーとカンピーをつけた。(これで、あと行方不明なのはエムピーだけになったと思う。)もともと 北林道ルートは、佐伯天神山と和気アをハシゴするのに利用価値があるていどで、はっきりいって見所に欠ける。なんとか見所をもたせたいと思っていたら、去年暮れに、植林帯に降りる前の大シダ地帯の上(鷲ノ巣もそうだが、大きな岩場の下部はなぜか大シダが茂っているもんだなあ。)に、落差8mくらいストンと切れ落ちて北方面の展望もいい岩場を発見した。まあ、大した岩ではないので、これを整備するかどうかで悩んだが、寄り道としては距離20mのゆるやかなものであったので、思い切って整備することにした。この岩場は、和気ア全体ではなんでもない岩場であるが、一面樹林帯である北面においては、ちょっとしたスリルが楽しめる貴重な岩場である。縦走してきて最後のお楽しみにどうであろうか。(茶を濁すだけだったりして。)←たしかにね。 南から縦走して来たら、凄いのを経験した後だからツマンナイだろうなあ。もっぱら北から登ってきた人専用の立ち寄り場とすべきだな。うん。

和気が県北より寒い理由:2月10日の山陽新聞に記事がのっているのを偶然見ました。それによると、やはり盆地的な地形のせいだということです。また、他の地域より日照時間もながいらしく、放射冷却による寒暖差が大きいそうです。さらに、アメダスが設置されている場所が冷え込む場所にあるとのこと。過去データとの比較のため、同じ場所で継続しなくてはならないので、もっとあったかい場所に移動する訳にはいかないそうです。どうやら岡山のミステリー(?)は当分続きそうです。

松枯れ:和気アでは例年になく多くの松が枯れています。去年がひどい猛暑と残暑であったせいか?それとも、かれこれ2年ほど薬剤空中散布を止めているせいなのか?(やっぱり薬剤空中散布はしたほうがよかったのか?) 以前、人が踏み込まない岩場に来て見たら、古い切り株があって、かつて先人がいたことに驚いたことが何度もありましたが、じつはこれらは松枯れ対策の処置がなされた跡だったようです。昔から松枯れはあって、枯れた松を放置すると拡大することが判っていたので、地主さんが見回っては枯れた松を伐採し、切って麓に搬出し、薪などにして焼却していたそうです。(山中で焼いた跡もあります。火事の危険からいうと、切って重ねた木に薬剤をかける方がいいかも。)かなり大変な作業をし続けてこられた訳で、地主さんの高齢化などで こういった山の手入れができなくなった時点で急に松枯れが拡大し、仕方なく薬剤を空中散布するという荒業にでたというのが実情のようです。しかし、ほとんどの地区では費用負担や自然破壊の問題があるわりに松茸がはえてこず、散布を中止し、あとは地主さんの意思にまかせているようです。(松茸産地として有名な場所ではまだ空中散布もされているとの話もきいています。)いずれにせよ、人が素晴らしいと思える松林は、人が維持管理しているから成り立っているのです。(有名な松原だってほっとけば松枯れにやられて全滅です。)ただ、自然のしくみを考えてみたら、松はやせた日当たりのいい場所を好み、自身が繁殖して土地が肥えて日当たりが悪くなるとほかの樹木にとって代わられる運命にあるようです。(要は森林の拡大先駆者の役目を担っている。)そして、いつまでも他の樹木に交代しないのは、森林拡大の仕組み上よくないので、松枯れがその役目を担っているみたいです。(人間の感情では“悪”そのものでも、自然界での存在意義“役割”がちゃんとあるということです。)若い細い松には原虫媒介者のマダラカミキリも入りませんから、たとえ古い松が全滅しても、その時点でカミキリムシも棲家がなくなって激減するでしょう。和気アの貧土壌では松しか生えれないような場所が多く、松枯れしても、結局は新しい松が生えてくるだけかも。10年たったらまた次世代による松林が復活するのかもしれません。そうして見ると、(松茸の生産目的をぬきにすれば)松枯れはほっとけばいいのかなあ。(ううむ。どっちにせよ私にはなにもできん。でも、自然はうまくできているからまかせとけばいいのかも。)←単にサボれるかぎりサボりたいだけだろ。(じつはそうなんだけど。)

ちょっとご無沙汰:かれこれ1ヶ月 山に行っていない。仕事が昇格時期(ええ!冗談だろ?←いや、マジなのよ。←オハヨー乳業はひどく人材が不足してるんだな。←うるせえわ。)にあって引き継ぎやプレッシャーがあるのと、消防団の操法練習があるのと、親父の手伝いで休みがつぶれているのとで、ちょっとお疲れモードなのもあるが、開拓なしの整備だけではちょっと寂しいせいもある。まあ、ちょっとひやかしてみようかという山ならいくつかあるのだが、和気アをこれ以上ほったらかしてまで遊ぶことはできない。松枯れが今期はひどく心配だし、はやく道標をきっちりしなくては。竜王山山頂のゴミ拾いや周辺整備をしたいし、M2にエムピーをつけて東平尾根の整備をしなおさなくてはならん。そうそう、井戸さがしも。そんな折、2月10日から3連休をもらった。しかし、一日目は親父の手伝いと子供のお迎えで終わった。二日目は消防で2週間前から行方不明の老人捜索で室原地区の山狩りをし、また親父の手伝い。三日目も親父の手伝いに終始し、夜は操法練習。結局、消防と手伝いに全て潰えた。はあああ。まだ親父の手伝いはあと一日はかかりそうだし、操法も3月2日の町大会までは頑張らねばなるまい。(すみませんが、整備の続きは来月までまってくださいね。)本日 13日は朝からひどく腰が痛く、首や足などあちこち筋肉痛で、頭痛もしている。(これを書いてるのもつらい。)

捜索での山狩り:消防団で、はじめて山狩りなるものを体験した。行方不明の老人をさがす目的ではあったが、残念なことに発見にはいたりませんでした。(じつは、本当にこの山に入ったのかどうかも不明なので、まだなんとも言えません。)地元消防団、本部、分団幹部はかれこれ2週間 毎日あちこちを捜索し続けて疲労困憊しているので、祝日返上による全団員召集での山狩りに最後の望みを託したみたいである。すでに地元の方も一度ならず分け入ってはいるが、大勢の目があれば見過ごしたものを発見できるかもということらしい。しかし、その日も地面が凍りつく寒さのきびしい朝だった。(遺憾ながら、もし発見できてもこれでは生存は疑問。)炊き出しの地元協力も今日は200人くらいの大勢相手なので大変である。(すでに区費も底をついたというウワサで、町が炊き出し経費の負担をしているらしい。)私と分団長Nさんは山屋なので、ことあるごとに読図と相談をしながら30人の中隊で山に分け入った。しかし、はじめての場所で土地勘がなく、展望のないなだらかな山頂でピークが不明瞭であった。オマケに渡された地図のスケールがわからず、距離がよめないのでコンパスで方向を確認するも当初めざす予定だった斜面にはたどり着けずに迷い、ここだろうと下降したらNさんが前回の捜索で見たことのある池にでくわしてやっと現在地がわかったという状態であった。(山頂の池の放水路をたどれば行けるだろうという思い込みから水路ばかりを見て、いつのまにか水路が鞍部をこえていたのに気づかなかったのが迷いの原因であった。)大勢のみんなに余計な負担をかけないようにするために、また、山慣れないほとんどの皆に無理をさせないようにするのにかなり神経をつかい、時間もかかった。長靴での岩場通過は危なっかしく、はぐれないように団子になっての行動であったので、大勢であっただけ逆にうまく捜索機能を発揮できなかった感じもある。かく言う私も、迷いはじめた時点からみんなを無事に下山させることに気をとられて捜索どころではなかった。こうしてみると、かならずしも人手をたのめばいいというものではないのだということを痛感した。もし、こんな山の素人が危なっかしい足元で大勢で山狩りをするなら、かなり綿密なお膳立てが必要である。そんな計画的にはできないというなら、小隊ごとに土地を知った者が誘導できるようにガイドを配備し、あらかじめ皆の足元装備をきちんとしたものにしておくことだ。また、まれにいる山慣れた者が勝手をしないようにクギをさしておくことも大事である。(かく言う私が“おい藤本。勝手に先にいくなよ。”と一番最初にNさんに言いわたされました。)今回は、どこを捜索するのかも知らされてなかったので、当日朝、現地集合してから山狩りをするときいて装備のいたらなさに心の中でうなった。これでNさんがコンパスをもってきてなかったらもっとヤバかった。もらった地図は何分の一かわからなかったし、他所の中隊もさぞかし苦戦したと思う。いずれにせよ、山での捜索活動は大変なのだ。また、だれにでもできる(させれる)ことではないのである。今回、探すのは地元の人であるので、捜索費用の請求はないとのことだが、これが他所から遊びにきた登山者だったらそうはいくまい。くれぐれも山は遭難禁止である。

やっぱり痩せよう:バカバカしいと思いながら“デスノート”なる映画を見て、探偵エルのマネをしようとイスの上でヒザをかかえようとしたら、腹がつかえて両膝を胸までかかえることができないことに気がついた。娘達に笑われただけでなく、ここまで腹がじゃまになっていることが正直ショックだった。そういえば、最近やたら馬鹿食いしているし、山に行っていないし、足腰がすぐ痛くなる。左膝はすでに痛めているので、さらに腰をやるといよいよまずい。やせよう。うん。まずは馬鹿食いと間食をやめよう。操法予選に勝ったので、町大会への練習をちょっとハードにやってみよう。問題は仕事だな。くたびれて眠そうにしていたら、また昇格しそびれるかも。それもマズイなあ。ああ、どうしよう。ええい。今は痩せるほうが大事だ。(そうかなあ?)

やっぱりクタクタ:操法の成績がよくなったのがうれしくて、19日夜は10回くらいぶっとおしで、練習した。ちょっと春めいたのか凍えるような夜ではなく、体もよく動く。消防の神様と言われているTさんからも良くなったとおだてられて、本番と同じに走りまわって、汗だくになる。よし、これでやせられる。一石二鳥だ。ここまで出来るようになると練習も苦痛ではなくなるし、気分的に楽しい。まるで健全な“夜遊び”である。練習後、機庫でMくんと休憩していたら、Tさんが上がりこんできて、ラーメンを食べだした。さらにたこ焼きを一袋全部チンしてしまった。山盛り2皿にもなったので、さすがのTさんも食べ切れない。“おお。藤本も食え食え。”しょうがないなあ。じゃあ一つだけ。パク。うん!?これ、うまいがな。パク。談笑しながらパク。さらにパク。わははは。パク。パクパクパク。――― はっ!! いつもの習慣でたいらげてしまった。うおおお。せっかくのダイエットが台無しじゃあ。 翌日。あだだだだだだ。体中が筋肉痛。眠くて事務仕事がまったくはかどらん。仕事中なんべんも空想の世界を行き来した一日であった。(だめだこりゃ。)

思いわずらい:メンタルヘルスに気をつけないといけない。最近の人間(特に私等世代)は、ストレスが原因で、やたら自殺しているのだ。かく言う私も昇格できるかどうかのストレスや、子供の成績低迷や、消防団の若手不足(特に今の30代)によるいろんなしわ寄せで、3月2日の町大会のくたびれが 4日たってもとれない。クタビレていると、頭がまわらず、大したこともないことがやたら重苦しく感じられ、課題をかたづける計画を練ろうとしても時間ばかりかかり、よけい疲れてイライラしてしまう。いかんなあ。本来、楽しみのはずの家族旅行や友人との山行を計画することまでが、面倒というか苦痛になっている。春のいい時期になったというのになんたることだ。“なんにもしない。考えない。”の休日が必要だな。(専門カウンセラーの先生が会社にきて講義してくれたが、こういう場合、電話のジャックをぬいてから、一日中ぼーっとすごすのが正解で、気晴らしになにかやるのは駄目とのこと。)でも期限があることばかりなので、今度の休日もやらなくてはならんことがぎっしりである。はああ。ツライなあ。“ちょっとタンマ。まずは休んで、やるのはそれからじゃあ。”といいたい。(今 こんなボヤキを書いている余裕もホントはないのだが、ぼやくことでちょっとは気持ちの整理ができるかも。)この際、昇格は欲張らず、無理のない範囲で頑張るとしよう。子供の成績も攻めずに励ますことだな。(本人が一番苦しんでいるのだろうし。)消防も、このことは全国的に問題になっていることだし、新人を勧誘できなくてもしょげないことだな。所詮、チャランポランな人間にできることではないし、させるべきでもないから、やる気のある少数だけがキッチリできてさえいれば、それでいいのだ。うんうん。まあ、その内なんらかの変革がなされるだろう。(こういう場合、あらゆる人にシワヨセがいって以前より迷惑や不利益になるような内容になることが多いものです。)あえてキツイことを言わせてもらえば、そもそも、だんだん世間とのかかわりをさけつつある若手世代をなんとかしようとするのは、かなり無理がある。彼等のいう“自分の時間を大切にする。”は、言葉としてはカッコいいけど、単なる“身勝手”であり、自分にとって都合のいいアサハカな理論を展開しているだけで、自分たちが将来どれだけ困ることになるかまったく判っていないのである。(屁理屈だらけの教育を受け、テレビゲームにひたった影響か、あまりに世間知らずで馬鹿すぎる。“因果応報自業自得”という言葉を知っているか?といいたい。そもそも、“時間を大切にする”とは、しなくては成らん事をした上での余り時間を有意義に過ごすことなのであって、さぼれるかぎりさぼって怠惰な生活をすることではない。しなくては成らん事をしなかった報いは、必ずくるのだ。)こんなヤツラにやる気を与えようなどと考えたら、それこそ自殺することになるわい。(私等世代の自殺原因は、若手の身勝手に悩まされたからというのが意外と多かったりして。)まあいい。今の30代の連中は、ゆくゆくもっと頼りない今の20代の連中に我々以上に悩まされるサダメにあるのだからね。それこそ大量自殺するだろう。(愚かとはいえ可哀想に。)“ヒトは一人では生きられない。”歯が浮いたような古いセリフであるが、若者達にこのセリフの意味がどれだけ判っているのか(なぜ生きられないのか?)を問いたいものである。――“山”をやっている皆さんならわかってますよね。人間が一人で生きられるなら、道に迷って死ぬ人はいないですもんね。人間は、食事も着物も生活物資なにからなにまで他人にあつらえてもらったものを利用して、はじめてなんとか生きていけるという生活力のなさでは最低最弱の生物なんですよ。自覚していますか。ついでに、自分のいたらなさを棚にあげて、全部まわりのせいにしている人にかぎって、“人間なんていなくなればいい。”なんて言うんですよね。そういう人は遠慮なくさっさと自殺してください。そういう人間こそいなくなればいいんですから。(わあー。強烈!)

久々に山へ:3月7日、和気小のハイキング行事にゲストでよばれて、子供たちと一緒に和気アをちょこっとハイキングしました。最後の挨拶がなぜかムズカシイ話になりかけたので途中できりあげましたが、(いかんなあ。歳をとると理屈っぽくなるわい。)やはり、山はいいなあ。8日も休みで、墓掃除をしたり、消防の名簿を書いたりし、適当に運動と課題をこなして、気分もラクになり、なんか元気になりました。(あんなに苦痛に感じていたのに不思議。相棒からエネルギーをもらったのかもね。)もうちょっとの間は親父に付き合わねばなりませんが、3月後半からは山に帰れそうです。藤本復活までもう少しです。もう大丈夫!やりますよ。うん。(そうそう、和気富士登山道脇には結構ゴミがあったので、早く拾いに行かなくてはならんしね。)

風邪ひき:3月13日、76歳にしてスキーに連れて行けというワガママ親父(どうやら自分では雪道ドライブが危なくなっているという自覚があるらしい。)と久々に(5年ぶりくらい)大山でスキーをした。(私としてはゲレンデスキーには飽きており、どうせならフリートレックで山スキーがしたいのだが、まあ、これも親孝行だな。うん。)今期は異常な大雪なので、いまだに大山寺まで道路をスキーで下りることができる。平日なので、リフトも空いており、国際ゲレンデも滑ったが、暑いのと、雪質が重いのとで、思ったほど面白くない。さすがの親父も、よる年波 バテたのか、午後の3時間を滑っただけで、帰ろうと言い出し、帰路につく。(どうやら元から膝が痛いらしい。“もう。そんならスキーなんぞするな。”と いいたいが、ワガママで見栄っ張りだからなあ。自分はこんな爺さんにはならないように気をつけよう。うん。)帰ってから、子供のひいていた風邪が移ったのか、私も風邪ぎみになる。なかなかしぶとく、長引く。16日、親父の手伝いを仕上げたが、くたびれで風邪がひどくなった。ついに医者にかかり、2日間の休養。なんとか回復したが、4日たってもまだ風邪ぎみなのを引きずっている。23日は消防の東備大会。また、ちょっとぶりかえす。(おいおい。)本日、3月24日、回復してきているが、まだ引きずっている。まるで慢性の風邪をひいているみたいである。3月も下旬になり、かなり暖かくなってきたというのに、なんたることだ。全然山に行けとらんがな。まいったなあ。(でも、26日あたりからかなり元気になったので、28日はかねてから計画していた家族サービスに行く予定。)

家族サービスで笠松山:ちょっとは女房孝行をしてやるべきだなあ。よし。“家族サービスしてやるから3月28日をあけておけ。” と、言ったものの、中高生になった娘達にはこれといって親と行きたい要望はないみたいだし、くたびれ加減の女房もどっちでもよかったみたいで、行き先は、かつおのたたきを食いに高知(ここでも食えるがん。他にはアンパンマンミュージアムがあるで。なんしーや!)、県南の八丈岩と王子ヶ岳(えー!もっとなんかないん?)、京都の清水寺(そねん興味はねえわあ。)、ウチの梅園でのバーベキュー(つまらーん!休日とるほどのことじゃねえがん。)などとコロコロ変わり、前日になって東播磨のミニアルプス 笠松山に決定(妥協)した。お手軽な岩山ハイキングをして、古法華自然公園で焼肉をし、帰りに姫路の太陽公園(沢登りの矢問さんのHPに載っていたのを偶然読んで、発見しました。)に立ち寄ることにした。さらに、今回はビーグルのリコも連れていってやることにした。朝9時出発。高速をとばして11時半に古法華寺についた。さっそくハイキング。石仏工房前を通過して展望台に向かうと、登山道にはもうツツジが咲いていた。初めて山に来たリコも、山嫌いな女房も手軽なのでよろこんでよく歩く。2年前にヤリたかった縦走路手前のスラブの上にきた。“ちょっと待ってね。”と家族をまたせて、サブザックをおろす。松の木をアンカーにして、8ミリ補助ロープ30mをロープダウン。(内緒でちゃんと準備してきたのだ。)手早く済ませるため、鈴木さんよろしく肩がらみでラッペルしたが、ジャージもフリースのシャツも擦り切れずに降りれた。ちょうど30mのスラブだ。ちょっと土埃がかかっているので手足が滑るが、かまうもんか。ロープに頼らずフリーソロで登攀。ふざけてスパイダーマンのポーズをして上から写真を撮ってもらう。あっさり完登。うむ。満足。縦走路からもこの30mスラブはよく見える魅力的な岩場だ。見下ろすと、麓の石切り場の跡地にも6mほどの地味なクライミングをしている人達がいたが、私は風情のない石切り場などヤリたくない。(見た感じだけで言ってはなんだが、石切り場のクライミングが私の目にはえらくツマンナク見えてしかたない。)やっぱりイマドキの“山歩きをしないクライミング”は私の性に合わんということだろう。12時、展望台。天気がよく、風が涼しい。展望を楽しみながら岩場の縦走をし、つり橋をゆらしてはしゃぎ、1時に下山。景色のいい池そばに移動して、カセットコンロで焼肉。(炭に比べてずいぶん手軽だが、風が強かったので火が流されるばかりした。でもまあ、なんとかうまく焼けました。)皆、ハイキングのあとで腹ペコなので良く食べる。14時半 出発。15時 太陽公園。だめで元々で、“犬を連れてもいいですか?”と案内にきくと、糞のしまつをするならOKとのこと。(家族のだれよりもリコにとって一番幸せな一日になったと思う。)凱旋門、ピラミッド、モアイ、五百羅漢など、世界中の有名な建造物の石像(レプリカ)がならんでいて、特に兵馬俑坑と天安門広場には感心した。(ただし、スフィンクスの顔が仏様みたいだったのには笑えた。)万里の長城はレンガ敷きと塀だけだが、ずうっと山の上から向こうまで続いており、雰囲気があった。(やたら長くて先端までは行けなかった。来年には向かいの山にノイシュバンシュタイン城もできるらしい。)結構たっぷり歩いて、4時半に帰路につく。5時半 帰宅。予想以上になかなかいい家族サービスになったと思う。私も家族も犬も満足の一日であった。

藤本壁ゲレンデ完成:クライミングゲレンデとして鈴木さんに開拓をお願いしていた藤本壁が、ついに完成したとのこと。3月30日、あいにくの雨でしたが、鈴木さんと鵜飼谷温泉のロビーで1時間にわたってこの新ゲレンデの利用方法について協議しました。私は全てを鈴木さんにお願いし、許可制を考えておりましたが、鈴木さんは、条件を満たす者への解放を主張され、はれて開放することになりました。その条件とは自己責任で利用したいという山岳会関係者の方のみということです。つまり、適格な山岳会の指導のもとでクライミングを実践されてこられた方が、自己責任で利用したいというならOKということです。ですから、初心者同士や個人利用は禁止で、山岳会の指導者の方とお越しください。また、当然のことながら、地主および開拓整備の関係者は、事故等のあらゆる責任は一切負いません。 11時、雨ながら鈴木さんにもっこく山の登山口を教えたくて清水集落へ。長靴とカッパ姿で栗林をぬけて結局はベニ岩までガイドし、ルートマップをわたしてお別れする。帰宅後、いただいた藤本壁の利用方法の文に、私のおせっかいを追加して、これでHPに掲載していいかメールをする。返事をまって、めでたく新クライミング場の誕生である。鈴木さんも藤本壁は兜岩よりは上のレベルだと言われていたので、冒険クライマーにとって実践訓練としていいものが誕生することは間違いない。(台三郎谷の険しい部分をえらんで登攀するのとセットで藤本壁のクライミングをやれば、ホンチャンもどきのマルチピッチのいい練習になるでしょうね。)クライミング場の少ない岡山県において、ここは貴重な存在になるだろうし、クライミングゲレンデを所有する山屋(クライマーといいたいが、ちょっと無理。)なんて日本中でも私くらいなものだろうし、相棒の和気アの存在自体により深みを持たせることになったと思う。ああ、素晴らしいぞう! ただ、鈴木さんは、冒険クライマーが未熟なまま勝手をして事故をしなければよいがというのを最後まで気にされていました。問題含みですが、私みたいな“ノーロープでもOKのハイキングの延長の岩遊びレベル”までしかやらないならまだいいが、どうみても“ロープだのみのプッツン即オロクレベル”や“ちょいと吹雪けばもう帰れないレベル”を舐めてかかる“素人ならではの怖いもの知らず”の冒険クライマーを増やしてしまうことを懸念されていました。そういった無謀なクライマーを注意する資格は、私にはありません。(無謀の限りをつくした私はかなり身につまされます。)“鈴木さん。私みたいなのはやっぱイケナイんでしょうねえ。”鈴木さんいわく、“よくやるなあとおもうよ。”――これはけっして褒め言葉ではありませんよねえ。たぶん。その意味は“感心した。”というより“馬鹿だなあ。”が正解でしょう。どうもすみません。でもまあ、関係ない者が馬鹿をやるのは本人の勝手だからいいけど、自分が手ほどきした者が馬鹿をやるのはこらえてほしいということです。そして、くれぐれも自分が作ったゲレンデで馬鹿なこと(適切な指導と習得なしに取り付くこと)はしないでほしいということです。 鈴木さんに、“もっこく山の鹿嶋壁は最大傾斜は60度くらいですよ。”と言ったら、“もう45度で充分だよ。”と言われて意外でしたが、これは、“高度な技術を習得しているけど、簡単なことしかしないもんね。”と、いうことでしょうね。(いつかの山本さんも同じようなことを言いたかったのではないかと、今になって感じています。)なるほど。これなら遭難することなく生涯現役クライマーでいられますよね。でもまあ、簡単なことしかしないと言っても、凄い腕前の片鱗は結構かいま見えるものです。(見る方もある程度の習得がないとそれに気づけませんが。)

4月4日:麓の桜もほぼ咲いた。和気アもかなりピンク色になってきた。ツツジも見頃になったみたいだ。夜9時、鈴木さんの許可を得たので、藤本壁と不帰スラブのクライミングゲレンデ開放をHPに掲載しました。08年4月5日、和気アに冒険クライミングの新ゲレンデ誕生! 岡山県において、“スポーツクライミング”のメッカを県西部の備中町とするなら、“冒険クライミング”のメッカは県東部の和気町である。うまくツイになったものだ。うん。和気アはその中心的な役割を担い、岡山のクライミング文化にとって より貴重な存在になったと思う。和気アルプスを抜きに岡山の冒険クライミングは語れない。ううむ。かっこいいなあ。そのうち、凄いアルピニスト同士が和気アで鉢合わせしたり、和気アの卒業生が世界的アルピニストになったりしてね。うんうん。いいぞ。いいぞ。でへへへへ。(また。お前はなーんもしとらんくせに。)←まあまあ。 一つの山塊に、鷲ノ巣、藤本壁とクライミングゲレンデが2つもあり、穂高山やその周辺には初級のマルチピッチのバリエーションルートがいくつも存在する。ハイカーが遊べるスラブも多数あり、展望のいい縦走や岩場めぐりも満喫できる。ボリューム、レベル共に 険し過ぎずツマラナ過ぎず、スリルが楽しめて、自然の風情もある。クライマーですらハイキングしたくなる山。世界を股にした一流アルピニストも“貴重な存在”と認める山。万民に“山”の楽しさを教える山。相棒は私と出会ってからというもの11年の間に随分“出世”したものである。(お前は相変わらずヒラだけどね。)←うるせえわ。 でも、これは皆さんの温かい協力があったからである。和気アを愛護されている皆さんにあらためて感謝申し上げます。

石鎚山の調査:熊山の論山手前にある南面が絶壁になっている岩山を、私は勝手に“石鎚山(いしづちさん)”とよんでいる。四国の石鎚山にひっかけていることは明白だが、本当になかなかの迫力をもっている。労山が熊山を調べまくったり、備前ハイキングクラブが登山道整備をしており、論山コースはシダや枝が刈り払われたらしい。HPでも展望岩として紹介されたりしているので、ちょっと気になって4日の午前中に様子を見にいった。まず、登山口が新設されていた。本来の沢沿いは藪がひどい。突破できないことはないが、小フダのついた新登山口を利用したほうがいい。途中で新旧合流したあと、倒木で不明瞭になるが、かつて来た記憶があるので迷わずにすんだ。(ここへ金テープをつけてやればよかったか?)鞍部には論山方面には道標があり、登山道と水平道のどちらも整備してあるみたいだ。(また今度トレースしよう。)石鎚山もシダが刈ってある。おかげであっさり稜線に登れた。(かつて引き返す時ここで迷ったので、稜線から鞍部への下降口に金テープをつけました。)かつてはひどいシダの対策にマリンブーツで来たものだが、多少ガサガサやるものの以前にくらべれば快適である。ここから見る和気アは最高のながめだ。やっぱり相棒はいい山だなあ。うん。東になだらかに縦走し、267mの最高地点が石鎚山の所以たるながめが満喫できる場所である。いやあ、熊山は岩が無いようで結構あるものだなあ。(ただし、アプローチの長さからみて、なかなか尋ねてまわる気にならない岩ばかりなのは事実です。)絶景のテラスへもちゃんと枝払いしてくれている。このテラスでパンを食べながら切り立った岩壁を観察する。20mくらいはあるか。かぶりぎみに見える部分もある。場所によっては岩がすっきりしていて十分クライミング対象になるように思える。でも、垂直ばかりなので、私には遊べないな。うん。今回は引き返さずに、そのまま尾根を東に下山してみる。やっぱりこの下山ルートも刈り払われていた。所々不明瞭になるので、金テープをつけながら下降する。岩壁の眺めは、最高地点がやっぱり迫力満点で、下山途中からのながめはそう大したことはなかった。麓が近くなってから妙に横方向に転換して刈り払ってある部分がある。迷わないようサービス精神で金テープを追加する。麓に降り立つと、シキビ畑であった。登山口付近が一番迷いやすそうなので、林中にきっちり金テープをつけたら、まるで私が刈り払って整備したみたいな感じになってしまった。(おいおい。)いかん。またやりすぎた。しかし、新たにルート設定しなおした部分があったが、これを刈り払った人はちゃんと地主の許可を得ているのだろうか。(ううむ。なんか不安になりました。)しかも、この登山口はモロ私有地の畑の中ではないか。畑の地主さんはどう思っているのかなあ。(なお、“もっこく山”の登山口である栗畑は地元の方が整備してくれたものですので、大丈夫です。)どうせ新設するなら墓地の脇とかにすればよかったのになあ。それに、これじゃあ全くの“秘密の登山口”である。いろいろ思うことはあるが、利用させてもらったことをとりあえず感謝する。なによりオーバー整備されてなかったことがうれしかった。私はオーバー整備を心配していたが、これなら◎である。あとは、地主の許可がとってあることと、麓のルート設定をもう少し北にトラバースさせて、墓地に登山口をしなおしてくれたら最高なんだがなあ。

鈴木さんと岩遊びハイキング:4月5日、鈴木さんと二人で、私が勝手に“和気アルプス”とよんでいる“もっこく山”をハイキングし、鹿嶋壁で岩遊びをしました。本当は藤本壁開拓のお世話になった他の皆さんも案内したかったが、都合がついたのは鈴木さんだけでした。10時半に登山口ということだったが、鈴木さんはすでに周辺を調べられていた。さっそく栗林をすぎて尾根に上る。キツネ岩に立ち寄ると、さすがクライマー。幅1mしかない3方向スッパリ切れ落ちた(先端の落差20mのオーバーハング。)の岩上で、立ったまま平気で写真をとっている。フラッとしたらあの世行きだから、バランスをとる自信が相当ないかぎりノービレイでは怖くてできないことだ。(バランスをうまくとれば滑らんと言ってズックで滝を登る方だから、バランス感覚が尋常ではないのはよーく知ってるけどね。)尾根を登っていくが、今日は天気がよすぎて暑い。鈴木さんはクライミングロープをもってこられていたので、かなり汗をかかれていた。私も何度もふらついてバテかげん。鹿嶋壁の下にこちらを向いている第2スラブを紹介し、“帰りはあれを歩いて降りて、ここへトラバースして戻ります。”というと、かつての私とおんなじに“歩いて降りれるようにはみえんがなあ。”といわれた。おお。やはり鈴木さんでさえ、そう見えるのか。(やっぱり人の目は錯覚するものなのですね。ちょっと自分の目に安心。)山頂で小休止してから鹿嶋壁へ移動。時間もいいのでランチタイム。ここは展望も最高で、涼しい風が吹きぬけるので気持ちいい。さっそく鈴木さんは岩壁をカメラだけもって降り始めた。“横をまわれば楽勝ですよ。”といったが、あえて真下の私にはロープなしには降りれない場所を平気で歩いて降りていく。“初見でこれだもんなあ。ちょっとは怖がってよ。”と、アテがはずれた肝試しのお化け役みたいなセリフがわいてくる。私は補助ロープをたらしてラッペル。鈴木さんはあっさりと“もっこくテラス”で私を待っている。テラスから下は垂直に近いので、私は横ににげてラッペル。鈴木さんも肩がらみで降りる。私はアッセンダーを胸前にセットしてセルフビレイを万全状態にして垂直壁を登りかえす。ステップやホールドが豊富だが、なんせ垂直に近いので怖い。例によってまたロープが横にひっかかったままこっちにきてくれなかったので怖かったが、今日は鈴木さんがいてくれるので恐怖もかなり軽かった。鈴木さんいわく、“単独だとパーティーの時より同じ岩でも1ランクはレベルがあがるからね。”(同感!!!やっぱりね。)我慢してある程度登ったら、やっとロープがこっちにきてくれた。よし。いくぞ。元気になってテラスにはいあがる。鈴木さんも登る。ただし、ノービレイである。しかも高そうなカメラを肩にかけている。(ううむ。このハンデは大きい。)はがれそうなかどうかを考えながらの垂直壁のクライミングである。救いは、やばくなったらつかめるロープがあるということだが、落ちればカメラもろともオシマイである。テラスの這い上がりにカメラをぶつけないようにロープを持っただけで登ってしまった。そのあとテラスから上も楽々ノービレイ。終始万全セルフビレイの私とはなんランクもハイレベルである。

鹿嶋壁から第2スラブに移動し、ホイホイとスラブを歩いて降りる。あまりの簡単さに鈴木さんも“ええ。ここがあのスラブ?”と信じられん様子。トラバースで尾根にもどって、“ほら、あそこにさっき通った場所の金テープがあるでしょう。”といっても、なかなか納得がいかないようだった。尾根から降りる時、栗林を通らない方を知りたいといわれたので案内したが、やはりお勧めではないと同じ意見だった。最後に昨日金テープをつけた“石鎚山”の登山口であるシキビ畑を紹介してお別れした。(私の自己満足につきあっていただき、ありがとうございました。)

休みはきまって雨:4月10日もそうだったが、16、17日も雨にたたられた。おかげで、和気アの整備がずっとなあんにもできんだけでなく、楽しみにしていた友人との山行があいついで流れるばかりしたので、嫌になった。オマケに、天気にさんざんヤキモキさせられたせいで体調を崩し、また風邪をひいてしまった。しかたなくボーっとテレビを見ていると、報道はニヤけた殺人犯の顔をだしたりして、ものすごーーーく嫌な気持ちにさせられるものばかりで、よけい気がめいってしまった。おお、そうだ。消防の出初式のあと機庫で新入団員の確保について協議しなくてはならん。買出しや報告の内容を考えようとしたが、これまた頭がまわらない。時間ばかりがむなしく流れて疲労がたまっていく。(もう最悪。)あげくのはては、17日の夜9時ごろ、メールの返信をしようとしていたら、はげしい雷がひびきだしたせいでADSLのモデムが異常に点滅しだし、ちゃんと電気がきてるのに電源ランプまで全部のランプが消えてしまった。どうも完全にオシャカになったらしい。カスタマセンターに連絡して、日曜日に交換にきてもらうことにしたが、それまでメール返信もHPの更新もできなくなった。やれやれ。なんか踏んだり蹴ったりである。修理は遅れて21日 月曜日になって やっとインターネットは回復したが、スプリッターまでやられていたため、IP電話の復旧は24日になる予定。もう、雷ゴロゴロというだけで、ここまで壊れるものなのか?まいったなあ。

アクセス4万件:08年4月24日、(IP電話がやっと復活しました。)ついにこのHPのアクセスカウンターが40000になった。ううん。7年で4万か。ええっと。(えへへへ。今回はあらかじめ調べておいたんだよん。)最初の1万が04年1月2日で、2年8ヶ月かかった。(うれしかったなあ。うん。)2万になったのが05年6月13日で、1年5ヶ月かかった。(マスコミに紹介されて急増したんだよね。)さらに3万になったのが07年1月18日で、1年7ヶ月かかった。(思ったより人気が持続してた。)そして、4万が08年4月24日で、1年3ヶ月かかったことになる。うん?おいおい、今までで最速になっているではないか。そんな馬鹿な。うう、誰だ!こんなくだらんHPを面白がって読んでいるアホウ共は。(おいおい。)デエレエ物好きでボッケエ暇な人物がホンマに ぎょおさんおるもんじゃのう。(まんざらでもないくせに。)ううむ、もういいかげんに熱がさめてもいいだろうに、逆じゃないか。どうなってんだろう。 おお、そういや、去年はテレビに出ちゃったな。あのせいか? しかし、開拓は去年で完了して、もうなんにも新しいことは――()そうだった。今年は藤本壁にクライミング場ができたんだ。まいったな。“開拓完了!もう新しいネタはないよ。”なんて皆に宣言しときながらこれだもんなあ。なにはともあれ、頑張って愛護していかなくちゃね。新緑のいい季節だし、体調も回復したし、やりますかねえ。うん。でも、来年こそは、もうなあんも真新しいことはないでしょう。(なんて言ってて、和気ア周辺に上級コースを設定したりしてるんだけどね。)ちなみに、鈴木ガリーはこのページでしか紹介していませんし、将来もここだけの話にすることで、和気アの熱烈ファンのための“隠れバリエーション”にするつもりですいまやっている和気ア周辺の上級コースも鈴木ガリーみたいな“隠れバリエーション”のままにしておこうかと思っています。周辺の紹介のページに発表するつもりだったけど、もっこく山みたいに鈴木さんのHPだけでの紹介にとどめておくのがいいかも。(また。紹介のページを自分で作成するのがめんどくさいから、鈴木さんのHPにリンクをはって利用しようと考えてるな。)じつはそうなんだけど。

論山ルート確認:4月25日、気になっていた論山登山道の倒木による不明瞭な部分に金テープをつけに行く。(迷って困った人のHPもありましたので、サービス精神です。)朝の2時間だけだったが、倒木の1本を切り、要所に金テープをつけてトレースしやすくし、さらに調子にのって、“石鎚山”への分岐部分もちょっと整備しました。ふむ。いらぬお節介をしたかなあ。でも、まあいい感じになったからいいだろう。よしよし。さて、ちょこっと熊山へのルートがどんな仕上がりなのか見させてもらおう。時間がないが、できれば白岩がどんなものか見たい。論山の直登は(かつて藪コギで登ったが、)急斜面で、山頂の展望はないので、トラバースの方をすすむ。ところが、シダが予想以上に茂っており、シダの中を腰までつかってこぐ所もあった。全体的に山側からブッシュがかぶさっており、路肩に追い詰められるばかりして何度も路肩端を踏み抜いてこけた。迷いそうな部分にはこれまたサービスで金テープをつけたが、これはおすすめできんなあ。枝尾根をのっこす手前で石鎚山の岩が見えたくらいで、あとはなにも面白くない。縦走路に合流し、なんとか白岩まで登る。たどりついたらなんのことはない岩場であった。(眺めはいいが、)はずしたあ!もういい。熊山への縦走はこんなものだ。私にはつまらなくて飽きてしまうだろう。(また。とことん敵をつくるようなことを。)いよいよ時間もないし引き返す。トラバースはかえってつらいので、論山に登り返す。振り返ると、白岩がある部分の西側に平たいお団子が2つのったような垂直岩が見える。さては、白岩というのは、このお団子をのせた岩のことで、縦走路の岩場ではないのじゃないかと思えた。(まあ、どっちでもいいけどね。)論山山頂手前になにか新しい黄色テープの道標があった。今日は時間がないから行かないが、岩場の点在する愛宕山の方面に縦走しているこいつを今度たどってみよう。論山からはやはりひどい急斜面を降りる。論山のファンで、山頂到達にかなりの魅力を感じてる人でないと、これを登るのは苦痛であろう。縦走路の方はひどい薮こぎはなかったが、枯れたシダにひっかかれて、ジャージのすそがボロボロになってしまった。論山ルートの感想は、整備状況は◎だが、面白い内容ではなかった。(わあ。もう敵だらけかも。)熊山は県南で一番人気というが、それは書籍にひつこく紹介されているからである。(たぶん皆も、うすうす感じているだろうけどね。)“ホントに面白い山か?”と訊かれれば、藪コギ大好きの冒険家なら“うん。”というだろうが、大抵の登山者の返事は“う、う〜ん。”であろう。悲しいかな、書籍で岡山県を代表する山とされている山に限って、かえってツマラン山ばかりである。(もう不敵の極み。でも、これは岡山の岳人にとっては憂慮すべき問題なんですよ。山をある程度やっている人なら皆同感だと思う。きっと山をよく知らない人が最初に指定して、今まで皆が事なかれ主義で異議を唱えなかったのだろう。)やはり論山周辺では石鎚山だけを福富から往復するのが一番おすすめな気がした

福富の愛宕山の調査:山陽道HWの和気ICから岡山に向かうとすぐにある福富トンネルの上に岩があちこちに起立した山が見える。熊山山系の北端に位置する愛宕山である。(ここもそうだが、石鎚山も熊山アルプスも、熊山で面白そうな部分はなぜかみんな和気町である。)前から見上げるたびに気になっていたが、岡山県内の山を歩きまくっているHP(どなたかは分かりませんが、藪コギをものともせず廃道だろうがおかまいなしに赤テープを辿る人で、バイタリティーと健脚ぶりは恐ろしいくらいです。詳しい地図もあり、特に熊山の登山地図などは完璧です。(労山が500円で出してるが、こちらならタダです。)ただし、簡単にはトレースできないレベルもごく普通に紹介してあるので、相当なルートファインディング能力なしにマネすると遭難します。ご注意ください。)を読むと、福富集落からちゃんとした登山道があり、山頂にはホコラまであるという。論山山頂にあった黄色テープの道標も愛宕山方面を示していたので、もしかして論山からの縦走路が整備されているかも。よし。確認しにいこう。4月27日 朝、福富コミュニティーハウスに駐車し、ちょっと暑いが、枯れシダにジャージをひっかけないようスパッツをつけて、集落西端の山麓をうろつく。橋のたもとに観音堂への太い登山道があるが、これはすぐ上の観音堂で行き止まりなので違う。山麓を南にまわりこむと、赤い鳥居があるホコラを発見。さらにその南隣の果樹園に赤テープがある登山口があった。思ったとおり道はわりと明瞭だ。迷いそうなところには、今回もサービスで金テープをつけていく。山頂手前で高速を見下ろせる岩があり、日本道路公団のプレートがコンクリ付けされている。ここから右側を見ると起立した岩が2つ見えるので、ザックをおいてトラバースするが、遊べそうにないので、引き返す。すぐに山頂のホコラ。その後ろの岩に登ると我が家まで見える。ここまでは明瞭だった道も、この先は踏み跡程度で大抵がシダの藪コギになる。赤テープがあるが、それでも迷いそうな部分が結構あるので金テープを追加しながらトレースする。おかげで、自分自身 安心してトレースできたが、232ピーク前で金テープを使いきってしまった。さらに前進するとおかしな分岐にでたが、右は行くなというように枝がおいてある。左に行くとこちらも不明瞭になった。我慢して藪をこぐと南側が見渡せる場所があり、工事中の道路と池が見えた。こりゃあ行き過ぎて奥吉原の方に縦走している。引き返し、枝をおいた分岐の先を確認すると、やはり行き止まりだった。(熊山にはこういった一部のみ明瞭な廃道があちこちにあるので、やっかいだ。)なんとか南側の梢ごしに鉄塔を発見するが、その尾根の付け根がどこにあるのか分からない。携帯で昼飯だから帰れの電話がはいった。しかたない。適当なところをトラバースしてみたが、ただの獣道で、鉄塔のある尾根の付け根はかなり向こうだった。時間がない。(女房が怒っている。)鉄塔監視道があるはずの谷底までは高低差100mくらいか。よし。緊急脱出だ。このまま急斜面をこいで谷底まで降りるぞ。皮手袋をして、いざ。所々難渋したが、短時間(10分くらい)でうまく水流のある谷底に降り、対岸にすごくしっかりした登山道があった。(一部、沢に切れ落ちている場所あり。注意。)おかげで早々帰宅でき、夕方3時から再調査する。下山したルートを登ってみる予定だったが、その前にある26番鉄塔の道がやたら踏まれていたので、これを調べに登ると、山腹の鉄塔で行き止まりであった。くそう、騙された。引き返す。あらためて、当初予定だった側道どん詰まりの沢沿いのしっかりした登山道を登る。なんと昼に対岸から飛び出した場所は沢から離れていく寸前の所だった。(おおお。もうちょっとでも谷奥に降り立っていたら途方にくれていたわい。)明瞭ではあるが、今回も迷いそうな部分に新しく持参した金テープをつけながら縦走路まで上がる。刈り払われた縦走路の分岐場所には25番鉄塔への道標がある。とりあえず、反対の24番鉄塔へむかい、そのまま朝迷った地点まで行ってみよう。縦走路は完全に刈り払われており、快適。24番鉄塔を過ぎて、分岐をみつける。やっぱり黄色テープの道標があった。しかし、鉄塔監視道がよく刈り払われているのに対して、こちらのルートはシダのかぶさった中を強引にトラバースするものであった。乗り換えた尾根にあがってみると、朝迷った地点にたどり着いた。ううむ。ここが論山方面への分岐だったか。こりゃあ知らんと無理だわい。朝 金テープがきれた場所まで金テープをつけていく。よし、これで完璧。迷った分岐部分には特に念入りに金テープをつけたので、これで迷うことはあるまい。引き返し、25番鉄塔から論山への縦走路がどうなっているか見にいく。ありゃあ。25番鉄塔から先の論山方面は完全なシダの藪コギである。鉄塔監視道の刈り払いは奥吉原からここまでだったのか。この先はこれといったものはないし、論山までいくのはやめて来た道をひきかえし、登ったルートを下山する。ううむ。今日一日かけて、愛宕山から周回できるルートを金テープ整備したことになるが、面白かったのは愛宕山ホコラ周辺だけであった。愛宕山に興味のある人にはいいかもしれないが、わざわざ友人を案内するほどの内容ではないなあ。ちょっと残念。

外国山の山腹の岩場調査:山腹に岩がむきでた外国山の特異な山容はだれもが気になるだろう。昔はもっと岩がむきでていたが、お袋曰く それは山火事があったからとのこと。私が子供のとき、クライマーが一番大きな岩をラッペルしているのを見たことがある。7年前にこのHPのコラムをつくるためにこの山を訪ねたが、あれから訪ねていない。(岩の名前を教えてくださったおばあさんはご健勝だろうか?)岩や祠の名前を同定する確認作業はせずじまいだった。というより、初心者だった私にはあの岩場を訪ねるのは危険で無理だった。とてもよく目立つ広大な岩場でありながら、唯一やり残していた岩場である。麓から急坂薮コギでこの岩場を登ったという人の話をきいたことはあったが、HPを検索しても、山頂の馬乗り岩だけで、書籍の紹介ルートはあっても、この山腹の岩場に関する記録は皆無である。(もしかして、皆さん 私がお膳立てしてくれるのをちゃっかり待っていたりして。)7年ぶりに5月11日、涼しかった午前中の2時間で岩場の調査山行をする。登山口には7年前に私がつけた道標が、消えて読めなくなっているにもかかわらずちゃんとついていた。(おやまあ。)登山道途中の左脇に展望のいい岩場があるので、ちょっと立ち寄るが、ここからトラバースするには、めざす岩場はかなり遠く、足元は険しい。雨上がりなので岩もよく滑る。諦めて山頂まで登って、鉄塔の東下端から薮コギで下降する。最初の岩場をのっこすと、穴だらけの面白い岩壁(ここがすずめ岩か?)があって感激。ここの西脇には小さな祠があった。さらに下降して大きなスラブ岩の上に登る。岩から岩への移動はかなり険しく、下降しながらのアプローチなので危険であった。岩の隙間に足首がはさまって、今つかんでいるツツジがおれたら足が折れる状況になってヒヤヒヤしたり、岩の間に尻がはさまって動けなくなりかけたりもした。なんとか一番でっかい岩の上まで下降して、眺めをたのしむ。ここが当初目的のひとつで、40mくらいありそうな大スラブだ。(登れても降りれないレベルの広大な岩が多いので今度はロープ持参で遊びたい。ただし、9ミリ40mロープでないとダメみたいだ。)ここからは、剣呑なトラバースを覚悟して、もう一つの目的である舟着き岩へむかう。垂直壁やハング壁もあって予想どおり岩場が険しく、2回も手前の違う岩で行き詰まった。あげくは足が滑って、あわやというとこで右腕1本で立ち木をつかんだ状態でぶらさがって助かった。(おいおい。)必死だったせいか、自分でもすごい腕力で体を引き上げて脱出する。(おかげで腕、肩、胸までがひどい筋肉痛。)なんとかたどりつくと巨大な縦長の岩がスラブにのっかっているものだった。なんともよく立っているもんだ。もし、こいつが転がったら麓は大災害である。こいつに船をつないでいたというのはホントかいな。(太古には熊山が島で、海がここまできていたということらしいが。世界中が海面上昇していた時代なんていつなんだ?そういや、和気アも波打ち際だったとすれば、山容が理解できるけどね。それに鬼ノ城も海そばだったというし。ううむ。岡山のミステリーだなあ。)これ以上のトラバースはスラブの下降になるので、今日はやめて、鞍部から上に登り返す。上の岩のそばには祠があった。おお、これが愛宕様だな。まさしく偶然の発見。ただ、ここへの登山道は見当たらない。仕方なく、さらに登り返すと山頂すぐ手前の登山道にでた。(今回はアプローチを確定できていないので、金テープも到達地点だけにしかつけていません。)全身薮ゴミまみれ。下山して一旦帰宅し、夕方からは南の山麓を調査する。山麓近くの大岩の横にも壊れた祠があったが、ここから直登するルートは薮コギになりそうだ。アプローチは朝のように上から周回するほうがよさそうである。山腹西寄りにも岩場がたくさんあるので、麓から観察するが、垂直壁ばかりで遊べそうにないし、アプローチのわりにあっていない気もする。展望も岩場の規模も面白さも今回訪ねた岩だけで“いいとこ取り”であるといえるなあ。よし、今度は愛宕山みたいに金テープだけでアプローチを確定して仕上げよう。(一周すれば、バリエーションルートみたいになると思う。)そしたらロープを持ってきて遊ぼうっと。まあ、ここも和気アの1エリア分の内容だが、もっこく山と違うのは、もっこく山はロープなしで、アルプス縦走みたいに岩場めぐりハイキングをするだけでも十分満足できるが、ここは眺めも岩の特徴も割りと平凡なので、ロープを持ってきてクライミングごっこをしないと面白くない。というか、もったいない!ここの大岩スラブは、どれもちょっと険しめなのと高度(距離)があるため、ロープがないと岩遊びができないのだが、ここでのロープワークはホントに面白そうである。(さっさとアプローチなんか確定して済ませて、早くヤリたいなあ。うん。)

外国山の山腹岩遊び:5月16日、風邪のせいかクタビレのせいか鼻水が止まらない。それでも30m補助ロープを持って外国山にいく。(アプローチが未定で、装備が不十分だが、ヤリたい気持ちの現われである。)登山口手前のKさん宅を訪ねると、おばあさんは健在だった。先日の報告をし、トンネル状の穴があいた面白い岩が“すずめ岩”であることを確認する。また、ここも松茸山なので、やはり秋は登山は控えた方がいいとのこと。マジックで登山口のフダを上書きし、10時スタート。登山道の中間にある展望のいい岩場には、立ち寄るようにうながす金テープをサービスでつけた。10時半、山頂の鉄塔下にザックを置いて、一旦 上の馬乗り岩で遊ぶ。ここも北端になると結構スリルがあり、なかなかの岩場である。わざと一番狭い場所でまわりを見渡していると、カンカンと金属音がするので、見ると三角点むこうの鉄塔に作業者が登っていた。もしかして話がきけるかもと思い、その下まで行って見ると、登山用40Lザックが登り口にかけてあった。なんと単独である。50m以上(もしかして70m?)ある完全な空中(壁のない吹きさらし)で、垂直ハシゴをひょいひょい登っている。(信じれんが、この動作を見るかぎり、どうやらノービレイで登っているようだ。)水平移動はセルフビレイをスライドさせていたが、じつにスピーディーである。まあ、これが仕事だから、やり慣れているんだろうけど、見ているこっちはすくんでしまった。(ああ、こんな人から見たらロッククライミングなんてじつに馬鹿げたくだらん遊びにしか見えんだろうなあ。なんかへこんじまうぜい。)まだしばらくは降りてきそうにないので、話をきくのは諦めて、トボトボとザックにもどる。ええ。ええ。うんうん。ワシはワシじゃあ。無理やりに気をとりなおしてザックを背負う。今回は逆まわりでいってみよう。適当に薮をこいで愛宕様までくだる。なんとかうまくたどりつけたが、やはりここまでの正規な登山道は捜してもわからない。まあ、ここは祠があるだけで見所といえるものはないのでどうでもいいか。サービスで祠まわりのかぶさった枝を払って綺麗にしておく。さらに、(ちょっと困難だが、)舟着き岩まで下降する。よく見るとここにも西側の足元に壊れた祠があった。祠があるからにはお参りのルートがあるはず。そういう目で見ると、あるある。観音チンネと同じく、斜めに下っていくなだらかな踏み跡があった。たどると、難なく大きな岩の足元についた。どうやら前回行き詰った岩場の下側をあっさり通過して、大スラブの岩元に来たようだ。とりあえず、上に登って確認しよう。西隣にも大スラブがあるが、その間の竹まじりのブッシュを登攀してみることにした。ブッシュにザックが押さえつけられて難渋したが、行き詰ることなく無事に登り切ると、やっぱり大スラブの上であった。結構ハードな登攀をこなした後なので気がなえていたが、補助ロープを出し、ラッペルする。30mじゃ足りないかも。しかも結構高度感のある急斜面だ。アッセンダーは1つしかないからゴボウで登り返すことになったら難儀だ。大事をとって、さっき登ったブッシュ寄りに下降するが、それでもやっぱり高度感がある。20mほど下降した場所から先は10mの垂直壁になっていた。(鹿嶋壁と同じく、どうやらここも30mだったようだ。)ロープは足りているが、この先はどこも垂直で、補助ロープでのラッペルは怖いのでやめにして、登り返すことにする。アッセンダーを胸にセットして、ガビガビのホールドでもつかめるよう皮手袋をしてスタート。行き詰るとマジにやばい状態なので、すぐに振り子で逃げれるように、さらにブッシュ寄りを登攀する。細かいホールドに泣かされた部分もあったが、なんとか軽登山靴で突破できた。よしよし満足。(そうそう。私はこれで満足なんだい。)ブッシュをはさんだ隣のスラブはこちらより岩頂が10mほど高い。ちょいと登ると、踏むと音がする浮き岩のある岩上につく。どうやらここが外国山最大の岩であるらしい。(下山後、確認したら正解でした。)あきらかに40mはある急斜面のスラブで、高度感も結構あるので、ここでのロープワークは今回はやめておく。(やはり次回はちゃんと9ミリ45mを持ってこよう。)ここからつぎの岩上まで登るのが、前回足首がはさまった岩の隙間の登攀である。アクロバットでなんとか登り返して、さらに上の岩場を登るとお目当てのすずめ岩につく。穴に両手を入れて、中で握手して喜ぶ。ささやかではあるが、やはりこの岩は面白い。どうするかなあ。やっぱ、ここの祠までのアプローチだけはちゃんとしてやりたいなあ。うんうん。きっちり金テープをつけながら、鉄塔まで前回の踏み跡をたどると、最後は鉄塔の真ん中にでてしまったが、ここが一番薮がおとなしかったので、ここを取り付き口に設定する。ザックをおろすと、なぜかチャックがバカアっと開いていて、拾って入れておいたゴミだけが袋ごとなくなっていた。もう、せっかく拾ってやったのにどこに落としたかなあ。まあ、すずめ岩以後であるのは確実だから拾いに戻ろう。手折りした枝がなんか可哀そうなので、ちゃんとノコで切ってやりながらすずめ岩までくると、祠の前の木のでっぱりに“ホラ。”と言わんばかりにゴミ袋がひっかかっていた。おもわず、なんか祠の神様が私を呼び戻すためにわざとゴミを取り上げたのではないかと思われた。しかも、結果的にこの往復で、(刈り払ったわけではないのに)すずめ岩へのアプローチは、薮こぎとはいえないくらいの判りやすいものになった。ううむ、やっぱり神様が自分の所へお参りに来やすくするために私を利用したのかもしれんなあ。まあいいか。私も妙にこの岩が気にいっているし。うんうん。結局、昼食をとらずに2時半に下山する。首筋がひどく日焼けしてヒリヒリするが、なぜかクタビレが治って鼻水も止まった。今日一日で、見所が山頂の馬乗り岩だけだった外国山に、すずめ岩を追加したことになった。あとはすずめ岩から最大スラブまでに金テープをつけて、最大スラブで岩遊びしたら一応 外国山でのやりたいことは完了である。ただ、舟着き岩も今回みたいにスラブの岩元から斜上する踏み跡に金テープをつけてやれば、より完璧かも。どうするかなあ。また、次回行ってみて考えよう。

ツヅミ岩で岩遊び:外国山はもともと“ツヅミ山”とよばれていたらしい。前回、岩遊びしたとなりにある最大の岩をこれにちなんで“ツヅミ岩”とよぶことにした。(尾道の千光寺にも鼓岩(つづみいわ)というのがあり、中が空洞になっているせいで、たたくとポンポンと音がするらしい。)もしかして、この大岩も空洞になっているのかもしれない。そして、そのせいでツヅミ山といわれていたのかもしれない。今度、鈴木さん達を案内して、岩をたたいて音を確かめてもらおう。(また。とことん利用しようとしているな。)←じつはそうなんだけど。 すぐ上には穴だらけの“すずめ岩”があるし、可能性はかなり高いと思う。5月22日、今回はいよいよこのツヅミ岩で岩遊びをする。距離が40m以上あるのは確実なので、いつもの腰スリングと補助ロープの簡易装備では無理だ。45mの9ミリ径クライミングロープとハーネスを(藤本壁以来久々に)50Lザックにつめる。9時すぎに家を出る。ちょっと県道沿いからツヅミ岩を観察し直してみる。(これが結果的に大正解だった。)むむむ。これはやっぱりハードだ。いいかげんクタびれてフニャフニャになっている私の9ミリロープでは、折り返してダブルにしないかぎり怖いかも。そういやゴボウができるようにするためのアッセンダーを装備に追加するのを忘れていた。いかん。取りに帰ろう。一旦帰宅し、アッセンダーを追加し、9ミリロープを11ミリ50mのシングルロープに入れ替える。装備が重いが、出し惜しみして取り返しのつかないことになったら大変だ。相手はかつてクライマーが取り付いていた外国山で最大の岩なのだ。敬意をしめす意味でも最強装備でいこう。10時にスタート。ザックが重い。カンカン照りだが、風は涼しい。フーフーいいながら山頂へ。いったん馬乗り岩で涼しんでから前回整備したアプローチをすずめ岩へ降りる。さらに未整備な難所を下降して、11時にツヅミ岩の上に到着。重いザックを背負っての難所降下のアプローチですでにかなり足にきている。おまけに顔がヒリヒリするくらいのカンカン照りである。毎度のことだが、精神的にもかなりきている。マイッテはいるが、重荷をここまで担いできて、なにもせずヤメにして帰るのがあまりにも馬鹿馬鹿しすぎる(ホントに。)ので、ノロノロと準備をする。最初は、それこそまるで自分の墓穴を掘っている気分であったが、取り出したロープの太さと硬さがいつもに比べてかなり頼れる感じだったので、かなり安堵してきた。よーし! 意を決して、不死身のヒーローに変身するつもりでハーネスをはき、めいっぱい腹をしめこむ。“変身!” アンカーは松と雑木に分散。わざとこんかぎり引っ張って強度を確認する。うむ。アンカーよし。ロープよし。ハーネスよし。登り返し装備よし。さらに用心してプルージックを3回まいてセットする。これでパニクっても転落はない。ゴボウもできるし。あとはあまり怖くないことを祈るのみだ。形状からいって盛り上がった巨大なスラブのド真ん中の稜線上が一番傾斜がゆるいが、そこをトレースすると脇に逃げるには遠すぎる。壁の中で行動不能になっても誰もそばにはいない。大声あげれば野良仕事をしている麓のだれかが答えてはくれるだろうが、そのまま救助を待つには無理がありすぎる。どっちにせよ転落したら確実にオシマイである。エイト環と11ミリシングルロープのフリクションは適度いい感じだ。プルージックの効きが悪い(4回まけばよかったか。)が、これなら必死でロープを張らないでも大丈夫。エイト環の滑りをモニタリングしている内に、いつの間にか落ち込みを通過して壁の中に入っていた。おかげで怖い思いはせずにすんだ。(ラッキー!)見下ろすと最後まで同じ傾斜が続いているのが見える。これならルートが確認できるから不安にならないし、怖さもたいしたことはない。ただ、距離(高さ)は結構あるなあ。この高さと傾斜は完全にクライマーの世界である。(たぶん鈴木さんと藤本壁をやってなかったらすくんじゃってお手上げだったろう。)ひっかかったロープを降ろしなおすのにモタついたが、イゴイゴしてもハーネスはズリあがったりしないので安心快適。巨岩の上の空中散歩を独占して気分よく下降する。おお、古いピトンが一本だけあるぞ。下からは15mくらいか。きっと子供のとき見たあのクライマーのだな。30年以上前のものだ。(仁尾さんのロープより古い。)←まだようらあ。 考えてみれば、この岩に人がへばりつくのも30年ぶり以上のことだろう。(あのクライマーはご健勝であろうか。)岩元に降り立つと50mロープは5mくらいしか余っていなかった。45mあったか。隣の1.5倍もあったとは。とりあえず、となりのスラブの岩元までいって前回のトレース跡を確認する。舟着き岩への踏み跡も発見できたが、妙にはっきりした踏み跡が反対方向に続いていたので、これを辿ってみる。獣の足跡だけなので獣道なのだろうが、どんどん下降している。だれかの秘密のルートだろうかと期待したが、禿げた場所から先は不明瞭になった。まだ麓まではだいぶある。とりあえず到達の金テープをつけて引き返す。(いつかこれを麓から来ることがあるかも。)ツヅミ岩にもどって、気になっていた西側を確認するが、なにもなかった。でも、ここの横側から見上げるとなんか登れそうな気がしてきた。舟着き岩までの金テープつけは次回にして、一丁登攀してやるか。一番下に戻り、胸前にアッセンダーをセット。ゴボウ用はギヤラックに控えて、かかんにアタック。うむ。軽登山靴と皮手袋でグングン登っていける。なにかに取り付かれたように体が柔軟に動く。(まるでヤモリになった気分。)きわどいホールドでも思い切って突破する。しかし、緊張させられる岩壁でここまでデカイものを相手にするのは初めてである。さすがに20mを越えた真ん中あたりから疲れたのか勢いが悪くなった。ここまでノーテンションで頑張ったんだから、絶対ハンギングレストはしてたまるかと、気合を入れ直す。時間経過とともに肉体と精神はどんどん消耗するので、とにかく急ごう。いくぞ。おりゃ。おりゃ。おりゃあ! ホントに変身したのか、はたまたなにかに取り付かれたのかわからんが、ノーテンションで完登した。おお。ワシすげえのう。(ホント!)ガッツポーズしたあと、ワザと壁の落ち込み部分に戻って、セルフビレイにもたれながら展望を楽しむ。うむ。もう怖くないぞ。ああ、やっぱりここのロープワークは最高だあ。どうしよう。やっぱりここまでちゃんとアプローチを確定してやりたいなあ。ううむ。ホントはいけないことだが、ちょっとだけ枝を払わせてもらおう。炎天下で、かなりバテていたが、気力体力を総動員してアプローチを確定する。ふと見ると、ツヅミ岩の上にあるフェースにもピトンが1本あるのに気づく。ここも登っていたのか。ここの隣のせまい岩の間の通過が一番の難所で、重いザックを背負ってでは登り返しに無理がある。仕方なく今回持ってきたスリングを2つ提供して設置したら、いいアプローチが確定できた。でも、今回もまた、鈴木谷みたいに熱が入って、ちょっと枝払いをサービスしてやり過ぎた気もする。(また。懲りんなあ。)クタクタになって山頂までもどり、フラフラと下山する。いかん。帰るためのエネルギーを使い切ってしまっている。麓まであとちょっとというところでスッテンコロリ。しばらくは起き上がれなかった。帰宅すると15時半。昼食はまたもやとり忘れていた。(おかげで、ちょっとお腹がへっこみました。)今回、ツヅミ岩より西側の岩場もチェックしたかったが、見た感じ面白そうにないのでやめておいた。次回は舟着き岩までをもう一度再確認しよう。それにしても、やっぱり踏み跡や祠がどうも気になるなあ。区長さんならなにか判るかも。今度、訪ねて訊いてみよう。面白い秘密の参道があったりして。うむ。

キリがないような気がしてきた外国山:5月26日 朝9時、麓から岩場を観察していたら、道端の祠をお参りしているおばあさんがいたので、話を訊こうとしたら、なんとその旦那さんが、元 区長さんのMさんだった。(なんか神懸り的な偶然です。なにかに導かれているみたいだ。うらやましい?)Mさんは私のことをよくご存知で、いろいろ教えてもらった上、Mさん宅の隣の裏に御大師様があり、そこから登れると、登山口まで案内していただきました。以下、教えていただいたこと――――。

私がすずめ岩だと思っていたトンネルの空いた岩が、舟着き岩あり、あの穴の柱に舟を繋いでいたという言い伝えがある。(ウソかホントか縄文時代にそんなことがあったようだが、以前の舟着き岩より30mくらい水位が高いことになるではないか。いよいよ陸地がなくなっちゃうがな。)また、穴の中に頭を入れると風でゴンゴンと音がするので、別名ゴンゴン岩とも言われている。山中あちらこちらに祠があるが、じつは外国山だけで八十八箇所巡りができるようになっており、麓や山腹をトラバースする参道があちこちにあった。クライマーもよく来ていたようで、Mさん宅の裏方にもクライマーが降りてきていた。Mさん裏方のお大師様から上にはみこし岩牛乗り岩(牛が寝そべっている姿をしているらしい。)があるらしい。なお、山頂の馬乗り岩は“まのりいわ”が読みとして正解とのこと。また、私が舟着き岩と思っていた離れて起立した岩には名前がないみたいで、すずめ岩は、舟着き岩に隣接した岩のようだ。(また、地元のだれかに訊いてみよう。)

ううむ。この界隈だけで88も祠(岩室、木造、瓦物)があるのか。オミットしようと思っていたツヅミ岩より西側の岩場にも面白そうなものがまだまだあるみたいではないか。(こりゃキリがないなあ。)とりあえず、10時スタート。案内していただいたお大師様から踏み跡をたどって登っていくと、はやくも岩と祠があった。明確な参道は、西側にゆるやかに下っている。そちらへいけば、みこし岩や牛乗り岩があるのだろうが、なぜか下るのが嫌になって、不明瞭な踏み跡を上へ登る。岩場があらわれ、平たい岩が重なったものもあった。ある程度登ったところで、なぜか古タイヤが2つ転がっていた。どうやって、なんのためにこれをここへ?よくわからんまま そばの岩に登って現在地を確認しようとしたら、なんと岩頂にリングボルトが2つ打ってあるではないか。ええ!こんなところまでクライマーが来ていたのか。倒木がもたれて目印になっているので、この岩は麓からも確認できるだろう。(と、思っていたが、あとでどんなに捜してもなぜか判らないでいます。)ここから先はいよいよ急坂の岩場と竹林(弘法大師が竹杖をたてて下山したら、この竹林ができたという伝説がある。)のミックスになった。山頂が近いが、本格的な岩に囲まれて行き詰るとまずい。今回はロープは持っていない。仕方なくアクロバットで突破した部分もあり、退路を断たれる思いでこの先の岩場に弱点があることを祈りながら登っていく。立ち木に手がとどかず、ヒヤヒヤした部分もあったが、なんとか難所を登りきった。ここが竹林の上に見えていた奇岩だろう。平たい岩が重なっているだけで、空洞があるが、なにもない。到達サインの金テープをつけて山頂の鉄塔までつめる。11時 山頂鉄塔。あのボルトのあった岩がどこなのか気になるが、もうこの部分をトレースするのはごめんだ。(なんとも陰気くさくて岩登りが嫌いになりそうな場所ばかりだった。)鉄塔からツヅミ岩に下り、さらに東隣の“小ツヅミ岩”(便宜上、勝手に命名。)の岩上までアプローチを確定する。小ツヅミ岩の東の林を立ち木を持ちながら下降すると、下薮もなくあっさり岩元につく。今度この立ち木の下降にも金テープをつけてやろう。舟着き岩と思っていた岩(便宜上、“舟杭岩:ふなくいいわ”としておきます。)へのトラバース参道をたどると、この岩の岩元にも祠があり、鞍部とここで2つも祠があることになる。トラバース参道はここから先もゆるやかに下降して続いているが、このまま下山するようなのと、ブッシュがかなりかぶさってきたのとでトレース調査は次回にして前回到達金テープをつけておいた下山ルートを麓まで降りてみることにした。やはり獣道だったようなので、不明瞭な場所から先も獣の踏み跡を背を低くしてトレースしたら、わりとラクに薮コギでき、ふと右側を見ると、いつか来たことのある麓の大岩があった。この大岩の周辺だけが薮コギで、谷の下降の岩場が滑っていやらしかったが、ずいぶん早く下山できた。12時過ぎに帰宅し、シャワーを浴びて昼寝。夕方、翌日出勤前と2度確認するが、ボルトのある枯れ木のもたれた岩は確認できなかった。次回は、小ツヅミ岩の木立の下降から下山するのを金テープをつけてやろう。舟杭岩は、その先からうまくトラバースして比較的ラクに登山道に出られたら金テープをつけてもいいが、どうかなあ。薮コギの参道をたどらず、岩場をなんとかたどってつなげたいが、舟杭岩はなぜかそう魅力を感じないので、どっちでもいいか。(舟着き岩はささやかでも珍しい岩なのに比べ、舟杭岩は大きいが、和気アにはチンネがあるからかもしれないなあ。)あとは、ツヅミ岩からボルトのある岩をめざしてみよう。(多分、ツヅミ岩の近くだと思う。)さらに、今回教えてもらったみこし岩と牛乗り岩を見にいってみよう。(はあ、なんかまたいろいろありそうで、まだまだ先はながそうだなあ。)

牛乗り岩とボルト岩捜し:前回はMさんに言われた牛乗り岩がある尾根には向かわず、剣呑なルートをたどってしまった。今回はちゃんと訪ねてどんなものか見たい。6月5日、昼から雨になるというので、朝8時半から外国山にむかう。前回と同じ押部集落のMさん宅の裏のお大師様から植林帯を登り、今回は祠のある岩から明瞭なトラバースの参道をたどる。参道はそのままゆるやかに下降しているが、右上に別れて登っている妙にハッキリした登山道の跡があった。思い切ってこれを辿ると大正解で、めざす岩場についた。ここにも岩の祠がある。この岩から先はルートの判別がしにくいが、岩が点在する小シダの藪コギで岩尾根をたどるものなので、どんどん登っていける。また祠のある岩についた。ここから西隣の起立した岩が並んでいる尾根へのトラバース道の跡(岩場の足元をたどっているものらしい。)があるが、ちょっと藪がひどい。ここから見る限り起立した岩場群は大した特徴もないので、そっとしておくことにする。藪をこいで岩の上にいくとまた祠があった。もしかしてここが牛乗り岩だったのかもしれないが、周りの岩場の確認に気をとられて気づかなかった。ここから先は不明瞭となり、シダの藪コギと濡れたスラブの登攀をして半ば強引に縦走路に詰めあがった。9:40 なんとか雨になる前に切り抜けたわい。牛乗り岩が判らんかったが、今回のルートはなかなか楽しかった。でも、そんなに大したものではないし、周りにある未調査の岩も大したものではないことが判った。よし、あと気になるのはボルトが打たれたタイヤのあった岩だけだな。馬乗り岩で休んでいると、西側の山の上をヘリが飛んでいた。両脇にパイプ棒がでているが、なにも散布してはいない。どうやら薬剤散布に先立っての偵察飛行のようだ。ポツ。ポツ。うん?10時前なのにもう雨が降り出した。しかもどんどん本格的に降りだした。どうする?濡れた岩場が危険だが、ツヅミ岩の西側にボルト岩があるかどうかを確かめたい。無理してツヅミ岩まで下降し、西側をさぐって、それらしき岩場まで下降する。しかし、ボルトもタイヤもない。くそう、違った。さらに下の岩に向かおうかと思ったが濡れた岩場が危険だったので、引き返す。小ツヅミ岩にむかい、東側の林をルート確定しながら下降して岩元に降りる。下山するためのトラバース踏み跡をたどり、ツヅミ岩の岩元をパスして西に直進し、獣道をたどる。この藪は前回こいだことがあるかも。もしかしてボルト岩にでくわすかも。と、期待して藪をこいで下降するが、朝登った植林帯の上のトラバース道に出た。ううむ。もしかして、ボルト岩は難所が済んだ山頂辺りの岩頂だったのかも。(記憶ミスしてたのかも。)諦めて下山し、グショグショで藪ゴミだらけのひどいイデタチで、雨の中にたたずんでボルト岩をさがす。しかし、枯れ木のもたれかかった岩はない。10時半、煮えきらぬ想いで帰宅する。ううむ。八十八箇所めぐり(ルートに赤テープはありません。)は藪コギマニアの方にお譲りするとしてボルト岩もあきらめれば、あとはツヅミ岩からの下山ルートに金テープをつけたら終わりなんだけどなあ。なあんかひっかかるなあ。もしかして、まだ面白いものが隠れているのかも。

外国山のHPを検索したら:外国山の山腹の岩場がうまく写った写真がないかと外国山を検索した。写真があることはあったが、全てのHPで、山頂の“馬乗り岩(まのりいわ)”が、ただの“大岩”で片付けられている。なんかムカつくわい。(また。と、思うかもしれんが。)やはり某書籍が大岩としているせいである。(まあ、ヘンテコなニセの名前をつけてないだけマシといえなくもないが。)あんなシチュエーションの山頂岩場なんてそんなにあるもんじゃなかろうが。なんで“名前を知りたい。”と思わんのかなあ。麓の老人に“スミマセン。”と声をかければ簡単に得られる情報なのに、なんでそれをしないのか。HPならすぐに取り消せるけど、書籍はずっと長く保存されるし、皆が信頼するものだけに、ちゃんと調べてから書いてもらいたいものである。また、この山も松茸時期は入山禁止なのを明記すべきである。里山は、山を見るだけではいけないそこを利用して生活している人々の話もちゃんと聞かなくちゃあね。それに、山腹の岩場を紹介しているものが皆無なのも残念です。すごく面白い岩場があるのに、それに気づかずに満足しているようでは、山屋としては ちょっと情けない話ではありませんか。皆さん 山遊びがヘタクソですねえ。(おいおい。)ここまで読んで、“なんだとおおお!!!!”と怒っている方は期待が持てます。(うん。)未知の岩場はたしかに怖くて危険もありますが、大事なことは、それを克服すべく技術をみがくことです。クライミングまでする気はないが、穂高縦走などに憧れる多くのハイカーなら誰もが危険な場所を安全に通過するためのロープワークと歩行技術は習得したいと思っているはずです。ぜひ、和気アの上級ルートを歩いて歩行技術をつけ、山岳会のしかるべきリーダーの指導の下に和気アの長大なスラブを利用してロープワークの練習をしてください。和気アほどハイカーに安全技術をほどこしてくれるいい先生はいないと思います。

これからの予定:和気ア同様、周辺の岩山も、もっこく山は登山口が栗畑だから秋はダメだし、外国山も松茸山だし、どうも秋には遊べんなあ。石鎚山ならいいだろうが、あそこは見所が2つしかない。(普通の山なら見所が2つもあれば十分だろうが、見所満載の和気アの周辺では4つ以上はないとツマラン!となってしまいます。)なんとか6月中には外国山もすまさなくては。そしたら、夏は佐伯(じつは、密かにねらっている場所があるんです。鈴木さんは、隣の岩壁が気になってふみこんでましたけど。おっと、ヒ・ミ・ツ。)の沢登りをして、秋からは佐伯天神山の岩場めぐりをやろう。(余裕があれば、大中山“奥の岩壁尾根”を逆縦走し、イモリ岩、チンポ岩、西山の城山を訪ねてみよう。多分、どれも訪ねるだけになるだろうけど。)そしたら、和気アをとりまく西南北の岩山に卒業生用のお楽しみルートができることになる。あとは、東側なんだけど、残念ながら東の岩山といえば、三石まで離れてしまう。(周辺というにはちょっと離れ過ぎだなあ。)岩山でなくとも面白い沢沿いルートのある山を探してみるか。うむ。候補がないこともないなあ。かっこいい名前だし。おっと、ヒ・ミ・ツ。

ザイテンのフランケは何mあるか?:最近 和気アの穂高山周辺のバリエーションにハマったという末期の和気アル中患者のYさんに、ひょんなことからザイテンの最大フランケの最長落差距離をロープをはって調べてもらうようにお願いしました。(また。自分でロープを担ぎ上げるのがシンドイから頼んだな。ホントよく他人を利用するねえ。)←じつはそうなんだけど。 何年も前に、マサミチルートのスタートを剣沢のナメ登攀からできないかと思って、麓から堰堤を乗り越えて遡行したことがあります。しかし、軽登山靴だったので、急坂の長大なナメが雨上がりで濡れて登攀できず、エスケープしようとフランケに取り付いたら、登っても登ってもミチオルートにでない。おかしいなあ。不安になったせいか、横幅がずうっと広いので、どっちに登ればいいのか迷いそうになりました。しかも高度が増して、濡れた岩肌にスレートの浮石だらけ。正直 ノーロープではちょっと怖すぎでした。なんとか最後はミチオルートの崖っぷちにたどりつき、こんなにデカイ岩壁だったのかとおどろいたことがあったのです。(このページを読み返しましたが、なぜかこの剣沢の試登の記述がない。どんなにスクロールして捜しても無い。ううむ。なんで書いてないんだ?よくわからんが、まあいい。)私の予想は40mくらいかと思いますが、50mあったらいいな。Yさん報告待ってます。

近況:梅雨なのにいい天気が続いている。しかも、曇ってあまり暑くないので、野外活動が一日中できてよくはかどる。しかし、最近は親父の手伝いで、梅取りをずっとさせられており、庭の草取りすらできないでいる。やりたいことが山ほどあるが、我慢を強いられている。これからは雨ばかりのようだが、はたしてどこまでやれるかなあ。和気アのこともほっとけないしなあ。

携帯更新:先日、消防幹部会にて。 Nさん:“おい。緊急災害情報のアドレスじゃ。皆このバーコードみたいなのを携帯で読み取ってくれや。” 私:“すんません。どうやるんですかねえ。その機能がどこにあるんかみつからんのですが。” 皆:“おお?なんなあ。これムーバかあ!骨董品じゃがな。わはははは。”―――― いまでは、ムーバの機種は完全に店頭から撤去されて、入手は不可能である。いつぞやの失敗ソフト“ウイルスバスター2007”みたいに、なにがなんでもムーバからフォーマにしなくてはいけないように仕組まれている。6月22日、4年間使ったドコモ携帯(デビュー当時としては画期的だった200万画素のカメラつきだったので、引退させたらデジカメとして使おうと思っていた。が、今では700万画素のちゃんとしたデジカメを買って持っているので、結局 用無しです。)をムーバからフォーマにした。なんでもこの6月中ならキャンペーンで安いらしい。ポイントもたまっていたので、思い切ってP905iにした。(最新のP906iがでたおかげで、5千円くらい安くなっていた。)横にもひらいて極小のモバイルか任天堂DSみたいである。緊急地震速報のメールが自動でとどくらしいので、つくように設定した。ゲームもなかなか本格的なのがいろいろできるが、この歳では正直 どれもする気にはならんなあ。カメラも520万画素もあるが、保存用のマイクロSDカードは買っていないし、電池がえらく早く消耗してしまう。その上、使い勝手の構えにくさ、シャッターの反応の遅れによる失敗しやすさからいって、あまり使いものにならんという気がした。やっぱり 写真はちゃんとしたデジカメのものである。よろこんだのは、1のボタンを長く押すとGPSが作動して現在地が地図にでるようになっていることか。しかし、iモードが通じない場所では緯度と経度の数値しか判らないようだ。ううむ、山中では使い物にならんかも。オマケに精度も不安定で、アテにならない(してはいけない)みたいだ。ワンセグなる地デジのテレビ放送も見れるが、和気ではまだなにも見れない。(和気では、いまだに光ファイバーも有線放送もきてないから、ブロードバンドは、不安定で切れるばかりし、雷がなっただけでモデムまで壊れるADSLしかないままである。)これも都市近郊の場所じゃないとだめみたいだ。何年かして地デジがもっと普及したら見えるようになるかもしれんが。まあ、見るとしても山では天気予報くらいか。ならば、iモードで充分である。あと、パソコンのHPもちゃんと見れるが、字が小さくて読みづらい。オマケにパケット代なるメモリー使用料金がメチャクチャ高い。なんと、写真のいっぱいあるHPを1ページ見ただけで、時間に関係なく、チラ見でも1500円くらい取られてしまうのだ。(げげっ!!)しかも“パケホーダイ”なる契約ではダメで、“パケホーダイフル”なる契約にしていないと大変な金額になってしまう。(知ってました? さらにこれでもダメなHPもあるらしいから、正直 とても怖くて見れんぞ。)パソコンならタダも同然で見れるのになんなんだこれは。悪徳商法ではないか!マッタク。私はいつも不携帯で、(店員さんも呆れるくらい)メールすらほとんど使っていないので、一番安い料金設定のままで、パケット代の割引など契約していない。(先月は63パケット(1パケットは128バイト、全角で64字。)で18円だった。ちなみにパケホーダイの娘は144万3670パケット。)よって、この携帯ではパソコンのHPをゼッタイ見るわけにはいかない。(見たら破産する。)この携帯1台で、電話、高感度カメラ、地デジテレビ、パソコンのブラウザ、GPSナビ、ゲーム機、さらには音楽プレーヤーやオサイフなどの機能を持っている(ううむ、凄い。)のだが、よく使っても非常事態にかぎり、車のナビみたいに使い方を忘れたころに使う程度だろうなあ。(ああ、虚しい!)自分のメールアドレスを表示させることすらできず、赤外線通信の存在も忘れている私にとっては、はっきりいって、“タダの電話”である。(機能が充実している分、なんか余計にハラがたつなあ。)ホント、なんたる皮肉。携帯は、余分な機能のない お年寄り用の使いやすいヤツが一番な気がする。特に“山”では、いざという時に信頼できないものは、単なるゴミだから、カメラはカメラ専用。テレビはテレビ専用。ナビはナビ専用で、別々のちゃんとしたものを持っている方がいい。携帯でいうなら、いつでもどこでも確実につながることに専念したコンパクトなものが一番であり、(腕時計みたいに防水性があれば完璧。)ザックの中で知らんうちにヘンなスイッチがはいってバッテリーがあがってしまうようなものはダメである。仕方なく待ち受けにせず電源を切っている皆さん。同感でしょう?(すみません。ワンセグは地デジじゃないとのこと。ただ同じアンテナから送信されているようです。)

猛暑中での外国山:最近、仕事がしんどくてかなりクタビレていたが、やっと自由な休日が持てた7月7日、朝から蒸し暑く、気温は34℃になるという予報であった。どうする?おとなしくウチで寝てた方がいいんじゃないか?クーラーかけて冷えた飲み物をいただきながらのんびり過ごすのがクタビレきった今の私には最もふさわしい気がする。しかし、やりかけの外国山をこれ以上ほっとけない。日ざしにむきだしの登山道ではなく、バリエーションの撤収ルートである日陰の林中を登ればなんとかいけるかも。よし、やろう。(おいおい。やる気かよ。バーティカルリミットこえてるぞ。)家族がクサイと言っている風呂の掃除をすませて、10:20 小川ぞいの路肩に駐車し、細い鉄橋を渡り、林の中へ。無風で暑いが、日差しがさえぎられているからなんとか耐えられる。谷になった急坂を登っていて、ふと 谷の左側を見ると大岩があった。ちょっと立ち寄ってみると、麓からは木で隠されているが、岩頂からは麓がよく見える。外国山では、この程度の大岩はごく当たり前にあるように思えてきた。こんな隠れ大岩ならまだまだたくさんありそうだ。88箇所めぐりができるのがうなづけるわい。谷ごしの右側にはホコラのある大岩が見える。谷まで戻り、トラバースの参道跡が残っていたので、こっちの岩頂にも立ち寄ると、瓦づくりのホコラがあった。日なたで暑いが、ここから岩場が続いていたので、尾根上をたどるとひらけた場所にでた。適当に上にむかうとちゃんとバリエーションの撤収ルートに合流できた。10:50 ツヅミ岩の岩元。風が無くて暑いが、ツヅミ岩の西側の岩場を調査すると、やはり以前登攀した岩場であった。しかし、どこにもタイヤもボルトもない。竹林になる所まで登り、以前は竹林をトラバースしたが、今回は竹林手前の岩場を登る。岩頂につくと、ツヅミ岩の岩頂のすぐ近くで、一度ここまできて引き返した場所であった。ここから西側を見上げると、一つ越えた向こうに垂直壁がカイマ見える。もし、クライマーが岩頂にボルトを打つであろう岩があるとしたら、あれしかないのではないか?ううむ、やっぱり記憶ミスで、山頂付近であったか。しかし、あそこまで行ってみる元気はもうない。正直 バテバテ。ああ、もう。なんでこんな猛暑の中で、こんな所にいるんだ?おとなしくウチでくつろいでいれば、涼しくて冷たい飲み物が――。くつろいでいる妄想をしながら、焼けこげそうな岩の上でたたずむことしばし。あちこちでへたり込みながらフラフラと小ツヅミ岩を周回して岩元にもどる。完全に限界にきていたが、もう一つ気になっていた舟杭岩の岩元からのトラバースルートを調査しにいく。(ようやる。)獣道を利用して行けるところまで薮をこいでトラバースしてみると、岩場にでたが登山道の展望岩ではない。まだまだトラバースしなくてはならないみたいだ、許可がないので刈り払いはできないから、やはりこっちのルート設定は無理だな。やはりおとなしく直下降で下山する撤収ルートを活かすことにしよう。重いガチャ道具を背負って帰るには、つまらん林中通過になっても、登り返しのない方がいいだろう。よし、ルート確定だ。この舟杭岩までは、参道跡が明瞭であったので、最後の立ち寄り場として金テープをつけたが、茶を濁すだけになるかも。麓近くのホコラのある大岩も同様なので、こっちへの立ち寄りはせずに(したとしても、岩頂だけで、)さっさと下山するようにしよう。(正直、倒木を除去してホコラまわりを整備するのが面倒。)金テープをつけながら下山したかったが、不明瞭な部分が多いので、次回にルート確定してからにする。14時 下山し、帰宅。シャワーをあびて遅い昼飯。クーラーのかかった部屋で昼寝をして、夕方になって少し元気になる。そしたら、親父が“おい。ちょっとてごをせえ。”といってきた。(はああ!?)すもものネットかけをして、19時 帰宅すると膝が痛む。やはり無理がたたったか。さてと、あとは望遠鏡で例の垂直壁の岩頂に枯れ木がないか見てみよう。(ボルト岩の同定はもうこの確認だけでいいや。どっちにせよ離れているし、遊べんから。)そしたら直下降の撤収ルートの林中に金テープをつけたら完成だあ。しかし、それももう正直しんどいなあ。

ついに発見!タイヤのあったボルト岩:翌日夕方、会社帰りに押部集落によって、西日に照らされて見やすい状態になった外国山の岩峰群を見上げる。望遠鏡はないけど、よく見える。一番上の垂直壁の岩峰には枯れ木が見えない。変だなあ。やっぱりちがうのか?じゃあどれだ?ううむ。しかし、素晴らしい眺めだ。登らなくても、この集落から見上げる外国山は満足できる。外国山のベストビューポイントはここ押部である。昨日の記憶から岩峰を同定できるので、じっくりたどってみる。あそこまでは昨日確認して、あれを登ったから、あとはあそこから竹林をこっちへトラバースしたんだな。そしたら次は最後の垂直壁ではなくて、その下のあの岩峰に立ち寄ったのか。そして、そこから竹林を直上して核心部を突破したんだな。うん?まてよ。あの岩峰に枯れ木がかぶさっているように見えるぞ。一番上の垂直壁の隣にある竹林の下にある岩。今までトレースした部分から はずれていると思ってしっかり見ていなかった岩。そして今、立ち寄ったことを確認した岩。そうか、あれか。みるみる記憶と全てが合致していく。(おお!)やはり核心部の前であり、山頂付近ではなかったのだ。しかし、あまり大きな岩ではない。なんであの岩にわざわざボルトを打ったのか?もしかして、ハングになっているのか? たぶん。それしか納得できる理由はない。クライマーにとって、かぶった岩は小さくても貴重なのだ。(和気アのチンネのかぶった5mほどの部分にもボルトがあったもんなあ。)それに、すぐ上の大きな垂直壁には、リスがあるしアンカーの樹木もあるからボルトはいらない。やっぱり、あれだ!間違いない。しかし、なんであんなヘンピな場所にタイヤを2つも、なんのために持っていったのか?ブロックをザックに入れて訓練したように訓練用のオモリなのか?昔のキスリングなら入らないこともないだろうが、なんで、あそこに放置したんだ?ううむ。 じっと岩を見上げて考えていると、集落のおじいさんが、なにを見ているのかと話しかけてきた。経緯を説明すると、昔は皆があそこを登っていたんじゃ。と、懐かしがっていた。舟着き岩は、ゴンゴン岩の他に、ハナグリ岩(牛の鼻輪をとおす穴に似ているからか。)ともよばれているらしい。そして、例によってそこに舟をつないでいたということだ。ムチャクチャ水没していたことになりませんか?というと笑っていた。眉唾かもしれんが、これだけ皆が言うと、なんかホントかもしれんという気にもなる。これは、外国山のロマン伝説である。(あきらかにウソっぽい神話伝説より、地球環境の変動を考えた場合、妙にリアリティーがあっていいんじゃない。)あとは、直下降のルート設定と金テープつけで完成だが、できれば、もう一度ボルト岩を実際に確認しにいこう。あそこならツヅミ岩から行くのにそう困難ではないだろう。

ゲートロック崩壊:トミおじさんのHPを読んで、ショックを受けました。私がもっとも登攀欲をそそられたいい岩だけに残念です。これは震災の名残りによる自然崩壊なのでしょうか? 和気アでも、かつて権現岩が崩れたことがありましたし、最近では観音山の麓の石切り場跡が突然崩落しました。岩山というものは大山みたいに自然に崩れ去る運命なのでしょうか? 崩れ残った状態で時間経過したものが現在の岩場なのかもしれない。そうすれば、岩場はすべて崩れる運命なのか。そう思うと、鷲ノ巣なんかいかにも崩れてしまいそうです。ああ、いやだなあ。そういえば、鈴木さんも体調を悪くしたというし、ツヅミ岩をたたいて音を確認してほしかったのに、困るなあ。(また。勝手なことを。心配せんでも誰かさんみたいに毎週スキーにいくくらい元気になるって。)

外国山撤収ルート完成:(と、いっても、金テープをつけただけみたいなものだけど。)7月10日、今日も32℃になる予報だが、風が吹いて日陰なら涼しく感じるので、撤収用の直下降ルートを確定しながら金テープ整備をしにいく。朝9時から正午までかけて、前回、瓦つくりのホコラがあった大岩の岩頂まで整備した。林中、ずっと下草がなくどこでも通過できるので迷いやすく、急斜面でスリップしやすいので、どこを通るように金テープ誘導すべきか結構悩まされて、意外と時間がかかった。初めてここを下降した時、急坂でありながら意外とすんなり下降でき、急坂であった分かえってスピーディーに下山できたのが好印象だったので、意図的に最短距離になるように心がけ、できるだけ直下降(直登)するように設定しました。軽く昼寝した後、相変わらず風が涼しかったので、夕方3時から5時半までかけて続きを小ツヅミ岩の岩元まで整備して開通できました。結果的にちょっと金テープをつけすぎたかなあ。これなら誰でもトレースできる。(いつものことながら、やりすぎるんだよね。)林の中はかなり薄暗くなっている。急いで降りよう。ついでに何分で下山できるか計ってみよう。17:30小ツヅミ岩 岩元スタート。シダ帯のトラバースから直下降。禿げ地を通過して笹薮を直下降したら瓦ホコラの分岐。さらに谷を直下降し、斜め左側に進路変更してそのまま直進下降したら、細い鉄橋で小川を渡って下山完了。時刻は17:35。(!)うっそー?!たった5分。じつは、途中で何箇所も金テープを追加設置しながら降りてのことである。これなら緊急事態があっても対処に便利だわい。我ながらいい仕上がりになったと満足。満足。達成感にひたっていると、先日のおじいさんがバイクで現れ、私を覚えていて、“おお。あっちいのにようやるのう。”と笑っていた。ここから金テープをたどると子供のころ遊んだ舟着き岩をへて山頂までいけますよと教えると、とても喜んでくれました。これで、一応 外国山の上級ルートが開通したことになる。これで完成としてもいいのだが、ツヅミ岩の西側にボルト岩への立ち寄りルートも設定してやりたい気持ちにもなっています。もう一度ボルト岩方面を調査してみよう。なにか新発見があるかもしれん。でも、この続きは冬にした方がいいか。(もうバテバテ。)他にもまだ西尾根の岩場も、やっぱりちゃんと調査しておいた方がいいと思うしなあ。(多分、そっとしておくことになるだけだろうけど。)気候次第だなあ。うん。

舟着き岩に思うこと:この岩は、(石灰岩なら、よく見受けられる)トンネル状の穴があいているというだけで、大きさも形もなんらたいしたことはなく、オマケに周りをひとまわりデッカイ岩に囲まれており、お世辞にも目立つ存在ではない。しかし、私は今回のルート作りにおいて、一番最初にこの岩に魅かれました。ちっぽけなのに、なぜか魅かれました。今では、この岩を知らずして、外国山を語るなかれ!といいたいくらいです。あの“ゴミ袋の出来事”は今もっても神懸りというか運命みたいな気がしております。(うらやましい?)しかも、地元のおじいさんやおばあさんにお話を伺うと、決まって皆が皆 馬乗り岩以上に この岩のことを語るのです。今更ながら、この岩が地元にとても愛された岩であることがよくわかります。もしかして、外国山の最高御神体はこの岩なのかもしれません。そういう気持ちでこの岩の存在を考えたら、まるで、たくましい武将達に警護されたお姫様みたいな感じすらします。それが、私を呼び止めたということでしょうか?(なんともうらやましい?)オマケに、昔はこの岩に舟を繋いでいたというミステリアスな言い伝えを、やっぱり皆が知っている。というか、理由抜きに信じているみたいです。つくづくなんとも“いい岩”です。今まで、比較的ちっぽけな岩は無視しておりましたが、岩は大きければいいというものではないということを、教えられた気もします。山頂の馬乗り岩は誰もが気づく“いい岩”ですが、それにも負けない“いい岩”が、じつはひっそりと存在しており、それが最高位の御神体として、周辺にたくさんあるもっと大きい岩達を従えているとしたら――。(うん。“山”はこういうことがあるからタマンナイんだよね。)昔、子供たちが穴の中に頭を入れて、ゴーンゴーンという風の音を聞いていた岩。ゴンゴン岩とかハナグリ岩などと愛称がいくつもある岩。地元の皆に愛されながらも ひっそりとたたずんでいた岩。不思議な言い伝えをもっている岩。そして、私を呼び止めてくれた“大事に守ってやりたい岩”である。この岩に子供がまぶれつくのは微笑ましく許すとしても、クライマー気取りの重たい大人がフザけてこの岩を攀じろうと穴に足を入れたら、壊れるかもしれん。そんなことになったら許せん。ううむ。(以下、浮かんだ妄想。:――“てめえ。この舟着き岩 姫様に可哀想なことすんじゃねえ。おめえの相手なら近衛隊長 ツヅミ岩がしちゃるで。おらあ。こっちで転がってろ。” ポイッ! ツヅミ岩45mの岩上をコロコロコロコロ・・・・。パチャ! “ふん!馬鹿めが。”)←おいおい!

ついに300ページ:08年7月12日、試しに印刷プレビューしてみたら、301ページになっているではないか。(おおお。)ボヤキや失敗談や全く意味のない話ばかり(そうなんだ。)が、積もり積もってついに300ページを突破。(よくまあホントに。)もしかして、貴方まだ読んでました? ほんと救いようのない方ですねえ。(コラコラ。)もちろん例によって、これでこのページがどうにかなることはありません。まだまだこのまま行きますよ。さあ、400ページめざしてファイトお!(やれやれ。懲りんなあ。)

宮島の赤ペンキ事件:またか。暗くなるなあ。馬鹿なことで登山文化に蔭をおとすなよといいたい。いつだったか、操山を勝手に伐採して古墳へのバイパスを作った馬鹿が、器物損壊で起訴されたことがあった。また、山口あたりで山岳会を辞めさせられたハライセに山中に落書きをしまくって起訴された馬鹿もいた。今度も落書きみたいなものだが、いらぬお世話でコースサインを赤ペンキでつけたもので、今までの中では一番罪がなさそうに思えなくもない。ただ、ヤリすぎたのである。(単にサービス精神でエーカッコをしたかったんだろうなあ。)しかし、全国放送のテレビにもたたかれるくらいの大騒ぎになっている。それは、そこが国立公園だけでなく、世界遺産にもなっていたからである。くりかえすが、山はどれも同じではない!ということです。(いいかげんに判ってくれよ。(ヨセミテと違って)国内の観光名所の岩もクライミングは禁止なんだよ。観光名所の山なんて勝手にいじくれる訳ないだろ。まあ、だいたいそんな公園もどきの山なんて、いじくりたくもないけど。)なお、国立公園では管轄する中央省庁(どこだかは知りません。)の然るべき許可がないと道標も勝手にはつけれないそうです。大山もそうです。(でも、サービス精神でつけられたものが結構あるねえ。ホントはいけないんだろうけど。)やっぱり、私は付加価値をゴチャゴチャつけられた山で“杓子定規な遊び”をするのではなく、地元にも無視されているような山で“ホントはイケナイ遊び”をする方がいい。ただ、ヤリスギには気をつけよう。(まあ、金テープなら簡単に撤去できるけどね。)

1億8千万円の超スーパーカー(!)に乗って空中散歩:なんのことか意味がわからんでしょうが、私は高度20mの空中散歩を体験しました。7月14日 夜7時半、恒例の広虫荘の避難訓練があり、今回 東備消防がはしご車を使って実際に屋上からの避難訓練をしました。プロの消防装備に興味のある私。オレンジのツナギ姿のレスキュー隊員さんに腰の装備をたずねました。ラッペルする場合はシットハーネスを着用するが、今回のような高所作業ならスワミベルトで、個人装備は巻き取り式のセルフビレイ(車のシートベルトみたいにロックされるスリングに安全環つきカラビナ。)のみとのこと。要救助者の乗り込み援助として屋上に向かう役に、消防団の方で希望者はどうぞ。といわれて、Nさんと私が手をあげる。さっそくスワミベルトをつけ、ヘルメットをかぶり、ゴンドラ(4人まで乗れる。)にのりこむ。セルフビレイをとって、しっかりつかまる。(ちょっとドキドキ。)隊員さんがゴンドラ内でレバー操作して空中へ。最高の20mまでのばして、高度感をあじわう。(ちなみに20mはビル7階分。)うむ、Nさんもいるし、セルフビレイもしているのでそんなに怖くはない。ちょっとゴンドラが建物と離れているが、扉をはしごにして、屋上に降りる。なかなか貴重な体験であった。隊員さんに話をきくと、このはしご車は1台1億8千万円もするそうだ。(ウチの4分団の年季のはいったポンプ車が、実は1台1千万円もするポルシェ並のスーパーカーだときいて驚いたことがあったが、なんとまあ。)しかし、なんかムチャクチャ高いではないか。ドンブリ勘定ではなく、内訳が知りたいものである。なにがそんなにするのか?もしかして、生存者を感知する特殊センサーや会話ができるコンピューターみたいなハイテク装備でも搭載しているのだろうか?(ナイトライダーのナイト2000やガンヘッドU-HEDシリーズ507(←誰も知らんて。)みたいにか。)それとも、ヒト型ロボットにでも変形できるんじゃろうか。(トランスフォーマーや闘将ダイモス(←誰も知らんってば。)みたいにか。)はたまた、車体中央に格納庫があって、ご都合に合わせて毎週違うメカが出てくるんじゃろうか。(サンダーバード2号やヤッターワン(←知っとるけど、この2つじゃえらい違い。)みたいにか。)なお、あまりの高額ゆえに、お隣の赤磐市には配備されておらず、東備消防にもこれ1台だけらしい。ううむ。構造的にはウチの会社の工事でよく見かけるクレーン車とそう変わらないように思える。会社の物知りが言うには、500kgのものを20m伸ばした先に持ち上げれるものだったら、3千万円くらいが相場だというが。特殊車両というのは工事車両以上に量産できないせいか、やたら高いものになるらしい。(もしかして、ヘリコプターの方が安そうな気がする。)全国一斉に共同購入したり、(世界中の平和のためにも)海外に輸出することで量産体制をとり、一般車両価格にしてもらいたいなあ。世界中一家に一台 はしご車を!みたいに。(そんなには要らんだろ。)

バテバテ下山の寺ヶ谷遡行:鈴木さんのHPによると、泉山の寺ヶ谷は県内で最も多くの滝があり、新情報では、下山ルートとして植林帯と送電鉄塔管理道を利用すれば、登山口方面に戻れるとある。7月20日、長女と岡大の5名の皆さんを連れて(久々にお初になる)この沢を遡行しました。2つある堰堤の先のダートになる場所に駐車して10時半スタート。きわどい滝は、今回は長女がいるので用心して巻きました。寺ヶ谷滝を巻くのが高巻きになって大変だったくらいで、他はこれといったことはなくラストの滝を確認して植林帯のツメになりました。天の川コースの東屋まで高低差170mをつめあげるのだが、とんぼ返りになるので、なんだか面倒くさい。(左斜面なら高低差70mで縦走路なのだが、自然林で薮こぎはかえってキツそう。)このまま植林帯の上端から尾根をたどって下山するか、東屋まで登るか学生に意見をきくと、登りたいとのこと。しょうがない。それなら登るかと下草のない急坂を100mほど登って尾根上に立つが、左側に廻り込むように尾根が続いており、なんども偽ピークにだまされる。(谷の中央を登攀してくれば薮は無くて済んだのだが、)最後は薮コギになってなんとか東屋にたどりつく。予想以上に体力と時間を消耗してしまった。(これがあとで大変なピンチになる要因のひとつになろうとは。)バテた娘は来てもつらいだけなので、30m手前の薮の中でストップをかける。東屋から下山で通過予定の送電鉄塔を探すと、(見づらかったが)尾根の枝分かれした右側の尾根にあるのが確認できた。くそう。かなり先だ。それもわかりにくい枝分かれをした先だ。あの枝分かれしたピークからは、めざす右尾根はかなりの急坂を50mくだった下にある。うまく右尾根に乗れるだろうか。分岐峰上に鉄塔管理道がきてれば楽勝なんだがなあ。不安ながら14時下山開始。1時間半で下山できるはずだが、バテた娘が遅い。(待ち時間が長いと距離感が狂うみたいで尾根がえらく長く感じた。)鈴木さんのHPでは下山は楽勝みたいに書かれてあったが、ブッシュが結構茂っており、初めての道無き下山ルートなので、私は先行偵察しながら、娘に合わせてゆっくり歩いてくれている皆を“こっちこっち。”と誘導する。(かなりルートファインディングしたと思う。)尾根上がブッシュで歩きにくい場所は、植林帯側のちょっと下にうまくピークをまいたトラバースの踏み跡があった。問題の分岐峰についたのが16時前。(手前で視界がえられる場所があり、はるか下の谷間に電線のみ見えた。)19時までは明るいが、迷ったらマズイ。赤テープと黄色の境界杭があったので、方向からいってもこれだと思って植林帯の急坂を下降する。しかし、真下にめざす尾根がない!(小さな突起みたいな枝尾根ならある。)見当ちがいして迷ったか? まずい。どうする?このまま下草のない植林帯を下降して突破するか? おそらく、ここからなら登りで通った林道に出れるはずだ。(でも、万一 違ったらもう登り返せないぞ。)もう16時過ぎだ。ううむ、時間もないし、めざす尾根が見当たらない以上もうこれしかないか。皆にこのまま下山して薮を突破することを説明し、下降していくと、植林帯の下にブッシュが見えた。うう、やはり薮こぎか。うまくしても100m以上はこぐことになるぞ。ますますもって不安になった時、斜面の中にトラバースの踏み跡があった。 うん?踏み跡の先を見ると、左側斜め上方に右尾根らしきピークがある。急遽、皆にストップをかけ、バテながらもピークに登り返す。ここで鉄塔が見えたらよかったのだが、ここからはまだ電線すら見えない。(くそう。やはりまだまだ相当先なんだな。)とりあえず、ここへ皆をよぶ。言葉を翻した私にうんざりした皆がしぶしぶ登ってくる間、コンパスで尾根の方向を確認する。うむ。右尾根だ。間違いない。(偶然とはいえ、たどりつけてよかった。)現在地を確信できて安心する。しかし、この分では駐車した場所よりだいぶ下の方に降りさされそうだ。やっぱりさっきのを直下降してればよかったか?まあいい。遠回りでも鉄塔までいけば大丈夫だから、尾根の上なら日没の最後まで明るいし、時間がなくてもこっちを選ぶべきだ。(バテて日没まで時間がなく、迷えない状態で迷ってしまい、強行突破を選択しなくてはならなくなったのは正にピンチであった。尾根を発見できたからには谷への強行突破はやはりすべきではない!)この右尾根をたどるが、これまたなかなか鉄塔が見えてくれない。車までは運転手のみが鍵だけもって取りにいくことにする。嫌気と不安がピークになりかけた頃 尾根の左下からりっぱな鉄塔管理道が現れた。やれやれ助かった。(左尾根をたどってもこれならこっちに簡単にこれたろうが、こんな山腹の下の方をトラバースしていたのか。)皆にもうこれで安心だと伝える。しかし、この先も長く、鉄塔は200mくらい先であった。(100m手前になってやっと鉄塔が見えました。)下山路は、鉄塔から直進してやっと麓に下降しだした。やれやれ。しかし、なんだか怪しげな林道になる。曲がり角のみコンクリで、あとは草ボーボーだ。トラバースばかりするツヅラ折れでなかなか下降していかない。(ああもうイライラする!)最後になって、ひどいコンクリの長い急坂になった。しかも、一面 苔とアオミドロでズルズル滑ってどうにもならない。最後の最後になって最悪である。(いつも人工物に苦しむなあ。)杉の落葉(落花)を踏むと滑らないことがわかったので、うまく踏んづけながらたどって下降し、17時 堰堤の下の集落に下山した。やれやれ、ひでえ下山ルートだったわい。ザックをおろし、運転手である私とD先生だけで車を取りにいく。私の車内には40℃以上になった飲み残しのコーラがあった。飲めるならなんでもいい!一気に飲み干す。(うえっ。)乾いておらば甘露にて候。ぐええぷっ! もどると、自販機も店もないのに、みんなは橋の上で缶ジュースを飲んでいた。そばの家の方がくれたというので、お礼をいいありがたく缶コーヒーをいただく。くはあ。冷てえ!(これなら煮えたぎったコーラなんか飲まんでもよかったわい。)皆で写真を撮って解散する。寺ヶ谷の植林帯は完全な木陰で風が涼しかったが、今日が今夏最高の36℃だったことを帰宅してから知る。もう玄関先においた道具を片付ける気力もないが、迷った地点から下った場合、トータル240mの高低差で植林帯の下のブッシュも高低差150mの薮コギで、対岸に20m登り返したら林道であることを地形図で確認する。(もう行かんだろうが、確信したからにはもし今度行ったらもう強行突破するぞ。)岡大の皆さんどうもお疲れ様でした。なんか皆をひどい目にあわせたなあという気がしてならないが、今では あの状況下で偶然発見した右尾根ピークに登り返すように皆をよんだ自分をほめたい。(それにしても、自分が鏡野の人間なら、迷った地点から植林帯を直下降して沢までおりるルートを調査し、確定するだろうなあ。もしかして、植林帯下端にちゃんと作業道があって、あっさり藪コギなしに下山できたりして。)←それは、鈴木さんがやってくれるんじゃないかな。うんうん。(また、おしつけるようなことを。)期待してまーす。(おい。)ちなみに、日本の森林は40%が植林帯です岡山県北の広大な植林帯で作業道がどんな風にひかれているかを調査するとハイカーにとっても、いい勉強になるでしょうね。登山道がなくても植林帯さえあれば、ラクに登頂・撤退できるルートを推測・発見できるようになったりして。翌日、かんかん照りの中、地下足袋などをバシャバシャ洗ってかわかす。ガチャ道具は玄関にころがったまま。こいつはまた今度。(いつになるやら。)

オヤジ倒れる:近所で早朝からうるさがられている迷惑ものといえば、鉄工所の中でヒャンヒャンなきつづけるヨシOカ犬(書いたとたん浮かんだ“ロケットランチャーでクソ犬を木っ端微塵にする”妄想。:――ガシャッ!“おらあ。これでもくらえ。” バシュッ! シュウウ―・・・・。ドオオオオン!!キャイイン! “ふん!馬鹿犬めが。”)か、草刈機ぶいいいいいんのフジモトミチOくらいなものだが、今回、後者は傍迷惑な事件をおこした。7月24日 夜中2時。お袋から電話があって、トイレにいったオヤジが倒れたという。4年前にも年甲斐も無くメチャクチャ遊びまわったクタビレがでて、急性難聴で三半規管をやられてぶっ倒れたことがあった。(やってることがクソガキそのものである。)そのときは2週間入院し、後遺症で右耳が聞こえなくなった。今回もこのクソ暑い中で毎日早朝5時から野良仕事をし続けてのクタビレであろう。まあ、1週間は入院だな。たぶん。やれやれ。動かせないので、仕方なく救急車をよぶ。隣の北川病院は当直医が内科ではなかったので、備前病院に搬送されることになった。(搬送先の決定に時間がかかってなかなか出発しない救急車にイラつくが、今どきはこんなものなのか。)脳のMRIを撮り、点滴を受けたら、朝には起きれるようになったが、家族は徹夜であった。朝8時、以前お世話になった病院に紹介状を書いてもらい、9時に着くよう私が運転して連れていくことになった。一旦自宅に立ち寄ると、お袋にメガネをとってこい!と大声を出し、菊に日陰をせにゃいかんといって畠に立ち寄らされたりし、1時間遅れで10時に病院についた。2時間くらい綿密に検査してもらい、昼になった。先生いわく、MRIも聴力もめまいも脳も全て異常なしです。むしろ右耳がかなり回復しており、軽度の難聴でしかなくなっていますねえ。一応お薬をだしておきますね。とのこと。はああ?!入院かといろいろ準備したのに。なんじゃいそりゃあ。オヤジが倒れて徹夜し、病院についていてやりたいので休みをくださいと会社の上司に電話したテマエ どうにもまいったなあ。(あのう。入院させてくれませんか。と、正直 言いたかった。)帰宅途中でも、うどん屋に立ち寄らされ、オヤジは昼飯に天ざるをたいらげた。なんだったんだ。どうもあの大声がでた時点で既に完全回復していたようだ。馬鹿馬鹿しい。夕方には菊の水やりをし、翌朝はお袋がとめるのもきかず、早朝5時から畠にでていった。会社では皆からオヤジさんどうなら?と訊かれ、赤面しながら経緯を皆に何度も話した。もうこのクソ我がままジジイめ。今度倒れたら、もう救急車は呼ばんぞ。そのまま転がしといて後でお上人をよんでやるわい。

またもやADSL不通:7月28日、夕立がひどい嵐になって、家まわりのものが台風みたいに吹き飛ばされ、激しい雷でまたもやADSLが切れた。NTTカスタマサポートに連絡したら、翌朝になってやっとつながった。しかし、和気町中あちこちでヤラレテいるので、明日までお待ちくださいとのこと。しょうがなく待っていたが、修理に来ない。夕方になって、明日になりますとの連絡があった。もう!なんなんだ。メール連絡の確認も返事もできんままではないか。この調子では、雷シーズンだと何度もめげて使えなくなりそうだ。はやく光ファイバーが和気にもこないかなあ。ADSLなんてはっきりいって、欠陥商品である。(ビデオやディスクで規格争いにやぶれて消えたもののように“やがて消え行く定め”なのはもう確定である。)こんなもんで、よくまあコンテンツの大容量化を許していたものだとあきれてしまう。順番からいって、まず全国津々浦々に光ファイバーを設置してから、コンテンツや機器のブロードバンド化を進めるべきだったのだ。成り行きとはいえ、やってることが逆なのである。光もケーブルもない場所は和気だけではあるまい。テレビCMで“光ひろがる!”なんてのを何年も前からよく見かけるが、いつになってもここには広がってこないぞ。おい。どうなってんだ! “地域格差”を見せつけられているみたいで、ほんとムカつくわい。CMかますのは、まず全国津々浦々に光ファイバーを設置してからにしろ!やってることが全部逆なんだよ。この馬鹿野郎ども―――!と言いたい。31日になってやっと復旧した。県南あちこちで一斉に被害がでたそうで、修理に立ち会った女房いわく、“なんか修理の人、疲れきっとったよ。” すぐ切れるADSLの一番の被害者は修理担当者かもしれない。

08年の和文字焼きは炎との格闘:8月16日、昼間、ちょっと雨がふったが、連日の猛暑で地面はカラカラである。夕方4時 観音山の麓に集合。散水のための器具と弁当、飲料をもって15分かけて登頂。毎度のことながら暑くて皆バテバテ。しかし、今日は風がふいており、日ざしもかげって比較的涼しい夕べになったので助かった。5時からホースをつなぎ、念入りに散水する。しめった西風が強くなった。もしかして点火時間には夕立がくるかも。しかし、うす曇りのままで雨はふらない。西風がかなりつよくなり、まともに和文字にふきつけている中、いよいよ8時の点火をむかえる。異常な風に私は胸騒ぎがして、団員の皆にホースと筒先と分岐にそれぞれ待機するよう指示する。(こんなヤバイ状況は和文字焼き22年目にしてはじめてであろう。)点火スタートで麓から歓声があがる中、心配したとおり大量の火の粉が山越えしてどんどん飛んでいく。マズイぞ。このままじゃ大田原方面の斜面が火事になる。“ふじもとお!!”分団長Nさんの緊張した大声が私をよぶ。“はいー。”こっちも大声で返事。“散水するぞお。みんなを配置しろお。”(いつもなら散開してくつろいでいるところだが、スタンバイしててよかった。)“全員、配置い!” 祭りのせいか携帯がいつの間にか通じにくくなっているらしく、Nさんは防災無線で麓のポンプ車に送水を命令する。水が上がってくるまでに、すごい量の火の粉と熱風が山頂の足元を覆うようになったので、消防団員以外の人はいそいで退避するよう命令がでる。山頂にはボランティアの荷物やあまった灯油までが置いてあったので、点火係の実行委員やボランティアの皆が、わあわあいいながら持っておりる。(ウチのポンプ車(年季ははいっているが、チューンナップされているのでバリバリ。)は、全国操法大会があるので、)今回、麓のポンプ車は本部からの借り物で、なんか出力がイマイチみたいだ。どうも山頂での水の出が弱いらしい。おまけに暗くて目標や水のかかりが見づらい。本来、撤収時しかライトはつけないようにしているが、Nさんが実行委員に要請。“ヘッドライトを点灯させてください!”了解で、“全員、点灯お!”みんなも非常事態なので、きびきび反応。水の出が弱い山頂から、もう少し水圧があがるまで、手前下側である(私のいる)こっちの放水口に切り替えて、山頂と大田原側に放水するが、すごい熱風と火の粉に加えて、煙がやたら目にしみる。どうにも目をあけていられない。(私は部長なので、命令伝達にここをはなれることができない。つらい。)上にいるNさんは顔にタオルでマスクをしている。いっそ火元の和文字の炉に水をかけてやりたいくらいだが、それは許されない。山頂とこっちの2箇所の放水口を何度か切り替え、すべての大田原方面に放水する。いつのまにか花火が打ちあがっている。いつもならば、このへんで花火見物しながら撤収するのであるが、もうそれどころではなかった。30分くらい火の粉、熱風、煙と格闘しただろうか。急に火の粉がへったので、炉を見ると、なんと いつもなら1時間くらいかけて燃える薪が、30分で燃え尽きて置き火になっていた。 放水中止。置き火になった炉の山頂側の焼けつきそうな地面に、最後は貯水タンクからバケツリレーで水をかけて類焼防止の散水終了。花火の終了と同時であった。会場の皆はいつになく豪華な和文字と花火に酔いしれたろうが、こっちは怖くて大変だった。マジで下手すりゃ山火事おこして怪我人がでるとこだった。全員無事に下山できてよかった。 Nさんに“正直 怖かったです。”と言ったら、“ワシもこんなんはじめてじゃ。”とのこと。Nさんにとっては、安全のために逃げるか、立ち向かうかの判断をせまられた時があったのではないかと思う。なお、地面に突起物が多い山中では、筒先を移動するのにホースをひく(移動する)には、大勢でホースをもってやらないとどうにも身動きできない。(熱や煙にまかれようと筒先員は後にもさがれないのである。)今回、土曜日で地元団員の集まりが割とよかったのと、去年から佐伯の第7分団の応援もあったおかげで、大勢の人手があったからこそ、スピーディーにうまく散水できたようなものだ。感謝。 翌日、新聞には和文字焼きの写真が載っていたが、実はその時、和文字の上では多くの消防団員が危険な中で炎と格闘していたのである。

小原の滝 1万2千円かかった沢登り:岡山県内の滝を紹介しているHPを見ると、佐伯の父井原の小原集落の裏山を分け入った所に27mの滝があるという。和気町内で沢登り対象となる貴重な沢になるかも。(この谷の西側の山の山腹には切り立った岩壁があり、鈴木さんが調査したこともある。)8月24日、朝9時半、家を出て国道374号の土手を走る。益原の川原におりる所にポリ公どもが潜んでいたせいで、あえなく18キロオーバーで1万2千円をまきあげられる。今まで悪党には1円だってまきあげられたことはないが、警察には何万円みつがされたことか。相手が警察というだけで実際はいいかがりで恐喝されたようなものである。ヤクザに比べてやさしい物言いをするだけの違いでしかないのだ。(おいおい。)原油高で生活費が苦しいってのに、ささやかな違反でえらい高額をまきあげやがって!1万2千円あればどんだけうまいもんが食えることか。ああもう。ホント悔しいことだわい。こんなところでネズミ捕りするなんて、なんと陰険なヤツラなんだ。こんなことするくらいなら和文字のときにちゃんと駐車違反を取り締まりやがれってんだ!(ホント!)警察署に火炎瓶を投げ込み、ブルドーザーで署内に突入し、あたり一面にマシンガンを乱射する妄想が浮かんだが、やめとく。(おいおい。)早々にがっくりきたが気をとりなおし、新田原井堰をわたって登山口に向かうが、工事中で通行止め。(なんなんだ。サイサキ悪すぎだわい。)ぐるっと大回りして登山口の海洋センター前のお墓の空き地に駐車。昨日まとまった雨が降ったので、沢の溝の水量を確認すると、水は流れていなかった。どうやらカラカラの地面に吸われてしまっているようだ。(ううむ。これはあまり期待できんな。)10:10スタート。履き替えのぞうりと水と地図とコンパスだけの軽装で沢足袋をはいて、お墓の中のコンクリ道を登っていくとポンプ小屋から先は不明瞭になり、涸れ沢のガレ場歩きになる。所々太いワイヤーがある。沢の横の植林帯の歩きやすい所を歩いていると、ブブブブと こきざみに枯葉を叩く音。姿は見えんが、さてはすぐ近くでマムシがしっぽをふって威嚇しているな。(マムシが“わしゃあどかんぞ。おめえがあっちいけえ。”と言っている。)どこかわからんが、危険だ。ここは音から遠ざかるべし。(やれやれ。)ガレをたどっていくと急坂になり、沢らしくなるが、水はない。二股に到着。ここまでに滝はなかった。コンパスで確認。右沢にむかう。(左沢は崖みたいで沢らしくない。)二股からは急坂がきつくなる。小滝だったはずのガレ場をつめていくと黒い岩壁が立ちふさがった。10:30 スタートして20分で小原の滝に到着。(20mくらいの二段滝で場所は急坂部分の上端部分でした。)なかなかのものであるが、今日はオシッコ程度の水しか落ちていない。これならかつての神ノ上滝と同程度である。ここも手前には太いワイヤーが地面から木にかかっている。昔の地図によると、昔は登山道がこの谷を山頂まで通っていたらしい。この滝にも巻き道があったはず。だが、倒木で巻き道が壊れてしまったようだ。2段滝の下側はパーティーなら登攀してもいいが、ガラッといきそう。上側は垂直のナメで登れない。撤退用のロープもオミットしてきているので、用心して まず下段を右側の倒木と岩場まじりの急坂を登って巻くことにした。まとめて上段も巻いてやろうと思ったが、滝の中を見たいのと上の岩壁の傾斜が険悪そうなのでやめて、トラバースして上段の横へつく。ここから用心しながら3mくらい下の滝の中段(テラス)に降り立つ。(滑ったら下段に吸い込まれるので、この時が結構怖かった。)中段からは滝中の登れる所を登り、最後の垂壁は左側のブッシュに逃げる。細めの立ち木をつかみながら登攀すると、上段の上に もう一つさらに同じような2、3m程の滝が続いていたので、一気に巻く。滝の落口まで登ると、この先は平流で、ささやかな石組みの堰堤があった。(もう終わりか。ちょっとがっかり。)ふと左上を見ると、なんと石垣とコンクリがある。(なんじゃこりゃあ。かなりがっかり。)立ち寄ると、太いワイヤーの滑車が設置されており、まるでリフトの上駅みたいだった。どうやら植林の材木を搬出するためのケーブル施設だったようだ。こんなものを作るには工事用の林道があるはず。うむうむ。あるある。かなり木がかぶっているが、これなら楽勝。このまま下山に利用予定であった新田原井堰に下山する林道につながっているだろう。本来ならうんざりする平流部分だが、林道跡を歩いて快適である。風も涼しい。小橋を2度渡り、3度目は大橋。ここから沢をはなれ、左斜面をトラバースしてあがっていく。いよいよ崖マークのあるピークに近づいたと思ったら、上からゴーロが崩れて林道が破壊されていた。ゴーロを越えてトラバースの先を確認するが、不明瞭だ。しかたなく崩れて開けた部分を上に登ると石組みが何段もある。城跡かと思ったが、やけに新しいから違う。とりあえず、上端まで登ってみると、広場みたいな所にでた。今でも利用されているような明確な林道のどんづまりのすぐ手前であった。どんづまりにはなにがあるのか確認したら、なんとコンクリの仕切り設備があり、かつてここに採土場かなにかがあったようだ。崖は土を採取した跡みたいだ。時間は11:10。1時間で登攀完了か。沢足袋のまま明瞭な林道を下山する。“国山国有林”の看板をすぎ、3匹の鹿に出会い、11:50下山完了。吉井側ぞいの細い車道をぞうりに履き替えて車までもどるが、なだらかな登りが続き、運動不足のせいか膝が痛くなり、ノロノロと1時間近くもかかってしまった。(工事現場はうまくすり抜けれました。)これなら自転車をデポしとけばよかったか。13時に帰宅。午前中に帰ると言っていただけでなく、青キップのお土産つきで、女房のひどい怒りをかう。ああ、やっぱこの沢も友人を案内するような内容ではなかったなあ。(はずした。)そっとしておくか。やれやれ。

08年、この夏は異常に暑かった:お盆が過ぎてからは、朝夕は涼しくなったが、この夏は体温と同じくらいの最高気温にもなったし、雨がふらないし、(台風も来ないし、)たまに降るとスコールみたいだし、ボンネットで目玉焼きがマジにできそうなくらいで、まるで、ここはインドか?といいたいくらいであった。今後の日本の夏はターバンを頭にグルグル巻いたファッションが流行しそうだ。当然、この猛暑ではここらでの山遊びなどはできず、運動不足だった。オマケに“体調をくずしてはいけない。この猛暑の夏を乗り切るには、しっかり食べなくては。”という考えもあって、この夏、より一層 みょーに腹が出たなあと思う 今日この頃。

鈴虫:おもてに行くとリーン リーンと涼しげな音。おっ!鈴虫がおるんか。おふくろいわく、もろうたんよ。ホンマよう鳴くんよ。あんたんちの庭に放せば、ええ声がするよ。来年もずっと聞けるかも。――― しばらく後、帰宅したら家のまわりでリーン リーン声がする。鈴虫。それも何匹もいるみたいだ。さては、おふくろがワザとここへ放したな。(たのみもせんのに。まあええか。)夜には窓を開けると風がひんやりと気持ちいい。うむ。秋だなあ。 リーン リーン。ほんとによく鳴いている。もう寝よう。 リーン リーン。 リーーン。リーーーン。リーーーーン。 うう、なんか寝苦しいなあ。というより、うるさい。 リーーン。リーーーン。リーーーーン。りーーーーーーん。がああ。うるせえ!!もう。寝れんじゃないか。モノには加減というものがある。自然状態ならこんなにうるさくはないだろう。まとめて何匹も飼ったりするからこんなことになるのだ。たまらず窓をしめたら、蒸し暑くなってよけい寝苦しくなった。(最悪。)この後、毎晩、リーン リーン やられて完全に寝不足。ううむ。さては、おふくろ(いや。たぶん、おふくろにくれた人も。)うるそうてかなわんからヤッカイ払いしたな。まっくろな体に長いヒゲをはやし、湿気た暗闇にひそんでいるのは鈴虫もゴキブリも同じである。(むしろゴキブリのほうが静かでいいくらいだ。)いっそ庭にゴキジェットを散布してやりたい。いったいいつになったらこいつらは静かになるんだ。しかも毎年これではかなわん。

三女の夢:やさしい三女は、ひいじいさんのおかんきにもマジメにお経をあげる。記憶力がやたらいいので、ひととおりお経を覚えてしまっている。(お上人にもウケている。)そんな三女は医者になるのが夢だ。中学生になって、音楽に興味をもちだしたが、最初にほしがって買ったCDは、“千の風になって”だった。 なんでこんなの買ったん? “いい歌じゃが。好きなんじゃ。” ふーん。開業したら院内BGMはこれを流すとええがん。15年後、畑に藤本医院。エントランスをくぐると、“わたしのおー お墓のまーえでー 泣かないでーくださいー”なんちゃって。わははは。藤本医院はええぞう。いざとなったら、先生がお経もあげてくれるからなあ。キャッチフレーズは、“なにがあろうとダイジョウブ。お経もあげれる藤本医院。”どうじゃ? “いやじゃあ。患者さんがだあれもこんわあ。”(たしかに。)

松茸山閉鎖作業:かれこれ10年以上もやってきているので、もう皆さんには十分周知されており、(皆さん ありがとう。)もう今となってはわざわざいやらしい警告などしなくてもいいのでは思っているのですが、台風をやりすごした9月20日、恒例行事として入山禁止の札とロープをつけにいく。結果としては午前中に北林道登山口、午後にはザイテン登山口を閉鎖しただけにおわる。じつは、イケナイコトながら、閉鎖作業がてら登山口周辺の整備もしているのです。山中ならばシダが茂るくらいですが、下界との境になるあたりは、いろんな雑草や潅木がやたら生い茂るので、毎年この機会に整備しているのです。(12月になってしていたら間に合わないんです。ご理解ご容赦くださいませ。)特に、北林道は上部がススキで完全にバリケードされます。なんとか人一人が通れるように刈って、北面のぞき岩手前の気になる大シダも適当にカットしておきました。(ここの大シダが茂ったら難渋するからねえ。)このルートはわりとよく踏まれていたので、作業はラクでした。また、ザイテンの取り付きまでのアプローチも、一昔前に枯れた大きな松が毎年あちこちで倒れるので、よく通行困難になります。今回も倒木でかなり通りにくくなっていた部分があったので整備し、ザイテンバイパスの下部も整備しておきました。(今回の整備は地主さんにも助かるものでしょう。)ただし、バイパス下部はかなり太い倒木ばかりなので、切断はできず、金テープをつけるにとどまる部分もあり、倒木を手すりにして急坂を下降し、ザックをおろして地面をはって倒木をくぐる部分があります。(何年かして、もっと朽ちたら上を乗り越えれるようになるかもしれません。)正直、よくこんな倒木だらけで、なんとかしてくれというメールが来なかったもんだと思いました。もしかして、こういう演出も楽しいものなのかも。整備する側からみると整備不足ではないかと気にすることが、利用者にはそれほど気にならないということは結構あるものです。(全体として楽しければ、一部分の難渋箇所は忘れてしまうものなのかもね。)これも一つの面白い演出として過剰整備にならないようにしよう。(また。サボれる限りサボりたいだけだろ。)←まあ、そうなんだけど。 翌日は、運動会の手伝い。天気も悪かったので、続きはまた今度。なんかゆっくりしてるなあと、自分でも思います。

閉鎖作業完了:9月25日、おそまきながら一日かけて残り全部の登山口に入山禁止の札をつけました。皆さんには十分ご理解ご協力いただいていると思えるので、もう こんなもの設置しなくてもいいんじゃないか。なんか物々しくてイヤミな作業だなあ。(まあ、こう思えるようになったことは、ホント素晴らしいことですがね。)そんな想いから、今までは鷲ノ巣林道の終点まで行って、山の学校の下山口、鷲ノ巣のアプローチ口、ダンガメルート植林帯の上の3箇所にキッチリ設置していましたが、林道入口の和気中学校裏のお墓の手前(ここはいつもつけています。)に追加するように、お墓の向こう側の太い木3本に設置して終わりにしました。(なんかうまくサボってるな。)ある意味テキトウな感じで、“こんなもんでいいだろう”的な行為だったのですが、なんか仕上がりはかえってえらくモノモノシクなってしまいました。なんか、地元の方が山の学校まで散歩するのも気が引ける程です。(ホントすみません。)また、和気駅にも掲示させてもらっていましたが、ホントは迷惑でイケナイことだと思うので、今回からは掲示のお願いはしていません。(今までありがとうございました。)整備作業として、今日は岩山の取り付き(いつもここは秋には篠竹が茂って完全に廃道になっています。)を頑張って復活させました。また、気になったこととしては、表銀座の道標として設置していた大田原地区の防獣フェンスにつけていたフダが撤去されていました。(天神尾根の道標がないので、注意するようHPに追記しました。)じつは、登山口(下界)につけた道標が撤去されたことは、いろんな場所で何回かあります。こういった場合、(とにかく汚い字で書いてますので、怪しげなフダだと第3者に誤解されている場合もあるかもしれませんが)“通るのは勝手だけど、呼び込まれると迷惑だから、すまんが撤去させてもらうよ”という地元の方の意向ではないかと思っています。(登山口の案内フダは呼び込み効果がどうしてもついてまわります。)人に迷惑をかけてまでやることではないので、私もこの意向を受け入れ、再設置はしません。つけ直してもどうせすぐに撤去され、よけいな不信感を招くだけです。(そうそう。争うようなマネはしないことです。)私がつけた登山口のフダは、重要と判断して、地主さんにきちんと許可を得たものもあれば、そんなに重要ではなく、無くても別に構わんが、単なる“サービス精神”で、許可を得ずにつけたものもあります。撤去されたものはいずれも後者ですので、“そうかここはダメだったか。見逃してもらえればラッキーだったのになあ。”といったところです。(おいおい。)あと、今回あちこちの登山口周辺でゴミが結構おちていましたが、拾いきれていないので、また清掃作業をしなくてはなりません。八ツ峰岩(ここだけは松茸山になっていません。)などの整備もしたいし、やることはまだまだあるなあ。(10月4日、八ツ峰岩を整備しました。)

佐伯天神山の偵察:10月23日、トンネル上からモルタルを塗りこまれた岩場めぐりのバリエーションルートをちょこっと偵察山行。のつもりが、結局 高度差200mの山頂付近の稜線まで道無き急斜面を詰めあげる。(前半100mは岩があったが、後半100mはブッシュだった。)河本に下山していると、つまらん石仏にご大層な道標があり、さらに下ると、道脇に はがれた靴底が捨てられていた。道の下側には空き袋も落ちており、まるでこれに入れて持って降りてくれといわんばかりの演出であった。(“ほれほれ。”という山の声がしたような。)しょうがねえなあ。ほんじゃあ拾ってやるべえ。靴底をいれた袋をさげて降りていくと、一房の山ナスビが登山道の真ん中で、顔前に“ほれ。”とばかりに垂れ下がっており、いい色艶でうまそうであった。(こんな状態で、なんでだれにも採られてないのかちょっと不思議。)ううむ。もしかして山からのお礼か。まあワシの好物じゃし、有り難く頂くとするか。ぱく。うめっ!おお。これ、でえれえうめえがな。一房だけなのが残念じゃが、この房の実は全てハズレなしのおいしさだった。しばらく下った先にも道脇に山ナスビがあったので、試しにこれも食べてみる。うん?なんかイマイチだなあ。一番うまそうなヤツを選ぶが、やっぱダメ。ううむ。やっぱりあの一房は山からのお礼だったと言わざるを得ないなあ。(うらやましい?)

10月27日、今度は後半は岩の上から獣道をトラバースして谷を渡り、隣の岩場を偵察してみる。つもりだったが、隣のスラブがひどい苔とザレの堆積でおもしろくなかった。くやしいので、さらに隣の岩場に取り付くと、すぐ上にワイヤーで落下防止された岩があった。しかし、ワイヤーの巻いた松はすでに全て枯れ木になっており(おいおい。)、代わりにモルタルを塗りこめてあった。(ううむ。いっそのこと落としてしまった方が解決になりそうな。)去年だったか、ここらへんは業者に頼んであちこちの岩場にモルタルを塗りこむ工事が大々的になされたが今回見てまわった岩にはこまかい無数のひび割れがあり、そこまでは対処できていなかった。はたしてこんなので大丈夫なのだろうか。(いい機会があるので、今度、岡大の皆にも見てもらおう。うん。)ワイヤー岩からちょっとトラバースしたら、また河本へのルートにでた。前回も感じたことだが、なんかこの下山ルートはあまり使われてないような気がする。昔はこれがメインルートだったが、美しい森から往復のドライブ山行がメインになっているみたいだ。(まあ、しっとりとしていい雰囲気になっているから、むしろこの方がいいと思うけどね。おまけに誰にも会わずにすんだし。)河本登山口周辺も以前と変わって路肩にオレンジ棒が林立し、なんか駐車禁止的な雰囲気があり、ますます足を遠ざからしめているみたいだ。そのくせ公衆電話は残っており、バス亭の時刻表をみると鵜飼谷温泉までいけるようになっていた。とりあえず、次回は 閉口したスラブをやりすごしてトラバースするルートを確定しよう。そして、怒られてもゴメンナサイで済む程度の作業にとどめて仕上げよう。そしたらこの山にも和気ア卒業生用のバリエーションの完成である。ううむ。構想から何年たったかしれんが、和気町がアルパインハイキングのメッカになりつつあるなあ。(やればできるもんだね。)

天神山 奥の院シークレットルート:11月5日、午前中3時間で、奥の院の上のモルタル岩場を整備し(ヘンな雰囲気だが、面白いものができたと思う。)、トラバースもルート確定できたが、整備は途中までで、コースサインはない。午後から岡大の皆をここへ案内するのだが、どうしよう。―――― 結局 薮コギで無事突破し、ワイヤー岩にも立ち寄る。(皆もモルタル施工は残念がっていたが、崩落防止が完全かはなんとも言えないみたい。)作業の方は、あと獣道トラバースを整備したら一応完成であるが、諸事情を考えるとこのルートは秘密にするのがいいだろう。(なんで?)なんでかって、それは秘密です。(なんじゃいそりゃ。)いや、秘密だから秘密なんです。(もうええわ。今回の開拓はやたら省略した報告で訳がわからんし。)そう、わかんないようにしてるんです。ただし、前回のように一旦 沢筋を下降して、ワイヤー岩へ登り返すルートも確定したいなあ。

うわああ!IE7:ゆうべ、ブラウザをたちあげると、なんか様子が変だ。ああ!これインターネットエクスプローラーにバージョンアップされとるがな。女房が勝手にいじって無料の魔力にダマされてやっちまったのである。(あ、やっちまったなあ。なんちゃって。)←やかましい。 画面がいろいろ訊いてくるので、とりあえず推奨をクリックして作動開始したが、使い慣れたボタンがみあたらず、お気に入りはどこだ?履歴はどこだ?ガオー!やめやめ。もう!6に戻そう。ウイルスバスター2007の悪夢がよみがえる。ところが、ありー?!どこにもIE6のダウンロードのページがないぞお。おい、マイクロソフト どうなってんだ?うむむ。困ったときはウィキペディアで情報収集。えーっとなんだって・・・ゲゲッ!! IE6以前はもうダウンロードを打ち切っているだとお!なんじゃいそりゃあ。気に食わんから戻したいと思ってもさせんようにしているとは。なんたる悪徳強制サービスなんだ。もし、友人がソフトを持っていたら借りるテもあるが、自力で戻すとしたらリカバリーディスクで購入状態に戻す(いままでの設定やいろんなもんがパーじゃがな。)か、XPにもME同様の“システムの復元”機能があるので、それで“やっちまう前”にもどせるが、以後やったメールのやりとりが消える。(マイドキュメントは保護されるようだが、これも困るなあ。)くっそう。悔しいが、しかたなくツアーを読んで使い方を勉強する。お気に入りと履歴のボタンはわかった。お気に入りの関係ごとにHPをまとめたファイルの右側に矢印アイコンが出た。うん?なんじゃこれ。クリック。とたんにいくつもの登録したHPが同時に立ち上がりはじめた。重いHPもあるので砂時計が固まりかける。わわわ。これじゃあフリーズするう。おまけに他人にはみられたくないHPまで立ち上がってしまうではないか。うわああ!まさに白昼の大公開。プライバシーの暴露!(どうせHなもんだろ?)←まあ、そうなんだけど。 これはビスタ仕様の大容量パソコンには便利な機能だろうが、私の2006年製の512MBメモリのパソコンでは限界ギリギリである。もし以前のW98のパソコンだったら完全にアウトだったわい。(もし、古いパソコンを大事に使っていた人がIE7にしてしまったらオシマイである。)こんなものをばらまいて、戻させんようにするとは!まさにダマされたあ!!である。おめでたい女房に怒ってもしょうがない。マイクロソフトも悪戯なことをするものである。(やっぱ信用ならんわい。)そういえば、ウイルスバスターも2009が先ごろ出たらしい。2008よりさらに軽くなったとのこと。私は2006のままでいるが、サポートしておりませんという警告表示がしつこくポップアップするので、いささかウンザリしている。(ああ、鬱陶しい!もう、これは嫌がらせそのものである。いっそWBすべてを削除しちゃろうかと思うくらいである。)なんか不安だが、30日体験版をインストールしてみてもいいか。嫌がらせにまけて、クリック。うん?ダウンロードしないぞ。IE7にロックされたか。めんどうしいなあ。解除。終了まで10分くらいかかる。通信速度は光並みなのにえらくグズイではないか。1分待ったが、なんか不安になったので中止する。(おいおい。)デスクトップに追加されていたアイコンも削除する。WB2009はIE7との相性が悪いという情報もあるし、やっぱ2006でいいや。うん。トレンドマイクロ(マイクロトレンドかと思っていたぞ。) ドジったな。相手に考えるヒマをあたえるとは。女房は騙せても私は騙されないよ。フッフッフッ。これからもポップアップしやがったら(7でポップアップブロックを設定したのにでてきやがる。こんちくしょう!)すぐさま×クリックだ。さてと、HPの更新をするべえ。(この文章を載せたいのでね。)ありー?!FTPにアクセスできないぞ。とっくに忘れちまったユーザー名とパスワードを訊いて来やがる。ええっと書いてた紙はどこだあ。ごそごそ。ちがう。これはドットホンのだ。まぎらわしいなあ。ええっとお・・・あった!これだ。よしアクセスできたぞ。うん?なんじゃあこの画面。エクスプローラーで見てくださいだって。どうすりゃいいんだよ。(もう半分ヤケ。)適当にあちこちピコピコやってなんとかエクスプローラーでみることが出来た。うおおおおおお。わずらわしいいいいいいいいいいいいいいい!!!どこまでもわずらわしいぞおおおおお。どちくしょう――IE7!!!!

近況:昨日はせっかくの休みなのに冷たい雨にたたられ、なにもできず。このページを01年から08年まで年ごとに判りやすく(?)した。

概要をまとめると、

01年は8月に岩山が火事になった。夜間に消防団が水を担いで登って消火した。

02年は3月に全ての松茸テープを除去した。やればできるものである。

03年は哲学にふけり、開拓者が馬鹿なことをしたら登山文化も崩壊することを確信。

04年は8月に台風で倒木被害があり、県北は激甚災害の指定を受けた。

05年は膝を痛め、なかなか治らず、岡山国体の疲労で痔の手術もするはめに。

06年はまれに見る豪雪で、岳沢ヒュッテが倒壊した。

07年は一般ルートの開拓が完了した。11月に竜王山が火事になり、消防団がポンプを担ぎ上げて消火した。

08年は松枯れがひどく、猛暑であった。4月に藤本壁クライミングゲレンデが完成した。

と、いったところか。

11月25日、なんとか晴れたので、濡れ落ち葉に足をすべらせながら佐伯天神山のシークレットルートを仕上げ、ワイヤー岩も展望所として奥の院岩を眺めれるように整備しておく。あとはこのワイヤー岩尾根を麓の地蔵さんから直登したい。たぶんキツ過ぎてルートにはできんだろうけど。しかし、もうすぐ12月だ。和気アの整備があるからなあ。外国山もまだ遣り残しがあるし、ちょこまか訪ねたい山もあるしなあ。ああ休みがもっとあればなあ。

11月30日:一日かけて松茸山の入山禁止の札ロープを回収しました。和気富士には地デジのアンテナ工事のために藤原団地側から作業用のロープウエイができていました。台風が来なかったので、倒木などは閉鎖時と変わらず、登山口周辺の整備は楽でした。残念なことに、東壁の登山口に、またもや農業ゴミが捨てられていたので、まとめて溝橋の上に出しておきましたちょっと物議をかもしそうですが、ゴミは隠せる状態だと どんどん追加して捨てられるので、これ見よがしにすることで、“捨てたらバレるぞ。”と啓発をうながす。という意味です。はたしてどうなりますかね。

早くも松茸テープ除去完了:12月1日、10時 第6エリアから稜線をめざす。行者コースの下部は落ち葉をはらいながらコブロープをつかんでなんとか登攀した。(かつて不審者にコブロープを切られたことがあったが、コブロープなしでは下降不能どころか登攀不能であった。)行者尾根を登攀しながら金テープを更新していく。黄ラッカーはまた今度。上部のコブロープも切られたままの状態であったことに、気づく。(下部のが切られたときにやられていたのだろう。)修しておいたが、直射日光でかなり劣化しているので、更新しなくてはなるまい。不帰スラブ周回ルートが気になるが、藤本壁にむかう。最初のトラバースが、かなり崩れた部分があってちょっと困難だった黄ラッカーでスタンスやホールドを示唆してやる必要があるなあ。金テープを更新しながら登攀する。途中、いままで踏んでいた岩が浮いていたので、事故防止に落とすと、すごい勢いでぶつかりながらはるか下に落ちていった。うわあ、怖あああ。こんなのを今まで踏んでいたのか。それにしてもここの岩は脆いなあ。やっぱルートとしては危険すぎるかも。(おいおい。)藤本壁展望所まできたら開拓時にアンカーにしていた松が枯れていたこうなったらアンカーはネズに分散するしかあるまい。(ラッペルで100%ロープ頼みになる垂直壁のアンカーとしては怖いかも。)時間は12時。結局 金テープの更新くらいしかできなかったが、午前中を使い切ってしまった。できるだけ早く黄ラッカーつけ、コブロープ更新、周回ルートと台三郎谷の確認整備をしなくてはならんが、今日は松茸テープの除去が目的なので、エビ山にむかう。白テープが結構はられていたが、2時間かけて除去できた。この後、竜王山山頂に立ち寄って、去年拾ったが、袋がなかったので飛ばないように押さえておいた火事跡のゴミを回収し、さらに奥ノ峰から先まで確認し、北稜ルートを下山したが、結局 前ノ峰(ここのマエピーが行方不明になっていました。)から間ノ峰間に黄テープ、北稜ルート下部に紫テープが張られていただけでした。夕方5時には下山完了。竜王山登山道と天神尾根が未確認ですが、縦走路の松茸テープの除去が1日で完了しました。(拍手。)北稜ルートの入口の看板が消えかけているので、マジックで上書きしておく。岩場の黄ラッカーもほとんど消えてしまっているので、またここも黄ラッカーをつけにこなくてはなるまい。ああ、やることいっぱいだあ。(いつもそれ言ってるね。)

第6エリア整備:12月3日、第6エリアの行者尾根と藤本壁の困難箇所の黄ラッカーを上書きしました。午後から岡大のツワモノメンバーをここへガイドするので、上部のコブロープも更新しました。三郎谷の確認整備もしました。周回ルートでは、不帰スラブまでもが開拓時にアンカーにしていた松たちが全部枯れて、しかも2本がポッキリ折れていました。(松枯れがここまでひどいとは。)アンカーはさらに上の松にとるしかない。ルートが5mくらい延長になりました。ひっかかった枯れ松を除去したいが、ロープがないと無理。これはまた今度。(やれやれ。)前ノ峰のマエピーが行方不明になっていたが、更新しました。あとは、不帰スラブの清掃、竜王山登山道と天神尾根の確認、北稜ルートの黄ラッカーの上書きか。ザイテンや東壁の上書きもしないとなあ。

石地蔵シークレットルート:奥ノ院ルートを完成させているが、石地蔵が何個も祭られている岩が気になっており、12月16日 朝10:20から取り付く。(きびしい内容かもしれんが、落穂拾いのつもりで、気分はかなりやる気。)洞穴もどき、挟まり展望、こけし岩と見所があり、最後はワイヤー岩につめあげた。11:20 ちょうど1時間だったが、なんども行き詰ってヒヤヒヤしっぱなしの絶壁と、枯葉の雪崩になる急坂だったので、膝がガクガク。あんなにヤル気満々だったのに、精神的にも疲労し、これじゃあルートにはできんかもと、休み休み30分かけて一般道を下山。帰宅し、昼飯くって寝る。筋肉痛と精神力消耗で、今日はもうやめとくか。しかし、夕方3時になってから、やっぱやるべえ。と、重い体をあげる。金テープをつけ、落ち葉をはらい、退却できるようにしながらの登攀。二回目なので、レベルやルート設定の可否もわかっているので、精神疲労なく、足もちゃんと動いてくれた。挟まり展望からこけし岩への取り付きが核心部。初登攀では回避したが、直登した方がよかったことがわかったので、かかんにアタック。最高レベルの難度と面白さが共生するものになった。こけし岩から上のひらけた部分で5時になったので、登攀した部分を下降する。かなりきわどいが、なんとか無事に降りれた。(初見者にはまず無理だろうなあ。転落事故確定。)一応、私がなんとか下降できるなら和気ア卒業生にも解放できるわい。ただし、核心部の足場が悪く、ドジで身勝手なヤツが踏み崩したら崩壊する。(藤本壁のトラバースはだいぶ踏み崩されて危険になっている。)奥ノ院同様、やっぱこっちも秘密にしておこう。現時点 まだ、ワイヤー岩までには難所が一つあり、未整備ではあるが、いいものが出来ることは間違いない。(鈴木さんや弓場さんなどの冒険クライマーのみなさんを案内したいなあ。うん。)そしたら奥ノ院ルートを下降に使って、天神山周回シークレットルートの完成だ。もっこく山が自然派の困難さと面白さなのに相対するような奇岩めぐりの奇妙なルートになる。(和気アをはさんで、南北のおもしろい対になったぞ。うん。)もし、モルタル処理されてなかったら、自然派になったろうが、岩の不安定さが恐怖になって困難すぎてダメだったろう。ある意味“こんなんもありか。”と、いった所である。まあ、自然派で同様のルートとしては、和気アに観音チンネカモシカルートがあるからいいか。(カモシカルートを踏破できない方は、天神山シークレットルートは無理でしょうね。ところで、今回は割りとちゃんとした報告になってるなあ。弓場さんだったらゲリラトレースするかも。)おっと、いかん。いかん。

キャンピングガス:いつの間にかコールマンが販売していて、去年に扱い中止になったというのを本日知った。(正直ショック。なんかこのコンロにはファンもいるらしい。安物道具と思っていたのに、急に希少価値がでてきたみたいだ。)まれに見る安価なコンロとして、メガマートで1980円で購入したのは12年前であり、お泊りの山行でしか使うことがなく、最近ではほとんど使っていない。コージツで買ったこれのボンベ(これまた他より安価だった。)もまだ何本か残っている。しかし、接続部分が他とはちがうので、これを使い切ったらアウトである。ううむ。ショート山スキーのフリートレックみたいに、同じ接続部のボンベが他所から出ないかなあ。私はいろんな装備を不必要なくらいに持っているが、ほとんど使ってない。それだけに将来 骨董品だらけの装備の持ち主になりそうである。(いや、もうなってるって。)ベテランの先輩方なんか、もう買い替えできない装備だらけなんでしょうねえ。

石地蔵ルート完成:12月29、30日は二連休をとったが、それまでの休日は親父の手伝いで肉体労働が続たため、休みが休みではなかった。29日 くたびれがひどいが、朝9時半から12時までかけて石地蔵シークレットルートを完成させた。つい、はきつぶして底がツルツルなった方の靴をはいてきてしまったため、枯葉の急坂でスリップしまくって大変だったが、いいものができた。最初危なくて拾えなかったペットボトルも拾ってやれたし、スズメバチの巣がある下の岩元も確認した。(さらに隣の岩場までは完全なゴルジュになっていた。)ううむ。やっぱりここの岩場は面白い。一応おいしいとこ取りしたが、(外国山同様)まだまだ見所はいっぱいありそうだ。(まだ何回か確認しにくる必要があるなあ。)

午後からは換気扇の掃除。夕方から消防の夜警の買出し。夜中は2時まで飲み食い。30日は二日酔いで午前中いっぱい寝入る。午後は女房につきあいドコモショップへ。夕方からまた買出し。またもや午前2時まで夜警。31日は出勤。いま現在、紅白をみながらこれを書いてます。みなさんよいお年を。(例によってクタクタ。もう限界。)

これより09年。

チンポ岩調査:益原の原大谷ノ峯にある通称:チンポ岩は374号線からもよく目立つ。麓の谷から山頂経由で昔は皆がツツジの花見にこの岩上まできていたと言うが、今は廃道であった。いっそサイクリング遊歩道から直登してあの岩頂に立ってみたい。(佐伯天神山の開拓で満足しているが、)これはかなり以前からの願望であったので、すでに何度も遊歩道をうろついて取り付きを確定し、マーキングもしてあった。09年1月7日 朝10時、ついに空身で取り付く。ブッシュを分け入ると早くも下草のない枯葉の急坂。岩がつぎつぎにでてくる。楽に巻けるが、わざと登攀して遊ぶ。視界がひらけて、めざすチンポ岩もすぐそこに見える。きつい急坂なので、すぐそこなのに時間がかかる。チンポ岩元まで登るとすっきりした垂壁でかぶった部分もある。北側はえぐれた谷で、隣にもすっきりした垂壁がそびえている。クライマーなら小躍りしそうな場所だが、どうにもならないので、南側に巻く。ちょっと苦しいアクロバットもあったが、無事にチンポ岩の上に到着。すると、まだ上にも岩峰がある。どうやらそっちが本当のチンポ岩の岩頂らしい。やはり南側をまくようにして上にたつと、北隣の岩尾根がするどく切り立っているのを見下ろせて、展望も最高であった。ううむ。これをチンポ岩などというチンケな名前で呼びたくはないなあ。地元の方が言っていた“乙女岩:おとめいわ”を正式名称としたい。(いいですね。皆さん。)さらに、先にも北隣の岩尾根の頭の岩峰が見えているので、行ってみると、もうひとつ先にも岩峰があった。北隣の岩尾根の頭の岩峰から下降して岩尾根の中段に立ってみたいが、ロープがないと下降は危険だったのでオミット。(こっちの岩尾根は垂壁ばかりで遊べそうにない感じだ。)最後の岩峰につくと11時。ここまでの3岩峰の縦走も面白い。このまま引き返してもよかったが、廃道をたどりたくなって、シダの中をかきわけて三角点まで縦走するが、たいしたこともなくつまらない。三角点から降りるべき南方向が藪っぽかったので、踏み跡がついた東側をたどる。視界がひらけてみると隣の東尾根であった。戻るのがおっくうだったので、獣道利用でそのまま下の谷に下る。藪漕ぎもあったが、沢沿いには踏み跡があった(やはり里山。)ので、難なく下るとシイタケのホダ木がある畑に出た。山裾をまわって神社にも立ち寄って帰宅すると12時であった。少し休んで、3時から再確認で石生の土手から乙女岩を観察する。やはり北隣の岩尾根は垂壁ばかりで巻くしかなく、あまり遊べそうにない。さてどうしたものか。やはり今回の初登ルートで確定するか。ううむ。また今度、北尾根を調査してみよう。なお、佐伯天神山の石地蔵シークレットルートは、あちこちに岩柱が立っているので、別名:オベリスクルートとします

乙女岩 北岩尾根:遊べそうにないと思ってはいるものの、なんか気になっている乙女岩の北側の岩尾根。1月14日、朝10時から12時までかけて、北岩尾根を調査登頂し、ピストンしました。取り付きが登りにくかったが、なんとか岩場にたどりつく。うまく弱点をついて横から登り、さらに上の本格的な岩場へ。リッジならやさしく感じたが、行き詰るとアウトなので、フェースの下を北側にまわりこむ。(ここはクライマー専用だな。鈴木さんや弓場さんを案内してまかせよう。)北側斜面に派生した岩小尾根があり、まるで“ここ登れワンワン。”と言ってるみたいだったので、素直に登攀し、ラストは(偶然たどった)獣道でトラバースすると、回避した本格岩場の岩頂にうまくたどりつけた。おお、すごい!乙女岩が谷向こうに聳えており、足元は切れ落ちている。切れ落ちた細い岩の尾根の肩を注意深く通過すると、(着ましたねえ。)いよいよ岩壁登攀クライミング。しかも逃げ道なし。左側に回りこむように登攀するとステップがある。ステップがボロッといかないことを祈りながら突破する。(ここは下りもこれをクライムダウンするしかない。岩元をまくのはかえって困難。)結構、精神力を消耗したが、もっと剣呑で大きな岩壁がラストに控えている。左の立ち木地帯に逃げれなくも無い(上の鞍部で、空き缶ゴミを拾おうとして、鞍部からここへ立ち木地帯を降りてくる踏み跡を偶然発見した。)が、ここはやはり突破したい。緊張で心臓が締め付けられている(もう限界的な)感じであったが、(なぜか)かかんにアタック。ボロッといったらオシマイだったが、なんとか無事クリア。やったぞう!ガッツポーズ。遊べそうに無いと思っていたら、最高に遊べるではないか。オベリスクルートだって、落穂拾いのつもりだったら、天神山で最高のルート(初見者には勧められんが、ピストンで下降するのも最高です)だったし、なんか予想は覆されるものだなあ。(イモリ岩なんかも訪ねるだけになるかもなんて思っているが、やったら最高だったりして。ううむ。)薮コギはいやなので、来た道を引き返す。うまく降りれたら、和気ア卒業生にもおすすめだ。ラストの岩壁は立ち木地帯で回避。次は正面を慎重にクライムダウン。あとは難なく下降して一番通りやすい場所に降り立ち、取り付きサインをつけ、拾った空き缶も枝にさしておいた。

午後からこれを整備してもよかったが、前回のルートをちゃんと整備して、下降できるようにしたい。そうすれば、周回ルートにできる。よし。気合をいれて午後1時半から暗くなる夕方5時半までかけて前回の乙女岩初登ルートを確定し、ごめんなさいで済む程度の整備をする。(例によってやりすぎた感じだが、まあご勘弁を。)結果、なんとか下降できるようになったが、頭くらいの岩がボロッといって左足の上に落ちた(靴のアッパーがしっかりしたものだったので、大事にならず。)り、スラブの下降で前向きでかがんだら、今もってよくわからんが、岩(?)のでっぱりに背中を押されてスラブをダイブした(地衣類だらけの立ち木にさばりついて九死に一生をえた。)りしました。(おいおい。)こんなの皆に降りさせて大丈夫かちょっと気掛かりですが、一応、乙女岩ルートが完成しました。フツウのハイカーでも登るだけならたぶんOKです。(どうやって下山するかはヌキです。)さあ、あとは北岩尾根ラストクライムルートに金テープをつけたら、周回ルートの完成だ。それにしても天神山と同じだなあ。奥の院ルートで満足してたら、それを上回るオベリスクルートができて、本来登っても楽しいルートを周回では下降につかうことになった。まあ、クライマーなら逆周りもできるから、2回遊べていいか。しかし、今回のラストクライムルートは(20m補助ロープがあればいいけど)クライマーでも空身での下降は巻くしかないだろう。それじゃあねえ。やはり、乙女岩ルートは下降に使用せざるをえない。登った方が乙女岩を正面からめざして面白いのに残念ではある。(ホント贅沢な悩みだなあ。)しかし、九死に一生を得たが、あの背中を押された岩をちゃんと確認したい。というか、しておくべきだな。うん。

明神ー(みょうじんぐろ):1月19日、いろいろ片付け事があり、午後から2時間だけ北岩尾根の金テープつけに行くが、乙女岩ルートの記憶とゴッチャになって初っ端から迷う。そのおかげもあってか、初登よりだいぶ岩場の回避をこらえたハードなものになってしまった。今回、本格岩場もここ登れワンワンの岩場には回避せずに横から突破しました。かなりヒヤヒヤしたが、なんとか核心部手前までできた。さあ、あともう半日かければ、いいものになるだろう。1月20日、親父の手伝いに1日とられたが、昼休みの1時間だけで、気になっていた西山の山麓の岩壁を試登しました。珍しい順層のゴツゴツのスラブで、安定した岩だったので、傾斜や18mくらいの高度があるのに単独フリーソロで突破しました。うむ。おもしろい。しかもちょっと潅木帯をくぐってトラバースすれば、水源地の配管があり、民家の犬がうるさいが、配管づたいに下降すれば楽チン。配管のふもと右側には神様のヤシロがあり、そちらに移動すれば、下山も簡単だった。コンパクトすぎるが、いい内容だ。山歩きせんクライミングは嫌いだが、これは例外だ。(ホント勝手だなあ。)ここの順層ゴツゴツスラブではロープは擦り切れてしまうから、フリーソロが鉄則である。おかげで最高の冒険が極めて手軽にできるわい。うんうん。地元の方に岩の名前をうかがうと、名前はないが、山名は“明神さま”とのこと。さっきのヤシロが明神様なのか。この山塊の頂上は西山城の城跡だったが、西山というのは集落の地名で、山名は“明神さま”だったのだ。よって、このスラブを“明神ー(みょうじんぐろ)”とします。(いいですね。うん。)これもまた例の山仲間を案内してやろう。しかし、地元のおじいさんかなんかに“こりゃあ!子供が真似したらあぶなかろうが!”なんて怒られないかちょっと不安です。ここでは大勢でワイワイやらず、個人でささやかに遊びましょう。ここもシークレットルート(というには終始丸見え。)だな。うん。時間がまだあったのと、乙女岩から見た明神さまの東尾根上のオレンジ色の岩場が気になっていたので、ついでに下にあるお墓から潅木帯を藪コギして取り付く。長年誰にも踏まれていない岩は、地衣類が繁殖してなかなか風情がある。でも、たいして面白くなかったので、ここはそっとしておこう。明神さまの西尾根にも岩場があるが、こっちはもっと変わらないからそっとしておこう。結局、明神さまで私が気にいったのは明神ーだけだったが、でもこれはなかなかの物であった。夜は消防の訓練。足腰背中の筋肉痛とくたびれでもう限界。

北岩尾根ラストクライムルート完成:1月23日、朝9:20取り付き。午前中だけで完成できるだろうとタカをくくっていたら、夕方16:20になってやっと下山完了。実に昼飯抜きで7時間かけて、水一滴も口にせずにやりきりました。(我ながらようやる。)最初の岩場を北側ではなく南側からではなかったかと思ったのが発端で、確認したら、やはり南側が初登した正解ルートだったことを確信する。(乙女岩ルートと同じような感じで岩場に乗りあがるものだったので、記憶が混じってアヤシクなっていた。)しかもこっちの方が安全で、岩尾根の上を端からたどる理想的なラインだったので、前回手間隙かけて悩みまくったあげくえらく剣呑な登攀ルートをつくってしまったことを後悔する。北側からの間違いルートの金テープを撤去しながら下降する。ううむ。やはりこのラインは泥と岩のミックスで、頭ほどの岩がいつボロリといくかといった感じで危険すぎる。ルート設定を取り消し、自然に返す。改めて南側からの正式ルートを設定しなおす。しかし、このルートも下降は困難である。前回、南側の落ち葉の谷を下降して下山できたので、下降用エスケープルートとしてチェックしてみると、なんか獣道か廃道跡みたいなものがあったので、トレースして障害物をのけておいた。よしよし。今度こそいいものになるぞ。気合をいれて、金テープをつけながらルート確定して再度登攀。12時すぎに上の本格岩場に到着。途中までだった本格岩場のスリル満点の尾根上のトレースを続行。乙女岩を真横からみる展望所では垂直の迫力にうなる。これは凄い!ここから上にはやさしいブッシュ帯に獣道があったので、いったんそちらにルート設定したが、よくみるとそっちにはいかずに、ひつこく岩場をたどった方が面白いことがわかったので、つけかえる。まあ、この部分も下降はきわどいから、最初のはエスケープ用としとくか、まぎらわしくなったので、エスケープルートの金テープははずしてポケットへ。(これがあとで一仕事の原因になりました。)13時、確信部に到達。昼飯をどうするか?ううむ。今帰宅したら時間をロスしてしまう。この分じゃ今日中に完成できんぞ。よし!メシは我慢するべえ。幸い空腹感はない(剣呑続きで緊張していたせいかも。)し、寒くてのども渇いていない。やろうやろう。作業続行。ラストクライムにブッシュとの境界をたどる半エスケープルートを設定して登攀したが、なぜかそれでもかなりキツク感じた。今日は初登攀した部分は遠慮した。くたびれからか、あの時ほど集中できない。この岩場は正面の傾斜がきつい部分のほうがスタンスが豊富で岩が安定しており、横側は傾斜はゆるいがスタンスが微妙でポロポロ落ちるので危険であった。怖い方を登るか、危険な方を登るかの選択である。ここでは集中して怖いほうを登るほうが安全で快適なのだ。(ここでは形状ではなく岩質を見切れないと痛い目にあう。)稜線上を乙女岩まで整備したら、14時。確信部の上から怖々下を見るとキラキラしたものが下にある。ポケットに入れておいた金テープをラスト壁の取り付き落としていたのだ。鞍部からのエスケープルートで取り付きに降りる。なぜか、ここで拾う目的の記憶がとんでしまい、ここ登れワンワンの岩尾根を再確認したくなって、金テープをはずしたエスケープルートの角からトラバースして、お目当ての岩尾根を邪魔者をよけながら下降する。うむ。これで私しか知らない非常時下降用のスケープルートが開通できたぞ。(ただし、このエスケープルートには一切コースサインはありません。)よし。完成だあ。はっ!!金テープを拾うのを忘れてたあ。なにやってんだ。くくく。どうする?時間は15時。乙女岩の背中を押されたモノの正体を確認しにいくためにももう一度登り返して、乙女岩を下降したほうがいいかも。しかたないなあ。最終チェックしながら再トレースしよう。フラフラと登り返し、金テープを拾い、また半エスケープでラストクライムし、乙女岩を下降し、問題の岩場へ。くたびれのせいか、とてもここをまともに下降はできない。いままでよくこんなの降りていたよなあ。自分がよく判らんようになるわい。ホントここは背中向きになってトラバースして降りたほうがよいことを確信する。(でないと、やっぱでっぱり岩に押されてダイブしかねん。)細部を確定して下山したら16:20。なんと7時間もかかったのか。でも、最高傑作レベルのものができたわい。(ただし、ここはフツウのハイカーには絶対無理です。)鈴木さん達をここへも案内してやりたいが、外国、天神、乙女とやって皆の心身が耐えられるかなあ。ううむ。まだ、もう1時間は明るい。よし。時間の有効利用で、明神ーの岩頂から配水管までのブッシュのトラバースルートの確定をしてやろう。枝を手折して金テープをつけて仕上げる。うむ。まあこんなところか。これで、外国、明神、天神、乙女が一気に完成だあ。どうする?ここもやっぱ鈴木さん達をつれてくるかなあ。いやあ、それじゃあいよいよヤバいんじゃない?ううむ。(なんと贅沢な悩みなんだ。)

ハイキングルートの点検:1月25日、日曜日であったが、大学時代の親友が案内してほしいというので、縦走路の点検を兼ねて和気アを縦走した。松枯れがひどいのとコースサイン(金テープ、黄ラッカー)がうすくなったり、道標が壊れたり読みづらくなっているのは全般にいえることなので、それ以外を追記。10時半、八ツ峰岩(ピトンが1本バカになっているが一応OK。)薬師山(去年更新したヤクピーが早くも行方不明。まいったなあ。)天神尾根(異常なし。)穂高山、涸沢峰、ジャンダルム、奥ノ峰(異常なし。)小屏風(サルトリイバラの大きいもののみ手折する。)大屏風日電歩道(同様。)奥ノ岩(異常なし。)神ノ上(ススキが増えている。)迷いピーク(倒木が下がってきつつある。)剣峰(異常なし。)衝立の頭(異常なし。)ザイテングラード下降(カニのタテバイにミツバチおらず。ここの松も枯れたか。残念。警告解除は春になってからにしよう。)ザイテンバイパス登攀(下部の倒木が下がって、またげなくもない。一部、大シダ(ウラジロ)がしげっているが、困難な薮ではない。このまま放置。)穂高山までもどり観音山(ゴミ多し。)和気富士(地デジアンテナ工事は完了していた。荷揚げ用ロープウエー跡から見下ろすと高度感あり。ゴミあり。)曽根稲荷へ17時に下山。あとは鷲ノ巣、東平尾根だが、これはまた今度。(いつになるやら。)ゴミも結構拾ったが、和気富士と観音山だけはゴミがやたら多く、拾いきれなかった。ここもまた今度ゴミ袋を持って来よう。なお、コースサインがなくても不明瞭とまではいっていないし、道標はボロい方が山では風情があり、読めなくても分岐であることがわかる。ということで、金テープ、黄ラッカー、道標の更新はあせらず、のんびりした方がいい気もした。ファンの方が結構手直しもしてくれてましたしね。(でもまあ、いいかげんに来年からぼちぼちやろう。)久々のロングランでお疲れ。(正直 こんなにも作った自分が信じれん。)

和気ア周辺のガイド:1月31日 10時、鈴木さんと弓場さんを外国山にお誘いし、舟着き岩を案内する。さらに下降した難所に設置しておいたスリングが2本とも無くなっていた。(どうやら馬鹿な登山者の仕業らしい。クソヤロウめ!)ロープ一式の重いザックを落として通過。ツヅミ岩でロープをたらして、ラッペル。ついいいかげんなロープダウンをしてしまい、ロープが上でひっかかって降りてこず、登り返し装備のセットがいいかげんだったのであせったが、なんとか落としてもらって無事ロープのばし完了。二人に肩がらみで降りながらハンマーでたたいた音をきいてもらう。シングルロープでは尻がすれて熱いとのこと。弓場さんのズボンにはカタがついてしまった。(どうもすみません。)残念ながら空洞ではなく一塊の岩であろうとの見解で一致した。撤収作業しているそばで、弓場さんがケーナという竹の縦笛をふいてくれた。なんとも風情がある。コンドルは飛んでいく(ここではトンビが飛んでいく。)の演奏に聞き入る。この曲の演奏はオカリナではなく、この南米の楽器ケーナが本当なのだそうです。(オカリナファンの方、ゴメンネ。)舟杭岩に立寄ってから撤収ルートを下降。12時に下山。せっかくですからと西山集落の明神さまの明神ーを“オンサイトしてくださいね。”と二人だけでフリーソロで登ってもらう。やはり余裕でクリア。明神様にお参りして下山。佐伯ストアーで昼食を調達し、天神山のシークレットルートを空身で周回。このルートはやはり落石が心配だとのこと。さらに乙女岩を周回して15時に解散。今回、私は前日の雨による濡れ落ち葉対策として、靴底の磨り減っていない軽登山靴を履きました。つま先がブカブカなので、タイトなスタンスが拾えないからとクライミング部を全て回避しました。それでも帰宅したらかなりキテいました。(初見ですべてクリアした二人に感服。ううむ。さすがクライマーですね。)私の自己満足のために、さんざん連れまわした1日でしたが、それでも面白かったといってもらえて感謝します。ただ、ハイカーのように、“わああ!”“すっげー!”なんて歓声をあげてもらえないのがちょっと悔しいところでした。(仕方ないよ。自分だって滝を見ても、もう歓声あげないもんなあ。)夜は消防の練習。これを記録していて、もう2月。表紙が“あけまして・・”のままだったことに気付く。(ええかげんななあ。)

久しぶりの雪遊びはトラブルだらけ(フリートレック・サードバージョンの滑走面がはがれました。):2月8日、3年ぶりに雪洞をほって遊ぶ。朝8時 出発。娘の下2人を連れて恩原スキー場へ。コンビニでカップめんを買うつもりが、津山市内をぬけたらまったく店がなかったので、買いそびれてしまった。(なんたるドジ。でも、奥津の人はどうやって生活してんのかなあ?)お湯沸かしだけでもまあいいかと気をとりなおし、リフト1回券を買って第2リフトで山頂へ。11時 山頂。新()と旧(三女)のフリートレックにシールをつけ、わかんの次女と10分歩き、最初に見つけた雪庇の横に用心しながら下降する。(雪の表面が固めだったので、下降に結構気を使った。)ここに掘ろうと決めてザックをおろす。準備をしていて、2本のスコップのうちの1本が滑走して谷下の林に消えていった。(そうだった。スコップはそりになるんだった。)わかんの次女に拾ってくるよう頼む。三女が怖くて下降してこれないので、斜面にステップをつけてやる。次女がスコップを拾ってきたので、(ほとんど私がほったが)交代で掘る。なんか腰が冷たい。いつの間にかモンベルのサスペンダー(ズボンつり)のゴムが劣化して伸びており(こりゃオシャカ。長いことほったらかしていたからなあ。)アルパインのオーバーズボンがずって雪が入っていた。冷えるなあ。ジャージの腰から尻がぬれてしまったわい。最後は奥下から木の枝がでてきたが、雪内部はちょうどいいくらいのしまり具合だったので、ブロック状に切り出し、30分で3人が座れるものができた。11:50 ロッジで買ったパンとコーヒーで軽く食事をし、コンロで雪をとかして遊ぶ。(娘達はまだラーメンに未練たらたら。)最後はわざと窓をあけて、顔を出して記念撮影。早々にゲレンデにひきあげる。次女は私が担ぎ上げデポしておいたゲレンデスキーをはいて滑降。三女は旧フリートレックのシールをはがして下降。のつもりが、板の片方が勝手に滑り出し、あれよと言う間にゲレンデ内部の立ち入り禁止の谷に消えていった。(またか!ストッパーがないのを忘れてたわい。)私はシールをつけたままゲレンデ下降する予定だったので、トラロープをくぐってブッシュの出た谷をフリートレックで下降する。結構うまく歩ける。あった!よかった。木の根元で乗り上げてひっかかっていた。ひろってゲレンデに戻り、片足スキーで降りてきた三女につけてやる。13時 ロッジで昼食。午後券を買ってリフトにむかっていたら、(おや?!)いきなり私の新フリートレックの滑走面が真ん中まで一気に剥離してベローン。(ガーン!こんなことってあるのかああ?スキー板は張り合わせだったのか。知らんかったぞ。むむむ。)しかたなく娘二人だけでスキーして来いと言って車に戻る。ああ。午後券1枚2800円が完全にパー。快晴であるが、この上レンタルスキーに3千円払ってまでは滑りたくなかったので、3時間くらい車内でフテ寝。ああ。4万したフリートレックがめげてしまった。そういや朝 シールをつける時に先端のエッジと滑走面に隙間があった。元から隙間があったっけ?(あやしい記憶。)3年ほっといた間にサスペンダーのゴムみたいに劣化して縮んでしまったのか?シールの糊がやたら強力なので、つけはがしで接着剤がはがれたか?直すことはできるだろうが、今度使う予定はないから直す気力がない。いい接着剤を入手し、クリップを多数そろえれたらでいいや。(いつになるやら。)それにしても、ああ。4万したフリートレックがめげてしまったあああ。4万したフリートレックがめげてしまったああああ。4万したフリートレックがめげてしまったあああああ。――― 5時前になって娘達は雪焼けした顔をほころばせ大満足で帰ってきた。帰路につくやイビキをかいている。私は、ショックが尾をひいている。帰宅したら風呂の電球まで切れやがったなんなんだ今日はもう。でも、娘達を喜ばせれたからいいか。はああ。雪洞堀りは無理な姿勢をするせいか、翌日はあちこち筋肉痛。精神的にも未だ元気なし。

イモリ岩調査:2月21日、いい天気に誘われて外に出ると、いつも家から見えているイモリ岩の南側にあるオーバーハングの岩屋みたいな岩場をなぜかつめあげたくなって10時に取り付く。田原用水を渡るのに廃墟になった民家の手前を通過して植林帯に入ると作業道がある。たどるとコシダがあるが、薮コギではないので、わりとラクに急坂を登っていける。獣道で簡単に枝尾根上にいけるが、尾根上は返って薮コギになるので、おとなしく植林帯の中を上端まで登攀。ここからはいよいよ薮コギ。しかしすぐにブッシュ越しに岩肌が見える。よし、いよいよだな。しかし岩場は傾斜がきつくて登れない。北側はきつそうなので、安全策で南側を巻く。すると岩壁が意外と広がっていたため、かなり南よりに押しやられてしまった。いいかげんに上に回り込もうと思ったら、ブッシュ越しに空が見えた。ありゃあ。もう稜線か。ちょいと南に斜上したら縦走路の鞍部にでた。まいったなあ。岩屋に入れずじまいだったわい。岩屋上のピークから北隣のイモリ岩が大きく見えるので、岩屋調査は後にしてイモリ岩にむかう。縦走路は誰かが整備して枝払いしてくれており、新旧の赤テープがきっちりつけられてあった。分岐がある。三角点や鉄塔跡もある。一旦イモリ岩の手前を通り過ぎて、北側につづく縦走路を確認してみるが、降下しかけたくらいから不明瞭になったので引き返す。(もしかして整備途中なのかも。)イモリ岩の手前にもどってそれらしい赤テープにしたがうとイモリ岩が正面に見えた。おお。でかい!ご飯を盛ったような形にみえる。そうか、飯盛り(いいもり)岩がなまったのだな。(どうみてもイモリの形はしてないもんなあ。)うんうん。地面からは独立しており、上には登れないが、足元には降り立てそうだ。ガサガサ。よっと。おお、岩元を一周できるぞ。北側からまわってイモリ岩を全ての角度から見上げて楽しむ。いつも見ている正面側には岩場があり、真下を見下ろせる。さらに南側には岩の積み重なった穴の中をくぐって遊べる。なかなかいいじゃないか。きっと昔の子供たちはここで岩くぐりをして遊んでいたことだろう。イモリ岩をあとにして、一旦分岐を西側にとってみる。枝払いがされており、なだらかに縦走して展望のきくハゲ地にでた。ここから先はウチの畑がある峠に下降していくみたいだ。たどって登山口を確認したいが、これもまた今度。分岐に引き返し、南に縦走する。最初の岩屋ピークにもどり、ピークから岩屋を確認しにブッシュを下降する。木の枝に服の背中の下裾がとられた。動けん。もう。枝から服をはずしていて、ふと山にストップをかけられたような気になる。まさかそんなねえ。でもまあ、私の場合はよくあることなので、そうっと手前のシダ薮を確認。げげ!切れ落ちとる。わあ、この薮にあと一歩踏み込んでいたら薮庇を踏み抜いてオーバーハングを空中落下するところだったあ。へなへな。(しかし、なんちゅう強運。)←うらやましい? ここは大人しく引き返し、つめあげた鞍部からトラバースぎみにアプローチしなおそう。昼には帰る女房との約束だったので、時間がないからこれもまた今度だ。南に縦走下山すべく稜線をたどる。西側に全高低距離50mくらいの広大な岩場が見える。(ちょっと急斜面にみえるが、フリーソロで登れたらこの山塊では最高ルートであろう。いつかアプローチしたい。)急坂降下部分でルートからはずれてしまったが、子供のころ土器を拾って遊んでいた大明神古墳のあるなだらか部分でルートに復帰できた。(麓からは見えているストーンサークルの岩柱は通り過ぎてしまった。これもまた確認しに来よう。)整備がここも途中なのかとあきらめていたが、ちゃんとできており、最後は西側の集落に下山した。昔は土器を拾いに端のホコラから登っていたが、ホコラからのルートは廃道であった。12時にちゃんと帰宅。いろいろ再調査しなくてはならんが、いいものを発見できたことで満足。午後は家事手伝い。夕方はオヤジの手伝い。夜は10時半まで操法の練習。腰がガクガク。

休みあけはいつもヘトヘト:映画スパイダーマン2のビデオを見たら、学生の主人公は秀才なのにヒーローの役目が忙しすぎて勉強もバイトもうまくいかず、ヒーローとしても新聞に悪口を書かれたりする。主人公は嫌気がさしてコスチュームをゴミ箱に叩き込み、スパイダーマンをやめてしまう。おかげで悲劇や犯罪はふえたが、主人公は学生として成績アップする。――なにか感じるものがあり、自分の日常を考えてみた。仕事では出世できず、安月給に苦しみながらも(正直、女房が働き者なので助かっています。)万年ヒラで20年近く同じことをしているので、せわしいことでも慣れているから比較的のんびりやっている。(忙しく仕事をしながらも、くつろぎすら感じている。)そのくせ休み明けはいつもくたびれきった顔で出勤していることに気づく。これはどうみてもフツウの人とは逆ではないか。なぜ?――私は休日のほうが忙しくて心身ともにくたびれるからである。私の場合、休みをあらかじめ申請すれば、ほとんど自由にとれるので、消防(他になり手がいない第4分団1部の部長を引き受けている。)やPTA(この春からは和気中の副会長もしなくてはならん予定です。)や地域行事(これも消防がらみ。)への参加を引き受けることがふつうのサラリーマンよりかなり多い。これで趣味として山の整備から冒険山行までやっているのだから、休みが用事なしの“ホントの休み”であることはほとんどない。たまーにくたびれがひどくておとなしくしていても、“おっ!おめえおるんか。ほんならちょっとてごをせえ。”で、親父に足腰ガクガクになるまでコキ使われる。これでは休みはかえって疲れて当たり前である。ここのところはずっと夜な夜な操法の練習にもでている。おそらく現役の小型の2番員としては町内有数の高齢者であろう。(年齢的に限界だが他にやってくれる人がいないから、これまたしかたなくやっている。)自分でもホント人がいいというか、馬鹿正直というか、実質的に儲かることをせず無料奉仕ばかりしている。スパイダーマンの主人公みたいに山も消防もPTAも地域行事も親孝行も(おお、ホントいっぱいやってんなあ。)みーんなスッパリ辞めて本業の仕事に専念すべきではないか。そしたら給料も少しはアップできるかも。そしてなにより休みはおおいに休もうではないか。うん。そうだそうだ。――しかし、ラストは誘拐された恋人を救うべく、主人公は展示されたコスチュームを奪い、スパイダーマンに戻るのである。ヤル気に応じてパワーがみなぎる主人公。壮絶なアクションシーン。うーん。かっこいいなあ・・・。そうだよなあ。やっぱやめられんよなあ。ヒーローには程遠いが、誰かがやらねばならんことだしなあ。オマケに和気町消防団第4分団機動部は操法全国大会の優勝チームだしなあ。(どうも和気町は私以外にもやたらのめっちゃう性分の人が多いみたいです。)こうしてぶちまいて少しは気もはれたし。やりますかねえ。やっぱ。はああ。(以上。単なる泣き言でした。)

イモリ岩調査2:イモリ岩を検索したら、1月に岡山徒歩の会が外国山とセットで歩いた報告がある。どうやら登山道の枝打ちは徒歩の会のリーダーがしてくれたものらしい。(なるほど南尾根からイモリ岩に立ち寄って、峠に下山するルートが整備されており、北尾根が途中止めになっていたわけだ。)3月4日、気になっているイモリ岩山塊の不明部分調査をする。(ただし、今回も午前中だけで、午後は買い物に付き合わなくてはならない。12時には下山のこと。)10時 原の元恩寺に駐車。元恩寺の案内板を読むと、もともとはもっと山懐の榎谷の奥に建立されていたとのこと。ううむ。やはりあのスラブを御神体としていたのかもしれん泉の安養寺も荒神ーを御神体としていた雰囲気があるもんなあ。(それをいったら和気の本成寺も観音チンネを御神体としていた可能性も考えられるが、違うかなあ。)そうだなあ。思い切ってあのスラブにアプローチして上に抜けてやるか。集落の中を適当にすすむと谷川の護岸工事をやっていた。地元の土建屋なので、工夫さんにこの山の名を聞くが、忘れたとのこと。(丸山明神山、はたまたみかん山などといろいろ言われているみたいなので、また適当なご老人にでも訊こう。)登山道跡が沢沿いにあるが、お墓をすぎると藪コギになる。適当にこいで沢に沿って分け入ると、やがて左にささやかな岩場があった。この上にスラブがあるのかも。よし、登攀するべえ。岩場の上はシダ藪だが、獣の踏み跡があるので、わりとラクに登攀できた。(枝折りも結構あったので、誰かトレースしたのかも。)岩が散在する感じの岩場にでたが、どうみてもめざすスラブではない。南側にあると思っていたら、反対の北側にすっきりした岩場が見えた。トラバースして取り付くと、ちょうどスラブの真ん中あたりで、結構急斜面であった。雨上がり間無しなので滑るし、靴がブカブカだったので、安全策をとって明瞭なバンドを斜上しただけで、岩頂に立つ。距離は15mくらいしかないか。意外と小さかったなあ。しかし、これではこのスラブ下にあるもう一つのスラブは知らずじまいだ。また天気のいい日にでもやりなおすか?でも、アプローチの割りに内容が面白くないなあ。ちょっとキツすぎるし。この先も藪コギだし。やっぱそっとしておくか。(なお、このシダ藪の獣の踏み跡通過のせいか帰宅したらシャツにダニが1匹這っていました。)再チャレンジするとしたら、また今度の冬だな。(下のスラブに沢筋をたどってとりつけたらルートにしやすいんだがなあ。)シダ藪を適当にこいで登山道に出る。峠方面の調査はまた今度。(でも、あそこに降りるだろうという予想はついている。)イモリ岩より北側にもう一つ岩場があるので、そっちに向かう。整備がとぎれた先の踏み跡をたどると、またもや岩横を通過してしまい、展望のあるピーク(標高150m)までいって引き返す。なんとか岩を発見し、岩上に立ってみると、下はオーバーハングで10数mくらい切れ落ちていた。たいしたことなさそうでいてちょっと怖い岩場である。でも、わざわざここまでくる価値はあるか?ううむ。引き返し、イモリ岩に戻る。なんで枯れ枝があんなに岩上にあるのか前回もちょっと疑問に思ったが、(猛禽類の鳥が巣をつくるのに運んだのかな。)やはりこの山塊ではこれが一番だなあ。南尾根に向かう。途中、岩屋にブッシュをトラバースして接近してみる。だが、それでも危険で、辿り着く価値がそこまでないことから、そっとしておくことにして引き上げる。(また黄砂のない日に望遠鏡で見るだけでいい。)最後のピークで今回登ったスラブを見ると、下のスラブをあわせても30mくらいか。(50mと感じたのは完全に間違っていた。)さてどうしたものかなあ。12時だ。下山しなくてはならん。前回迷った下降部分は、枝打ちされたルートを探し出して、金テープを追加してやりながら南尾根に下降した。(たぶん整備中に苦戦したのだろう。何度かヘンなトラバースがあり、赤テープもつけてあったが、迷いやすい仕上がりだった。)古墳はやはり分からなくなっているが、3つの起立した岩(ストーンサークルは子供のころつけた単なる仮称です。)はちゃんと確認した。ただし、ラクに上に登れるのは1つだけで、難しいのにチャレンジしたらおでこをぶつけてしまった。(でも、なかなかいいボルダーです。)最後はわざと藪をこいで祠にむかい下山完了。(ここの立て札に“みかん山地区”とかかれてある。)12:50に帰宅して女房に遅いとなじられる。

N・Yガリー:なんのことかと思われるでしょうね。では経緯を。先日、鈴木さんのブログを見ていたら4人でホダカガリーの北側にある涸沢峰に直登できるガリーをアイゼントレで初登攀したことが書かれてあり、その4人のコメントが“仁尾さんと弓場さんが最初に踏み込んだからNIO・弓場ガリーとしよう。”“私の名前のNIOガリーだけは絶対やめてくれ。”“ならN・Yガリーならいいんじゃあない。”“じゃあそういうことで。”などと勝手に盛り上がっており、私も写真つきでメール報告してくれた弓場さんに、“困ったなあ。(じつは“アプローチの谷は仁尾弓場谷というんですよ。あきらめてください。”とヤリたかったが、)こないだ弓場さんが初登攀したホダカガリーの左俣を“弓場ガリー”にしようと思っていたから紛らわしくなってしまう。”と返信し、代案を真剣に思案したが、いい名前がうかばず、かといってナイガシロにはできず、結局、ニューヨークみたいなN・Yガリーをヘンなのを百も承知で採用しました。いいだしっぺの鈴木さんが、ご自分と同じようにお仲間の名前も拝借されるようにふざけただけかもしれませんが、私もゲレンデ開拓でお世話になったり、和気アの岩場を熱愛してくれている皆に感謝の意をこめて、(正直、悪ふざけも3%くらい?は混じってますけど、ご愛嬌。)名前を拝借させてもらいたいなあと思っておりました。既に、鈴木さんは金山さんとホダカガリーの北隣のガリー(無名のままです。)も初登攀されてますし、(HPでは未公開ですが、)弓場さんは竜王山の滝沢スラブ中央(いまのところ“ケーナ第一ルート”としようかと思っています。)も初登攀しています。これからも皆がまだあちこちヤルと思いますので、それが済んで落ち着いてから名前を再検討し、混乱まねきや意味不明にならないように正式名を決定したいです。でもまあ、ホダカガリーの左俣を“弓場ガリー”、涸沢峰のガリー N・Yガリー”というのは決定としておきます。(これ以上名前を考えるのが苦痛なだけだろ。)←じつはそうなんだけど。

イモリ岩調査3:3月15日、午前中は消防の東備大会の応援だったが、14時から天気のよさに引かれたのかなぜかわからんが、もう一度イモリ岩山塊にむかう。元恩寺に駐車。元恩寺の案内板を読みなおすと、もともとあったという榎谷はこの山の裏側であった。そういや、昔 親父が言ってたが、峠のウチの畑のある所をたしかエノキ谷といったっけ。なんたるドジ。そうか谷奥のスラブと元恩寺は無縁であったか。とりあえずスラブにむかう。集落裏の谷川は今日も工事していた。工事案内の看板には岡本谷とある。お墓掃除から帰っているおばさんに山の名前を尋ねると、この先で墓掃除されてるお爺さんにきくといいとのこと。さっそくそのお爺さんに話を伺うと、なんとも奇遇ながら、これまた元区長をされていたHさんだった。Hさんの話ではこの山塊はピークごとに名前があり、元恩寺の西隣にある石根依立神社の裏山であるはげたピークをハゲ山といい、この谷はやはり岡本谷飯盛岩(“いいもりいわ”であって、やはりイモリ岩ではありませんでした。皆さんわかりましたね!いいもり岩ですよ。のあるピークを明神山その南の和気橋から正面に見えるピークを愛宕山愛宕山山頂の岩を二ツ岩というそうです。そして、愛宕山の南尾根にある先っちょのささやかなピークがみかん山とのこと。北の西山集落にも明神さまという山がありますが、石生ではかなりの範囲で明神様を信仰しているようです。また、石根依立神社はみかん山の先っちょにある明神様の祠のあった場所に最初はあったらしいです。(ほかにもいろいろ教えて頂きましたが、この後のゴタゴタ(遭難者の捜索をしたのです。)で記憶が曖昧になってしまいました。)なお、私がねらっているスラブは無名で、そこにいく道もないとのこと。お礼を言ってお別れし、岡本谷をつめる。前回の岩場の横をすぎ、さらに奥へ。右手に切り立った岩場があった。ほう。なかなかいいじゃないか。この岩の岩層帯をたどるように左斜面をトラバースぎみに斜上するとうまいこと目指す下側のスラブにたどりつけた。(感が当たった。)難なく下側スラブを斜上できる。この下側スラブは中央は垂直に近いが、両側はやさしい。距離は上側と同じ15mくらいだ。岩頂でみると南側の方が真下から取り付けて、距離も長く、今回斜上した北側より急坂であるがコブだらけで面白そうだ。ここへの取り付きはさっきの垂直岩場から直接左斜面を直登すればいい。(ここの上から垂直岩が見えているから垂直岩から見上げれば、梢越しにこのスラブが見えるはずだ。ああ、見あげておけばよかったわい。)これはもう一度今度はこっちを登攀しに来よう。うん。たいした距離ではないからアプローチはそんなに困難じゃない。上側スラブも今回はつま先ピッタリの靴だったので、難なく前回とは違うルートで突破。この先のシダの藪コギも前回の踏み跡をたどれば思ったよりラクだった。もう一回やったら秘密のルートにできそうだ。枝払いは必要なしで、金テープだけのバリエーションとしておこう。そうだなあ兄弟スラブとでもしておくか。またいい名前を考えなくてはならんか。今回はハゲ山から峠方面に下山してみる。整備に疲れたのか、ナタによる刈り払いがちょっと雑で、斜に切った切り口が危なっかしい。ノコで水平に切っておく。いよいよ麓が近くになってから分岐があった。まず北側をたどると、石生小にむかっており、赤テープがついてなくて、乱暴にナタで刈り払っただけになった。道無き場所を強引に切り開いた感じで、出来ばえからいって刈ったもののボツになったルートらしい。(地主の許可はとってるのかなあ?ちょっと心配。)苦戦をうかがわせるトラバースが何度かあり、最後は植林帯の端からイノシシの捕獲檻のあるばしょに下山した。わくわく広場のある場所で、ウチの畑の隣である。正規ルートは奉納相撲の小さな土俵があるあそこだろうと、植林帯をトラバースすると、植林帯の端にトラバースの刈り払いをしようとして止めた跡があった。どうやらボツのルートにむかってここからトラバースするルートを作ろうとしたようだ。さらにすすむと、あった。やはりここへ下山口があったか。ちょこっと分岐までトレース。シダが茂った場所もあるがOK。迷いやすい場所に金テープを追加しておく。ところが、この下山口から土俵までの植林帯の通過部分において、植林の何本もの杉の幹にナタで皮をはいでマーキングをしてあったおい。これはマズイぞここは個人の所有であって杉はその人の財産であるのだ。(倒木災害の時は家族総出でロープをはられて傾いた木を直されていたっけ。)それを露骨に傷つけて、モロ駄目にしている。(私も北林道ルートの杉にロープやテープをつけたことで、何年かして太っちゃった幹にスジをいれちゃったけどね。でも、ここは個人ではなく、管理も十年に一度レベルの適当さだから大目にみてもらっています。)すみませんが、徒歩の会の方がこれを読んでいたら反省してくださいねちゃんと地主さんを調べて謝っておくべきですよ。(ううむ。古くからのちゃんとした集団でありながら、やっちまいましたねえ。)植林の樹木の幹にマーキングをしてはいけません。するなら不要の枝につけるべきです。ちょっと暗い気持ちになって池に下山完了。細長い池の反対側にも登山口があったけ。そういやそっちには“たたら遺跡”があったが、今はどうなってるかなあ。ためしに行ってみよう。林道をたどると、ささやかな牛神様がある。しかし、そこから先は不明瞭だった。たしかこっちだったはずだが・・・ガサガサ。うん?!白い立て札の看板がある。天皇たたら遺跡。おお。あった!ちゃんと和気町が案内板を設置しているではないか。でも、肝心の遺跡の溝はブッシュに覆われている。ここへの道も枝払いがしてあったが、取り付きが判りにくい。いらぬ世話で金テープをつけておく。(わわ!これを書いてる今になって杉の幹にテープを巻いてしまったことに気づいたわい。いかんなあ。近いうちに付け替えよう。いや、もう撤去しよう。うん。)夕方5時すぎ、山麓をまわって元恩寺の車に戻る。

和気アで遭難者の捜索:午前中は消防の東備大会応援。午後14時から17時まで石生の兄弟スラブの調査山行をしていたが、帰宅後の19時 携帯が鳴る。分団長Nさんからだ。“観音山の先で家族と別れた老人が下山していないらしい。お前の意見も聞かせてほしい。役場に遭難対策本部をひらいたから山に登るようにして一緒に来てくれ。”とのこと。なんたることだ。和気アで初めての遭難か?!ふつふつと嫌な考えがわいてくる。観音山の北側の鞍部から古い踏み跡をたどると方向によっては崩落した崖に出る。こんな場所に10mも切れ落ちた岩の崖があるなんてたぶん想像してないだろうから藪コギしてここにつっこんだかも。外は真っ暗。すぐにでも崩落現場に行って捜してやりたいが、勝手はできない。(昔、山火事で勝手に一人で入山して叱られたことがあります。)役場につくと団長以下幹部が集結していた。“崩落崖に落ちているかもしれません。ただし、胴体くらいの岩が積み重なった危険地帯なので、捜索はくれぐれも注意してください。”と説明する。先発隊の派遣についてNさんが、“10人以上のメンバーではかえって面倒が起こるから、意思疎通のきく自分の部下の数人だけで行かせてほしい。”と進言。結果、我々の先発隊だけが入山し、あとは全員招集で山麓を捜査することになった。地元4分団に全員召集をかける。捜索本部は和気小学校に移動。ここへ他分団も続々と応援に集まってくる。ヘッドライトなどの装備を整えて20時 私を先頭に第4分団の若手(といえるか?)精鋭5人にNさん、消防の神様Tさんの8人で、観音様登山口を出発。最初からユニホームともいえる法被にヘルメットなので、案の定 稜線につくとみんな暑くて大汗。消防団の格好は実践向きとは言いがたい。私はヘルメットは手に下げていたが、法被はまあいいかと羽織っていた。法被を脱いで分岐の道標にかけてデポする。(私は雪山でも行動中はTシャツ1枚だし、私なら夜中でもここまで取りにこれる。)皆は取りにくる余裕がないので着込んだまま捜索続行。ここで、遭難事件の概要をいうと、以下のことらしい。遭難者は町外の県南に住む73歳の男性。(住所と名前も知ってるが、ふせておきます。)和気アは4回目になるが、妻と娘の3人で和気アにハイキングに来て、和気富士から登って観音山を越えたところで、男性だけが分かれて一人で急斜面を降りて下山するといいだした。夕方4時、女性2人はハイキング道を引き返し、観音山登山道を下降して下山。降りてくるであろう麓近くで待つが、男性は降りてこない。不安になってもう一度分かれた地点まで登りなおし、大声で呼ぶが返事なし。日も暮れて捜索願いをだしたとのこと。今回みたいに正確な下降地点が判っているなら早期発見できるはず。それにだいたいの見当はついている。見当をつけた場所に到着。“ここでしょう。”というが、Nさんいわく“家族の話では赤い看板と水たまりがある場所で、10センチ程の松の倒木をくぐって降りていったとのことだ。ここには赤い看板がないなあ。”ここではないのか?でも、赤い看板って、道標だろうが、そんな色のもんあったっけ。“赤い看板はみたことないですが。”というと、Nさんは“情報はあってますか?”と携帯で本部に確認。家族に聞きなおす間、ここはマークしといて、他も手掛かりを捜すことにする。ダルマ坂を登り、エビ山につくと、鷲ノ巣、竜王山の白フダがあり、青いハンドタオルが落ちていた。“青い顔拭きハンカチを拾いましたが、確認願います。”これも家族の返事まち。Nさんの携帯がなるたびに遭難者発見の知らせかと期待するが、状況確認の問い合わせばかりで、中には興味本位のものもあるみたいで、行動が妨げられるばかりする。Nさんもたまらず、本部に聞くようにいってきりまくる。(こんな場面で不要な会話で電池消耗したら馬鹿である。応援してくれるのはありがたいが、気をつけてもらいたい。)“赤い看板ではなく看板に赤いものがついているのかもしれんぞ”しかし、それもないなあ。“稜線北端の岩山に赤い杭ならありますが。”もしかして赤い杭の間違いか?岩山の山頂から北西の尾根を下降したのかも。とりあえず、そこまで行って確認するが、形跡がどうも判らない。連絡がはいり、ハンドタオルは家族が捜しにきて落としたものだとのこと。ではやはり最初の見当をつけた場所ではなかったのだ。まいったなあ。じゃあどこだ。どうも気が動転した家族の証言が変わっているらしく、聞きなおすと違うことを言うらしい。これじゃあ伝言ゲームである。なにが正解なんだ?!エビ山の白いフダと岩山の赤い杭がゴッチャになっているみたいだし、おまけに水たまりというのは、麓に見えたものかもしれないという。イノシシのヌタ場などではなく藤原地区の池のことだったのか?とりあえず、松の倒木をくぐって降りれる場所をさがして、10センチの松の倒木をさがしながらハンドタオルのあった場所まで戻るが、あちこちに倒木がある。とりあえず可能性のあるとこを1つでもつぶしておこうということで、適当な倒木をくぐってシダ藪の急降下に入る。先頭はここの発見者である機動部のMくん。Nさんが3mのお助け綱をだして、二番手のNIくんにMくんを確保させる。かかんに踏み跡をさぐりながらおりていくが、全員確信はない。時刻はいつの間にか夜中の23時になっている。時間的にみてこれで今日は捜索終了である。しかし、ひどい急坂のシダ藪で皆の運動靴が滑り、すでに登り返しは困難になっていた。(ふんばれる登山靴は私だけだった。)こうなったらお尻で滑りながらでも降りきろうということになった。もしかして、この先に崩落崖があるかもしれない。用心しながら藪をこいでいく。麓では我々のヘッドライトを確認しサーチライトでてらしてくれている。先頭が藪をかきわけてくれている間、後続は遭難者の名前を呼んで辺りをライトで照らす。もう半分以上下降した。麓までもう少しというところで、先頭のMくんがストップしてしまった。“崖みたいです。藪の先に足場がみえません。”まさか崩落崖に着いてしまったのか?なんてことだ。Nさんの判断で、“藤本とM。先頭を交代しろ。藤本、回避できるか。”たしかに足元の先は暗闇で足場がない。右側の藪も踏んだら抜け落ちそうだ。左は岩場だ。思い切って左の岩場へ降りる。ここから見たら、なんとさっきいたのはオーバーハングになった岩の先端であった。“そこ地面がえぐれてます。こっちにきてください。”皆がついてくる間にさらに左側にまわりこむように降りる。なんとか弱点をついて下降成功。崩落崖ではなかった。よかった。降り立つと左手に大岩がある。高さ6m以上のオーバーハングだ。まさか、こんな所にこんな岩があるなんて。(相棒はどこまで底なしなんだ。)はっとなって辺りをてらして名前をよぶが、遭難者はいない。さらに崖並の急坂がつづくので、私が弱点をひろって斜めに下降する。左から右に進行方向を変えたとたん“落石!!”上からの声と同時にNIくんの横をヘルメットくらいの大きさの岩が猛スピードで転がっていった。“おー!あぶねえ。” なんとか全員無事に藪からぬけでたら崩落崖の北50mの場所であった。“明日、家族の人に同行を願ってやりなおしだな。”Nさんは区長と炊き出しなどこれからのことを話し合わなくてはならない。運動靴が滑った皆も疲労が足にきている。(平気なのは登山靴をはいていた私だけ。)本部の和気小にいくと、まさに30秒くらい前に遭難者とおもわれていた男性が自宅にいるとの連絡があったとのこと。おもわずへたり込むNさん。よかったあ。炊き出しになったらいつかの老人捜索みたいに区費を使い切るかもしれんかった。(もちろんそうなったら、今回は家族に請求でしょうね。)しかし、どういうことだ?どうやら、家族が捜しに登っている間に下山して行き違いになったらしい。なんで今まで雲隠れしてたのか?おきざりにされたと勘違いでもしたのか、自宅まで何時間も歩いて帰ったそうだ。お金も持ってなかったのか?男性だけが携帯をもっておらず、家族への連絡をしなかったみたいだ。しかし、この男性の心理がようわからん。家族になんとかはやく連絡をしなくてはならんと思わなかったのか?家族を捜そうとしなかったのか?なんか自分勝手なジイサンだなあ。まあ、反省してるとは思うが、やはりきっちり言わなくてはなるまい。

どれだけ家族が心配し、どれだけ多くの人が夜中駆け回ったか判ってますか?

危険な目にあってまで捜し回った人がいることを知ってますか?

まったく。

昔、後山で、2人がはぐれたと仲間が捜しまわっていたら、本人達はちゃっかり藪をこいで下山していたというパーティーに出くわしたが、こういうことはありがちである。特にベテランをきどる自分勝手なジイサンにこういうたぐいが多い

こんな場合どうするのがいいか今後のためにも考えておこう。まあ、もっともお互い携帯を持ってればよかったのだろうが、山奥で通じない場合を想定する。

今回の場合、恥ずかしくてもジイサンは自分が家族とはぐれたことを警察に報告すべきである。警察なら家族が捜索依頼をしてることも判ったろうし、こっちから家族をさがしてもらうこともできる。とりあえず自分達で捜すが、捜せない状態になったら、相互に警察に報告である。捜索出動の依頼まではしなくても、なにか判ったら連絡お願いしますだけでもいい。それで、本当に連絡がいつまでたってもつかないなら捜索開始になる。これなら覚悟も決まるというものだ。だから、何時間も誰にも連絡せず、勝手な行動を続けるのはとんでもない事態を招きかねないということを知っておこう。(もう少し遅くて炊き出しを開始してたら高額請求されて老後の生活費はなくなっていたかもね。ちゃんと反省しろよ。ほんとかなり怒っていた人もいたよ。)←ワシもじゃけど。

そうそう。山渓 丸山晴弘 著“遭難のしかた教えます”を一読したまえ。まさにABS(あの、馬鹿野郎、遭難)である。

じつは:3月15日の兄弟スラブの調査と遭難者捜索の文書は17日夜から18日の朝4時までかけて書き上げたものです。(おかげで、2時間しか寝てない。今日18日の出勤は雲の上にいるみたいだった。)15日は夜半過ぎには解散し、帰宅後風呂もそこそこに就寝。翌16日はやっぱりガタガタになって出勤。Nさんから私のデポした法被を地元のハイカーUさんが拾って届けてくれたとのこと。(おっと法被を忘れてたわい。)調査の記録もしたいし、安堵、怒り、困惑、責任感などの混じったいろいろな想いも表現したい。しかし、考えや内容が重く、くたびれもあって結局なにも書けずじまい。17日には次女の和気中卒業式。毎年ながら涙で感動の演出。(ほんと日本一の中学である。)ここで捜索部隊に参加してくれたOくんとお互いにご苦労様でしたと声をかけあう。昼はゴロゴロしてしまい、夕方になってお墓の掃除をする。夜8時になってから、もうなにがなんでも書かなければと、やりはじめる。兄弟スラブを書き終えてから途中風呂に入って、家族に先に寝るよう言って遭難騒動の顛末を書き続ける。なんとか文書にでき、時計をみたら午前4時。誤字のチェックをする気力もないが、なんとかHPにアップする。書き上げることで、気持ちが整理でき、怒りは和らぐ。しかし、あえてこれは知らしめねばならないと判断し、さらに表現をいじって表紙から見れる文書にしてアップする。が、保存形式を間違えて、読みづらいものになった。直せなくなくもないが、もう面倒くさい。(いろんな意味で読みづらいこのままでいいと思う。うん。)すべて完了したのが午前5時。(ホンマようやる。)騒動の原因となった方に恨みはないが、反省をつよくうながすしだいである。これが、昔の労山の遭難騒ぎを起こしたリーダーみたいに、私は遭難なんかしていない。騒ぎになったのは勝手に周りが騒いだのだ。みたいなことを間違っても口にしてはいけません。(もし、ぬかしやがったら袋だたきになるぜえ!)←半分だけ冗談ですよ。(おいおい。)

飯盛岩山塊調査4:兄弟スラブの一番良いところを登攀したくて、3月25日 朝10時、3度目のアプローチを試みる。岡本谷の垂直壁岩からひどいシダの急坂を強引によじ登って真下から下側スラブの南寄りの最下部につめあげることに成功するも、ドロのついた靴が滑る。靴底を手袋で拭きながら岩に取り付く。ノーロープでは限界レベルのかなりの傾斜角度であるが、安定した適度な凹凸とフリクションのよさのおかげで、難なく登攀して本懐をとげた。上側と合わせてもトータル30mしかないけど、これならなかなかの内容といえるかも。通いやすいようなアプローチを確定してさえやれば、楽しめるものになるのではないか。ううむ。すぐ隣の和気アに展望のよさも岩場もかなり劣っているため、飯盛岩の周回しか見所がなかったのこの山に、もう一つの見所を持たすことができる。(もちろんスラブの登攀でも和気アにはもっとすごいのがいっぱいあるから、どうあがいても正直なところこの山塊には飯盛岩しか特別な見所がないんだけどね。)これにホントささやかではあるがハゲ山山頂の展望みかん山のボルダーとでなんとか見所4つの周回ルートができる。なだらかな藪中ハイクが中心になるから今一かもしれんが、せっかく徒歩の会が整備してくれているのを有効利用しないのも惜しい。よし。やるべえ。ここまでの通いやすいアプローチを確定すべく下側スラブの南端を巻くように下降する。すると南側の藪越しにも岩場がある。しめた。こちらの岩場からトラバースしてアプローチすればラクで、靴もドロだらけにならんですむぞ。トラバースを整備し、取り付きのスラブの根元のかぶったドロもはがしておく。こちらの岩場の上側を調べるのは後回しにして、下端から斜下降するようなルートをさぐると、うまいこと獣道があった。金テープをつけながらたどると、うまいぐあいに前回 下側スラブの北側に登攀したのと同じ踏み跡になり、なんとかメドがたった。一旦帰宅して昼食。13時からふたたび金テープをつけて整備しながら再トレース。シダを刈り払うことなく踏みつけだけでルートを確定できた。下側スラブを登攀し、上を整備。さらに上側スラブも登攀。さあ、あとは一般道までの接続だ。シダの中を獣道利用で、ルートを確定しながら金テープをつけていくが、あと50mくらいになってシダのないブッシュになった。どこでも通れるからルート確定がやりにくい。おまけにもう17時。ううむ。今日はここまでか。上側スラブからの下降は両端とも切れ落ちたような感じのブッシュなので、谷をこえた南隣の岩場に下降ルートを求める。しかし、この谷越えが胸まであるひどいシダの急坂だ。諦めの境地でシダをこいでトラバース。隣の岩場にはいでてやれやれ。岩場をくだるが、下端に金テープがない。アプローチに使った岩場ではなかったのか。ということはアプローチの岩場は左側斜め下にあるはず。そっち方面に獣道があったのでトレースするとうまくアプローチの岩場に戻れた。やれやれ。18時 無事下山。  翌26日 朝10時、やりかけから先を完成させるべく下側スラブへ。アプローチ岩場の上を確認してみると上側スラブにつながっており、ここの南端を登攀して途中から上側スラブに取り付いた初回に登攀した岩場であることが分かった。初回と同じ様に上側スラブを登攀する。上側スラブのラストは南寄りは地衣類が粉になってすべるので、北寄りの方がいい。上側スラブから昨日の踏み跡をトレースし、やりかけ現場へ。いったん一般道まで抜けて、離れた場所からも見えるように太い松にだけ金テープをつけながらもどる。(赤のビニールテープではこの手はできません。)さらに金テープをつけ直したりつけ足したりし、修正しながら再トレースして完成。よし。(さすがだ、藤本君。我ながら慣れたもんだねえ。)12時。下山は一般道を降りよう。上側スラブから巻くのはやる気になれん。(なお、上側スラブにはロープ持参なら下降できるようアンカーとしてのネズの根元を枝払いしてあります。)愛宕山経由で古墳跡に下山。一般道はツツジが咲いていたが、ちょっと視界も悪くなっていた。(夏では一般道からの展望はなくなってしまうかも。)12時半に帰宅。これで飯盛岩山塊の周回ルートができたが、さて、スラブの名前をどうしよう。“兄弟スラブ”はやっぱダサイ!名前をつけるほどの大した岩場ではないから“無名スラブ”とでもしておくか。しかしなあ。ううむ。山腹にある2段の岩場。上側は端がたどれない盛り上がった岩だから・・・牟佐の兜岩に対抗して鎧岩(よろいいわ)とでもするか。鎧ねえ。言われてみればそんな感じもなきにしもあらず。そうだなあ。鎧岩がいいかも。うん。よし。これでいこう!今回の鎧岩登攀ルートの完成で、飯盛岩の周回をしてみかん山に下山する飯盛岩山塊での周回ルートが完成したことになるただし、鎧岩の登攀はクライミング経験者でないと無理っぽいので、事故防止のため、これもシークレットルートとしておきます。(またかい。でも、あの登攀では、しゃーねえわなあ。)すみませんねえ。もはや一般ルートのハイキングレベルでは満足できないんですよ。

外国山西尾根調査:3月29日、またもやいい天気に誘われて、なぜか外国山の山麓にある押部集落にむかう。かれこれこの2年ほど和気ア周辺の山々に和気ア卒業生用のちょっとハードな岩遊びルートを設定していて、外国山もお気に入りの1本を既にひいているのだが、なにせあちこち岩場だらけなので、東寄りの大きめなやつを片付けただけで根負けしてしまい、中央から西尾根は部分的に踏み込んだだけでホッタラカシになっていた。(まあ、ゴチャゴチャしたささやかな岩場ばかりだから今あるヤツ以上のものはあるまいとタカをくくっていた。)しかし、最近の私の開拓パターンは、今までので満足してたら、後からそれ以上の最高クラスができるばかりしたので、いいかげんにちゃんと調査しておくべきだ。うん。しかし、さすがにこの広範囲の垂直壁だらけの岩場をさすらうのは勇気と根性がいる。今回は西尾根の端っこの垂直壁の岩元を確認するつもり。10時半に押部の山麓の路肩に駐車。集落の裏にコソコソと入り込み、谷川沿いの林道をすすむ。うん?新しい赤テープがある。これは徒歩の会が整備したものだな。そうか。飯盛岩から外国山とハシゴして熊山に向かったのはここを降りていたのか。納得。でも、ホントに通行可能になっているのか気になるなあ。予定変更だ。林道の先を鞍部までつめてみよう。うむ、ナタではすかいに切ってあるわい。鞍部までつめると案の定、“自分達が1回通れればいいんだもんね”的な感じになった部分もあったが、ちゃんと通行可能になっていた。(10年くらい前に突破したときにつけた金テープもあった。おお。なつかしい!)ううん。これはもったいない。せっかくここまで廃道復活したのだから、ちゃんとした仕上がりにしてやりたい。ちょこっといらぬお世話をしよう。うん。“1回通れればいいんだもんね”的な部分をちゃんと刈って整備する。金テープと拾った青テープ(たぶん徒歩の会のリーダーが落としたものだろう。そうか、最初のアタリをこれでつけているのか。ほうほう。)を追加して仕上げる。(3月31日、周辺のページを更新しました。)これで、なにかあってもこの谷に下降すればラクに帰還できるから、西尾根調査が気分的に随分ラクになった。13時に帰宅し、昼食後の14時 また押部に駐車。西尾根は下山することにして、タイヤのあったボルト岩から行こう。撤収ルートを登ってツヅミ岩へ。ツヅミ岩の西側の薮をこいで西隣の岩場にでる。さあここからだ。岩の端を巻いて竹薮へ。おお。やっぱりあった!タイヤのあったボルト岩。いやあ懐かしい。このヤロウは捜させやがってえ。西に乗越すと下の岩元に降りれる。ちょこっとおりて見る。うむ。やっぱりちゃんとピトンが打ってあり、10mくらいしかないが部分的にかぶっているわい。すぐ西隣は麓からもよく見える高さ20mくらいあろうか、とんがった垂直壁(75度くらいか。)だ。すっきりとした岩肌で、1〜2m間隔でボルトとピトンがちゃんと打ってある。ロケーションといいこれはモロ クライミングにおあつらえの岩である。そうかこの2つの岩をセットで遊んでいたんだな。納得。以前はこの垂直壁の裏側(東側)の陰気な竹薮を登攀したが、西側にまわりこむと明るい中を上まで巻き上がれそうだ。ここからさらに西へトラバースする踏跡(獣道?)が続いている。おやおや。当初もくろんでいた岩場めぐりには、ちゃんと道があったのか。もしかしてクライマーが開拓したものか?はたまた八十八箇所めぐりのために地元の方が作られたものか?いづれにせよこれはうれしい発見だ。しかもうまく弱点をついていてスリルも眺めもすごくいい。とびきりスッキリした垂壁があり、べちゃっとはりついて岩の感触を楽しむ。中央の岩場の上側をトラバースしてあっさり押部集落の裏尾根に到着。以前、この尾根を押部集落から登攀して、面白かったもののこの先(上)が完全な薮コギになるので、ルート整備を断念したことがあったが、もしかしてこのトラバースこそが正規のルートだったのかもそうなるとこりゃあ最高のハイキングルートである。(やっぱ あとからいいのが出てきたねえ。)尾根の岩場からトラバースしてきた岩場と西尾根の岩場を見ると最高の眺めであった。この時点で、すでに満足しているが、やはり西尾根の端まで調査しておこう。たしか西尾根への分岐があったはず。尾根をちょっと下降してトラバースの踏跡をたどる。西尾根は岩場の下側をたどるつもりであったが、上にむかう石段みたいなもの(たぶん人為。)があったので、つられて上側をたどることになった。西尾根の最初の岩場は南に張り出しており、ちょっとした立ち寄り場であった。ここで時間はもう5時。あと1時間で下山しなくては。でも、西側の谷にちゃんとした下山道があるからギリギリまで大丈夫。昔あった登山道が獣に踏まれて維持されている感じの踏跡をたどりながら薮をこいで岩ピークから岩ピークへ移動していくことができる。しかし、なんかたいして面白くはない。やっぱりこっちは岩元をトラバースした方がよかったかも。(今度また確認してみよう。)最後は端っこの岩壁の北側のシダの中にある獣道を下降する。下降した先に明瞭なトラバース道があったので南にむかうが獣道で消失していた。でも、この先に端っこ岩壁の岩元がある。よし、岩元を確認してから最短ルートで谷に下山しよう。うまいこと岩元にたどりつくとちょっと脆い岩肌で、クライミング対象になっていなかった。いよいよ6時。ここから谷の下山道は高低差30m。なんだっていいや。おらおらあ。ガサガサガサガサ。たいした困難もなく最後は果樹園の端に降り立った。ここに金テープをつけて今日はおしまい。さあて、どうするかなあ。やっぱもう一度気になる部分を調査しなくてはなるまい。今からどこを生かしてどこを切り捨てるか悩ましいことだわい。

外国山西尾根調査2:4月1日 午前9時 なんかドンヨリ天気だが押部まで行く。駐車したとたん雨が降り出し、みるみる吹き降りになった。しかたなく帰宅。女房にたのまれて買い物をしにいったら今日からエコバッグがないと袋代がとられるのに気づく。なんか調子悪いなあ。昼食後になって天気がよくなったので、2時からまた押部へ。裏手の尾根にとりつくべく林の中を登っていくと、なぜか谷の奥に立っている白い木が妙に気になってそのまま谷をつめていく。すると岩があり、登ってみると以前来たことのあったみこし岩であった。(以前は横から真ん中に登ったが、今回は下から直登しました。)おお、なんか偶然だなあ。ところが、ここでまた急に雲行きがアヤシクなって雨が降り出し、風が吹き出した。ええい。ここまできてやめれるかい。ずぶぬれ覚悟で半分ヤケになって岩場をたどるように踏跡をたどると、展望が最高な岩場の下に到着。すると急に天気が回復。やれやれ。おりなくてよかったわい。ここが西尾根への分岐であるが、中央岩場へのルートを確定すべく岩場の上に行き、さらに中央岩場へトラバース。タイヤのあるボルト岩まで確定する。途中にはスリルのある展望岩があったから、後で立ち寄り場にしよう。できればツヅミ岩まで確定したいが、また今度。(ツヅミ岩の上または下に接続する部分が自分でもまだ未定。)気になっていたクライミングルートのあるとんがり岩の西側から上に一旦登ってみる。ううむ。ちょっとキツイわりに面白くないなあ。これはそっとしておくか。時間は夕方5時。いかん。西尾根の調査はまたも1時間しかできん。分岐から人為の石段をのぼり、今回はでかい岩の下側にまわる。しかし、獣道はなく、踏跡もない。トラバースしていくにはもっと下降した林の中でなくては無理っぽい。それではキツイわりにおもしろくない。ううむ。こっちはだめか。西尾根はこの最初のでかい岩の上だけを立ち寄り場にするかなあ。うん。押部尾根にもどってみこし岩まで確定する。さてと麓からここまでが問題なんだよなあ。はたして民家の敷地を通らずにここまで来れる道があるかなあ。時間は6時。とりあえず以前歩いたかつての登山道をトレースしてみる。おお、十分生きてる。植林帯にでた。かつては植林帯をここまで登ってきてたが、それだと民家の裏におりてしまう。登山道跡がないかさぐってみるとあるある。祠のある岩を3つすぎると、ふたたび林の中を西へ。(ここは地元の方がしっかり刈られていた。)おお、やった。西の谷に出た。しかし、手前に果樹園があり、防獣ネットがはってあって通過できんじゃないか。まいったなあ。しっかりさがせばどこかに抜け口があるかもしれんが、タイムアウト。ここもまた今度。しかし、ここがうまくいったとしても、どういう風にコース取りしたものかなあ。ううむ。麓近くの大岩と舟杭岩と子ツヅミ岩をオミットして、押部から尾根を登攀して中央岩場をトラバースし、ツヅミ岩から舟着き岩へ登って山頂へ馬乗り岩から稜線縦走して鞍部から押部に戻るというコースかなあ。まあ、それでこの外国山のいいとこどりになるのはまちがいあるまい。麓から中央岩場をみあげていると、またもやいつかのおじいさんがバイクであらわれた。(なんか因縁をかんじてしまうなあ。)イノシシのワナがしかけとるらしいから気をつけてな。とのこと。私がこの山を気にいっていることがうれしそうだった。

登山口確定:翌2日、仕事から明るいうちに帰れそうなので、帰りに押部谷の登山口を確認しにいく。谷川沿いから牛神様が祭ってある場所へ。たしかこの向こうだったなあ。牛神様の横を通ると、防獣ネットの横に刈られたばかりの新しい緑色の芝が刈られた脇に倒れていた。今日芝刈りされたのか、(昨日はなかったと思う)登山口がこの牛神様の横になるようにちゃんと整備されているではないか。なんたる偶然。なにがどうなってるのか判らんがありがたく利用させてもらおう。これで登山口の問題は解決だ。ようし。今度、押部谷の牛神様から押部尾根までを確定し、押部尾根上部と西尾根と中央岩場に展望所を設定し、タイヤのあるボルト岩からツヅミ岩(たぶんここは上側につなげた方がコースとしていいと思う。)までを確定したら外国山周回岩めぐりルートが完成である。ただし、このルートは、前半の押部尾根の展望岩場までは地元の登山道の復活であり、中央岩場のトラバースとツヅミ岩から鉄塔までの登攀はクライマーの踏跡と獣道であり、稜線縦走は鉄塔管理道であり、鞍部から押部谷の下山ルートは地元の登山道の復活といういろんな人(他人)が作ってくれたものをうまくくっつけて利用しただけにすぎません。(はっきりいって私が作ったとはいえないなあ。調査していて発見しただけにすぎないよ。うん。)部分的にはスリルがあり初級の岩登りもあるが、ほとんどは普通の一般ハイキング道である。でも、最高クラスのハイキングが満喫できることは請合います。うん。

近況:4月中ごろから5月前半にかけてなんか体調が悪くて、山に行っていない。退職金が減るだのボーナスが減るだのといったいろいろ気がめいる話もあったし、仕事疲れもあるし、行事もあるし、なにかとあわただしく時間がすぎ、気がつくとお腹だけがでええんん!と格段に大きくなっている。いかんなあ。風邪気味(花粉症?)なのだが、いいかげんに気合をいれなおしてやりますかねえ。県北の雪山歩きをされてる方から和気アに感激のメールをもらったり、雪虫の山本さんから和気アが4ページも書かれた本をいただきましたので、ホッタラカシにせずやらないとね。うんうん。そういや今年12月からは竜王山登山道の開放予定だし。うむうむ。もう5年たったのか。ただ、最近の私は細かい事を考えるのがすっかりオックウになって、えらくオウチャク者になっています。かつてカリカリ怒っていたことを容認するだけでなく、まあ、これくらいならゴメンで済むだろうと、自分もやっているような次第です。和気ア周辺の開拓は地主さんの了解を得ていないものもあるので、廃道復活以外は一般道のように刈り払うことはせず、ゴメンで済む程度の枝打ちと金テープつけのみです。(和気アみたいに道標や黄ラッカーやガイドロープやお助け綱や気休めロープは一切設置していません。)またインターネットでの公開や呼び込みもせず、大勢で踏み込むこともしません。(あくまでも、このページの文書だけでの紹介であり、私の自己満足で数人をガイドする程度で、私だけの秘密基地:子供の悪さ といったものです。)なお、廃道復活でも、もっこく山は、あえて全く枝打ちしない演出で、久しぶりに岡大の先生をガイドしたら、2年のうちに金テープが劣化して、ほとんど自然に返っていました。おかげで ちょっと迷ったりしましたが、最後に偶然いい道を発見できたりもしました。今やりかけの外国山がすんだら、和気アの周辺開拓(もとい周辺での子供の悪さ)は、あとは石鎚山の直登くらいだけど、こいつは来年かな。ちなみに和気アには7つの岩エリアがあるので、これらを“インナー7”とし、もっこく山、石鎚山、飯盛岩、外国山、明神ー、佐伯天神山、乙女岩を“アラウンド7”とするつもりです。(もしかして、まだ他にも石仏山山塊や立石が加わってアラウンド8や9になるかもしれません。しかも、じつはまだ衣笠山などいくつかの山も調査予定なので、最終的にいくつになるかは全くの未定です。)おっと、またえらく早く構想をバラしたねえ。(しかし、アラウンド(周辺)の7山分を全て足したのが、和気ア1山塊と同等なのだからやっぱ和気アはスゲエヤツだとあらためて実感します。)

うれしかったこと:5月30日、娘の恩師をガイドして、久々に神ノ上東壁からチンネ・スラブ、鷲ノ巣、御大師様をまわった。危ぶまれた者は白っぽくなっていたが健在であった。(←訳あって意味不明。)今回、隠しルートばかりを歩いたが、どれもしっかりふまれており、(ワイルドな薮コギが少々あるだろうと思っていたが、)なんか普通の一般道みたいに丁度いい踏まれ具合であった。(ううむ。アラウンド7のもっこく山とはえらくちがうなあ。隠してもこれかい。)何年かの間に道標が吹き飛んだり、まったく読めなくなったりしているが、なぜかそんなに気にはならない色あせたトラロープも消えかけの黄ラッカーもこのままでいいように思えたなにもかもが不思議と有様がいい道標が行方不明になった分岐に金テープをサービスしたくらいで、実質 整備不要であった。今日は暑い1日であったが、チンネではベテランリーダー率いるハイカー4人が降りてきたし、(鷲ノ巣へのアプローチは完璧に草刈されていた。たぶん地元山岳会(労山かな?)が整備してくれたのだろう。)福山から来たというクライマー6人が鷲ノ巣で練習していた。三倉岳はハードすぎて初心者を連れていけないが、ここはなにをやるにもちょうどいいとのこと。(そうそう。ハードすぎず、つまらなすぎず。これはクライミングもハイキングも同じですね。)下山してから思い返してみると、私がなにもしなくても、この山はハイカーやクライマーの大勢の皆さんにとても愛護されているのが感じられる。(うれしー!!今更ながら、再認識しました。)相棒はなんて幸せなヤツなんだ。

押部尾根クライマーズルート完成:やりかけになっていた外国山の2本目のルートを5月の中頃にあと少しというところまで仕上げて、岡大の方を案内したりしたのだが、それっきりになっていた。6月になってやっと体調がもどってきたし、いいかげんに完成させないとね。6月4日、運よく曇りで風が涼しい一日であった。午前中は掃除、洗濯、犬の散歩をし、13時半から入山して18時半までかけて完成させた。押部尾根の上端の展望岩の下から上までを整備して、下の分岐から西尾根へも再調査した。なかなかおもしろいクライミングごっこができる岩場を発見できたが、周回してもどるにはかなり手入れをしなくてはならん。これは次回にしよう。(そして、この周回部分より西側は冒険好きな方のためにあえて整備せずにとっておこう。うん。)展望岩の上を手入れし、かつてクライマーが通っていたであろうトラバースルート部分の中間部にある(最初に思っていた狭いスリルある岩ではなく、)わりと広々した岩頂を立ち寄り展望所として整備した。(登ってきた押部尾根を見下ろせる なかなかいいものができたと思う。)タイヤのある岩まできたら時刻は17時半をまわっていたが、19時までは明るいので作業を続ける。竹薮からツヅミ岩の上へのつなぎは、最初は明るい岩場にでて、ここを攀じ登るようにしようかと思ったが、かなり刈り払わなくてならない上、やってもたいして面白くない。やはり初登した暗い岩の隙間の登攀を正式ルートとしたほうがいいか。よく見ると、前回ガイドしたせいか、落ち葉が払われて岩肌が現れており、登りやすくなっていた。また、中間地点に新たな竹が生えてくれたおかげで、下降までしやすくなっていた。これならもう決定だな。(なんか“ルートはこうしなさい。”と山がしめしてくれているみたいな気がした。)←うらやましい? ちなみに最初の明るい岩場はちょっと変わった乗っかり岩があるので、立ち寄り展望所としておこう。18:20 ルート完成。やったわい。いそいで下山。この新ルートを何分で降りれるか試してみよう。トラバース部分のアップダウンが結構キツかったが、18分で牛神様まで下山できた。うむ。なかなか早い。さてと、今回完成させたこのルートの正式名をどうするかなあ。クライマーがピトンやボルトを残した4つの岩をめぐるから(ハイキングルートではあるが、)クライマールートでいいか。うむ。外国山 押部尾根クライマーズルート。うん。いいね。決定。さらに思うのが、ツヅミ岩にザックをデポして、舟着き岩経由で山頂まで行って馬乗り岩で遊んだら、縦走せずにツヅミ岩にもどって、小ツヅミ岩から舟杭岩に立ち寄って撤収ルートを下山する方が面白いと思う。なぜなら、前回ガイドして縦走したら、えらく間延びしたつまらないハイキングに感じたからである。やっぱ鉄塔整備道は過剰整備で趣がないのかなあ。ううむ。ツヅミ岩から岩の隙間を上がる部分はザックが重いと無理があるから(以前、ここにお助けスリングを設置してやったらクソバカ野郎に取られた。ドチクショー!でも、アラウンド7には金テープしか設置しないという観念を持てた。)ちょうどいいかもね。次回は西尾根のクライミングごっこ周回立ち寄りルートを整備しよう。こいつが出来たらもう外国山の岩場めぐりは撤収ルート下山で最高だろうなあ。うんうん。

ちょっとお疲れ:暑い日が続き、仕事疲れもあったが、6月12日は朝から晩まで丸1日 親父の手伝いで梅取りをした。脚立にあがって無理な姿勢で作業をしたからか筋肉痛もあってヨレヨレ。13日は遅出の出勤をフラフラになってこなす。夜中12時半に仕事が終了し、明日は用事のないフリーの休日だあ。やれやれと思っていたら、消防団のN分団長からメールがきていた。佐伯で77歳の爺さんが行方不明になった。明日朝から捜索するから7時半に出動せよとある。があああああんんん。楽しみにしていた休日。休めるはずの休日。休んでいたい休日。――――そ、そんなあ。目の前が暗くなる。蒸し暑いうえにずっと立ち仕事だったので足がほてって寝付けない。まどろんだ程度で朝になり、フラフラと捜索活動に参加。ああ、なんとかして早く発見したい。そう。助けるためではない。一発食らわすためである。(おいおい。)また今日はカンカン照りの炎天下になった。結局 ごめんなさいと午前10時すぎであがらせてもらった。NさんTさん等みんなは昼過ぎまで捜索したらしい。当の爺さんは16時になって隣の赤磐市で保護されて一件落着。(皆さんお疲れ様でした。)私は昼寝をしていたが、“ちょっとだけじゃから。”ということで夕方15時から親父に呼び出され、“こっちもたのむ。おお、あっちもあった。たのむわい。”と結局18時まで3時間 薮の刈り払いをさせられた。もう、ガクガク。

もっこく山が火事に:私は出勤していて知らなかったが、6月17日、昼前にもっこく山の山頂から出火。地上部隊だけでなく、香川と徳島から防災ヘリ2機が出動し、100m四方を焼いて夕方6時半に鎮火した。(前夜の落雷が原因らしいが、こないだは備前で山火事があったし、和気アでも岩山と竜王山で火事があったし、なんか山火事はありがちなものなんだなあ。)麓からでは焼け具合がよくわからない。Nさんから話をきくと、地上部隊は麓から10kの水を担いでいく方法がとられ、赤ペンキでコースサインをつけて人海戦術をとったとのこと。(高低差350m 距離1.8kじゃあ中継ポンプが2台以上いるし、ザレがひどい部分があるから2台目のポンプを目標地点まで担ぎ上げれないだろう。)残念なことは、だれもキツネ尾根の鞍部にゆるやかに登れるルートがあるのを知らなかったらしく、(ううむ、Tさんに聞けばよかったのに。)ひどい急斜面を無理やり登っていたらしい。この一番最初で一番しんどい部分をNさん等の周辺の分団が担当したとのこと。Nさんは、私ならなにか知っているかもと呼び出そうと思ったが、あまりでしゃばっては地元1分団の面子もあるしと、遠慮したみたいです。(ああ、本当ならゆるやかなルートを一線延長して尾根の上までポンプ車で送水できて皆かなりラクができたし、ちょっとしんどいがここまで可搬ポンプをもってくれば中腹まで送水できたのに。)私がラクに登れるルートを知っていたことをいうと、Nさんいわく、“やっぱ山に関するなら、よんどきゃよかったわちなみにウチじゃあ益原のチンポ岩の山塊が火事になったら道がねえんが心配じゃあ。”―――――“あのう、内緒のルートならありますが。”というと、“さすがじゃのう。”と半分あきれていた。私の悪さも場合によってはいいことなのかもしれない。防災のためにも和気町内の全山を歩いておいた方がいいかもしれん。ううむ。あらたなるテーマができてしまった。“防災のための和気町内の全山のラクチンルート調査。”ううむ。バリエーションのようなのではなく、機材を担いで登れるようなラクチンルートの確定か。趣味には合わんが、玄人好みなのを設定してやるかなあ。町内全山に。(ちょっと膨大すぎるような気もするが、できんこともあるまい。うんうん。)でも、いつになるかなあ。

外国山西尾根立ち寄り周回ルート完成:梅雨入り宣言されてからいい天気が続く中、なりゆきで6月24〜26日に3連休をもらった。一日目は家の片付けなどしてゆっくりし、夕方からPTAの会議にでる。2日目はかなり暑く30℃を越したが、せっかくの連休に山に入らないともったいなく思えて、ちょっと無理をして外国山にむかう。洗濯物を干して、犬の散歩をすませ、10時半からスタート。木陰は風もあって涼しい。昼過ぎまで2時間くらいで西尾根にクライミングごっこができる岩場めぐりの周回ルートを完成させる予定だったが、バテないようにゆっくりやったため15時半までかかった。一部分だけ岩がはがれて、水のしみたもろい岩(マサ土の固まった感じ)がむきだしたが、なんとかルートにできた。岩は表面のみが岩で、(石みたいに割っても中身が同じじゃなくて)一枚むけたら中身は凝り固まった土であることが多いのかもしれないいきなり大崩落するのもそのせいかも。一度枝払いしながらトレースし、ルートを確認する。2度目に金テープをつけて仕上げる。なかなかいいものができたわい。内容は、人為の石段を登って、一旦下に下り、最初の大岩の下を巻く。(大岩を下から見上げれるように枝打ちしました。)西隣の岩場をクライミングごっこで登攀し尾根の南斜面の岩壁をトラバース(ちょっとスリルあり。)ぎみにたどって最初の大岩の上(展望所に整備しました。)に降り立つ。そこからちょっと下ってトラバースすれば最初の人為の石段に戻るというものです。(逆周りもできなくもないが、ちょっとハードかも。)ただ、押部尾根クライマーズルートを素直に登りきるだけでも十分な内容があるから、この立ち寄り周回ルートは余計でバテるだけではあるまいかという懸念はある。たしかに意味不明のハードな立ち寄り周回ルートだから、まちがって入り込まないように、分岐付近の金テープは控えめにしました。まあ、このルートはクライミングごっこをしたい健脚の方向けということでご理解いただこう。(ううむ。そんなら、無理してわざわざ作らんでもいいものを。しかもこんな暑い中で。正直、ムショウにヤリたくなっただけじゃねえん。)いや、そういうわけでは。(平日のこんな暑い日にまさかこんな岩場で悪さしてるとは誰も思うまい。むふふ。気づかれずにやれるわい。なあんてタクラんで、やったんじゃろが。)な、なぜそれを。(やっぱしな。)3日目は親父の手伝い。もう日焼けが痛い。

外国山開拓完了:7月3日、梅雨のせいか日差しがやわらいでおり、今日は涼しい風もある。先日 西尾根の周回ルートを完成させ、それより西の先は冒険好きな方のためにあえて放置することにしていたが、本当にそれでよいのか再確認しにいく。また、ツヅミ岩との接続部にある奇岩にクライミングの跡がないかも確認したい。例によって犬の散歩と洗濯干しをすませて10:20スタート。かつて西尾根を下降したときの金テープをさがすが見当たらない。変だなあ。まあいいや。ここらあたりから適当に薮をこげばいけるだろう。でもヘンだな。岩壁にでくわさないぞ。30分かけて尾根の上に出てみると、ここは押部尾根ではないか。取り付きはもっと奥だったのに完全にドジッた。急激にバイタリティーがなくなり、体が動かなくなる。飴をなめて給水し、木陰で休憩。風が涼しくて助かった。仕方ない。先に接続部の奇岩を確認しにいくか。奇岩を手前から、下から、反対から観察するが、やはりクライミングの跡は見あたらなかった。ついでなので、ツヅミ岩から上への関門をチェックすると、なんと岩下にひっかかりのいいアンダーホールドがあって、レイバックで2歩登れば楽勝であることを発見した。おお。ハイキングルートでのレイバックか。和気アのチンネにはチムニー登攀があるが、外国山の隠しルートにはレイバックがあるのだ。いいじゃないか。うんうん。いいもの見つけたなあ。満足。満足。分岐にもどって、西尾根にむかう。わざと横斜面をトラバースして岩場をさぐっていく。岩峰には以前つけた金テープがあった。先端付近の岩場はどれもツルツルでキツすぎる。やっぱりここでは遊べないなあ。眺めるだけでも悪くはないが、そっとしておこう。以前、所々金テープをつけた獣道っぽい踏み跡をたどって最後の垂壁の下に立ち寄る。西尾根でクライミング対象になるのはこの岩と展望所にした岩くらいだろう。しかし、どちらもクライミングの跡がない。地主さんが許さなかったのか、はたまたクライミング跡があるツヅミ岩周辺からはちょっと離れているせいか、似たり寄ったりで麓に近いせいか。(かつてのクライミングはなんかコダワリがあって、山の上にある岩が対象であり、麓近くにある岩は敬遠されていた。横尾の屏風岩ですら最初は敬遠されていたらしい。)なにはともあれ薮をこいで下山したら最初に取り付いた場所より100m奥のブッシュが茂ってしまった畑にでた。(ここにちゃんと金テープがありました。)結局、なんら変更はなく、当初のとおりでよいことを確信する。うむ。外国山の岩遊びルート開拓はこれで完了だ。クライマーの跡がある岩は全部で4つ(みたい)だ。タイヤのあるボルト岩(10mくらいで、中央が少しハングしている。白骨倒木がジャマっぽい。岩全体がちょっと脆い感じ。)と、その上の山頂直下に突出したフェース(18mくらい。大きめポケットがあり、ホールドが豊富で残置支点も多い。なんかヤリたくなる岩だ。)と、ツヅミ岩(45mある最大の岩。傾斜は50度くらいなので初級だが高度感は結構ある。)と、その上の関門右側のフェース(8mくらいしかないが、ホールドが小さくキツそう。)。これら全てをたどり、レイバックして舟着き岩経由で山頂へ。ううむ。なんて贅沢なルートなんだ。西尾根の立ち寄り周回で岩遊びして、撤収ルートで舟杭岩と麓の大岩をめぐれば、もう外国山の岩場めぐりハイク(アルパインハイキング)はパーフェクトといってもいいだろう。(できれば西尾根先端のフェースも見学しに冒険してくれたらよりパーフェクトだが。)以前はツヅミ岩でロープワークしないともったいないというか、物足りなかったのだが、ロープワークなしで充分楽しめるものにできたわい。これで、北側の佐伯天神山乙女岩(どちらもショートだが、お気に入りアルパインハイク。)と、西側の外国山飯盛岩明神ー(外国山はボリュームあるアルパインハイク。飯盛岩はちょっと一般ハイクっぽい。明神ーはフリーソロ専用ゲレンデ。)が完成した。あとは南側のもっこく山の火事跡の確認と、石鎚山(多分、これも遊べないから、今のままかも。)の確認だな。そしたら、とりあえず、アラウンド7の完成だ。でもまだ衣笠、中山周辺の山や岩の調査をやるつもりだし、日笠や佐伯周辺の防災のための薮山調査もある。ああ、まだまだやることいっぱいだあ。

もっこく山の火事跡調べ:7月13日、ちょっと(というよりかなり)暑いが、せっかくの休みなので、もっこく山の火事跡がどうなっているか見にいく。10:20栗林スタート。日陰の谷を消火活動跡をたどってつめていくことにしたが、場所によってよく踏まれた部分もあったが、全体的には不明瞭だった。コースサインも見あたらない。とりあえず、谷をそのままつめて第2スラブを登る。なんと!スラブの上のブッシュが鹿嶋壁までずっと焼け跡になっているではないか。鹿嶋壁の上だけかと思っていたが、南側からまわりこむように類焼しており、結果的に鹿嶋壁を中心にして上側が登山道跡のある岩場まで50m南側が第3スラブの下側をまわって50m下側が第2スラブの上端まで50mのブッシュが焼けている。(鹿嶋壁が横幅50mくらいだから縦横100mづつくらい焼けたことになる。)まだタールくさい焼け跡をチェックしてみると、松などの潅木はこげながらも燃え残っており、蘇生するものもありそうだ。地面のシダが消失しているが、早くも草やシダの新芽が所々生えてきている。竜王山より木の損傷がひどくて広域だけど、もともとハゲ気味な部分だけが燃えたことになる。(ハゲ加減がちょっとひどくなるかもしれんが、)これなら多分大丈夫だ。数年で元に戻るだろう。調べていて思ったことは、燃えなかったシダと燃えたシダの違いは、どれだけ水分を含んでいたかの差ではないかということ。燃えた部分は岩場に囲まれた乾燥地帯であり、そこのシダは水分含有量は乏しかったはず。一方、燃えなかったシダは岩場から下の鬱蒼とした部分であり、フツウに水分を蓄えていたと思われる。木々を焼き尽くすほどの火力はなかったので、乾いたものは燃え、フツウの青草はもえなかったみたいだ。11時すぎ、鹿嶋壁で通り雨にうたれる。土砂流失しないようあまり踏まずにこのままそっとしておこうルートの設定変更はなしで、前回発見したキャンプ場へのトラバース道の入口に金テープをつけて下山終了。なお、鹿嶋壁から石鎚山の岩場を観察したら山頂部分の高さ20mくらいだけが岩壁であるのを確認できた。やっぱ、これではいじりようがないなあ。石鎚山はやっぱり今のままの通常ハイクとするか。よし、これにてアラウンド7完成だ。(?)あとは、もっこく山の北側とグリーンランドの北端と石仏山の鉄塔監視道歩きをして、さらに立石、衣笠山を調べよう。(たぶん秋になるなあ。)

うむむ。石鎚山:7月18日、工事の終了後をねらって、夕方5時半に工事中の論山トンネル道の出来具合の確認と、石鎚山の岩場を近くで観察するために大中山の交差点から工事現場に向かう。車で行けるところまで行こうと思い切って登っていくと結構上の方まで舗装できており、まるで和気うつくしい森へのアプローチみたいであった。おお、いいぞ。うまいぐあいに石鎚山の岩場をかなり近くで、しかもすごく手軽に観察できるわい。どれどれ、やっぱり山頂の岩場は単独の垂壁だなあ。西寄りの下に岩場があるが、離れているからダメだなあ。反対側の東隣にも岩場があるねえ。おおっ!これはなかなかまとまっているぞ。しかも山頂の東隣の岩峰につながっているではないか。高低差は100mくらいか。岩場の下端までは谷底から高低差50mの藪コギのアプローチになるが、飯盛岩山の鎧岩を思えばこっちの方がラクで面白そうだ。よし、今度調査しよう。これはいいものを発見したわい。やっぱり、近くからチェックしてよかった。

日食:7月22日、偶然休みだったので朝10時から太陽を観察する。うまいぐあいに雲がフィルターになっていて、肉眼でも三日月形になった太陽を見ることができる。おかげで安物のスキー用のサングラスだけで観察し続けることができた。はじめて見る日食に年甲斐もなく妻と二人で興奮してはしゃぐ。11時すぎになって最大の8割欠けを過ぎたので、テレビをみると、硫黄島での撮影がメインで、皆既だと夜同様の暗さになり、星まで見えること、そして水平線の360度が幻想的な赤い夕焼けになることを知る。ううむ。部分と皆既では大違いだ。(すごい。これは知らんかったわい。)現場の解説者が息をのんだまま見とれてしまい、はっとなって“すいません。言葉を失ってしまいました。”というのが逆にすべてをうまく語っている。数十秒から数分の自然の偶然現象がこんなにも人を魅了するのかということを思い知る。そして再びダイヤモンドリングになると一気に明るくなり、今のはなんだったんだという感じになる。こりゃあいつか皆既日食を観にいこう。うん。でも、悪石島みたいにいよいよ本番になって体育館に避難という事態もありうるのを覚悟しなくてはならん。(ありゃあホント悲惨だ。うん。)

トムラウシ遭難事件:あらためて高齢者ばかりの旅行会社によるハイキングツアーの危険と問題を考えさせられました。自分もオハヨー山岳会で寄せ集めの中高年部隊をガイドしておりましたので、この事件の問題点がよく判ります。ガイドする側からみれば、技量・体力がバラバラなパーティを組まされ、皆にどれだけのことをやらせてもいいのか正直なところパーティの実力が測れない。しかも、ほとんど皆はお客様気取りで、山について調べることも考えることもせず、一人でも はぐれたり ついて行けない事態になったら 皆をどれだけ困惑させ迷惑になるか判っていないなおかつ必要な装備をもっていない旅行会社が全てお任せくださいみたいなことを言って勧誘し、横着モノがそれをまに受けて山のことをまったく知らないまま遭難しにいく。という腹立たしいほど愚かな構図が見えてしかたない。正直、私はガイドなどコリゴリである。自分にとって物足りない内容なら足手まといがあっても“これもまた練習である。”と思えば我慢できるが、なにがあるか判らない冒険を楽しんでいる自分にはどだい無理である。まれに親しい仲間(自分より上レベルの人)をガイドする場合には、いつも最初に“自分の命は自分で守ってね。”といっています。もちろん、仲間も最初からそのつもりで来ている。(と思う。)よくドラマかなんかの救助シーンで“人の命は平等だ。アイツをほってはおけない。”なんてカッコつけて、主人公がムチャをやるパターンがあるが、とんでもないことである。(消防団でも言われているが、)“助ける方が万一でも巻き添え食らったら、かえってマズイんだよ。助けれるものは助けるが、無理な救助は絶対にしてはいけないキマリなんだよ。”といいたい。“このままでは死んでしまう人”の命は、所詮ダメで元々なのである。だから心肺停止状態の人をメチャクチャマッサージして逆にとどめをさしたとしても罪にはなりません。(どうか遠慮なくトコトンやってください。)そして、““安全な山”なんてどこにも無いんだよ。(山とは危険なものです。)山をやるからには、自分や仲間や身内が“無理っぽいから諦めてくれ”といわれても(なんとも非情ではあるが、)うなづかなくてはならないんだよ。”といいたい。そして、“これに異議を唱えるなら山なんぞやるな!”といいたい。所詮、自己満足でしかない登山行為の遭難は迷惑でしかなく、暴走族が馬鹿して事故したのと同じである。“なんとしてでも助けてくれ。”なんていうのはお門違いで、“まあ、できたら助けてやってくれ。”というのが正しい。中には“助けたらボコボコにしてやってくれ。”なんていいいたくなる遭難も結構あるのだ。(おいおい。)

いつの間にか9月:不況のあおりか乳質が低下して仕事が例年になくキツく感じた夏。ごくマレにしか出てこないくせに遊び金をせびる消防団員にムカついた夏。例年ほど暑くなかったのに、バテたり暴飲暴食したりで体調を崩しがちであった。最近になって涼しい風と朝夕の冷えに秋を感じる。さすがに9月だ。うん。ええっと、今日は2日かあ。 はっ!そういやHPを松茸山入山禁止にするのを完璧にわすれとったあ。やべえ。(9月4日の和気中PTA常任委員会や9月6日の防災訓練のことしか考えとらんかった。)まあいいか。3日は休みじゃからのんびり更新するべえ。うんうん。 9月3日、女房からの頼まれ事の犬の散歩をし、洗濯物を干して、家の中を掃除機をかける。10時に完了。HPの更新ならすぐにもできる。だが、今日は曇りで風もある。体調も悪くない。8月のいつだったか、石鎚山の岩場を登攀するためにむかったものの、アプローチとしての麓の谷の踏み跡を確認し、金テープをつけただけで、午前中の1時間できりあげて帰宅したことがあった。気になっていた続きをやってやるか。今日は上から降りてやろう。3時間もあれば十分だ。HP更新は昼からにするべえ。水もオミットして空身で軽量速攻するべえ。久々に山からエネルギーをいただくべえ。よしよし。蜘蛛の巣と日射病対策で白タオルを頭にほっかぶり、藪コギ用の皮手袋をして10時半に中山のチャンキーの裏をスタート。何年か前に一度だけ降りたルートを逆トレースする。登山口がわかりにくくなっていたが、ここら辺だけしつこいくらいにつけていた金テープのおかげで迷わずにすんだ。途中でも、トレースした記憶があるので、コースサインをたどって迷わずにすんだ。(でも、もし初めてだったら、かなり迷って、あげくは廃道とみなしてひきあげていたかも。)11時すぎに山頂に到着。やっぱりここらへん一帯は垂直壁で遊べないなあ。以前、論山トンネルの道路工事現場から発見した南ピークから下側の岩場も垂直壁で下降どころか登攀も無理であった。仕方ない。ここはやはり上からながめるだけのハイキングにしておこう。当初の予定どおり、アラウンド7の完成だな。うん。引き返す。登っていて一番最初に南の谷の展望がひらけた東肩の端の岩場からはラクっぽいスラブとザレが谷にむかって50mくらい下の方まで続いている。残り100mくらいがひどい藪コギになるかもしれんが、谷に降り立てばラクに帰還できることがわかっているので、このエリアでの最後の冒険として、ここを下降してみる。スラブとザレをこなし、いよいよ藪コギへ。うん?下降している獣道がある。ラッキー。たどらせてもらおう。すると、行く手はまばらな潅木帯で、膝までしかないシダのブッシュ(地面はザレている。)が最後の谷まで続き、(谷に合流する部分は枝沢で、そこだけ岩がぬらついて神経を使ったが、)楽勝だった。チャンキーの裏に帰ってくると鶏糞のニオイ。やっぱこの登山口はわかりにくいし、私有地(畑)だし、臭いし、お勧めできんなあ。(そっとしておくか。うん。)13時に帰宅し、シャワーをあびてくつろぐ。昼食後。よし、HPを更新するか。とりあえず表紙のウリピーのセリフを書き換えて、上書き。アクセスカウンターのソースが文字化けするので、ソースを手直し。うん?ソースの表示が変わってるなあ。さては、こないだIE8にバージョンアップしたからそのせいだな。(マイクロソフトから勝手に送り込まれる“更新のインストール”によって、いつの間にか強制的に7から8に更新させられていました。(なんか問題ありじゃねえ?)まあ、見た目が7と変わらないから気にしてなかったけど。)文字が色違いになっていて見やすい。よし。手直し完了。上書き。うん?!ヘンだな。上書きできんではないか。何度もためすがダメ。あの手この手をためしてもダメ。ううう、ガオー。なんでこんな8なんかに更新したんじゃああ。アクセスカウンターが機能できんようになったじゃねえかあ。うむむむ。悩んだ挙句“ソースの編集”で検索して、私と同じ悩みを相談しているHPを発見。(読んでみるとIE8にしてから出来なくなったというのも一緒だった。)解決方法はソースをなんたらビュアーからメモ帳にすることで、やり方のHPを読んで無事解決できた。やれやれ。なんとか昼2時にうまくHP更新できた。同時に電話がなる。“もしもし。” “おえ、1時間てごをせえ。”わあ!親父じゃあ。(電話をとるんじゃなかったわい。)しぶしぶ峠の畑にでむいて親父の手伝いをし、洗濯物をとりこんだ後、夕方もこっちの畑の片付けを手伝う。もう。今日一日ぜんぜん休養しとらんがな。(オマケに夜10までかけて今日の出来事をワープロしている私。)この秋は、もっこく山の北側グリーンランドの北端石仏山の鉄塔監視道歩きをして、さらに立石衣笠山を調べよう。(たぶん歩くだけになるだろうけど。)なお、和気アの松茸山の入山禁止札は台風をやり過ごせるであろう9月20日すぎに設置する予定です。(もうつけんでもいいくらいなんですけどね。)

ドチクショウ!リンクがパア。:翌日4日、HPを確認したら、ありい?!私の作成したページがすべて“見当たりません。”になっている。(インターネットでリンクした他所のHPはいいけど。)よく見るとリンク先が私のパソコンのマイドキュメントの中のホームページのフォルダ内にある元々のファイルになっているではないか!たしか今までは勝手にというか自動的にサーバーのフォルダ名になっていてくれたので、なんで従来どおり自動変換してくれないのかを調べる。仕事の昼休み時間にヤフーの知恵袋やいろんなキーワードで検索し、いろいろな文献を読破するも解決方法を発見できず。夕方からは和気中のPTA常任委員会に行き、帰宅後にもう一度じっくり調べなおす。すると、IE8は不調が多く、IE7に戻している人が結構いることがわかった。いままで出来ていたのが、IE8にした後出来なくなったのだから、IE7に戻せば解決するかも。フォルダ先の自動変換をあきらめてマイクロソフトのサポートHPを読みながらIE8をアンインストールする。うむ。(XPなのでちょっと複雑なやり方だったが、)うまく削除できたわい。これだけで自動的にIE7に戻るはず。再起動後に確認。よし、IE7になっている。さあ、これでHPをアップしなおそう。うまくいくことを願って作業終了。いざ、確認。くっ!!ダメじゃねえかあ。あいかわらず、フォルダ先がマイドキュメントのままだ。フロにも入らず12時ごろまでねばりまくったあげく、面倒くさいが、ソースを手直しするしかあるまい。ということで、ソースをひらいて“置換”をクリックし、フォルダ先をサーバーにし、最後に“すべてを置換”にした。いちいち全てを捜して書き換えるのはもう気が遠くなるくらいであったので、偶然とはいえ、いい機能を発見したものである。よし、上書き。これでアップしなおすと、おおっ!すべてのページがうまくリンクしているぞ。やった!やれやれ。これならなにもIE7におとさなくてもよかったんじゃあないか。まあいい。もう一度IE8にしてもいいが、もう面倒だ。この先9になったりしていくのだろうが、もう安易にアップデートなんかせんぞ。最新版にしたらかえってトラブルになるのをいろんなことで何度も体験させられたからなあ。(ホント!)当分IE7でとおすもんね。翌5日、(午後出勤なので、これを書いてます。)昨日のことを書きながら、今回のトラブルは、IE8でソース表示がメモ帳からなんたらビューアにかえられたことで、置換の設定がリセットされてしまったからではないかという気がしています。HPを作成した頃は、わからないことだらけで、いろいろ試して偶然うまくいったり、つながらないサポート電話をねばったりして問題を解決していましたが、なにせ10年くらい昔のことで、そのとき今回のようなソースの置換をやったっけかなあ?う〜ん。だめだ。まったく思い出せん。これからも、うまく置換してくれるかわからんが、まあこれでよしとしよう。うん。

立石調査:9月13日、午前中はお墓掃除をし、昼過ぎから中山の立石の調査にいく。考えてみれば、このHPを立ち上げた頃に麓をうろついただけで、関心がありながらもずうっと岩上に立つことなく10年ちかくほったらかしていた最後の岩である。(登れなくても他の岩はすべて岩の上に立ったことがある。)インターチェンジの高架下をくぐると身の丈だった赤松の植林は10年の成長で密集した林になっていた。岩を近くから見上げるとちょっと迫力がある。祠がある(地元の聞き込みで知っていた。)から参道もあるはず。植林の看板がある所から道なりに西にむかうと、道はしだいに登っていき、東に向きを変えて岩元に向かっている。道は太く、しっかり整備されており、地元信仰の神様として大切に管理されているのがわかる。2頭の鹿に出会い、あっさりと祠に到着。岩の東側をまくようにして岩上をめざす。最初は下草のない林だったが、シダのブッシュになる。湿った岩肌は右側に回避して登り、左にトラバースしてもどる。最後の藪の急坂をひとこぎすると、うまく岩の上に出た。(あとで反対側も調査したが、偶然ながらこれが最短で唯一の登頂ルートだった。)岩頂の長さは10mくらい。横幅は2mくらいあるが、3方向が20mの垂壁で落ちたら絶対助からないから怖い怖い。へっぴり腰で先端そばの最高点までいき、へなへなと座り込む。高速道路がすぐそばを走っていて、走行車の皆からは丸見えでなんか恥ずかしいが、とてもここで立ったまま皆に手を振る勇気はない。座ったまま這いつくばって戻り、往路を忠実にトレースして下山する。試しに反対の西側をまいて登ってみるが、岩壁から離れてしまい、岩頂へはひどい藪コギを強いられそうなので諦める。岩壁の端を登攀できなくもないだろうが、最後のツメが難しいかもしれない垂直岩なのでやめとく。行き詰ったらマジでやばい。1時間くらいで車にもどり、調査終了。(なんともあっさり。なんでこれが今までおざなりになっていたのかが自分でもちょっと不思議。)時間があるので、かなり以前から建設中である中山から閑谷へぬける道路がどこまで出来ているか確認しにいく。入口が閉鎖されていたので、歩いていくと池の横までしかできていない。閑谷からの道路はかなりこっちまできていたが、えらくグズいなあ。工事の詰所の裏に登山道がある。たどってみると鉄塔監視道であった。2本目の鉄塔までたどったが、3本目は谷に下りて登り返しになるので引き返す。この道は高速道路側に下山でき、さらにゲンコツ岩から石仏山を縦断している。この監視道は最初 牛のニオイと爆音がマイナスだったが、展望がよく風も涼しく始めての場所だったのでわくわくして楽しめた。今度はもっこく山の北側グリーンランドの北端石仏山の鉄塔監視道歩きをしよう。また石仏山の西面スラブ衣笠山の岩場も調べよう。

松茸山閉鎖作業:今年も台風が来ない。猛暑も8月下旬から早々と秋の気配になって、9月になってからは朝夕の冷え込む日もあり、すっかり秋になった。曇り空で涼しい9月22日、朝の2時間半で東壁から藤原団地までの藤野小学区の登山口を閉鎖し、午後からは雨の合間をつくようにして、夕方4時までかけて残りの和気富士から北林道までを閉鎖しました。今回も去年同様 和気駅には掲示依頼せず、和気中裏もお墓の先にまとめて設置しました。ほとんどの登山口には踏み跡がしっかりついており、隠しルートですら廃道にはなっていませんでしたが、岩山登山口だけは毎年アプローチが篠竹でふさがれており、いつもこの時期に私が復旧作業(刈り払い)をしています。しかし、今回は放置して閉鎖ロープを設置していません。アプローチは老人ホーム側からなら快適な道が存在しています。(以前は防獣柵で閉鎖されていましたが、現在は通行可能です。)こっちから回り込んでくださいといえばそれまでですが、温泉からはえらく離れて遠回りになってしまいます。毎年刈り払う手間もいらず、遠回りにもならない新アプローチを検討中です。手間がいるといえば、ザイテンのアプローチやバイパス下部の倒木と北林道の整備作業が毎年の恒例ですが、北林道は9年ぶりくらいに間伐作業がスタートしているみたいで、メイン林道のみ刈り払われていました。(メイン林道の先端は行き止まりです。)鷲ノ巣林道も補助林道が刈り払われており、間違ってこっちに入ると行き止まりです。(適当に下草のない林を東にむかって進めば正しい林道にでれますけど。)今回思ったことは、閉鎖作業は主要な登山口だけでもういいのではないかということです。隠しルートの宗堂池周辺や藤原団地にはつけなくてもいいような。また、観音山と愛宕尾根は麓だけでよいのでは。と、いう気がしています。(来年からはそうするべえ。うん。)単純に作業の軽減化をしていかないと、整備しきれないというのもあります。(道標も更新してやらんとほとんど読めんしなあ。)この秋に周辺のやりかけ調査を完了し、おもしろい発見がなくて調査だけで終われば、岩山の新アプローチを整備する予定です。(地主さんにはあらかじめ許可してもらっています。)

もっこく山の北側の鉄塔監視道歩き:9月23日、午前中の1時間半で調査しました。あれこれ悩んだあげく大中山温泉のそばの池の土手に駐車し、フェンスを越えて土手をわたると行き止まり。土手をおりて温泉への橋を渡ってサイクリング遊歩道へ。正面に“まむしに注意”の看板があり、沢筋の横に黄色のプラ鎖がある。鉄塔監視道の道標がないが、ペットボトルがいくつも木につけてあったり、小屋みたいなのがありそうなので、沢筋を登って調べてみる。(プラ鎖は私が本気で引っ張れば切れてしまいそうだったので使わなかった。)沢筋の左側にはあやしげな小屋があったが、右側には鉄塔に向かっていると思われる登山道があった。小屋の調査と正式な登山道の入口の確認は後回しにして登山道をたどる。シダが刈ってあり、急坂に階段がつくってある。間違いない。これは鉄塔監視道だ。偶然ながら見つけられてよかったわい。それにしても(空身だからよかったものの)ひどい急坂だった。オマケにひどいウッシーのニホヒ(牛のにおい)! 急坂をハアハア登っている30分間、ウッシーのニホヒを体にスウハア取り込み続けたので、鉄塔につく頃には肺から全身に成分がいきわたり、吐き気がしてきた。おえええ。鉄塔から山腹をまいて隣の尾根にあるもう一本の鉄塔へトラバース。ここから本体のもっこく山の山頂へ向かうのははじめはラクそうに見えるが、ニセピークを2つも越えなくてはならず、途中に見所もなく高低差150mの藪コギを強いられるだけみたいなのでやめておく。(やっぱ、もっこく山は今の設定で十分だな。)隣の尾根上は展望もよく水引き滝の落口が奥まった先に見えている。2本目の鉄塔からの下りはなだらかであったが、あちこちにテレビアンテナが放置されており、ふたたびウッシーのニホヒに襲われる。いよいよ麓が近くなったとたん、ひどい急坂になる。(篠竹の藪中を通る場所があり、毎年刈り払いしてないと廃道になりそうな部分もあった。)階段は整備されておらず、滑ってころぶ。降りきった場所は薄暗い杉林で、“不法投棄禁止”の看板があるだけで、これまた監視道の道標はなかった。コンクリの路面を歩いて遊歩道にでる。最初の鉄塔への正式な登山口をさがすが、見当たらない。しかたなくもう一度沢筋を登って怪しげな小屋のまわりを調べるが、どんどん気味が悪くなるだけで、ここへの道はみあたらない。やっぱり黄色のプラ鎖があることからも、沢筋が唯一の登山口で、正式なものだったみたいである。(ううむ。あれがなあ!?)帰宅して住宅宅地地図で調べると、小屋がのっており、北側から道があったようだが、何年も前に廃道廃墟になっていたようだ。午後からはグリーンランドの北端の鉄塔監視道を調査するつもりだったが、ここはいよいよウッシー天国なので、湿気のない寒い冬の日に調べることにしよう。(今日みたいな雨上がりで湿気ムンムンではニホヒがかなわん。)まあ、サーキットの爆音と牛のニオイに閉口させられるので、今回の場所をふくめ、石仏山以外の場所は(衣笠山も)そっとしておくことになるのはすでに決定であろう。

久々の救命講習受講:消防団やPTAで過去何度も救命講習を受けたことがある(おかげでかなりセリフにアドリブをいれた本番さながらみたいな演技ができる。)が、かれこれ6年くらいはご無沙汰しており、AEDを利用しての講習は受けていない。9月30日夜、東備消防に受けにいく。19時からというが、仕事から帰って作業着に着替えていくと10分遅れになった。階段を3階まで駆け上がると団長が“おお、間に合った。途中からだと認定してもらえんのじゃ。”とのこと。消防団の受講生は30人いたが、遅れたのは私だけ。概要の説明が終わったところで、すぐにビデオ鑑賞。続いて実技。最後に実践テスト。22時までやるということだが、どうせ21時すぎには終わるだろうと思っていたら、あにはからんや。質問がとびかって22時10分までみっちりかかった。結果として、AEDは音声に従えばよく、パットの位置は心臓をはさんだ位置関係にあれば背中と胸でもよいとのこと。(肌が濡れていると剥れてまずいのでふいてから貼る。)電気ショックをかけるとき、うっかり患者に触れているとやっぱり感電するので注意。土砂降りの中では使えないので、軒下に運んでから使用する。外人など胸毛がひどくて剥れる場合はサロンパスよろしく一度バリッとやって毛を抜いてから予備パットを貼る。(わあ。痛そう。)電池は年1回くらい管理者が充電することになっているらしい。実技練習でAEDを言い間違えたかド忘れして“EDを持ってきてください。”と言った人がいたが、言われた人は下手すると“口の中でも調べるのかな。”と思ってLEDの懐中電灯を持ってくるかもしれん。現に床屋の旦那に“心臓に電気ショックを与えるのに皆が使えるヤツはなんだっけ?”と訊いたら、“知っとるで。あれじゃろ。たしか、A・・・E・・・D・・・だったかなあ?いや、ADEだっけ?”なんてね。アルファベット3文字は間違いやすい。“心臓にドン!”だから“シンドン”とでも愛称を決めて一般浸透させなおすべきではないだろうか。AEDはオートメイテッド・エクスターナル・ディフィブリレイターのことで、(とてもこんなの覚えれん! A:ああ E:えれえ D:電気ショック! とでも覚えたほうがいいぞ。)心室の筋肉がケイレンして細動している状態にカツをいれて正常に戻すか止めてしまうためのものであり、完全停止したものには、マッサージの音声指示がでるだけです。(ドン!の後でも心臓マッサージが必要であることが実際に多い。)自分の消防団の管轄エリアを思いかえすと、AEDが確実に設置されている場所は、郵便局や小学校などの公共機関(他には鵜飼谷温泉と北川病院)くらいで、24時間利用可能ではないものもある。(東備消防には設置場所の一覧表があるようで、くれるようN分団長が要請したらしい。)実際、田舎では離れた場所にしかなく、救急車(平均6分で来るらしい。)の方が早く着くかも。こうなると、とにかく心臓マッサージが大事であり、救急車が来るまでひたすらやりまくること。(実際では気道確保がやりにくく、うまく息が入らないせいか)統計では人口呼吸は効果があまりないらしい。何年かごとに救命手順の見直しがされているが、嘔吐・吐血などもあるので、感染防止にゆくゆくは人工呼吸はやらずに心臓マッサージのみになるだろうとのこと。(マウス・トウ・マウスに少しでも抵抗があるなら、心臓マッサージだけに専念すれば十分です。だいたい、ハンカチなんていつも持ってねえし。それ用に口につける専用器具なんてあまりに非現実的である。)緊急事態で動揺しているときは、一つのことに専念するのが精一杯だと思う。手順はさっさと心臓マッサージのみとしたほうがより現実的でいい結果が出せるのではないだろうか。なお、心臓マッサージは弱いとマッタク意味が無いので、思い切って強く押してくださいとのこと。胸が5cmくらいへこむくらいで、胸の厚みが3分の2になるまで押さえること。(かなり押し込むことになります。)あばら骨が折れませんか。下手したらかえってマズイんじゃあ。いえいえ。私(講師:プロの救命士)も何度もへし折っていますが、助かればあっさり治ります。肺に骨がささるくらいになるには、つぶれてしまうくらいにやらないと無理なので、そういうことはまずありえません。構いませんから思い切ってへし折るつもりでやってください。とのこと。なお、なにもしなければ救急車がくる6分後の生存率は10%しかなく、心臓マッサージしたら3倍の生存率30%になる。(皆さん分かりましたね。)

石仏山の岩場調査:インフルではないが、最近は家族皆で風邪をひいており、私も調子が悪かった。なんとか回復した10月14日、おそらく最後のアラウンド候補であろう石仏山の西面スラブ群を調査した。まず、日室地区のお大師様(山の真ん中に民家みたいな屋根が見えている。)を訪ねる。地元の信仰もありここまでは刈り払われて整備されている。南にトラバースするように登山道跡があり、たどると見晴らしのいいスラブの上に出た。思ったとおりの緩斜面なのでスラブを谷に下降してもよかったが、三角点のある山頂めざして、いけるだけいってみることにした。登山道跡と思われるところをトレースしていくが、最後は不明瞭になり例によって獣道利用でなんとか山頂にたどりつく。展望のない藪山である。三角点のそばには錆びた古いお茶の空き缶が転がっていた。引き返すが、勘違いでちがう場所を強行下降することになった。なんとか植林帯にいきついてほっとしたらお大師様への参道にでた。お大師様の北側の藪を通り過ぎて降りていたのか。スラブ下降しそびれたが、まあいいか。見所はそれしかないし、緩斜面だし。うんうん。そっとしておこう。南隣の尾根の南面にも同様のスラブとちょっとした岩場があるが、アプローチがなあ。これもわざわざ訪ねるほどの内容ではないなあ。衣笠山同様、藪コギ冒険好きの人のためにそっとしておこう。日室台の住宅地奥の山の斜面にテレビの集合アンテナがあり、その周辺にもささやかなスラブがあるので、アンテナめざしてアンテナ線の支柱をたどってみる。しっかり整備されており、アンテナのある手前は気持ちのいい岩場だった。しかし、北側そばのスラブはなんかショボイなあ。アンテナはまだ上にももう一つあるので、そこまで訪ねてみる。その途中の南側にある岩場も切り立ってはいるが小さいなあ。ついでに尾根の上の平坦な場所まで藪をこぐ。尾根の上は潅木もまばらで和気アの雰囲気。もしかして石仏山の山頂から19番鉄塔経由でここまでくる人がいるかも。(藪コギもあろうが、比較的なだらかな尾根歩きになる。)その人のために引き上げがてら金テープでアンテナまでコースサインをつけておく。地面に廃棄放置された古いアンテナ線をロープがわりにして降りたらラクチンだったが手が真っ黒になった。まあここは地元の子供の基地だな。うん。石仏山の西面スラブ群は和気アの卒業生には易しすぎるか。せめて見応えのあるものがあればまだなんとか候補にできるが、なにもないのでやっぱそっとしておこう。

岩無しの山歩きはうーむ。:つづく15日、午前中はゴロゴロしたが、調査すべく昼2時から石仏山の鉄塔監視道をトレースする。ゲンコツ岩から19番鉄塔をめざしてもよかったが、吉田の火葬場から向山、19番鉄塔、石仏山、町境尾根を下降して火葬場にもどる周回ルートを歩いてみる。火葬場の上の駐車場に駐車し、水もなしの空身、地形図つきのHPの記事だけ持ってスタート。地鎮様の急坂を登ると、反対側から登ってくる道があり、その脇から登山道(踏み跡)がある。まばらな林の尾根を登るが、ひどい急坂である。新しい赤テープがあるので迷わずにすんだが、見所も展望もなにもない。尾根上のコブピーク(このコブの向こうにある山だから向山なのかな。はたまた石仏山のお向かいだから?)をいくつかすぎると急降下になる。ん?!まてよ。さっきのピークが向山だったのかも。灰色のプラ杭があっただけで、展望も標識もないからまだ先かと思っていた。チェックに引き返す気にはならんので前進。登り返しになって最後が倒木まじりの荒れたブッシュで不明瞭になった。赤テープをたどって藪コギ通過すると測量杭があり、なにか刈り払われた跡のある分岐にでた。やっぱり、さっきの灰色プラ杭のあったのが向山だったのだ。石仏山頂は後にして19番鉄塔にいこう。分岐から下ると、ユンボで切り開いた鉄塔監視道になるが、手前のピークから先は踏み跡になる。19番鉄塔の先にも尾根をたどる踏み跡があった。(ここから昨日 金テープをつけた集合アンテナのある尾根先端までいってみてもいいが、時間がない。)ゲンコツ岩に降りるルートはきっちりした鉄塔監視道である。なお、19番鉄塔への監視道分岐には20番鉄塔への標識もあるが、石仏山の山頂手前でユンボ道は行き止まりで、工事中のまんま。(なんか林道をつけるには無理があるようにみえる。)分岐にもどる手前の鞍部には、よくみると北西の墓地から登ってくる道と南の谷に降りる道があり、交差点になっていて、どちらもわりと明瞭な感じだ。(昔の峠だったのでは。)とりあえず分岐にもどって踏み跡をたどり石仏山頂にむかう。いよいよ山頂というところでシダの藪になる。標識もなく、展望もない。つまんないなあ。時間は15:45。いそいで下山だ。東肩の分岐にむかうが、林の中で赤テープを見失う。16時。まずい。はやくルートを見つけないと。もし赤テープつけがここまでで途中止めになっていたらピンチだ。設置した人間が私のような性格でないことを祈るぞ。(爆死!)迷った地点から最後の赤テープにもどり、じっくり左右をさがすと右の林に踏み跡があった。次の赤テープ。おお、助かった。ほどなく分岐に到着。分岐には細い木に赤テープがグルグル巻きにされていた。分岐からは高速のトンネル越えして観音寺山までのルートも赤テープがついているみたいだ。(どうやら書籍に観音寺山のサブコースとして紹介した労山の方が赤テープの再整備をしてくれたのではないかな。)北に町境尾根を下山するが、こっちもちゃんと新しい赤テープがついている。最初の急降下では大シダの中を突破。刈り払った跡があったから助かったが、こけたらシダにうもれる。182mピークに展望があったくらいで、見所もなく最後はうんざりする林の中の急坂になる。植林帯に下山し、16:30道路に出る。全体として展望のない林の中の急坂登り降りに終始しただけなので、(整備してくれた方には申し訳ないが)私には面白くなかった。せめて展望のある尾根歩きでもあれば鉄塔監視道歩きでも楽しめるのだろうが、やっぱ変化のない山歩きは私には合わんわい。いろいろまだ調査予定の場所があるにはあったが、ウッシーのニホヒや岩場の乏しさが予想される所ばかりなので、もういいか?という気になってしまった。ううむ。やっぱアラウンド7は完成か。

向山の屏風岩と周辺の調査:10月19日、藤野地区の南東の金剛川向こうにそびえる岩肌にも屏風岩という名前がついている。北向きなので日当たりが悪く、全体的に木がまばらにはえているため岩肌がわかりづらいが、地元では安産の神様という言い伝えもある。藤野霊園の手前に駐車し、向山の山麓をいったん墓地の一番奥まで調べる。山に向かって手すりつきの階段が3箇所あるが、どれも上は藪である。かつては登山道があったのだろうが、今では利用されていないみたいだ。植林帯の手前が私有地で立ち入り禁止になっていたので、仕方なく水のない沢の中におりて歩いていくと二股の出合。左の本流をすすむとほどなくしっかりした登山道が横切って渡渉していたので右に登山道をたどる。県営の植林帯の中をすぎて再び沢へ。対岸に石組みがあり、かつてはここに橋がかかっていたらしいが、今は橋がない。よく見るとすぐ先の浅瀬を渡渉する踏み跡があり、やっぱり石仏山の鞍部に続いているようだ。そうか、やっぱりね。確認よし、引き返そう。石仏山、向山は熊山みたいにあちこち道が結構きっちりついているなあ。ここへの登山口を確認すべく登山道を下山したら、途中に分岐や切り替わった部分もあったが最初の沢の右岸のモルタルの上に出た。(左岸は私有地。)モルタルに潅木がかぶさっていたので、登山口がわからなかったのか。車にもどって、今度は屏風岩の岩元を調査する。霊園への電気供給の電信柱があり、整備のため電線沿いに木が切り倒してあるので、わりとラクに踏み込んでいける。しかし、屏風岩はもっと東で上の方にあるみたいだ。日の光に誘われて下草のない林の急坂を獣道利用でつづら折れに登り、尾根まで登ったら登山道の跡があった。痩せた土壌のせいか藪こぎになっていない。登山道跡をたどると岩場があり、その上から右上に屏風岩が見えた。登山道跡は屏風岩にむかっている。これはいい道があったものだ。たどると道は屏風岩の端をたどって岩の頭までちゃんとつながっていた。オマケに頭には古いテレビアンテナが倒れていた。頭からと途中の2箇所から屏風岩を観察する。傾斜は結構キツイ。60度くらいか。ロープがないと遊べんなあ。しかし、やっぱり木が多くはえているので岩壁なのにスッキリ感がないなあ。この傾斜のこの岩場で、なんでこんなに木がはえてるんだ?もし、岩壁を整備するとしたら、ノコで壁中の木を刈り払いたくなるが、もしかして貴重な自然状態なのかも。どっちにしてもこれもそっとしておこう。うん。(対岸にはすっきりした和気アの東壁があるしね。)頭から平坦な尾根を向山山頂隣の20番鉄塔があるピークまでいく登山道跡もありそうだが、藪コギがきつくなりそうなのでひきかえす。(20番鉄塔のピークへは麓の工場の入口前の橋のたもとに鉄塔監視道の登山口があり、3本の鉄塔をたどれるが、“松茸山につき立ち入り禁止”の札ロープがついている。)登山道跡を忠実に下山するが、麓が近くなって尾根がひらけてくると不明瞭になる。できるだけ北の崖沿いから離脱しないようにトレースし、最後の茅をよけたら最初にあった手すりつきの階段に降り立った。そうか、やっぱりこれが登山口だったのか。時間があるので、先日下降しそびれた日室のお大師様のスラブを下降しにいこう。11:20 山麓スタート。お大師さま経由でスラブの上に到着。ううむ。やっぱ緩斜面だなあ。これではもの足りない。スタスタ歩いてスラブを下降。できるだけ藪の突入を避けながら右方向へ降りていくが、まだ高度差50mくらいをのこして藪に突入しなくてはならなくなった。しかも痩せた藪ではなくイバラ混じりのしっかり茂った藪である。しまった。手袋を忘れた。(あとの祭り。)覚悟を決めて突入。うあお。いててててててててててててててて。イバラをつかんでしまったあ。 わっ!!ずりっ。すてん。ガリリリ、グサグサッ!急坂でこけたらイバラにからまり、腕、胸、顔にしっかりトゲがささる。ううむむ。満身創痍になって立ち上がり、顔にささったイバラをはらう。なんとか沢に降り立った。時間は11:40。え?!ここまでで20分しかたってなかったのか。沢の中はさらにイバラがひどい。慎重にイバラをつまんで前進すると堰堤が立ちふさがっている。イバラに追いやられて(イバラがあっちへ行けといったのかも。)南側の斜面にのぼって堰堤の上へ。堰堤の上をわたって向かいの植林帯にいこうとしたら、思いっきりイバラに足をひっかけた。ぐああ。いってえええええ!なんで?なんでこんなところに枝をのばしてるんだ?!そのとたん、“行くな!”という意味に感じた。(山の声だ。イバラを使って私を引き止めたのか?)たしかに堰堤の上をわたるのは危険でちょっと怖い。よし、やめよう。堰堤からもどって下流側を見ると、ちゃんと踏み跡がある。たどるとうまいぐあいにこちら側に工事用の道がつけられていたのであとは難なく下山完了できた。もし対岸にわたっていたらかえって難渋していたわい。もしかしてフラついて堰堤から落ちてたかも。やっぱ山がたすけてくれたのかなあ。(うらやましい?)しかし、このイバラの藪コギと緩斜面スラブではやっぱアラウンドには設定できんなあ。車にもどり最後にもう一度 日室台の麓からみあげて再確認する。ここからだと広大でなかなかのスラブに思えるが、そっとしておこう。うん?!頬になにかついてる。げっイバラのトゲが一本。押しピンみたいに頬にささったままだったわい。(げげっ。)昼飯までにはもう少しある。最後にゲンコツ岩を見にいこう。(10年ぶりくらいです。)たしかこっちだったはず。ありい!?ため池の土手の上で通行止めになっている。どうやらゴミの不法投棄の防止にしているようだ。まいったなあ。岩はまだだいぶ先だぞ。しかたない。あきらめて帰宅する。やれやれ、悪党のせいでアプローチがえらく遠くなってしまったわい。とりあえず、石仏山山塊と周辺の調査はこれで完了。アラウンド7も設定完了だな。うん。

アラウンド7:和気アの周辺にもいいものがある。それをハイレベルな面白さをもたせたものにして和気アに飽き足らないという人のためにルート設定したのがアラウンド7である。上級者向けなので、少々の枝打ちはあっても刈り払いなどはしていない。すべての場所において道標も岩場の黄ラッカーも補助ロープもガイドロープも一切ない。あるのは、日当たりがいいと一年で劣化する金テープのコースサインだけである。また、ルート自体は、昔の登山道だったり地主や地元の方だけの作業道だったりした廃道同然の踏み跡に獣道をうまくつなげただけのものといってもいい。うまく弱点をついて難所越えしているあたりも沢登り同様で、地主さんの許可はいちいちとってはいない。それ故 呼び込みはせず、大勢での踏み込みはないようにしているし、“ルート開拓”とはいわず“ルート設定”と表現している。(金テープが劣化したら、完全に私しかトレースできなくなります。)ある意味 私の最高レベルの秘密ルート(ガキの秘密基地じゃがな。といわれればまさにその通り。)であり、それなりの技量をもった親しい人のみを案内するためにつくった(というか、調査・発見した)といってもいい。7箇所の構成は、軽い藪コギとスリルある岩場が見所の南の2つ(石鎚山:一般藪ハイクだが岩場のスリルはなかなか。もっこく山:岩と藪のミックス尾根ハイクで鹿嶋壁ではクライミングゴッコ可能。)と、岩場めぐりが見所の西北の5つ(外国山:かつてクライマーが通った岩をめぐるもの。飯盛岩山:鎧岩登攀と飯盛岩まわりが見所。明神ー:フリーソロの18mの岩壁。佐伯天神山:オベリスクと奥ノ院をめぐる怒られそうなルート。乙女岩:かなりハードな内容のショートルート。)となっている。(和気アの東には無い。もし、オマケをつけるなら、立石の恥掻きルートくらいか。)おっと、あんまり内容を詳しく書いたら秘密にならんがな。まあ、詳しいことは以前の文章をじっくり読んで推理したら何とか・・・ならまあなあ。うん。 最近、石仏山山塊を調査したが、ここから和気アを見ると、和気アの岩場の多さと内容の豊富さにあらためて感心し見とれてしまう。鷲ノ巣以外のこれらを全て自分が開拓したのだから、自分にも呆れる。そして、インナー7の岩達が“おい。もう浮気するのは気がすんだろ?いいかげんに戻って来いよ。”と言っているように思えた。そうだなあ。もう戻るかなあ。相棒の和気アに。

インター7:和気アの7つの岩エリアのことを、和気ア周辺にある7箇所の岩エリアをアラウンド(周辺)7というのに対して、インナー(内部)7と呼んでいました。しかし、なんだかインナーはインナーウエアで“下着”みたいなので、インター(中)7と改名します。(すみませんねえ。スケベなもので、インナーといえばすぐブラジャーとかショーツ(今では“パンツ”といったらズボンのことなんですねえ。)とか連想するんですよ。おお、貴方もですか!お互いまだまだ達者ですなあ。わははは。結構結構!)←コラコラ。

グリーンランド台無し:2年前、観音寺山から北につづく大中山スラブのある尾根の岩場から東側を見ると一面の緑の樹海であった。備前にこんな緑の樹海があるなんて!と思い、“グリーンランド(緑の大地)”と勝手に呼んでいた。尾根の北端には鉄塔があるが、監視道の入口がわからないままだった。グリーンランドをもう一度見て、(鉄塔近くまで小林牧場が広がっているが、)北端の鉄塔監視道を下山して登山口を確認しよう。(前回2年前とは逆まわりになる。)はたして2度目でも面白く感じる場所だろうか。10月25日、朝10時に林道入口付近に駐車。工事が済んで舗装までされた林道をテクテク歩いて池の上まで登っていく。途中で軽トラが抜いていった。荷台には2頭のビーグル。ハンターだ。かち合うとまずいな。軽トラは池の手前でとまっていた。どっちへ先行しているのか気にしながら2年前につけた取り付きの金テープをさがす。確かこの辺・・・あっ!!。つけた細い潅木ごとナタで切り落とされていた。まあいい。ここだな。ガサガサ。目指す谷の入口につけた金テープは健在。よし、これだ。谷を登っていくと新しい赤テープがついていた。ありゃま。ここまでつけたのか。(まあ、いいエスケープルートになるから予測はしてたけどね。)途中で右よりにそれて観音寺山本体の枝沢に入りかけたが、こんなに急坂じゃなかったことに気づき、左にトラバースして無事に鞍部につめあげる。鞍部には分岐を示す赤テープがあり、やはり観音寺山から石仏山までの縦走ルート(熊山並に長いが、岩遊び好きな私の趣味には合わない。)が赤テープで再整備されてたどりやすくなっていた。鞍部からは北側の尾根を登っていると、西向かいのもっこく山からビーグルの鳴き声。よかった。そっちに行ったか。370ピーク付近の岩場から2年ぶりになる東側のながめを楽しむ。対面の山の丸っこい岩は花崗岩らしいな。(うん、なかなかいい。)金テープが残っていたので、大中山スラブにも立ち寄る。石仏山方面への分岐がある鞍部に降りる手前の端に切れ落ちた岩場がある。ここはグリーンランドの展望場だ。さあてっと。うん?!ありゃあああ。中山から閑谷までの意味不明な道路の工事で背景の山肌があちこち削られてしまって、自然観が台無しになっているではないか!がっくり。ここまではそこそこ面白かったのに一番の目玉がつぶされてしまったわい。(かくなる上は完成した道路からこっち側を眺めた方がいいだろうな。なんと皮肉な。)鞍部の分岐から下降する地点は大シダが刈られてトンネルみたいになっている。直進して次のピークに登る。しかし、ここはピーク手前の岩場から大中山スラブを見るのにいいくらいであった。あとは明瞭、不明瞭を繰り返す尾根道を鉄塔まで行くが、牛臭くなってくるだけで見所はなし。鉄塔につくとバオオオン。ブイイイイイイン。とサーキットの騒音。今日は日曜だから特にうるさい。鉄塔監視道を下山するが、小林牧場にでてしまう。わかりにくくなった監視道をなんとか無理にトレースして麓まで降りたら、沢沿いの林の中だった。林の入口は倒木と牧場の廃材で行く気になれなかったので沢に降りる。対岸はコンクリのタイル面で登れないが、隙間にはえていた潅木につかまって林道に這い上がる。(いつも人工物に困らされるが、今回は自然物に助けられた。)ううむ。これでは監視道の入口はだれにも発見できまい。ひらきなおって牧場の敷地内を “はい、ごめんなさいよう。”と通過するのが一番だろう。しかし、このニオイと騒音で見所もないんじゃ、やっぱそっとしておくしかないなあ。(やっぱアラウンド8にはならなかったわい。)14時前に帰宅して遅い昼食。女房に怒られるが、15時から閑谷の大池へ。柏原集落に抜ける道にはいり、次の池のそばに駐車。“自然探索道”の道標があったので高速をくぐって南に向かう、右に折れる舗装道は側道で先端は行き止まりだった。直進して山道をすすむ。鉄板の橋をわたって堰堤をこえ、林中をすすむと正面に工事中の道路のノリ面が見えた。しかし、登山道は左にまがって、斜面を登っていく。うまく工事現場に出れるかもと登りきったら大池公園に向かって下山している。しかたない。最高点から藪をこいで工事現場に向かおう。ガサガサ。おお、出たぞ。うっ!ノリ面の上だが、なんとも高い。深さ30mくらいの切り通しになっている。ノリ面のフチをたどって道路におりる。しかし、工事は100m先が崖でおしまいになっていた。対岸というか向かいの尾根から向こう側にも工事がされているが、ここがつながっていないではないか。てっきり中山方面のグリーンランドが見れるかとおもったのに残念。しかし、どこからあそこの工事現場にいけるのだろう。谷に直接向かってノリ面を降りて車にもどり、稲坪トンネルに向かう側道も調査するが、工事現場への道はない。夕方4時だったが、稲坪トンネル上の鉄塔への監視道の入口があったので、ここまで来たついでに登ってみることにした。またまた観音寺山から石仏山への縦走路に出る。この監視道には赤テープがなかったので、エスケープルートにできるよう要らぬ世話で少しだけ金テープをつけました。(なお、鉄塔監視道は稲坪側にはなく、東側の2本の鉄塔に向かっている。)ここも展望のない縦走路だったので、早々に下山し、5時に帰宅する。夜、ヤフー地図の航空写真で調べたら、中山側の池のフチから中間の工事現場にいけるらしいことがわかった。(最初からこれで調べとけばよかったわい。)また休日にさぐってみるか。

アラウンド8:翌26日、(日曜だと誰に会うかわからんので、月曜にしたのだが)雨上がりの朝なので甲岩の視察はやめにした。そのかわり吉永の龍泉山を調査するか。地形図には山頂の真ん中に寺の卍マークがある。ヤフー地図の航空写真でみると何か屋根みたいなものが写っている。よし、冷やかしに行くべえ。綺麗な沢歩きができるかも。HPを検索したら、この山の東端の267.6三角点ピークが“東山城”跡としてひっかかった。(そういえば、この近くのレストランに行った時、岩尾根と神社の屋根が山腹にあったのを見たわい。)なになに・・・別名:巌門城(いわとじょう)ともいわれ、この城跡のある山頂は登頂困難で危険極まりなし!・・・みたいなことが書かれてある。面白い。まずこいつから取り付いてやるべえ。朝10時、岩崎集落の南の適当な路肩に駐車。散歩していた地元の老人に話しをきくが、麓の神社は知っているが、山頂の寺は知らないみたいだった。山腹にある金比羅宮へはコンクリ舗装のかなりな急坂。ここの御神体はやはり岩。でも大したものではない。素通りして北へ進むと岩場がある。かまわずよじ登るとあっさり登れる。間違って降りないように白テープが左の急坂の前に張ってある。なんだ。しっかり整備されてるじゃないか。枝打ちされて薮こぎにならない。快適な岩尾根歩きだ。木立のおかげで危険も怖さもない。ほいほいと登っていくと、むき出しになった大岩の上に出た。(多分これがホントの御神体だな。)この後も岩場があって飽きることなく三角点のピークまで登りつめる。城跡だけあって平坦でまばらな林である。しっかりした踏み後が南西の尾根にむかっているが、(どうやら鞍部に下りて下山する登山道があるみたいだ。今度確認しよう。)東の龍泉山への鞍部に下降するべえ。降り口と途中に古いコースサインがある。金テープを追加しておく。鞍部へは林の急坂で、鞍部はまばらで禿げぎみな林だった。下山方面は沢の様相はないが楽勝っぽい。よし、寺を探しにいくべえ。参道跡とおもわれるトイ状に掘れた所をたどっていくと炭焼き釜の跡があった。不明瞭になったりしたが、忠実に谷をつめると上の鞍部にでた。ここからは尾根歩きだが、倒木で荒れ果てていた。とてもまともに歩けないので、西の急斜面際の獣道をたどって尾根を北にすすむと、際がはりでたようになって、その先の獣道が不明瞭になった。しかたなく尾根上にあがって倒木をこえたら快適な林になる。シダ藪には参道跡のまっすぐな踏み跡がある。いよいよ近いぞ。倒木の下に石段が見えた。石段はなんでもない斜面に長さ15mくらいあり、この上を歩くと快適。いよいよ正門だ!と思ったら、なんだ!また薮かよ。この藪の中にはいろんなものがありそうだ。とりあえず先にわけ入ったら境内らしくなった広場にでた。家屋がないなあ。捜すと薮の中に崩れてぺしゃんこになった瓦だけの場所があった。瓦は新しい感じだ。これは何十年か前までは建っていたがいよいよ倒壊したものらしい。潰れた空き屋みたいで、幽霊でも出そうな感じだ。(この内容では寺ではなくて奥の院みたいな神社だったのかも。)北方面は林がまばらなので、来たついでに山頂台地を偵察するが、展望もなにもないので引き返す。要所のみに金テープをつけておいたので、無事に城跡ピークとの最初の鞍部まで下山。この下のすぐ先には広場があり、首なし地蔵があった。ここからは参道跡みたいな踏み跡を下る。(この谷に沢の雰囲気はない。残念。)麓が近くなるにつれ踏み跡が不明瞭になっていく。ついに篠竹のブッシュになり、明け方の雨のせいでビショ濡れになってこいでいく。沢筋にエスケープしたら堰堤があった。しめた。これで工事用の林道があるはず。しかし、林道は消滅していてイバラの薮にはばまれる。しかたない。また沢筋にエスケープ。おお、水引の溝がある。やった。これで麓まで楽にくだれる。溝は山腹をトラバースして墓の横にある小さな池の前の林道(神社への車乗り入れ道)に出た。やれやれ。尾根を越えた先に神社があり、峠には今回下山した谷の正式な登山口があるようだ。おそらく水引の溝の上の山腹を平行しているはず。(篠竹の薮に突入したあたりで、参道は沢筋から西斜面に変わっていたのだろう。)しかし、登山口は見当たらない。どうやら廃道になっているみたいだ。(下山したラインを登るのは苦痛だ。)龍泉山の本体はそってしておこう。配水タンクと2つの神社に立ち寄って、最後は長い急な石段をくだる。(今回立ち寄った3つの神社はしっかり整備されているが、全て無人だった。)畑仕事している老人がいたので、また山頂の寺のことをきくが、やはり知らないとのこと。こりゃホントに地元にも忘れ去られた廃寺(神社?)だなあ。車にもどり、また14時に帰宅。女房に呆れられる。濡れた服を着替えて遅い昼食。あとは昼寝。ううむ。龍泉山自体は薮山でつまらんが、城跡のピークへの岩尾根は往復するだけでもおもしろそうだ。ここは地元の人しか知らないだろう。まったく無名で情報も皆無。なのにしっかり踏まれたこんな岩尾根があったとは。和気町外だが、(当初の構想どおりに)アラウンド7に入れてもいいか。うむ。となるとアラウンド8か。もう一度登って、設定を往復か南西の尾根下りにするか検討しよう。しかし、いいものがあったなあ。そうだなあ。“巌門城(いわとじょう)リッジルート”とでもしておくか。うん。

巌門城リッジルート完成:10月31日、11時に家をでて、前回の路肩に駐車。ここらへんではこの一ヶ所に1台しか駐車できそうな場所がない。金比羅神社へ向かう麓にある家の方に話をきくがやはり山についてはなにも知らなかった。尾根一番の大きな岩を過ぎ、肩のコブまではジャマっ気な枝を折り取りながらいく。なんだかいつもの癖で、だんだん気合いが入ってきっちり枝払いしたみたいになってしまった。昼飯時間になったので、肩から先はなにもせず、三角点のある山頂へ。あれ?前回は明確に思えた南尾根への踏み跡がはっきりしてないぞ。雨上がりだった前回と晴天の本日では見え方が違うのかなあ。とにかく南尾根を下降しよう。なだらかだが倒木が多く踏み跡がわからなくなった。しばらくなだらかだったが、岩場からひどい急斜面になる。シダにうもれたり藪をこいだりして獣道を利用して下降していくと鞍部近くになってまた篠竹の藪コギになった。鞍部からはうって変わって木がまばらな下草のない林になる。谷のどこでも歩ける。適当にくだっていくと植林帯になって最後は前回下見したお墓にでた。岩場はこれといったものではなかったし、藪コギで踏み跡もなかった。これは、岩尾根の往復で、ルート設定だな。下降するとなると、肩のコブから先も山頂まで枝払いをしてやるべきかも。金テープも迷いそうな地点のみ追加してやろう。13時に帰宅。昼飯と休憩後、15時から整備の続きをしにいく。肩から三角点まで枝払いして、下山しながら迷いそうな場所に金テープをつけた。うむ。コンパクトな往復だが、登りと降りでは見た目も違って飽きない。内容も豊富で面白い場所になったと思う。欲をいえば、まっすぐな尾根なので景色がどこも同じなことがくやしいことくらいか。和気アなら尾根と谷が入り組んでいるから景色の変化が楽しいのになあ。(やっぱ相棒は最高だ。)今回の調査は金テープと皮手袋だけしか装備はなく、ノコは使わずにすべて手折りです。(ガンビはさすがにちぎれないので折っただけになっているが、折った枝はきれいにちぎり取ってあります。)またやりすぎたみたいで、一般道みたいになってしまったが、まあいいか。“地元の人がこんな面白いものが近所にあることを全然知らないなんて。ああ、地元の皆さんがこのルートで楽しんでくれたらなあ。”と、いう思いもあったからね。うん。

まだいたか!馬鹿なジジイ:じつは私が岩門城跡の整備にむかっているとき新しいザックを背負った5人の中高年が曽根を歩いていた。運動靴の人もいたので山じゃないな。サイクリング道のウオーキングかなと思っていた。昼飯に帰宅したら、女房が怒っていた。以下、概略。私が出かけたとたん電話がなった。女房がでたら、ジイサン声だった。倉敷からきたというだけで名前もいわず、“なんで入山禁止なんかにすんじゃ。たいして松茸なんか生えとらんくせに。地元の人もそうよおったで。和気は人情もないひどい所じゃ。”などと、ひどく叱られたというのだ。女房いわく、アンタ山なんかもうやめてよ。なんで私があんなこと言われにゃならんのん。―――やれやれ。ナンバーディスプレイにその馬鹿ジジイの携帯番号が記録されているので、とっちめてやるべく3回かけたが、電源を切ってやがる。(着信拒否か。)まあ、今頃は私のことを知って“えらい相手に、えらいこと言ってしまったあ。わああ、どーしょー。”なんてうろたえてたりして。さあて、どうしようかなあ。女房のいうように山なんてもうやめるかなあ。こんな馬鹿ジジイの非常識にイラつかされるのはイヤんなるぜ。ホント。

“登山者なんて、間違ってハンターに撃ち殺されりゃええんじゃ。”といった地主さんと完全合意しそうな私です。まあ、やっぱり停めフダロープはずっと付けなくてはならんということが分かりました。(こんな馬鹿が先々わいてくるかもしれないんじゃねえ。)おい、馬鹿ジジイ。なんで入山禁止なんかにすんじゃだと?山のルールを何も知らんバカ丸出しだな。(定休日を知らずに買い物にきて店が閉まっていたら店主にモンク言うのかお前は?)たいして松茸なんか生えとらんくせに。地元の人もそうよおったでだと?本当のことを知らん無関係なヤツの言葉を買いかぶってんじゃねえ!和気は人情もないひどい所じゃだと?お前の携帯番号をHPのトップにさらしてやらないだけの人情はあるぞ。(いつ気が変わるかわからんけどな。)自分勝手なバカ野郎に共通のことだが、まるで電車代を払って遠くからわざわざ来てやったのに!といわんばかりで、お客様気取りだな?おい。登山者なんて地主には百害あって一利もない迷惑者なんだよ!タダで他人の土地で遊ばせてもらっている者が、よくまあ地主に文句がいえたなあ。ええ。お前みたいな山のルールを何も知らないバカ野郎は二度とくるな。―――それと、アンタのためにも悪いことはいわん。もう山はやめろ。アンタが地主を怒らして登山道閉鎖になったら他の登山者全員がアンタを恨むだろうからさ。

気分を変えたいので:憂さ晴らしにどーでもいい話をしましょう。和気アを開拓していて、わざと道標を撤去した“隠しルート”なる設定を思い立ったのは、芦屋ロックガーデンの地獄谷ルートの入口に道標がなくて、知る人ぞ知る仕上がりになっていたことによります。ガイドブックの紹介内容はそこそこ面白いルートであり、ホントに凄く面白いものはリピーターとなって調査して捜し出さないと味わえないようにしている。これにより、面白さゆえにオーバーユースになりがちなルートを守っているのです。(自然を保護するためには、“知ってるけど言わない教えない”という陰険さは必要です。)そのマネをしたといえばその通りですが、じつは ある意味テレビゲームのスーパーマリオブラザーズをイメージしました。このゲームソフトみたいに知る人ぞ知るワープトンネル裏技がある方が面白さの深みが増すと思ったのです。その上で、私のHP攻略本として楽しめるようにしようと企んだわけです。さらに第6エリアやラストの第7エリアは和気富士からの縦走はじめに位置しながらも偉く剣呑であり、まるでポケットモンスターでいうところの“ミュウツーの洞窟”みたいなものになっています。くれぐれも “たいあたり”と“しっぽをふる”くらいしかできないレベル3のピカチュウで入り込まないでください。(レベル70のミュウツーとわたり合うにはピカチュウをレベル100まで成長させてからでなくては、サイコキネシスの一撃で瀕死です。)さらに周辺に設定した“アラウンド7”(今現在では巌門城リッジと立石0.5が追加になって“アラウンド8.5”です。)は、私が中学のころ見ていた人気ロボットアニメの(マジンガーシリーズ第3弾!といわれた)“グレンダイザー”にでてきた“秘密ルート7”というのをイメージしたものです。(だれも知らんで。なーんかオタッキー!)←まあまあ。そのころは漫画ブームだったのよ。 敵にグレンダイザーの基地がバレそうになったため、通常はダムの中から発進していたのを、滝や噴火口などのいろんな離れた7つの場所から発進できるようにしたもので、今週はどこからどんな風に発進するのかなーなんて期待したものでした。私の新ルートを期待している皆さんも同じような気持ちではないかと思っています。“今度のはどこにどんなんが出来たんかなー”なんてね。雰囲気としては、“ルート1 外国山。”“松茸山で閉鎖中です。”“ルート2 もっこく山。”“栗の収穫時期でいけません。”“ルート3 佐伯天神山。”“現在のところ規制なし。”“よし。ルート3 ゲートオープン!”“グレンダイザー ゴー!” ばひゅーん! 気分はもうデューク=フリード。(もう!わかんねえってば。)

アラウンド8.5:アラウンド7に巌門城リッジルートが追加してアラウンド8なのはわかったよ。8.5の0.5ってなんだ?さっき立石0.5なんて書いてあったけど。と、おっしゃる方にお答えいたしましょう。立石は中山の和気インターのそばにある立石です。西山の明神ーのフリーソロルートは18mの高さしかないけど、内容が100%クライミングなんで、1とカウントしています。それに比べるとクライミングではないし、ハイキングでも短すぎる。でも、岩の上の開放感とスリルは相当なものなので、無視するのがもったいなくなり“オマケ”として設定することにしました。これだけをわざわざ訪ねるのはつらいですが、なにかのついでならお勧めです。私がいじったのは、東端を岩頂まで藪コギする20m間に3箇所だけ金テープをつけただけです。岩の上はそばの高速から丸見えで、勇気をだして立って手をふればドライバーに“おう!やるなあ。”と思ってもらえますが、かなり怖いのでへっぴり腰になって這いつくばることになるかも。そしたら、ドライバー全員から“なにやってんだ?あのバーカ。”と白い目で見られてしまいます。仮称で“恥かきルート”といっているのはそのためです。

百丈岩にてみかんをもらう:女性社員ばかりと三田アウトレットモールに社内旅行することになったが、私には買物したいものはない。つきあいとはいえどうしたものかと近くに住んでいる姉に相談すると、百丈岩という面白い岩があるので連れていってあげるとのこと。おお、それはいい。百丈岩はクライミングエリアの豊富な道場にあり、機会あれば道場の岩がどんなものか見たかったのだ。11月8日 当日11時すぎにアウトレットで待ち合わせ、到着すぐに女性社員の皆とは別れ、単独行動を開始。姉夫婦の運転する車で鎌倉峡へ。紅葉にはまだ少し早く、沢は水が少なかった。百丈岩は一目でそれと判る60m垂壁のタワーみたいな大岩である。時間があまりないので、さっそく百丈岩へ鎖のある一般道をのぼる。なかなか楽しい登山道だが、オーバーユースで掘り返っている。迫力があって手軽で絶景だから皆がおし寄せるのも無理ないか。今日はやたら暑い。手前の岩壁には10人くらいのパーティーが取り付いており、岩上にたどりつくと二人のロートルクライマーが休憩していた。その前を御免なさいして、スリル満点の岩頂先に一人で行ってみる。祠みたいに賽銭がおかれた岩があるが、ちょこっと拝んでその上に這い上がる。ここが突先だろうと思っていたらまだ先があった。ううむ。これはなかなか内容豊富な岩頂である。クライミングできなくてもこの往復だけで最高のスリルが満喫できる。突先では、さすがに立ってはおれず座って周りを見下ろす。裏側の岩場にも1パーティーが取り付いていた。なかなかハイカー、クライマー共ににぎやかな場所だ。(関西のクライマー人口はホント多いなあ。岡山とは大違い。)岩上だけは風が涼しいので、ここで姉夫婦が用意してくれた昼飯をいただく。口のたつ姉はロートルクライマー二人とおしゃべりをはじめた。話によると二人は還暦で、うち一人は奈良県のハセガワさんといい、(どうもかなり有名なクライマーらしい。)若い頃は二人でここへ通い詰め、泊り込んで開拓していたそうで、昔ならではの豪快な開拓秘話も聞かせてもらった。でも、(ワイワイと大勢がクライミングしているが、)今日この60m垂壁を登ったのは自分達だけだった。と言ってちょっと寂しくされていた。しかし、ここの開拓者に出会うとは、なんたる偶然。(うらやましい?)しかも別れ際には、ハセガワさんがザックから2kgくらいありそうな1袋のみかんを出して、“自分宅で採れたヤツだけどね。”といってまるごとくれたのである。なんともはや、こんな不必要で重いものをザックに入れて60m垂壁をクライミングするとは!そういや――いつだったか、烏ヶ山の山頂で岡山山岳会のロートルクライマー 大森さんが“自分宅で採れたヤツだけどね。”といって、やたらたくさんのみかんをくれたっけ。なんか、またもや凄い余裕というか“格の違い”を見せつけられた気がした。(“じゃあな。ボウズ。まあ頑張りな。”と、大人に頭をなでられたガキンチョみたいである。) しかし、なんでいつもみかんなんだ? もしかしてロートルクライマーは大量のみかんを携行しなくてはいけないキマリでもあるのかなあ。(そんなキマリがある訳ねえし。ううむ。)昔の皆は体力自慢で、余計なみかんをいくつ背負って登ったかをハリあっていたので、その名残りだとか。(そんなハリあいや名残りもある訳ねえし、体力自慢の対象である重量物がみかんであることに必然性がねえがな。ううむ。)なにはともあれ、ありがたくみかんをいただき、さらに上にある岩場にいく。こちら側から見る百丈岩もいい眺めだ。姉が家族連れでここに何度も来たというのがよくわかる。満足して下山していたら、さっきまで10人パーティーがワイワイやっていたところで、あのお二人がクライムダウンしていた。ビレイしているハセガワさんのそばに姉が興味本位で近づき、さらに話しかけようとしたので、私があわてて“姉ちゃん邪魔になる!ビレイしてる人に話しかけちゃ駄目!”と言ってとめたら、ハセガワさんの横顔がニヤリとされていた。その目が“やれやれ。姉さんにジャマされそうでアセったが、ナイスだ。(サンキュー。)”といっているように見えた。なんかすごい人に気に入ってもらえたみたいで、ムショウにうれしくなって、私もニヤリとして大満足で下山する。鎌倉峡の入り口に立ち寄るとボルトを打つ練習をした岩があった。(道場駅のむこうにある不動岩はフリーのゲレンデになっているが、)ここ百丈岩はアルパイン技術のいい練習場であった。  姉がいうには、次は、おもしろいダムに案内するとのこと。不動岩の麓を通り過ぎて千刈配水池にいく。通りすがりにちょっと見た感じでいうと、不動岩の周辺はつるっとした岩ばかりで、大きなものでも1ピッチしかなさそうだ。外国山みたいに周りが薮山なのになぜかそこだけ岩がむき出ている。(先の二人の話では、ここも開拓したが、だいぶ前に潰れた温泉の主人が発破をかけて見応えのあるようにした岩だとか。)駅から近くて、つるっとして安定感がある綺麗な岩だから大きさからしてもフリーのゲレンデには向いていると思った。駐車場からダムへの遊歩道は水道施設の敷地の脇を歩くものだが、ちゃんとトイレまで整備されており、ハイカーが何人も歩いていた。ダムは石のブロックタイルをコンクリに敷き詰めたもので、なかなか見応えがあった。しかし、ここは知る人ぞ知る穴場という感じ。それでもこんなに人が来るのは、関西のハイカーの人数の多さ故だろう。でも、六甲全山縦走もそうだが、大自然の中でのハイキングにはこだわらず、面白ければ人工物が途中にあってもOKという関西独特の雰囲気がうかがえた。(モルタルだらけの天神山オベリスク・奥の院周回シークレットルートも関西人なら抵抗なく喜びそうである。今度、トミおじさん達を誘って反応を見てみたいものだ。)15時にアウトレットに送ってもらい、姉夫婦に礼をいって別れる。また女性社員の皆と一緒になって19時に帰岡する。女性の皆は全員たくさんの買い物袋をさげていたが、私はアウトレットを5分くらい見てまわって、パンフレットを1枚もらっただけであった。でも、今日はいい岩でいい人に会ったなあ。うん。今思えば、もし今回 姉がいなかったら、たぶんあそこまで話はせずにすれちがっていただけだろう。これまた偶然とはいえ今回もなんか運命的な感じだなあ。(うらやましい?)

甲岩視察:赤磐市馬屋の甲岩は鷲ノ巣ほどの規模はないが、県南を代表するクライミングゲレンデである。いつも下からながめるだけだったので、今回どんなものか見にいこう。雨あがりでどんより曇った11月12日、10時半 麓の円寿院そばの霊園の駐車場をスタート。水路を渡る石橋のところにスズメバチ注意の立て札がある。ロープが何箇所も設置された登山道を登っていくと下のゲレンデについた。右にまわりこんで、一番傾斜のゆるい所を登る。うん。私にはこの程度が楽しくていい。上のデレンデとの中間にスズメバチの巣があると書かれていたが、見当たらない。無事に通り過ぎて上のゲレンデの岩元にきた。全貌が知りたいので、一旦中央を途中まで登って左右を確認する。左はなかなか急斜面だが右側はゆるい。フィックスロープをはれば楽しめそうだ。降りて右側にまわり、岩場の間の立ち木をつかみながら登ったらテラスに出た。テラスでも左側まで行って様子をみる。ううむ。ここは藤本壁といい勝負だ。右にもどって、最後にちょっとだけ岩を攀じて小兜山の山頂へ出た。11時 誰もいない。よし。うまいこと曇り空の平日だったので、誰にも会わずにすんだわい。(しかし、ここのボルトの多さは半端じゃないなあ。そんなにたくさんのクライマーがひしめくことがあるのかな?ううむ。)ハイキングにもなかなかいい場所である。ゆっくり眺めを楽しんでからあちこち立ち寄りながら鞍部におりて大兜山にむかう。登山道途中からみた甲岩の眺めはよかったが、山頂は展望もなにもない。たしか下側に岩場があったはず。適当にガサガサやったら下に岩があったので降り立つ。さらに右下に面白そうな岩峰があったので、そこまで降りてみたら和気アのチンネみたいな薄っぺらな奇岩であった。ほう。いいものがあるじゃないか。でも、ここまで訪ねてくる人はいないだろうなあ。この山塊の林の中にはまだまだ奇岩がいくつもあるだろうが、そっとしておこう。山頂まで戻って11:20下山開始。スズメバチはもう飛んでいないとHPに書いてもいいか、再確認しに下のゲレンデに立ち寄る。さっきはあっちの奥側を歩いたが、手前のこっちは? うっ!! たくさん飛んでいる。それも大きな黒い蜂だ。(キイロスズメバチとは種類が違う。)わあ、こんなのに襲われたら大変だ。ブン!わっ!一匹が10mはなれたここまで威嚇しに来やがった。気が立っているみたいだ。まずい。逃げよう。退散退散。(登山道の設置ロープは下山にはありがたかった。)11:40車に戻る。帰宅しようと思っていたが、高速の高架下で、なぜか左の山腹にローソクみたいな奇岩があるのが目にとまり、時間もあるので、安禅寺の下の空き地に駐車して奇岩めざして胸まであるシダの藪をこいでいく。うまく奇岩にたどりつき、枯れた木をつかんで登ると岩の隙間に柱状の木材がさしてあった。なんでこんなものが?まあいいか。麓からも妙に目につく存在だからだれかが手悪さしたのかも。岩から降りて、後をみたら木を切った古い跡があったので行ってみると藪がおとなしくなって、右側にピンクテープのコースサインがあった。なんのことはない。しっかりした登山道があったではないか。さっさと下山するところだが、ついでだから山頂に行ってみることにした。ゆるやかだが岩場もあって展望もある。林の中に入って引水の溝にそって登山道が続いていくが、この先はなにかいいものがあるのかも。笹を刈り払った跡がある。期待してどんどん登っていくが、最後は取水している谷間の沢で行き止まり。(まだ途中までで整備中だったのだろうか。)ありゃあ。まるでヨン様のファンタジーな韓国ドラマ“太王四神記”みたいな終わり方じゃないか。パパラパー パパラパー パパラパーパラ パッパラパラパー で、光の中に消えていくヨン様。あとは視聴者の想像にお任せしますといわんばかり。まるでかつての自民党の首相みたいな投げ出しぶりでハイおしまい!であった。(結構ハマっていたからショックで、呆れたのと怒りでブチキレたぞ。NHK。)おいおい。期待させといて、これはないよ。仕方なく引き返す。登山口はお墓の前の沢であったが、ちょっと不明瞭だった。(なんか奇岩から出た部分が一番明瞭になった部分だったみたいである。)まあどこかのハイキングクラブが整備してくれているみたいなので、そっとしておこう。13時 車にもどって帰宅する。

ついに薬づけ:健康診断の結果が毎年同じで、悪玉コレステロールが多いとのこと。このままじゃ脳梗塞や心筋梗塞をしかねないとのことで、ついに薬を飲まねばならなくなってしまった。(脳梗塞にはなりたくないからね。)要は馬鹿食いしたいのを我慢すればいいのだが、生来(親父ゆずりのワガママで)我慢が大の苦手なのでしかたないか。(その分、うつ病には絶対にならないだろうと皆に言われてます。わははは。)ああ、それにしてもトシはとりたくないなあ。ちょっと暗めなだけでモノが見づらくなってるし、細かいことを考えるのがオックウになってるし、イラついて字を丁寧に書くことができないし。(イラチーでモノグサな性格のせいもあるんじゃねえの?)藤本の藤を書くのがホント凄くモドカシイ!全国の山本さんがうらやましいぞ。(やっぱ性格だな。うん。)そして、ついには肥満により薬のご厄介になることに。あああ。女房は高血圧の薬を2年前から飲んでいるが、これで夫婦そろってめでたく薬づけになったわい。しくしく。

アクセス5万件:ついに09年11月15日、アクセスカウンターが5万を超えた。4万が08年4月24日だったから1年7ヶ月かかったことになる。うむ。和気アの新情報など全くないのに、まだまだ人気があるなあ。いろんな山の情報満載のHPならわからんでもないが、なんでこんなにアクセスがあるのだろう?更新されているのは、このボヤキのページだけなのになあ。まさかこのページを読んでいるんかいな?ちょっと試しに印刷プレビューっと。 おっ、おおっ、おおお、おーー!350ページを超えてる。うーん、こんなもんを読もうなんて馬鹿な人はおらんじゃろうしなあ。もし読んどる人がいたら、まちがいなく物好きで凄く暇なヤツにちがいない!類は友を呼ぶというから、きっと私と同じ変人欠陥人間スケベワガママイラチーなくせにモノグサ字が汚く悪玉コレステロールと中性脂肪が多く会社では年下の上司にうとまれている万年ヒラ社員で、でっぷりと腹が出てるくせに岩遊びが好きなヤツに間違いない!ううむ。我ながら最低なヤツだなあ。(おいおい。)まあ、なにはともあれ、もうじき開山だから準備をしなくてはならんなあ。ぼちぼち第6エリアのアクセスと竜王山登山道の検証をしよう。

第6エリアアプローチ変更:毎年、Kさんの畑のフェンス脇の篠竹薮を11月に刈り払ってきたが、さすがに毎年やり続けるのはキツくてこらえてほしいので、ここを通るアプローチを変更しようとおもった。11月19日、開拓時から地主さんの許可はもらっていたので、車道脇からトラバースするアプローチをさぐってみた。いきなり最初に害獣駆除の罠の跡があったが、かまわず林を獣道利用でトラバース。石切り場跡もトラバースしてうまく山麓の石垣上の広場に降り立てた。なんだいけるじゃないか。昔、こっちからの出だし(石垣の北端の薮)で諦めて、調査していなかったが、今回その薮の上側にたどりついてゆるやかに降りることができた。よし。整備しよう。下草はないので、作業はラク。2時間で調査と整備が完了した。我ながら自分の手際のよさに呆れる。(一夜にして忽然と現れた登山道。なんのことはない。私ならできる。うん。)さあ、HPを書き換えよう。ううむ。この作業の方が苦痛だわい。(モノグサだからなあ。)なお、この新アプローチは12月1日から公開する予定です

竜王山登山道の視察:自然回復のため通行をご遠慮くださいと呼びかけて早5年。2年前の11月に山頂で山火事があったため、可搬ポンプを登山道に担ぎ上げて消火。そのポンプ冷却排水で登山道が傷んでしまったが、さて、どうなっているかな? 11月25日、お忍びで(地主の特権で)開山準備がてら、登山道の傷み具合を確認しながらゆっくり登る。おお。痛々しかったのが、よくなっているぞ。まわりをチェックしながらゆっくり登るとなかなか変化のある楽しい道だわい。(老師Nさんがお気に入りだったのがわかる。)松枯れの樹海の景色が気になるが、風情は十分だ。よしよし。でも火事跡は相変わらずハゲたままだなあ。やっと草が生え始めているくらいだ。やせた土地が火事になったら、なかなか回復しないのだと思い知る。Nさんが気にされていた釣尾根への降り口もチェックしよう。うん?表土が失われているが、すぐ下に岩盤があったため掘れずに維持している。むしろ岩肌が露出してザレてないため以前より歩きやすくなっているぞ。(皮肉なものだなあ。)心配していたが、いい具合になっていたので、引き返す。下山は表銀座にしているアタゴ尾根を通ったが、こっちはむしろ薮っぽかった。やっと回復した竜王山登山道にあまり人を流さないようにするためにも、アタゴ尾根を少し整備して通行しやすくし、道標も更新してやらんといかんなあ。うん。しかし、登山道を確認することで、じっくり風情を味わうことができ、バテもせず楽しく歩けた飽きるほど知り尽くした和気アで楽しく感じれたのは久しぶりな気もする。ついセカセカと先を急ぐ山歩きをし続けていたせいか、最近はよほどのインパクトがないと山が面白くなくなっていたようだ。ゆっくり歩くことで、こんなに山を楽しく感じることができるものなのかと考えさせられた次第。竜王山登山道のお休みのせいで、アタゴ尾根が傷んでいないか心配していたが、むしろ薮っぽかったので、登山道の休み交代はしなくてもいいか。うん。でも、なにも啓発しないでは また荒廃しないともかぎらんから、そうだなあ。―――!!。“ゆっくり歩き”を奨励しよう。今回の体験からして、飽きた山でも楽しめて、しかも登山道にもやさしい。うん。これは一石二鳥だ。ぜひ皆にも体験してもらおう。ええと、コツは、“山の風情”をじっくり味わうつもりで、足運びをゆっくり、小幅で。(急がない。)あとは、登山道の痛み具合をチェックするつもりで、足置きを丁寧、確実に。(音をたてない。)くらいか。なんか、意識の持ち方がコツといえなくもないなあ。そういや、エキスパートの山本さんが登山のベテランはゆっくり歩いて足音をたてない。”みたいなことを言われていたなあ。もしかしてそれが私のいう“ゆっくり歩き”と同じものなのかも。いや、そうに違いない。ようし、皆にもこのベテランのワザを練習し、習得していただこうじゃないの。(うん。いいぞいいぞ。)結果的にどんな急坂であろうと、汗もかかず、休憩も要らない。”と言えたら合格!といえるかも。(重荷でもなく、暑くもないのに、汗がダラダラ出るのは、急ぎ過ぎ“オーバーペース”だからといえます。)“ゆっくり歩き”は、自然にやさしいだけでなく、自分の体にもやさしく山をより深く楽しめるベテランの技だ。といえば、皆もやる気になるでしょう。うん。よし、これをトップページに掲載しよう。――――ううむ。やっぱりHPの書き換え作業は苦痛だわい。(ホント、モノグサだねえ。)これまた12月1日に更新する予定です。―――でも、かなり以前にも同じようなことを検討したことがあったなあ。その時は“常識の範疇である正しい歩き方をすればいい。”ということに落ち着いてしまい、クタビレもあって、具体的な啓発(底辺の底上げをしようとしたもの。)としてのページ(ウリピー達を使っての面白コラム)も(わざわざ作るほどの内容ではないように思えて、)結局 作らず終いだったわい。まあ、今回は凝ったものにはせずに、簡潔な文章をサラリとながそう。そうそう。あまりくどくど多く書かない(多くを求めない)方が皆には実行しやすく、その分 効果も出ると思うし。私もラクだし。うん。

開山作業:11月30日、家事をこなして朝2時間で東壁から曽根までの閉鎖ロープを回収。午後は親父の手伝いとお袋の買物につき合わされ、観音様から北林道までは明日朝にする予定。鷲ノ巣への和気中の裏に設置したちょっとひつこめな4枚のフダが損傷していた。もしかしてお馬鹿な輩の反逆行為かもしれんが、今までもロープや道標やイノシシプレートやいろんなものが撤去されたり、切断されたり、破壊されてきたことがあるので、いちいち気にしてはいない。理解してもらえない人はいるものです。大勢のいろんな人が来る山だから、その全員の考えを強制的に統一はできないのはわかっています。(こないだはブチ切れたけどね。)←まあまあ。 私は私の思う処を地道に示し続けるのみです。私がこの世から去った後になってから やっと“やっぱりアイツは正しかった。”と、はじめて全員に理解される日が来るのかもしれんが、それもまたカッコイイではないか。うんうん。(どうだか。笑) それより気になったのは宗堂池から見た山容でした。見渡すかぎり白く松枯れしており、白髪状態でした。去年は鵜飼谷が赤く松枯れしてショックでしたが、薬剤散布をやめてから古い松がどんどん枯れています。(薬剤散布のおかげでもっていたのかも。)でも、よく見ると松の苗木がけっこうあちこちに生えているので、また10年したら世代交代した若い松が茂ってくれるかもしれません。それを信じてあと10年 森の移り変わりをじっと見ていこうと思っています。この間、ある方(Tさんとしておきましょう。)が、“私は差別を受ける所に生まれたことを、今では幸せに思っている。なぜなら、“差別をなくす”という 生涯をかけて取り組むべき課題を得て、充実した日々をおくれているからだ。”と言われたのに共感できます。山を守ろうとしたら、それこそ問題だらけです。でも、私も生涯をかけて相棒を守っていきますよ。充実した日々をおくりながらね。うん。(おお、我ながらカッコイイぞう。でへへへ。)←それを言わなきゃカッコイイのに。 相棒は問題だらけだけど、守りがいのある“いいヤツ”なんですよ。おっと、はやくHPを更新して寝なきゃ。あしたも忙しいのだわい。

12月1日:朝7時半から9時半までかけて残りの閉鎖ロープを回収しました。帰宅して、家事、親父の手伝いをして、昼2時から5時までかけて北稜ルートから奥ノ峰をこえて北の鞍部まで登山道をチェックし、前ノ峰まで縦走路の松茸テープを採取しました。松枯れが痛々しいところもあって(かなりショック。)、かつてほど風情がなくなっているせいか、北稜ルートも縦走路も意外と藪っぽかった。掘りかえりがなくてほっとするやら、悔しいやら、なんか複雑です。なお、なぜか白岩のトラロープが切断されていたので、補修しておきました。(こういうことがよくあるんですよ。)今回、松茸テープがあったのは、ドームと前ノ峰の上に少しと、間ノ峰から前ノ峰の間にあっただけでした。あとは、エビ山から前ノ峰までを松茸テープを採取したら開山作業は完了ですが、この部分は毎年テープが多いからちょっとしんどいかも。それでもかつてはエビ山から涸沢山を経て竜王山の登山口までと、キレットを経て奥ノ峰の北鞍部まで、さらに北稜ルートの登山口から馬の背まで延々とテープがはられていたことを思うとホントに少なくなりました。その分、今の和気アは松枯れがひどく、かつてのような風情満点の山ではなくなっています。しかし、それは薬剤散布によって維持された松林から自然本来の有り様に変化している最中だからであって、あと10年くらいすれば、きっと元の風情満点の山に戻ると信じています。とにかくそれまでは、倒木の処理をがんばってやっていきましょうかね。

松茸テープ採取完了:12月4日、朝10時 八ツ峰岩から取り付き、午前中だけで天神尾根を軽く点検するつもりだった。しかし、枯れ松を処理していたら、つい入念に整備してしまい、正午になっても薬師山山頂までしか達していない。いかんいかん。午後から松茸テープの採取をするつもりなので、いそごう。それでもつい整備に手がこんでしまい、なんとか核心部を越えて穂高山ドームに立ったら13時だった。往路を引き返す予定だったが、このまま縦走路をエビ山までトレースして松茸テープの張り具合をチェックすることにした。前ノ峰から岩山の鞍部に2箇所テープがあったが、これは採取しておく。岩山を越えていよいよ毎年テープのひどいエビ山へ。風になびくものだけ採取したが、ポケットに収まらなくなったので、まとめてデポしておく。14時、車をおいた金剛川河川敷までいそぐべく、エビ山の南東尾根を下山してみる。途中の開けた場所で尾根の中心(踏み跡)がわからなくなり、適当に急坂のシダ藪をこいで、地形がわかった場所で下草のない林をトラバースして尾根の中心に戻ることを2回して無事下山。急がず、じっくりと踏み跡をさがして確実にトレースすれば、たぶん藪コギにならないのではと思う。降り立った場所は防獣フェンスだったので、猿になって乗り越える。車にもどって14時半に帰宅。遅い昼飯のあと、15時から松茸テープ採取を完了すべく、ゴミ袋だけをポケットに入れて落ち葉が滑る行者コースを登る。最後のコブロープが傷んでいたので、応急処置しておく。これまた急いだつもりが手をかけてしまい、エビ山に再来したら16時になっていた。いかあん。夕焼け空のもとで松茸テープを採取し、完了したら17時で薄暗くなっていた。岩山にもどり撤収ルートを確認がてら下山する。途中、2箇所も倒木で通行不能になっていたので、あせりながら(半分ヤケになって)通行可能にして先を急ぐが、採取したテープのゴミ袋を片手に持って引っ掛けないように気を使いながらなので、なんともジャマくさいハンデがある。その上、薄暗さと落葉のせいで半分手探り状態である。もっと急がねば麓に着く前に真っ暗になるぞ。ううむ。こんな状態でこのハードルートを空身でトレースできるのは私しかいまい。(こんなこと誰もせんて。)おかげで不帰スラブの下から行者の分岐までの間に3回もハデに転んで、両腕、背中、腰、尻に切り傷、擦り傷、打ち身をつくって、自分はなんでこんなにヒドイ目にあわなくてはならんのかと運命を呪いながら麓に17時半に到着。すでに真っ暗。ヤケになって真っ暗な林の中の新アプローチをライトなしで獣になったつもりで足探りでトレースして駐車場にもどる。ああ、疲れた。おお、いてえ。あちこちヒリヒリズキズキ。でも、今日一日で、松茸テープの撤去を完了し、天神尾根と第6エリアの点検整備もできた。これから、倒木の処理(風情の回復、これが一番。)、黄ラッカー上塗りと道標更新(これらは後でもいいか。)をあちこちでしなくてはならん。次回はアタゴ尾根と北稜ルートの整備をしよう。第1から7までの岩エリアの整備もしたいし、もうじき消防の操法(48歳になるってのにまだ現役の小型2番員なんですよ。)の練習もはじまるしなあ。はたしてこの冬にどこまでできるかなあ。まあ、ライフワークとして出来る範囲でのんびりやっていこう。

12月9日:午後の4時間でアタゴ尾根を整備しました。枯れ松の処理もして、結構念入りにやったので、小竜王山頂で17時になってしまい、竜王山までの鞍部越えは出来ずに緊急下山しました。次回はこの鞍部を整備して道標を更新しよう。なお、幻のピークにもイノシシプレートをつけました。(三宅さんが10年前につけた白イノシシも字は消えていますが、健在です。)松枯れは悲しいですが、うまく処理すれば、風情もよくなり、新しい松の苗木も育ちやすくなります。人が風情を感じれる自然とは、ある程度人間がお膳立てをした自然か、手を加えなくても偶然に快適さのある自然だと思います。また、里山は人と自然の共生地帯です。これらのことに基づいて、(これまではシダもあえて刈らないようにして手付かずの自然を大事にしてきましたが、)松枯れだらけの登山道は痛々しいので、これからしばらくはきっちり整備していこうと思います次世代の松はちゃんと生えています。倒木の巻き添えにならないように守っていきたいです。そして必ず、何年かしたら以前に負けない風情満点の山に戻ります。(山の声をきいたのか、なぜか私には自信があります。)元気な若い松が多くなれば松茸もたくさん採れるようになるかも。(松茸菌は古い松の根の先端には寄生しないのです。)地主さん達も頑張りましょう。

親父に山岳部時代のことを訊いてみました:私の親父(昭和7年生れ)は、旧制二中(現・操山高校)から岡大教育学部へ入学。山岳部に入部。当時は旧制六高から岡大になったばかりで、山岳部は開学と同時に創られていた。(旧制六高山岳部が岡大山岳部の前身で、私が青春を謳歌した岡大馬術部も同じです。)1950年当時、親父が鷲ノ巣でクライミングを習い始めたときには、すでにリングボルトやピトンがちゃんと打ってあったとのこと。開拓したのは旧制六高山岳部(大正13年に創部。藤木九三がRCCを結成したのと同年ですね。)だと思うとのこと。(そうなると、鷲ノ巣が開拓されたのは近代クライミング文化の創成期であった大正末期から昭和の初めだということになりますね。)また、ハング東横の人が入れる穴には木の枝が組まれた鷲の巣がちゃんと存在していたとのこと。(鷲ノ巣の名前の由来はこれです。今でもこの穴のそばを登攀するのを鷲ノ巣ルートと呼んでいます。)また、祠の左のカサブタから登攀し、ハングのチムニーを突破するのをセンターフェースと呼んでいたらしい。(今では国体ルートとも呼ばれているらしいが、ここでクライミング競技があったのは知らないとのこと。)また、ハング西隣を登攀するのは女性クライマーがよく取り付いていたとのこと。(当時でも多くの女性がクライミングをしていたとのこと。今ではここを南西ルートと呼んでいるらしい。)卒業後は岡山山岳会に入会し、OBとして岡大山岳部と行動を共にし、厳冬の富士山も登ったとのこと。(火口内の石室に泊まったら、夜中に酸欠状態になりかけたそうです。元旦には親父達の万歳の声がラジオ放送で富士山頂から生中継で流れたとのこと。)30歳になった1962年(2月には私が生れた。)には岡山国体があり、親父はスキーで国体に参加したことがあるが、結婚を機に山から遠ざかりつつあり、息子には山だけは絶対させん!と言っていたらしい。(この2年前に谷川岳のザイル銃撃事件があったせいかも。)しかし、この頃は登山人気がかなり高かったみたいで、翌年1963年には岡大山岳部は部員が37人にもなったらしい。(現在の名だたるロートルクライマーが国内、国外で活躍を開始したのがこの時期ですねえ。)その後、1987年頃(私が馬術部にいた頃もふくまれているなあ。)までは10人くらいは部員がいたらしいが、現在の部員は数名しかいないようです。

思えば:私が子供の頃は家族で弁当をもって山登りをするのが一般的なレジャーであり、(当時は潮干狩りと山登りとスキーくらいしかレジャーがなかったようにも思えます。)子供の遊び場も裏山や川原でした。(今の感覚ではかなり危ない遊びもしていたような記憶あり。)それが34歳だった1996年に久しぶりに裏山(現・和気ア)に登ろうとしたら、全て廃道状態でした。和気富士から鷲ノ巣経由で和気中までの健康の道(いつ設定されたものかは知りません。)ですら、神ノ上山頂周辺が荒廃していて寸断されていました。地元の人ですら誰も裏山を山歩きしていないことに時代の変化(レジャーの変化)を感じたものです。それが、私がいじって、インターネットを武器にして人を呼び込んだら、あっという間に登山者が殺到し、2004年にはかなり登山道が掘れてしまいました。オマケに松茸閉鎖期間中でも進入する人(松茸山を理解していない人達)に悩まされ、かなりカリカリきていました。あれから5年たった今では掘りかえりも収まり、松茸山の閉鎖もかなり浸透してきています。(自分もおおらかになれたと思う。)しかし、今度は薬剤散布中止による松枯れ拡大の対処に追われています。(ううむ、この山ほど激動している山はあるまいなあ。うん。)

くたくたの整備作業:12月14日、休みの朝はいつも洗濯物を干して犬の散歩。さらに掃除機もかけてまわる。10時から親父の手伝いで春に剪定した枝を窯で焼く作業。昼からは薪も運ぶ。やっとフリーになったのは夕方15時。すでにクタクタだが、子竜王から竜王山の整備に向かう。なかなか程よく踏まれているなあ。よしよし。細かいチェックをしながら歩いたので子竜王についたのが16時。なんとか縦走路の分岐まで整備完了したら17時。分岐の道標は無理すれば読めなくもないので、時間の都合で今回の更新はパス。いそいで下山。18時には予約していた上道の歯医者にいって、夕食後は子供の塾の送り迎え。洗濯物をたたんで、風呂あがりにこれを書いてます。ああ疲れた。

女房に花束を:山好きな人は花も好きらしい。しかし、私が気になって名前を調べたのは大山で見たショウジョウバカマと、和気アで見た花くらいなものである。あと、図鑑を見ていいなあと思ったのはツガザクラくらいなもので、他に名前を知っているのはコマクサくらいしかない。小さなツツジやリンドウもいいことはいいが、わざわざそれだけを見にいく気にはならない。当然、花をもらっても、さしてうれしくもないのだが、娘達が言うには、女性は花束をもらうとすごくうれしいらしい。しきりに結婚記念日にママにバラの花束をプレゼントしたら?なんて言うものだから、(ううん。そうだなあ、苦労ばかりかけているし、過労で喘息になっているからなあ。安月給の駄目な亭主ですまんなあ。という気持ちもあって。)仕事帰りに買いにいく。しかし、花束って いくらぐらいするんじゃろう? 娘が生まれた時に2千円のアレンジを買ってお祝いしたことがあるが、それ以来の花屋である。(15年ぶり。)だいたい、女房には結婚以来、プレゼントなどしたことがない。せいぜいネックレスを買うのを1回許可したくらいで、女房が手術して入院していた時だって、一人で山に行ったりしていた。思えば、この19年間、ひどい亭主だったわい。すっかり体を壊してしまった女房を思うと神妙な気持ちになる。私は(皆が見た感じ)いかつい体型をしており、性格からいっても、およそ花屋を訪ねるようなガラではない。なんか花屋に入るだけでも場違いみたいで恥ずかしい。あのう。花束がほしいんですが。とテレながら切り出す。クリスマスプレゼントですか?いや、結婚記念日で女房に。いくらくらいのものにされますか?と訊かれて財布を開けて見る。4千円ある。(2千円じゃあショボイものになるかも。それはマズイなあ。ここは奮発すべきか。)じゃあ4千円くらいで!ということになった。バラはピンクにしますか赤にしますか?ううん。色とりどりでお任せします。(考えても私にゃあ判らんよ。)店員さんは笑って作りはじめた。出来るまで店内を見てまわる。鉢植えでは紫の小さなシクラメンがかわいい。おっ!テニスボールみたいなまん丸な黄色い菊の花もある。面白いなあ。この菊も入れてくれんかなあ。といいかけて、余計なことは言うまいと黙る。いよいよ花束が完成。なかなかのボリュームで、ピンク、赤、オレンジのバラの花がちりばめられている。うむ、これならいいかな。受け取る時にもまたなんかテレてしまう私。これ横倒しで助手席に置いていいですかね。はい。いいですよ。じゃあどうも。花束を買って帰るのはこそばゆいようななんかヘンな気持ちだ。帰宅途中、渋滞と足元からの温風で眠気がさす。ううむ。これで交通事故で死んだら、なんともドラマチックなことだわい。女房の名前をつぶやいて息を引き取る駄目亭主の私。そばには、苦労させどうしの女房へのプレゼントに、生まれて初めて買った花束が。―――おお。なんとも哀愁くさい演出だ。セツナイなあ。うんうん。だれかミュージシャンに頼んでバラードにしてもらい、哀愁いっぱいで歌ってほしいくらいだ。(なんでもないようなことが、幸せだったと思う――。みたいな。)韓国ドラマなら確実に交通事故死する成り行きなのだが、(冬ソナのヨン様なんて10年ごとに交通事故で死にかけるのが趣味といってよく、あげくは記憶がとんだり、失明したりする。)しぶとく無事に帰宅する。(ここらへんはいかにも私らしい。)もったいつけるのも恥ずかしいので、さっそく女房に花束をさしだす。娘達が、ドラマみたい。いいなあ。などといってはしゃぐ。女房も、うるっと、きていた。やっぱり、かなりうれしいみたいだ。(正直、予想以上。)どうしたんこれ。喜ぶかもしれんと思って買った。ありがとう。――― やっぱ花束はいいなあ。うん。来年は結婚20年記念よ。期待するわあ。・・・  困ったな。うん。―――― あっ!そういや、黄色いボールみたいな黄色い菊もあったけど、あれも入れてもらえばよかったかな? なによんで。菊はお供えの花じゃが。そうなん?ああ、余計なこと言わんでよかったあ。(ホント。)

 

 

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